シーン1 アタシは宇宙の警備員
シーン1 アタシは宇宙の警備員
「・・・とまあ、こんな事が、昔あったらしくてね」
話の内容ほどは深刻そうな様子もなく、鼻にかかった軽い声で、テア大学共同調査団の学芸員ダイムは、ドリアン人特有のヒキガエルそっくりの顔に、にやけた表情を浮かべた。
食堂と一緒になったリラックス用のルームでは、半年ぶりの帰郷に浮かれた数人の学生が大声を上げていた。
アタシはそんな部屋の一角で、ダイムの語る真偽のほども定かではない昔話を、かれこれ数十分は聞かされていた。
そもそも、こんな話を聞く為に、ここに来たワケではない。
ただ、ちょっと喉を潤そうと、無料のジュースサーバーがあった事を思い出して、足を踏み入れてみただけのことだ。
それなのに。
ダイムはアタシが通りかかるのを待っていたようだった。
そして、とっておきのアイスケーキがあるから、少し話をしないかと誘いをかけてきた。
アタシがこの船に乗り込んできたその日から、彼がアタシを熱い視線で見ていたのは知っていた。
何故かはわからないが、アタシはカエルや虫やタコといった、特殊な外見の人類種に非常によくモテる。
正直言って、アタシは彼になどこれぽっちも興味はなかったが、アイスケーキっていう誘惑は反則だった。
アタシは、甘いものに目がない。
しかもそれが、仕事中となればなおさらだ。
そもそも、彼はアタシのクライアントにあたる立場の人間だし。
こりゃ、仕事をサボるにも最高の口実じゃない。
ついつい、そんな事を思ってしまった。
ここは、宇宙船ファーストレイク号の中だ。
中型のカーゴ型シャトル船で、現在、辺境宇宙の惑星調査を終えて、エレス同盟の主星ともいえる惑星テアへ向かって航行を続けている。
「それで、その剣ってのは何だったの?」
一応、アタシは彼の話に付き合ってみた。
ダイムはアタシが話に乗ってきたと思ったのか、先ほどまでよりも、更に嬉しそうな顔になった。
「いまだに解明は出来ていないんだ。現在もテア中央大学に保管されていると、噂には聞いているけどね。まあ、調査団が丸ごと一つ壊滅して、生き残ったのは僅か数人。話も正直、荒唐無稽すぎて、誰一人信用しなかった」
「まあ、そうよねー。なんかものすごく作り話っぽいもん」
「やっぱりそう思う? ・・・。だけど、聞いて驚かないでよ」
ヒキガエルの・・・失礼、ダイムの目が意味ありげにまたたいた。
「今回、僕達は見つけたんだよ」
「何を?」
アタシはきょとんとして訊ねた。
「棺さ」
「棺?」
アタシは首を傾げた。
なんだ、棺って。
今の話に出てきたっけか?
「ほら、教授の息子のディーンって人が読み上げた、石板さ」
「ああ、せりあがってきたって、それの事?」
「そうさ。あれはね、古代の棺だったんだ。今回のネルの調査でね、僕達は遂に見つけたんだ、あの時に失われたはずの・・・お話と全く一緒の形をした、古代語が刻まれた棺そのものをね」
「へえ~」
アタシはちょっとだけ、本当に話への興味が湧いてきた。
「じゃ、その巨大な立方体ってのは?」
「残念ながら、そっちは見つからなかった。けど、僕達はその立方体よりも、この棺にこそ古代エール人の文明の謎が隠されてると、そう考えてるんだよ」
ダイムはそこまで言うと、アタシに向かって身を乗り出してきた。
おっと。
これは潮時かな。
アタシのそんな思いには気付かず、ダイムは声をひそめた。
「さすがに今は見せてあげられないけどね。どうだい、テアに着いたら研究所の方に来てみないか。よければ連絡先を交換」
彼にとっての本題に入りかけた瞬間だった。
「ラライっ、お前って奴は、新人のくせに何サボってやがる! 交代の時間はとっくに過ぎちまってるぞ!!」
先輩風を吹かせた同僚のガラガラ声が響いてきた。
「すみませ~ん、すぐ行きます~」
まあ、ちょうどいいや。
アタシは心の中で舌を出して、アタシを呼んだ中年男の方へと走った。
「あ、ラライさん・・・」
ダイムの名残惜しそうな声が、アタシの青い後ろ髪を追いかけた。
アタシの名前は「ラライ」。
フルネームは、ラライ・フィオロン。
外見は地球人とよく似た、テア星系人種の女だ。
年齢は内緒だが、一般的な地球人に換算すれば20代とだけ言っておこう。
トレードマークは生まれつきの青い髪。
先日まで結構伸ばしてしまっていたのだが、思い切って少し短めにしてみた。
あ、でも、失恋とかそういうのではないのよ。
あしからず。
こうみえて、美人って、良く言われる。
やや童顔な印象があるので、性格まで甘く見られがちな所はあるが、親友の女性いわく、喋りさえしなければ、かわいい、らしい。
そんなアタシだが、一つだけ大きな秘密を持っている。
それは。
アタシがかつて、宇宙で名をはせた「蒼翼のライ」と呼ばれた海賊だったという過去だ。
犯罪組織と戦い、暴走しかけた軍の蛮行を未然に防ぎ、気付けば宇宙の英雄とまで言われ、遂には映画やドラマにもなった美貌の女海賊。
その正体が、なんとこのアタシ。
今の姿からは、誰も信じてくれないかもしれないが、このアタシなのである。
アタシは海賊稼業に嫌気がさし、きれいさっぱりと足を洗った。
