シーン18 トラブルメーカーは生まれつき
シーン18 トラブルメーカーは生まれつき
惑星プロブデンスは、不思議な天体だった。
主星となるプロブデンスは、核の部分が非常に小さく、全体の殆どをガスで構成された天体なのだが、そのガスの色が非常に薄い。
だから星の向こうが透けて見えて、まるで宇宙に浮かぶ巨大なカエルの卵のような姿をしていた。
そのガスの中に隠れるように、無数の衛星が飛んでいた。
いわゆる都市衛星が殆どで、プロブデンスのガスが有害な宇宙線を和らげてくれるため、比較的自由な構造のものが多く見られた。
アタシ達が目的地にした衛星「ラストヴィナス」もその一つだった。
街が半円のクリスタルドームに包まれたようになっており、街の明かりが美しく見えていた。
「あー、こちら自由交易船のシルバースワン号、着船を許可されたし」
シャーリィが通信を飛ばした。
程なく回答が来た。
「あっけないね。データの確認も照合も無しか。こりゃ、海賊が入り込むのも頷けるわ」
「簡単すぎてびっくりですね」
アタシが言うと、シャーリィは面倒なドッキング動作をトゥーレに任せて軽く背を伸ばした。
「この街は違法カジノで栄えてるんだ。まあ、その位じゃなきゃ、客が来ないさ」
「違法カジノですか?」
「ああ、お子様にはちょっと早い場所だな」
彼女は意味ありげにソニーを見上げた。
「ま、お子様って、私の事ですか!?」
「そうは言ってないさ」
「俺の事じゃねーよな」
イアンがじろっと、睨んだ。
まったくシャーリィってば、口が悪いっていうか・・・。
「とにかく、〈白骨〉の野郎も、そのカジノに出入りしてるって話だからね、星に入ったら選抜隊を組むよ」
皆が返事をした。
なるほど、カジノねえ。
そういえば「鳥の巣」にもあったっけ。
アタシには縁の無かった場所の一つだな。
ちょっとだけわくわくしたが。
「よし、街に出るのはアタシとソニー、それにデニス」
シャーリィの人選には漏れてしまった。
ちぇ、留守番か。
つまらないなー、と思ってるいると。
「ところで姐さん、白骨ってどんな奴なんだ」
いざという時に船を動かせるって理由から、居残り組になったトゥーレが聞いた。
「さあね、白骨っていうくらいだし、ガリガリのホネホネ野郎じゃないの」
シャーリィが気楽に答えた。
「ソニーは知ってる?」
彼女はまさか、って顔をした。
キャプテンなら知ってそうなもんだけど、彼はカジノなどには一切の興味がないらしい。
その上、ここ数日は部屋からさえも出てこなくなっていた。
白骨か・・・。
そういえば。
「あ・・・、アタシ知ってる」
思わず、呟いた。
「え?」
シャーリィが驚いてアタシを見た。
「あんたそれ本当? 一緒に来たいからって、適当な事言ってんじゃないよね?」
「そんなんじゃないですよ。以前、兵器オークションの事件の時に見かけたんです」
「そうか、・・・あの時だね。じゃあ、客の一人だったんだ」
アタシは頷いた。
一度だけ、本当にすれ違った程度だが、その時に一緒に居た男が、あいつが白骨のパルカだって教えてくれたっけ。
彼女は少し思案した後、仕方ない、というようにアタシを手招きした。
「じゃあ、あんたも一緒に来て。ただ・・・その服はさすがに場違いになるね」
いや。どこでも変だよ。
「カジノにメイドってのは、目だちますよね」
「ま、いいや、おいで」
「わうんっ」
おいで、に反応してしまった。
ぷっ、とソニーが笑った。
アタシがじろっと睨むと。
「笑ってませんよー」
彼女はそう言って目を逸らした。
街に入るにあたって、シャーリィ達は変装をした。
若き女実業家と、その女秘書、そして、用心棒か。
なかなか三人とも様になっている。
で、アタシだ。
アタシだけ、なぜかロングコート。
その理由は、すぐに解る。
街は都会の闇という形容が良く似合った。
ネオンライトと漆黒が程よく調和して、艶めかしい繁栄の匂いが漂っている。
人工の夜風がやけに温い。
白骨が入り浸ってるというカジノは、グロスポールというホテルの敷地内にあった。
なるほど、見た目は高級な感じだけど、中に入ると、客層はかなりバラバラだ。
シャーリィ達は偽の身分証でチェックインして、そのままカジノエリアへと入った。
どこでもそうだが、犯罪者が集まる場所ってのは、いつもドラッグの匂いがする。
こればかりは、慣れない。
さて、と。
「ほら、あんたは離れな。うまく紛れるんだよ」
はーい。
アタシは化粧室に入って、コートを脱いだ。
中から出てきたのは、何と赤いバニー服のアタシ。
シャーリィの奴め、なんてものを着せるんだ。
『その耳じゃ目立つからねー、どうせ目立つなら、紛れた方が良い。心配するな、カジノには大抵いっぱいいるから、そのままこっそり働いているふりをして、白骨を探しな』
彼女はそう言って、楽しそうにこの服をアタシに渡した。
嫌々したら、強制生着替えをさせられる所だった。
まあ、なんとなくわかるよ。
だけどさ、バニーって普通ウサギミミじゃない?
