表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/74

シーン13 その魂は誰が継ぐ

 シーン13 その魂は誰が継ぐ


「何も喧嘩をするつもりはないんだ」

 さんざん焚きつけておきながら、シャーリィはしれっとして言った。


「むしろその逆さ。まがりなりにもあのバードが気にかけているあんた達だ。見どころがあるんじゃないかと思ってね・・・・」

「それで、私達の船を、狙ってきたのですか」

 白い翼の少女は、警戒心に満ちた表情で言った。

 柔らかな物腰の中に、なかなか肝の据わったところがあるようだ。

 名前は確か、誰かがソニーって呼んでたな。


「狙って、ってのは人聞きが悪いな。ただ、あんた達がどうしようもない悪党だったってんなら、話は別だけどね」

「こうみえても、私達は海賊です。立派な悪党です」

「そうは見えないね」


 特にあんたは。

 って言葉を飲み込んで、シャーリィは視線を通路の奥へ向けた。


「こんな所で立ち話より、あんた達の船でも見せてもらおうか。それから、じっくりと腹を割って話をしよう」

「あなた達のような、得体の知れない人たちを、私達の船に招待しろと?」

「その気になれば、無理にだって押し通れるけど、そうはしなかっただろ。安心しなよ。あたし達には、最初っから、争うつもりはないんだ」


 ソニーは、唇を噛んだ。

 実力の差は、明らかだった。

 アタシやシャーリィだけならともかく、先ほどキャプテンが見せた迫力は、完全に目の前の4人を飲み込んでいた。


「ついて、・・・来てください」

 諦めたように、ソニーは言った。


 その宇宙船用ポートは、あたし達の船が停泊した所に比べ、はるかに巨大だった。

 理由は単純だ。

 そこに停泊する船そのものの規模が違うからだ。


 これは。

 想像以上じゃないか。


 そこに佇んだ宇宙船の偉容を目にして、アタシは息を飲んだ。


 サイズは、軍の基準からすれば、駆逐艦クラス。

 しかもベースとなった船の形式が読めない。

 このアタシに読めないという事は、考えられる答えは一つ、完全オリジナル機か、廃棄を免れた試作機かのどちらかだ。

 いずれにせよ、とんでもない機体であることに間違いはない。


 その姿は、鋭角で特徴的なエネルギーパネルに覆われ、まるで巨大な折り鶴にも見える。


「この船は・・・そうか、あいつの・・・」

 ぽつりと、呟く声が聞こえた。


 この声は、キャプテン?

 アタシが振り返ると、彼はアタシに独り言を聞かれたことに気付いて、帽子を目深に降ろした。


「こちらへ」

 ソニーは船のハッチを開いた。


 中は、整然として美しかった。

 応接用の部屋もしっかりと用意されていて、シャーリィとソニーが向かい合わせに座り、それぞれの後ろに、互いのメンバーが3人ずつ立った。


 こっちも4人だけど。

 結局、向こうも4人だけか。


「じゃ、まずはお互いに自己紹介から行こうじゃないか。あたし達はフリーの宇宙海賊で、デュラハンってもんだ。ちなみにアタシはシャーリィ、一応、船のメインパイロットさ」

 シャーリィはそう言って、次にバロンを指さした。


「で、こっちのカース人がバロン。うちのプレーンアタッカーをやってる」

「えー、ただいま紹介に預かりやんしたバロ」

「はい、お次が・・・」

 シャーリィはバロンの口上をバッサリと切った。


 彼女の眼が、アタシの眼と合った。

 あら。アタシの事も紹介してくれるのね。

 ここはちょっと、いい顔をしないと


「この痛々しいメイドコスプレ女がラライ、こう見えてただの居候だ」

「どーも、ラライで・・・す?」


 ちょっとまて。

 今、なんて紹介をした?


