シーン15 首なし騎士と首なし馬
シーン15 首なし騎士と首なし馬
アタシは、血の気が引いた。
バロンはアタシの事をじっと見つめて、それからジュピトリスを見上げた。
彼は、この名前をどう思っただろう。
ただ、アタシがライのファンだから、その名前を付けた、と流してくれるだろうか。
それとも。
アタシは彼に疑いの目を向けられるのを、覚悟した。
ところがだ。
「そうなんでやんすよ」
と、こともなげにバロンは言った。
驚いた様子も、慌てた様子も、何もなく。
平然と、彼はそのことを認めた。
「こいつは、あの蒼翼のライのジュピトリスでやんす!」
え?
アタシは彼が追及してこない事に、それどころか、この機体が既にジュピトリスだと気付いていた事に、心臓が止まるほどに驚いた。
「それじゃあ、まさかこのラライさんって!?」
ソニーの声が大きくなった。
そりゃあ、そうなるよね。
それにしてもバロン、あなた、それじゃあアタシがライだってこと、もう気づいて・・・。
と、思ったら。
彼は、にへらっと笑った。
「それがでやんすよ~。以前ラライさんの親友の方が、ラライさんにぴったりのイメージで、宇宙でも最強クラスのプレーンを探してきてくれって、とある探し屋に依頼をしたでやんす。そしたら、その探し屋は、事もあろうに蒼翼のライから、この機体を盗んできちゃったでやんすよ~!!」
「まあ~」
ソニーが目を丸くした。
アタシもした。
なぬ。
そう言う話になっているのか。
アタシそんな打ち合わせ、してなかったぞ・・・。
「いやー、痛快でやんすね~。ライの野郎、今ごろ地団駄踏んで悔しがってるでやんすよ。顔を見れないのが本当に残念でやんす。もうあっしは愉快でたまらないでやんす。いっそ、上からあっし達の色にマーキングをした画像を撮って、本人に送りつけてやりたいくらいでやんす!」
バロンは腹?を抱えて笑った。
アタシはほっとする反面。
ちょっと彼の態度にイラっときた。
「言っとくけど、これアタシの機体だかんね。勝手にカスタムとか、しちゃだめだから」
「大丈夫でやんす。操縦席以外は、いじってないでやんす」
「そこ、結構大事なんだけど」
まあ、駐機させてもらうのを条件に、無期限貸し出ししてたのは事実だし。
カース人の彼が乗るにはカスタムするしかないんだけど。
そういえば、どんな風に変えられちゃったんだろう。
「ちょっと見てみるー」
アタシはコクピットに向かった。
バロンが後ろからついて来た。
ソニーは遠慮したみたいだった。
アタシはハッチを開いて、そして絶句した。
これは、まるで・・・トイレだ。
カース人の軟体ボディを抑えるには、確かに輪っかみたいな椅子が必要になるけど、アタシが乗れるように座面を工夫してくれた結果、見事に西洋便器になってる!
前は、便器みたい・・・だったけど。
これはもう、便器そのものだ。
・・・お世辞にもカッコ良くない。
アタシが泣きそうになっているのを、彼は喜んでいると勘違いした。
「ラライさん、乗ってみるでやんす。新機能満載でやんす!」
「新機能って! やっぱり色々変えたんじゃない」
「コクピット廻りだから一まとめで良いでやんす」
彼は訳の分からない論理を言って、アタシを無理やりに座らせた。
まあ、なんて心安らかになる形
これは、あえてトイレだと思いこめば、普通のトイレよりも安心できるかもしれない。
「長時間乗ると、やっぱり穴が無い方が良いでやんしょ、そこで、可動式のお尻用クッションを考案したでやんす。そこのボタンをぽちっと押すでやんす」
「これね、はいぽちっと」
アタシは何の気なしにそのボタンを押した。
すると、通常はバロンの足が収納される穴、つまり便器の穴の奥がせりあがってきて、アタシのお尻にジャストフィット!
・・・するはずが、アタシのお尻に突き刺さった。
アタシは悶絶した。
これは、・・・何かの罠?