どこの世にイヌミミのバニーがいるのよ。
アタシは個室を出て、鏡に映った自分の姿を見た。
いやあ、網タイツにヒール、それに、ハイレグってのはめちゃくちゃ恥ずかしいぞ。
でも、似合ってしまう自分が怖い。
はっきりいって、可愛いじゃないか。
これでちゃんとしたウサギミミだったら、プロのバニーガール?としても生きていける気がしてくる。
アタシは鏡に向かってポーズを決めて、ウィンクをしてみたりした。
うん。
コレならバロンを、一発で悩殺できそうだ。
微妙にテンションが上がった。
コスプレ女は痛いかもしれないけど、ちょっとだけハマりそう。
・・・こういうの。
レースクイーンの時もそうだったけど、もしかしてアタシ、実はコスプレが好きだったり、するんだろうか。
なんだか自分で自分が怖くなってきた。
アタシはフロアに出た。
人が溢れていた。
けっこうな賑わいだけど、どの人が一般人で、どの位の数の犯罪者が紛れ込んでいるんだろう。居並ぶ人々の顔を見ていると、だんだん全員が悪人に見えてきた。
アタシはカウンターに近づいて、用意されていたカクテルの盆を手にした。
「持っていきますね」
「ああ、頼むよ」
バーテンの男はアタシの事をよく見なかった。
こいつはバニーなんか見慣れてるんだろう。
それに、この感じだと、新人が入ることも珍しくはないようだ。アタシに対して、疑う素振りも、興味を引かれた様子もなかった。
アタシは客にカクテルを運ぶふりをして、注意深く周囲を窺った。
なかなか、見つからないな。
それに、結構広い。
アタシには良く分からないけど、賭け事のゲームにも種類はいっぱいあるようだ。
キョロキョロしすぎないように、注意して、人並みをぬって歩いた。
うしゃしゃしゃと、聞き覚えのある女の声が聞こえた。
この下品な笑い声は、シャーリィね。
見ると、シャーリィはカードゲームに興じていて、目の前にコインが積まれていた。
ソニーが困ったような顔をして横に立って、デニスはサングラスをつけたまま、無表情で腕を組んでいた。
ったく、本気で遊んでる?
アタシは少し軽蔑気味に彼女を見て、とりあえず自分の目的を果たす事にした。
えっと・・・。
確か意外と若かった、よね。
記憶をたどりながら、奥のスペースへ行こうとすると。
「きゃ」
アタシ突然目の前に現れた男にぶつかってしまって、盆の上のカクテルをこぼしてしまった。
運の悪いことに、それが男のシャツにかかった。
白いシャツに赤いカクテルが、綺麗にシミを作った。
「お前、どこに目をつけてやがる」
男はアタシを振り返って凄んだ。
顔面に酷い傷のある男で、すぐに真っ当な筋じゃないってわかった。
「す・・すみません。気を付けます」
「はあ、すみませんだあ? そんなんで済むとでも思ってんのか」
男は怒気を孕んだ声をあげた。
周囲の客が、サッと離れて逃げた。
やばい。
なんでアタシは、こうしょっちゅう絡まれるんだ。
何か絡まれやすいオーラでも出してるのか。
確かに、人を馬鹿にした格好はしてるけど・・・。
バニーなら他にもいっぱいいるじゃない。
「ムカつく青い髪しやがって・・・俺はその色が大っ嫌いなんだ」
男は理不尽な事を言いだした。
青い髪のどこが悪いのよ。
って、そんなことどうでもいいでしょ。
「どうしてくれんだよ、このシャツ、なあ・・・」
男があたしの数倍以上もあるような太い腕をのばし、アタシを掴もうとした。
これは。
相手にしてる場合じゃない。
とっとと・・・、逃げるが勝ちだ。
「えーと。ごめんなさいっ!!」
「おい、女っ!」
アタシは逃げた。
どうしよう、とりあえず、こういう時は強い人に助けてもらおう。
シャーリィ。
いや、デニスかな。
助けを求めて、アタシはバニーだけに脱兎のごとく走った。
けど。
あれ・・・・?
さっきのトコには、誰も居なくなっていた。
皆はどこ行った?