 ソニーの顔が・・・ってなった。

「居候さんですか?」

「ああ、一番でかい顔して、ずーずーしい奴だ。ただし、銃の腕前と、プレーンの操縦にかけては、良く分からないけどタダもんじゃない」

「・・・」


 えーと、シャーリィさん。

 それって、褒めてるの? なんだか、けなされてるような気にしかならないんだけど。


 せめて、もう少しまともに紹介してくれても良いのに・・・。

 痛々しくなったのだって、元はといえばアンタのせいでしょ。


「最後に、あの人があたし達のキャプテン、ラガー。言っておくけど、ここに居る全員が束になっても、あの人には勝てない。白兵戦じゃ、無敵だからね」


 ごくり、と、唾をのむ音が聞こえた。


 当のキャプテンは、自分の事を話されている事など気付かないという素振りで、俯いたまま腕を組んでいた。

 そっちの番だよ、と、シャーリィは促した。


 ソニーは唇を震わせた。


「私たちは宇宙海賊・・・」

 言いかけて、口ごもった。

 その目の縁が赤くなって、微かに涙がにじむのを、アタシは見た。


「ソニーさん・・・」

 気遣うように、トゥーレが声をかけた。

 自分達の名前を名乗るのが、何故そんなにも辛いのだろう。

 こみ上げる感情が、彼女の肩を震わせた。


 と。

 思いもかけず、キャプテンが顔を上げた。


「名乗るまでもない」

 彼は、淡々とした声で言った。


「この船を見ればわかる。お前たちは、宇宙海賊クレンの残党だな」


 クレン!?


 アタシはその名前に記憶があった。


 あれは確か、アタシが巻き込まれた武器密売事件の最中だった。

 直接の面識はなかったが、その声ははっきりと耳に残っているし、その最後もまた、いまだにアタシの記憶には残っている。


「そういえば、彼女は殺されたと聞いたな・・・何があった?」

「ラガーさん、クレン姉様をご存じなんですか?」

 ソニーは驚いて彼を見た。


 彼は、答えずに顔をそむけた。

 別に格好をつけてるわけじゃない。見つめられたので、とっさに視線を外しただけだろう。まったくもって面倒くさい人だ。


「その話、聞かせてくれるかい?」

 シャーリィが言葉を引き継いだ。


 ソニーが口を開くよりも先に、トゥーレが答えた。


「元はといえば、俺達のせいだったんだ」

 悔しげに、彼は言った。


「俺はトゥーレ、あっちのデカいのがデニス、俺達はデニーって呼んでる。それと、ちっこい方がイアン」

 彼が紹介すると、デニスは軽く頭を曲げた。イアンの方は「ちっこい」と言われたことに不満げに唇を尖らせた。


「もちろん、昔はもっと乗組員がいた。だけど、クレンの姐御が殺されたって話が聞こえてきて、皆どっかに行っちまった。残ったのは俺達だけだ」

「あんた達のせいだって言ってたね。それってどういう事?」


 トゥーレの眉間に苦渋に満ちた皺がよった。


「とある星で、俺達はつまらない事でパクられた。つまり、軍事警察に捕まったんだ。アンタ達も知っての通り、軍事警察にとって海賊は天敵だ。普通なら裁判もなく極刑にされるのがお決まりさ・・・」


 確かに。

 そういう事はこの宇宙のあちこちで実際に起きている。

 本当で言えば、宇宙法の元で裁判があって、罪に服すことになる。

 だけど、軍事警察はそんな面倒な事はしない。

 海賊だと判れば、銃殺。

 それが普通だ。


 海賊を殺した理由くらい、何とでも報告できるし、そもそも、頼る物も無い宇宙生活者が、何人この世から消え去ったとしても、それを気にかける者すらいない。

 非情なようだが、これが現実なのだ。


「ところが、軍事警察の中に、姐御と親交のあった奴がいた。どういう関係だったかは俺達も知らないが、とにかくそいつは取引を求めてきた」

「取引?」

 シャーリィが怪訝そうな顔になった。


「ああ。俺達の身柄を解放するのと引き換えに、潜入捜査に協力をしてほしいってね。つまるところ、警察のスパイになれって事さ。で、姐御はそれを引き受けた」

「それで、バレて殺された、そういう事かい?」

「姐御の最後がどうだったのかは知らない。俺達に届いたのは、ただ、姐御が死んだっていう報告だけだった」


 ソニーが俯いた。

 頬に涙が流れるのを、アタシはなるべく見ないようにした。


 クレンの最後を、アタシは知っていた。

 だけど、そんな事言い出せる雰囲気じゃなかった。

 それに、なんだか、心が重くなった。

 アタシは彼女の死に対して、何一つ責任があるわけでもないのに、まるで彼女を死に追い込んだのが自分であるかのような、妙な錯覚を覚えた。


「それからも大変だったんだぜ」

 イアンが言った。

「当時所属していた組織、ブラッディリップスからは裏切り者として追われるしさ、仲間だと思ってた連中は、みんな掌返しだ。乗組員も逃げちゃって。それで、最後に逃げ込んだのが、ここってワケ。ここは、組織の連中も一目置いてるからな」