多分アタシのお尻の形に合わせて、座面にカーブをつけたんでしょうけど、真ん中の部分が三角にせりあがってて、ちょっと、鋭角すぎる。
それに、クッションのくせに、なんでこんなに固いの。
アタシはお尻を抑えながら、情けなく前のめりに崩れた。
「ラライさん、大丈夫でやんすか~!? どこを打ったでやんす!」
彼が慌てて、アタシを助け起こそうとした。
待って。どこを打ったのかは聞かないで。
仮にもアタシは美貌のヒロインよ。
「おかしいでやんすね~、座面に着けたはずの低反発ウレタンが、座面上昇の勢いで二つに裂けたでやんす。設計ミスでやんすかね・・・」
いやこれ、普通にただの拷問道具になってるから。
アタシはよろよろと、再びシートに戻った。
「その機能、いらない・・・。こんなんなら、便器のままで良いわ」
呟くと、彼は、
「じゃあ、これはどうでやんす。疲れた体にぴったりの、全身リラックスマッサージコースでやんす」
新たなるボタンを押した。
すると、便座部分と、背もたれ部分が軽い振動を始めた。
おお、これは、なかなか気持ち良いではないですか。
「ああ、これなら良いわね。強すぎもしないし」
まあ、プレーンにマッサージ機能ってのは微妙な感じだけど、実際、工事現場の重機型プレーンとかでは、オッサンたちが休憩中にこーゆーオプションパーツを座面に装着して使ってたりする。
少なくとも、さっきの変な拷問道具よりはよっぽどましだ。
「シートベルトとも連動するでやんすよ」
アタシはシートベルトを引いた、
ジュピトリスのシートベルトは、両肩から逆Aの字になって、足の付け根、つまり股の間にロックする。
彼はスイッチを入れた。
想像以上に強い振動が来た。
と、思ったら。
アタシは悲鳴を上げた。
振動が発生した瞬間、シートベルトはそれを異常衝撃と誤判断した。
アタシの体を守るべく、物凄い力でシートへと押さえつける。
ヘルメットとプレーンスーツを着ていればそれでも堪え切れたが、今のアタシは生身だ。
内臓が飛び出るかと思った。
そして、容赦なく全身を揺さぶるバイブレーション。
さっきまで心地よかった振動が、急に悪魔の指にでも変わったかのようにアタシを粉砕しかけた。
「ひゃあああううううう」
「わー、ラライさん、大丈夫でやんすか~!!!!」
バロンが慌ててスイッチを停めた。
大丈夫な、わけないでしょ。
アタシはふらふらと、操作盤に手を着いた。
良い位置に、さっきのボタンがあった。
ぽちって音がした。
気付いた時には手遅れだった。
ぎゃああああああ。
アタシは本日二度目の尻チョップを喰らった。
しかも、今回は、シートベルト付きで、衝撃の逃げ場も無かった。
三途の川が見えた。
結局。
アタシは、医務室送りとなった。
おのれバロン。
もはや許すまじ。
アタシを守るどころか、アタシをどこまで貶める気だ。
それも、清純派ヒロインであるこのアタシに、あんな屈辱的な方法で・・・。
ホントはアタシの事「ライ」だって気付いてて、こんな陰湿な罠をしかけたんじゃないでしょうね。
だとしたら絶交だ。
二度と口なんかきいてやるもんか。
とはいえ。
面倒くさい引っ越し作業の期間中、寝て過ごせたのは良かった。
実を言うと、ちょっとした打ち身で済んだのだが、都合が良かったので、歩けないふりをしてサボった。
最近ひどい目にばっかり合ってるから、この位は許されるのだ。
おおよその準備が終わると、アタシ達はミーティングルームに集められた。
結構広い部屋で、必要以上にたくさんの椅子が並んでいた。
アタシはバロンの隣・・・をあえて避けて、イアンの横に座った。
遠くからバロンは不思議そうにアタシをちらっと見た。
知るか。
あんな奴。
ソニーにはデレデレして。
アタシのプレーンには変な装備ばっかりつけて。
もう。
付き合ってなんかやるもんか。
「えー、それじゃあ、部屋割りと、ついでに船での役職を発表するぞ」
シャーリィが声をあげた。
役職の方がついでなんだ。
まあ、良いけど。
「まず、船長室を使うのはソニー。役職も、この船での船長をお願いする!」
え、ええー!?
