シーン13 その魂は誰が継ぐ
シーン13 その魂は誰が継ぐ
「何も喧嘩をするつもりはないんだ」
さんざん焚きつけておきながら、シャーリィはしれっとして言った。
「むしろその逆さ。まがりなりにもあのバードが気にかけているあんた達だ。見どころがあるんじゃないかと思ってね・・・・」
「それで、私達の船を、狙ってきたのですか」
白い翼の少女は、警戒心に満ちた表情で言った。
柔らかな物腰の中に、なかなか肝の据わったところがあるようだ。
名前は確か、誰かがソニーって呼んでたな。
「狙って、ってのは人聞きが悪いな。ただ、あんた達がどうしようもない悪党だったってんなら、話は別だけどね」
「こうみえても、私達は海賊です。立派な悪党です」
「そうは見えないね」
特にあんたは。
って言葉を飲み込んで、シャーリィは視線を通路の奥へ向けた。
「こんな所で立ち話より、あんた達の船でも見せてもらおうか。それから、じっくりと腹を割って話をしよう」
「あなた達のような、得体の知れない人たちを、私達の船に招待しろと?」
「その気になれば、無理にだって押し通れるけど、そうはしなかっただろ。安心しなよ。あたし達には、最初っから、争うつもりはないんだ」
ソニーは、唇を噛んだ。
実力の差は、明らかだった。
アタシやシャーリィだけならともかく、先ほどキャプテンが見せた迫力は、完全に目の前の4人を飲み込んでいた。
「ついて、・・・来てください」
諦めたように、ソニーは言った。
その宇宙船用ポートは、あたし達の船が停泊した所に比べ、はるかに巨大だった。
理由は単純だ。
そこに停泊する船そのものの規模が違うからだ。
これは。
想像以上じゃないか。
そこに佇んだ宇宙船の偉容を目にして、アタシは息を飲んだ。
サイズは、軍の基準からすれば、駆逐艦クラス。
しかもベースとなった船の形式が読めない。
このアタシに読めないという事は、考えられる答えは一つ、完全オリジナル機か、廃棄を免れた試作機かのどちらかだ。
いずれにせよ、とんでもない機体であることに間違いはない。
その姿は、鋭角で特徴的なエネルギーパネルに覆われ、まるで巨大な折り鶴にも見える。
「この船は・・・そうか、あいつの・・・」
ぽつりと、呟く声が聞こえた。
この声は、キャプテン?
アタシが振り返ると、彼はアタシに独り言を聞かれたことに気付いて、帽子を目深に降ろした。
「こちらへ」
ソニーは船のハッチを開いた。
中は、整然として美しかった。
応接用の部屋もしっかりと用意されていて、シャーリィとソニーが向かい合わせに座り、それぞれの後ろに、互いのメンバーが3人ずつ立った。
こっちも4人だけど。
結局、向こうも4人だけか。
「じゃ、まずはお互いに自己紹介から行こうじゃないか。あたし達はフリーの宇宙海賊で、デュラハンってもんだ。ちなみにアタシはシャーリィ、一応、船のメインパイロットさ」
シャーリィはそう言って、次にバロンを指さした。
「で、こっちのカース人がバロン。うちのプレーンアタッカーをやってる」
「えー、ただいま紹介に預かりやんしたバロ」
「はい、お次が・・・」
シャーリィはバロンの口上をバッサリと切った。
彼女の眼が、アタシの眼と合った。
あら。アタシの事も紹介してくれるのね。
ここはちょっと、いい顔をしないと
「この痛々しいメイドコスプレ女がラライ、こう見えてただの居候だ」
「どーも、ラライで・・・す?」
ちょっとまて。
今、なんて紹介をした?
ソニーの顔が・・・ってなった。
「居候さんですか?」
「ああ、一番でかい顔して、ずーずーしい奴だ。ただし、銃の腕前と、プレーンの操縦にかけては、良く分からないけどタダもんじゃない」
「・・・」
えーと、シャーリィさん。
それって、褒めてるの? なんだか、けなされてるような気にしかならないんだけど。
せめて、もう少しまともに紹介してくれても良いのに・・・。
痛々しくなったのだって、元はといえばアンタのせいでしょ。
「最後に、あの人があたし達のキャプテン、ラガー。言っておくけど、ここに居る全員が束になっても、あの人には勝てない。白兵戦じゃ、無敵だからね」
ごくり、と、唾をのむ音が聞こえた。
当のキャプテンは、自分の事を話されている事など気付かないという素振りで、俯いたまま腕を組んでいた。
そっちの番だよ、と、シャーリィは促した。
ソニーは唇を震わせた。
「私たちは宇宙海賊・・・」
言いかけて、口ごもった。
その目の縁が赤くなって、微かに涙がにじむのを、アタシは見た。
「ソニーさん・・・」
気遣うように、トゥーレが声をかけた。
自分達の名前を名乗るのが、何故そんなにも辛いのだろう。
こみ上げる感情が、彼女の肩を震わせた。
と。
思いもかけず、キャプテンが顔を上げた。
「名乗るまでもない」
彼は、淡々とした声で言った。
「この船を見ればわかる。お前たちは、宇宙海賊クレンの残党だな」
クレン!?