洗いすぎて、経歴も過去も抹消し、気付いたら身分証明すら出来なくなって、この数年、聞くも涙、語るも涙の苦労を重ねてきた。
不審者として捕まったり。
別の海賊さんの居候になって、家事をさせられたり。
ツアコンになったと思ったら騙されたり。
配送マンの助手になったら、見知らぬ星に置き去りにされたり。
整備士になろうとしたらレースクイーンになっていたり。
・・・。
ともかく大変だった。
だけど、アタシは就職を諦めなかった。
知人の情報屋を幾度となく脅・・・もとい、お願いして新たなる履歴書を作り上げ、今回の仕事を見事、ゲットしたのである。
で、今回のお仕事が何かっていうと。
なんと、民間宇宙警備会社なのであった。
SSSS(スペース、セキュリティ、システム、サービス)、通称フォース!。
その、下請けの下請けにあたる、ASO。
通称、アッソ。
正直、ここに就職を決めるまでは葛藤もあった。
もと宇宙海賊のアタシが警備会社に就職するなど、倫理的にも本当に良いのだろうか。
なんか、すごく悪いことをするような気持ちになった。
だけど、考えてみれば、アタシの得意分野は、プレーンの操縦や銃の腕前だ。
それを仕事に活かすのならば、もしかしたら最適なのかもしれないと、面接に踏み切った。
民間会社なら、軍や警察みたいに、実弾の銃で相手を殺してしまうような事は、おそらく無いはずだし。
いわゆる傭兵ではないから、プレーンでの自衛行為だって、基本的には破壊兵器の使用を禁じられている。
捕縛用の軽装備などは使用できるみたいだけど、これなら万が一戦闘になったって、相手を傷つける恐れは少ないはずだ。
それに。
意外と警備員なんて言っても、実際に危険な目に会うなんて、そうそう無いんじゃない。
という、楽観的な思いもあった。
宇宙犯罪者のお友達の皆さんからは、裏切り者―、という声が聞こえてきそうだが。
知るか。
アタシは今度こそ、ちゃんとした会社に就職して、ちゃんとしたお金を稼いで、幸せな未来を掴むんだ。
それこそが、アタシの夢なんだ。
そう、固く心に誓った。
・・・。
・・・けどなー。
アタシは警備員の同僚と交代して、警備用のプレーン、オルダー社製シビア―ル改良型のコクピットに座った。
この仕事について、まだ10日。
アタシは既に、ここを選んだ事を後悔し始めていた。
理由はただ一つ。
イジメだ。
この船には、アタシを含め、5人のスタッフが配備された。
もちろん、アタシは一番の新人だ。
他の4人はみんな男で、最初はそのせいで打ち解けにくいのかなと思ったが、何だかそんな事は関係なく、彼らはとても排他的で、アタシに対してまるで余所者でもいるか様な態度を続けた。
いや。別にちやほやしてほしいわけじゃない。
ただ、普通に当たり前に接してほしいのだ。
仕事だって、順番にきちんと教えてくれればできるのに。
させてくれないくせに、すぐ怒鳴ったり。
陰で、笑ったりしてるんだ。
・・・だから。
ダイムに声をかけられた時、簡単にサボりたくなった気持ちも、少しはわかって欲しい。
アタシは、胸元にしまったカードケースをそっと開いた。
一番奥に、写真が隠してあった。
アタシはそれを取り出して、こっそりと見つめた。
真っ赤な顔をしたタコ型宇宙人が、そこに映っていた。
カース星人のバロンだ。
彼はアタシと一緒に並んで、いかにも楽し気に笑っていた。
もう何回、こうしてこの写真を見つめた事だろう。
ずっと持ち歩いてるから、随分と掠れてしまった。
彼は、見ての通り、見た目はまるでタコ。
普通のテアード(テア星系人)からしたら、気持ち悪いって言われるような外見かもしれないけど、アタシにとっては、かけがえのない心の支えだ。
以前は彼に対する気持ちに整理がつけられずにいたけれど、最近では少しずつ、「好き」という感情に自信が持てるようになってきた。
だけど。
アタシは思い返して、きゅっと唇を噛んだ。
あの時さ。
なんで引き留めてくれなかったのよ。
アタシは一か月前の事を思い出した。
彼の船にしばらく居候していて、そろそろ新しく仕事を探してみようかな~、と、彼に話しかけた時の事だった。
彼は笑って。
「良いでやんすね~。次は何をするでやんす~?」
と言った。
・・・。
いや。
そこは違うでしょうよ~。
「え~、寂しくなるでやんす~」
とか。
「もう少し、ここにいて良いでやんすよ~」
とか。
どうせだったら
「行かせないでやんす! あっしはラライさんの事が!!」
くらいの事、言ってくれたって良いじゃないのよ。
・・・。
ふーんだ。
アタシ待ってたのに。
彼の口から、言ってくれるのを、さ・・・。
アタシは気持ちがまたモヤモヤしてきて、写真をしまった。
繰り返しになるが。
髪を切ったのと、この件とは関係がない。
なんだか、あまりに退屈で、こうしている事が本当につまらなくなった。
突然目の前で黄色いランプが点滅し、サイレンが鳴った。
あれ、何だっけこれ?
と、思っていると。
『新入り! 何やってる、とっととプレーンを起動しろ!!』
仲間の声が通信機から飛び込んできた。
お読みいただいてありがとうございます
引き続き、次回もよろしくお願いいたします