アタシは驚いて、キャプテンを見た。
彼は、無表情だった。
「これはな、キャプテンの指示だ。確認をするぞ、あくまで、海賊デュラハンのトップはラガーだ。だが、この船に関しては、船長はソニーだ。この意味は解るな」
彼女はそう言ったが、少なくともアタシとイアンは「?」って顔になった。
「言っておくが、あたし達は宇宙一の海賊を目指してる。つまり、この船一台だけで終わるつもりは毛頭ないという事だ。これから先、もしかしたら、デュラハンは2隻目、3隻目の船を持つ・・・かもしれない。その時は、ここに居る誰もが船を任される可能性がある。それを、心しておくように」
ああ、なるほど。
アタシはようやく納得がいった。
ラガーはいわば組織のリーダー。
そして、ソニーは、組織の中にある、この船というユニットのリーダー、そういう事か。
うまい具合に、ソニー達メンバーの顔を立てた、ってことだ。
考えたじゃない。
「次、一等船室にキャプテンと、このあたしだ。文句はないな。キャプテンは白兵戦のリーダーを、アタシはメインパイロットをやる」
ま、ここは妥当な所だ。
「次、バロン。プレーン部隊。部屋は、特別に客間を使え。」
「かしこまったでやんす」
シャーリィは続けた。
「あとはすまないが部屋無しだ。各自好きなプライベートスペースを選んでくれ。ちなみにトゥーレはサブパイロット。デニス、イアンは戦闘要員。ただし、イアン、あんたはオペレーターの補助も頼む。それ以外のメンバーも、人手が少ないから、都度、持ち回りで色々やってもらうぞ。以上!」
あれ。
以上って・・・アタシは?
アタシの部屋と、役目・・・は、別にどうでも良いけど、とにかくアタシは何処にいればいいんだ。
「あのー、ご主人様、大事な事忘れてません?」
アタシは遠慮がちに聞いてみた。
彼女はわざとらしく、何だっけ、って顔をしてから。
「そうそう、大事な事を言い忘れてた」
改めて、口を開いた。
そうよ、アタシの部屋もちゃんと決めてもらわないと。
「この船の名前だ!」
っと、なんだそりゃー。
船の名前って、そんなの前の船だって、ぜんぜんつけようともしなかったのに。
毎回、デュラハンの船、ってだけ言い続けるのが、なんか面倒くさかったのは事実だけど。
今さらかーい。
「ヘッドレスホース! 今日この日から、この船の名前はヘッドレスホース号とする」
シャーリィは高らかに言った。
ちょっと、ざわついた。
ヘッドレスホース、つまり、首なし馬か。
なるほど。
デュラハンは伝説の首なし騎士。その愛馬・・・つまり船は首なし馬ね。
それに、ソニー達4人はまさしく頭を失って、これまで辛い思いをしてきた。
シャーリィ達にしては、なかなかのネーミングだ。
「じゃあ俺達は、ヘッドレスホーセズだな。悪くない」
トゥーレが言って、イアンとデニスも頷いた。
「よし、解散!」
「じゃ、なくってですねー。アタシの部屋は、まさかアタシも部屋無しなんですか」
アタシはシャーリィに泣きついた。
「あー、それね。いやさ、あたしもいろいろ考えたんだけどさ。やっぱり、この先何があるか分からないし、客間は最低一つは開けておかないといけないしね」
彼女は仕方なさそうに頭を掻いた。
「本当は、他の連中に聞かれないように、と気を利かせたつもりなんだけど・・・」
「え?」
「客室、一個やるよ」
「ホントに!」
「本当だ。ただし・・・」
「ただし?」
「ラライ、あんた、バロンと同部屋な」
「へ・・・・・」
皆が、一瞬固まった。
え・・・。
「ええーっ!!」
アタシと同じように、部屋の奥でバロンが大声で叫んだ。