アタシはその名前に記憶があった。
あれは確か、アタシが巻き込まれた武器密売事件の最中だった。
直接の面識はなかったが、その声ははっきりと耳に残っているし、その最後もまた、いまだにアタシの記憶には残っている。
「そういえば、彼女は殺されたと聞いたな・・・何があった?」
「ラガーさん、クレン姉様をご存じなんですか?」
ソニーは驚いて彼を見た。
彼は、答えずに顔をそむけた。
別に格好をつけてるわけじゃない。見つめられたので、とっさに視線を外しただけだろう。まったくもって面倒くさい人だ。
「その話、聞かせてくれるかい?」
シャーリィが言葉を引き継いだ。
ソニーが口を開くよりも先に、トゥーレが答えた。
「元はといえば、俺達のせいだったんだ」
悔しげに、彼は言った。
「俺はトゥーレ、あっちのデカいのがデニス、俺達はデニーって呼んでる。それと、ちっこい方がイアン」
彼が紹介すると、デニスは軽く頭を曲げた。イアンの方は「ちっこい」と言われたことに不満げに唇を尖らせた。
「もちろん、昔はもっと乗組員がいた。だけど、クレンの姐御が殺されたって話が聞こえてきて、皆どっかに行っちまった。残ったのは俺達だけだ」
「あんた達のせいだって言ってたね。それってどういう事?」
トゥーレの眉間に苦渋に満ちた皺がよった。
「とある星で、俺達はつまらない事でパクられた。つまり、軍事警察に捕まったんだ。アンタ達も知っての通り、軍事警察にとって海賊は天敵だ。普通なら裁判もなく極刑にされるのがお決まりさ・・・」
確かに。
そういう事はこの宇宙のあちこちで実際に起きている。
本当で言えば、宇宙法の元で裁判があって、罪に服すことになる。
だけど、軍事警察はそんな面倒な事はしない。
海賊だと判れば、銃殺。
それが普通だ。
海賊を殺した理由くらい、何とでも報告できるし、そもそも、頼る物も無い宇宙生活者が、何人この世から消え去ったとしても、それを気にかける者すらいない。
非情なようだが、これが現実なのだ。
「ところが、軍事警察の中に、姐御と親交のあった奴がいた。どういう関係だったかは俺達も知らないが、とにかくそいつは取引を求めてきた」
「取引?」
シャーリィが怪訝そうな顔になった。
「ああ。俺達の身柄を解放するのと引き換えに、潜入捜査に協力をしてほしいってね。つまるところ、警察のスパイになれって事さ。で、姐御はそれを引き受けた」
「それで、バレて殺された、そういう事かい?」
「姐御の最後がどうだったのかは知らない。俺達に届いたのは、ただ、姐御が死んだっていう報告だけだった」
ソニーが俯いた。
頬に涙が流れるのを、アタシはなるべく見ないようにした。
クレンの最後を、アタシは知っていた。
だけど、そんな事言い出せる雰囲気じゃなかった。
それに、なんだか、心が重くなった。
アタシは彼女の死に対して、何一つ責任があるわけでもないのに、まるで彼女を死に追い込んだのが自分であるかのような、妙な錯覚を覚えた。
「それからも大変だったんだぜ」
イアンが言った。
「当時所属していた組織、ブラッディリップスからは裏切り者として追われるしさ、仲間だと思ってた連中は、みんな掌返しだ。乗組員も逃げちゃって。それで、最後に逃げ込んだのが、ここってワケ。ここは、組織の連中も一目置いてるからな」
デニスは頷いた。
そういえば、彼って一度も話さないな。
なんだか、どことなくキャプテンと同じ匂いがするのはアタシだけかしら。
「敵対しているのは、ブラッディリップスだけかい?」
「いや、それと・・・多分RINGあたりが裏に居るんだと思う」
「なるほどね、・・・で、あんたは何者なんだい? クレンとはどういう関係なんだ。妹・・・でもないよね?」
シャーリィは、ソニーに目を向けた。
確かに、アタシが見たクレンは普通のテアードだった。彼女のような有翼人種ではなかった・・・と、思う。
「私は、ソニーと申します」
