シーン16 同棲しちゃって良いのかな
シーン16 同棲しちゃって良いのかな
いや。良くない。
これは、独身男女の健全なる日常生活にとっては良くないぞー。
アタシは、スーツケース二つ分と、ダンボール箱一つ分、それに風呂敷一包みに増えた私物を抱えて、特別客室の入り口に立った。
部屋に入るのをためらっていると、急に中から開いた。
「どうしたでやんすか、入ってきて良いでやんすよ」
バロンが顔をのぞかせ、ひょいひょいっと、アタシの荷物を持ってくれた。
アタシは、なんだか彼の顔を正面から見れずに、俯きながら部屋に入った。
シャーリィめ。
企んだな。
アタシとバロンの関係を面白がっているのは知ってるけど、これはやり過ぎだ。
もしかして、本気でアタシ達をくっつけようとでもしているのか。
だとしたら、とんだおせっかいだ。
それに。
こんな気持ちがギクシャクしてる時に、一緒の部屋って言われても。
・・・困るよ。
「ラライさん」
呼ばれて、アタシは顔を上げた。
バロンがいつものフルーツジュースを用意して待っていた。
「ありがと・・・」
アタシはそれを受け取った。
バロンがほっとした顔になった。
アタシ達は立派な二人掛けのソファに並んで座った。
目の前には大きなモニターと、クリスタルのラウンドテーブル。
なんだか、高級ホテルみたいだ。
「この間は悪かったでやんす。このところ怒ってるの、そのせいでやんしょ」
「別に・・・怒ってなんかいないけど」
「でも、そう見えたでやんす」
「・・・・」
いや。怒ってたのよね。
アタシ。
それに、だいぶイライラしていたし。
「別にご主人様のせいじゃ無いよ」
どっちかって言えば、一番悪いのはこのカチューシャだ。
バロンの事を、バロンって呼びたいのに。
呼べないから、きっと気持ちがギクシャクするんだ。
「なんか、良い方法ないかな」
アタシは、厄介なイヌ耳を触った。
下手に力を入れると、またびりびりってくるから、丁寧に触らないといけない。
「外す方法でやんすか」
彼はアタシの髪に手を伸ばし、恐る恐る、その耳に触れた。
「調べてはくれたんでしょ、外す方法」
「どうにも不良品でやんすからね。流通量も少なくて、事例が見つからないでやんす」
「そっかー」
アタシはため息をついた。
「少なくとも、ご主人様・・・って呼ぶのは、そろそろ終わりにしたいよね」
「あっしもそう思うでやんす」
あれ。
アタシは彼を見た。
この前まで、アタシにご主人様って呼ばれて、あんなに嬉しそうにしてたのに、なんだか彼も悲しそうな顔になってる。
「あっしも、ちゃんと名前で呼ばれた方が嬉しいでやんす」
彼は、しみじみとそう言った。
アタシの事を見つめる目が、いつものように優しくて、久し振りに胸がきゅんとした。
あ、駄目だ。
やっぱり彼って、・・・かっこいい。
アタシ、変かな。
「〈ご主人様〉も、ちょっと面白かったでやんすけど・・・機械に言わされてる言葉を聞いていても、本当のラライさんの声が聞こえてこないような気がして、なんだか寂しくなってくるでやんす」
アタシはその声を聞いて。
嬉しかった半面。
なんだか、悪いことをしていたような気持ちになった。
・・・バロン。
そっか。そうだよね。
アタシの事を本気で思ってくれてるなら、きっと、アタシが逆の立場でもそうだと思う。
欲しいのは形だけの言葉じゃないんだ。
「ごめんね。バロンご主人様」
アタシは何とかそれだけ言った。
つんつんしてた態度のお詫びに、キスでもしてあげたかったが、まだ恥ずかしくてできなかった。
アタシが受け取ったフルーツジュースを飲んで、落ち込んでいく気分をなんとか盛り上げようとしていると、彼は急に大きな声をあげた。
「そうでやんす! ちょっと、試してみるでやんす」
「どうしたの」
「ご主人様、を、言わずに済む方法でやんす」
「そんな事出来るの!?」
「やってみるでやんす・・・。ラライさん、命令でやんす、今後、あっしの事をご主人様と呼んではならないでやんす!」
「う・・わんっ!」
なるほど、もしかしてこれなら。
「さっそく、あっしの名前を呼んでみるでやんす」
彼は、わくわくした様子で言った。
よし。
「バロン・・・」
「!」
「様ぁ・・・」
「!!」
「バロン様ぁ!!???」
バロンは、軟体ボディがまるで嘘のように固まった。
「は、反則でやんす。それは、ご主人様以上に・・・・あっしのハートをメルトダウンでやんす・・・」
どうやら、駄目だったようだ。
バロンはよろめいて、一時的に再起不能になった。
アタシは興奮のあまり悶絶した彼を見下ろし、ため息をついた。
とりあえず、彼の事は放っておいて、改めて部屋を見回した。
特別なゲスト用に作られた部屋ということで、なかなか素晴らしいつくりだった。
部屋の奥には、ちゃんとシャワールームとランドリーもあって。
ベットルームもリビングとは分かれている。
難点を言えば、壁にかけられたポスターの趣味が悪いくらいだが、どうせすぐ、バロン好みの可愛い女の子のポスターに変わるだろう。
前は映画版「蒼翼のライ」の女優だったけど、大分日焼けていたし。
「とりあえず、クローゼットはベッドルームかな。寝室は見た ?」
「まだでやんす、あっしもまだ、何にも荷ほどきしてないでやんすよ」
「じゃ、後で一緒にしよう」
アタシはそう言って、ベッドルームの扉を開いた。
そして、絶句した。
写真でしか見たことの無いような、真ん丸の大きなベッドが一つ、これ以上無い程の存在感をアピールしていた。
中央には可愛らしいハート型の枕が二つ。
これは。
あの女の仕業だな。
そうに違いない!!!