おーい。
肝心な時に居なくならないでよ。
そうこうしている間にも、男がアタシを探して、追いかけてくる気配がした。
あーん。
アタシ目立ってるからなあ・・・。
アタシは更に逃げようとして。
また別の相手に激突した。
それも、今度はさっき以上に派手に突撃した。
アタシは相手の体を押し倒すような形になって転んだ。
「痛えな・・・。どこ見てんだよ・・・」
アタシの下敷きになった男は、アタシをぐいと押した。
拍子に、胸がもにゅッとなった。
きゃ・・・!
「どこ触ってんのよ!」
アタシは思わず、相手の頬を平手で打ってしまった。
ま、条件反射って奴だ。
相手にとっては理不尽だったかもしれない。
ごめんなさいだが、仕方ない。
「なんなんだ、お前」
男は頬を抑えながら、忌々し気にアタシを見た。
アタシはその顔を見て。
「げっ、パル・・・」
危なく、叫びそうになった。
アタシがぶつかった相手、それは、まさしく〈白骨〉のリーダー、パルカその人だった。
パルカは、比較的小柄で、一見、どこにでも居るような青年だった。
白灰色の髪は、やや前髪が長めで、右の耳にだけ、大きな輪のピアスをしている。
悪い顔ではないのだが、目つきがやや厳しくて、神経質そうな印象をうけた。
彼は一瞬、眉を顰めた。
と、アタシは背後から急に両脇を抱えられた。
屈強な二人の男が、アタシを両側から羽交い絞めにして、さっきシャツにカクテルをこぼした顔に傷のある男が、悪鬼のような形相でアタシを睨んでいた。
これは・・・終わった。
逃げ切れない。
ってーか。
万事休す、じゃない。
アタシ、どうなっちゃうのかしら。
殺され・・・は、しないよね。
男はアタシの体じっくりと見つめて、ぺろりと舌なめずりをした。
うわ。
殺される以上に嫌な予感。
もしかして、今度こそやばいかも・・・。
「なんだ、ジャンゴの旦那か」
パルカが言いながら立ち上がって、スーツのボタンが外れたことに気付いた。
一瞬、ものすごく不愉快そうな顔になった。
ジャンゴ?
その名前、どっかで来たことがあるぞ。
アタシは古い記憶をたどった。
そうだ。
あれはまだ、アタシが「蒼翼のライ」だった頃だ。
傭兵団ジャンクボックスのリーダー。
ジャンゴ・ディンゴ。
知ってるなんてもんじゃない。
顔を見るのはこれが初めてだけど・・・。
ぶっちゃけ、アタシが戦った相手の一人だ。
犯罪結社エンプティハートに雇われて、悪さばっかりしやがって。
何回かアタシの邪魔をしてくれたっけ。
その度にやっつけてやったし。
最後は船のエンジンをぶっ壊して、未開の惑星に叩きおとしてやったけど。
そうか、こいつだったのか。
あ、もしかして青い色が嫌いって。
やっぱりアタシのせい?
「誰かと思えば、パルカじゃねえか。久しぶりだな」
ジャンゴは言葉ほどは再会を喜ぶ様子でもなく言った。
パルカは挨拶を無視した。
「そいつ、お前の女か?」
「俺様のシャツにシミを作りやがってよ、これからベッドでお仕置きするところだ」
勝手なコト言わないでよ。
謝ったでしょ!
逃げたけど。
アタシは心の中で叫んだ。
怖いので声には出さなかった。
でも、マジでヤバい。
幾らなんでも、あの最低なジャンゴ・ディンゴに捕まるなんて、しかも、お仕置きなんて冗談じゃない。
そう思ってじたばたしたが、無駄だった。
と、パルカが何を思ったか。
「ジャンゴの旦那、その女、俺もちょいと用があってね。もし良ければ、俺に渡してくれないか?」
突然、言い出した。
「はあ? お前が・・・そうはいくか。なかなか見ねえ良い女だ。そう簡単に渡せるか」
ジャンゴは噛みつきそうな顔になった。
「そう言うなよ。 俺だって、そいつに恥をかかされたんだ。」
パルカはアタシに目を向けた。
なんだか、不気味な笑みが、そこに宿っていた。
「悪いことは言わない。俺に、渡せよ」
「パルカ、お前・・」
ふざけんな。
と、言おうとしたんだと思う。
次の瞬間。
彼の前歯が二本とんだ。
ジャンゴの口に、パルカは銃身を突っ込んでいた。
ジャンゴは目を白黒させた。
「交渉してんだぜ、俺は。」
パルカは微笑んだ。
「じゃあ、こうしよう、一つゲームをしようじゃないか。この女を賭けて」
頷かないと、撃つ。彼の眼はそう言っていた。
ジャンゴが、苦しげに呻き、微かに頷いた。
「ふん。利口だな」
ジャンゴは銃を抜いた。
「そっちの得意で勝負してやるぜ。何にする?」
もはや、パルカのペースだった。
これは、ジャンゴなんかより、危ない奴かもしれない。
アタシはこの小柄な男に、底知れない恐怖を感じた。