あらためて、彼女は名乗った。
もう涙は消えていた。
気持ちが落ち着いたらしく、声に芯の強さが戻っていた。
「血のつながりはありません。でも、この船に乗せていただいてからは、クレン姉様には実の妹のように接していただいていました」
「ソニーさんは実はお嬢・・・」
「イアン、黙ってろ!」
言いかけたところで、イアンはトゥーレに諫められた。
あたしがちらっと彼を見ると、彼は視線に気づいて、微かにまた頬を赤らめた。
何かを察したのか、バロンの額が、ぴくっと動いた。
「船では、姉様のサポートをしていました」
シャーリィは納得したようだった。
「ってコトは、今、そっちのリーダーは、ソニー、あんたってコトで良いね」
「ええ、まあ、そうなります・・・ね」
どこか遠慮がちに彼女は言った。
後ろの三人は、それで当然というように頷いた。
「じゃあ、単刀直入に行こう。今の話からすれば、あたし達が手を組むのに、何一つ障害はない」
「??? そうなるのですか? 私たちは、海賊と言っても、裏切り者として追われている立場なのですよ」
「あっし達は、正義の海賊でやんすからね。悪の海賊とは、元から敵対してるでやんす。RINGもリップスも、あっし達にとっては最初から単なる商売敵でやんすよ」
バロンが、グッと、親指を立てる様な仕草をした。
と言っても、触手の動きでそれとわかるのは、見慣れたアタシ達だけかもしれない。
それにしても。
正義の海賊って、なんだ。
アタシもそれなりに海賊稼業をしてきたが、はじめて聞いた言葉だぞ。
「そーゆーことだ。あんた達の敵はあたし達の敵。つまりあたし達は味方になれるって事になる」
「なんだか、無理やりな気がしますが」
ソニー。あなたの感覚は正しいわ。
思ったけど言わなかった。
「実際、今あたし達はちょっとしたブツを巡って、〈白骨〉の連中と争ってる。正直、今回は兵装の差が大きすぎてね。恥ずかしい話だが、完璧にやられちまった。・・・そこで、船が欲しいんだ」
「やっぱり、目当ては船なんですね」
「ああ。正直に言えば、そうだ。だが、こんなデカい船はあたし達4人でも持て余しちまう。あんた達が協力できないって言うんなら、要らない」
「・・・」
いらない、とはっきり言われて、ソニー達の顔に初めて動揺の色が浮かんだ。
「だけど、あんた達があたし達の仲間になるってんなら、話は別だ」
シャーリィは身を乗り出した。
「どうだい、一緒にこの船を蘇らせて、もう一度あたし達で、この宇宙に海賊旗を掲げてみるってのは」
イアンの顔に、僅かに興奮の色が浮かんだ。
いや、彼だけじゃない、トゥーレも、そしてデニスも、明らかにシャーリィの話に興味を抱き始めている。
「そっちだって4人じゃ持て余しちまってんだろ、この船。いいじゃないか」
「でも、私には・・・」
ソニーが決めかねたように首を振った。
その頬を打つように、低い声がその場に響いた。
「クレンに、遠慮しているのか」
それは、キャプテンの声だった。
キャプテンは、驚くほど真っ直ぐに、ソニーを見ていた。
「あいつが愛した船を、そして、あいつが作り上げたチームを守りたい。そう思っているなら、とんだお門違いだ」
「キャプテン・・・」
シャーリィが信じられないものを見るように彼を見た。
キャプテンは言った。
「海賊の魂は死なん。その志があれば、常に生き続ける。どんな名を名乗ろうが、どんなに形を変えていこうが、誰かがそれを継いでいけばいい。ただ、それだけだ」
ソニーは、口を開きかけて、そして、止まった。
彼女は。
いや、アタシを含め、その場にいた全員が彼を見て感じた。
本物の海賊が、そこに居た。
そして、きっとその姿は、ソニー達がクレンという女に対して感じていた尊敬、いや、憧憬を彷彿とさせるものだった。
なんだか、震えが来た。
彼らと一緒になって初めて、キャプテンが本当にすごい人に見えた。