後ろからバロンが覗き見て・・・。
もともと赤い顔を、真っ赤にした。
「あ・・・あっしはリビングで寝るから、心配ないでやんすよ」
当たり前よ・・・。
と、思ったが。
「そうしてくれると、助かるわ」
アタシは平常心を装って、そう答えた。
これは、先が思いやられる。
それにしても。
これって、本気で同棲・・・ってーか、まるで新婚さんの新居じゃない。
もしかしてシャーリィ・・・。
悪ふざけじゃなくて、本当にアタシ達がそういう関係になっていると、思ってるのか。
アタシは少しだけ冷静になって、今までの事を思い返した。
考えてみれば。
前の船に居た時からアタシは彼の部屋に入り浸りで、寝るとき以外はほとんど彼のベッドでゴロゴロしていたし・・・。
寝顔にキスしようとした時だって、ばっちりのタイミングで彼女に見られちゃったし。
シャツ一枚で彼のベッドで寝落ちした時も、やっぱり彼女に見つかった。
こうしてみると。
確かに、アタシ達って。
・・・誤解されてても、・・・全然おかしくない。
ってコトは・・・だ。
これはもしかして、彼女なりに、気を利かせてくれただけの話じゃないだろうか。
うん。
アタシはそう思う事にした。
イライラしてたって始まらないし。
どうせなら、状況を楽しんでしまえばいい。
そもそも、さ。
ベッドがすぐそこにあるだけって考えれば、今までの生活も、これからの生活も、あんまり変わらない。むしろ、堂々としていられるってもんだ。
そーか。
それならいいや。
とりあえず、彼と一緒に居られるのが、アタシにとっては居心地が良い事だったっけ
アタシは開き直る事にした。
そうしたら、急にこれからの生活が楽しみになってきた。
「ラライさん、なんだかいつもの表情に戻ったみたいでやんすね」
バロンが言った。
こいつめ。
アタシの顔色を全部読んじゃうんだもんな。
普段は鈍いくせにさ。
こういう時ばっかり。
「アタシはいつもこんなだよ」
アタシはそう答えて、思い切りベッドにダイブした。
それから数日して、アタシ達は「鳥の巣」を離れることになった。
古い船はバードに買い取ってもらって、その金で船の最終調整と、簡単なプレーンの修理を行った。
シビア―ルの腕には、スクラップ同然だったモニスターの腕を無理やりつけて、一応は稼働できるようにまで修復した。ここから先の整備は、アタシとバロンでも何とかなるかもしれない。
シャーリィの号令を受けて、アタシ達はコクピットルームに集まった。
メインパイロットの席にはシャーリィが座った。
隣のサブシートでは、口元に新しいマスクを着けたトゥーレが計器に向かい合っていた。
キャプテンシートにはソニー。
オペレーションシートにイアン。
デニーとキャプテンが奥の壁面にもたれ腕を組んでいて、アタシとバロンは立体式亜空間羅針盤を挟む形で立って、前面に開けたモニターを見つめた。
「さ、ソニー出航だ」
シャーリィが促した。
ソニーは右手を高らかに上げて、叫んだ。
「宇宙海賊デュラハン、ヘッドレスホース号、発艦します!」
彼女の眼が、微かに潤んだ。
「目的地は、惑星プロブデンス」
「了解! メインエンジン出力良好。どれ、出航するよっ!」
シャーリィの声が、いつもより微かに上ずった。
キャプテン・・・ラガーの顔が、綻んだ気がした。
船は、ゆっくりとポートを離れた。
安全圏まで出たところで、エンジンがフル稼働を始める。
僅かな振動を一瞬だけ生んで、それから、船を包む星々が、一気に流れ始めた。
宙の色はいつもと同じなのに、なぜだか今日は違って見えた。
アタシ達は不思議な高揚感に包まれながら、新たなる旅の始まりを予感した。