 デニスは頷いた。

 そういえば、彼って一度も話さないな。

 なんだか、どことなくキャプテンと同じ匂いがするのはアタシだけかしら。


「敵対しているのは、ブラッディリップスだけかい?」

「いや、それと・・・多分RINGあたりが裏に居るんだと思う」

「なるほどね、・・・で、あんたは何者なんだい? クレンとはどういう関係なんだ。妹・・・でもないよね?」


 シャーリィは、ソニーに目を向けた。

 確かに、アタシが見たクレンは普通のテアードだった。彼女のような有翼人種ではなかった・・・と、思う。


「私は、ソニーと申します」

 あらためて、彼女は名乗った。


 もう涙は消えていた。

 気持ちが落ち着いたらしく、声に芯の強さが戻っていた。


「血のつながりはありません。でも、この船に乗せていただいてからは、クレン姉様には実の妹のように接していただいていました」


「ソニーさんは実はお嬢・・・」

「イアン、黙ってろ!」


 言いかけたところで、イアンはトゥーレに諫められた。

 あたしがちらっと彼を見ると、彼は視線に気づいて、微かにまた頬を赤らめた。

 何かを察したのか、バロンの額が、ぴくっと動いた。


「船では、姉様のサポートをしていました」


 シャーリィは納得したようだった。

「ってコトは、今、そっちのリーダーは、ソニー、あんたってコトで良いね」

「ええ、まあ、そうなります・・・ね」

 どこか遠慮がちに彼女は言った。

 後ろの三人は、それで当然というように頷いた。


「じゃあ、単刀直入に行こう。今の話からすれば、あたし達が手を組むのに、何一つ障害はない」

「??? そうなるのですか? 私たちは、海賊と言っても、裏切り者として追われている立場なのですよ」


「あっし達は、正義の海賊でやんすからね。悪の海賊とは、元から敵対してるでやんす。RINGもリップスも、あっし達にとっては最初から単なる商売敵でやんすよ」


 バロンが、グッと、親指を立てる様な仕草をした。

 と言っても、触手の動きでそれとわかるのは、見慣れたアタシ達だけかもしれない。


 それにしても。

 正義の海賊って、なんだ。

 アタシもそれなりに海賊稼業をしてきたが、はじめて聞いた言葉だぞ。


「そーゆーことだ。あんた達の敵はあたし達の敵。つまりあたし達は味方になれるって事になる」

「なんだか、無理やりな気がしますが」


 ソニー。あなたの感覚は正しいわ。

 思ったけど言わなかった。


「実際、今あたし達はちょっとしたブツを巡って、〈白骨〉の連中と争ってる。正直、今回は兵装の差が大きすぎてね。恥ずかしい話だが、完璧にやられちまった。・・・そこで、船が欲しいんだ」

「やっぱり、目当ては船なんですね」

「ああ。正直に言えば、そうだ。だが、こんなデカい船はあたし達4人でも持て余しちまう。あんた達が協力できないって言うんなら、要らない」

「・・・」


 いらない、とはっきり言われて、ソニー達の顔に初めて動揺の色が浮かんだ。


「だけど、あんた達があたし達の仲間になるってんなら、話は別だ」

 シャーリィは身を乗り出した。


「どうだい、一緒にこの船を蘇らせて、もう一度あたし達で、この宇宙に海賊旗を掲げてみるってのは」


 イアンの顔に、僅かに興奮の色が浮かんだ。

 いや、彼だけじゃない、トゥーレも、そしてデニスも、明らかにシャーリィの話に興味を抱き始めている。


「そっちだって4人じゃ持て余しちまってんだろ、この船。いいじゃないか」

「でも、私には・・・」


 ソニーが決めかねたように首を振った。

 その頬を打つように、低い声がその場に響いた。


「クレンに、遠慮しているのか」


 それは、キャプテンの声だった。

 キャプテンは、驚くほど真っ直ぐに、ソニーを見ていた。


「あいつが愛した船を、そして、あいつが作り上げたチームを守りたい。そう思っているなら、とんだお門違いだ」


「キャプテン・・・」

 シャーリィが信じられないものを見るように彼を見た。


 キャプテンは言った。


「海賊の魂は死なん。その志があれば、常に生き続ける。どんな名を名乗ろうが、どんなに形を変えていこうが、誰かがそれを継いでいけばいい。ただ、それだけだ」


 ソニーは、口を開きかけて、そして、止まった。


 彼女は。

 いや、アタシを含め、その場にいた全員が彼を見て感じた。


 本物の海賊が、そこに居た。


 そして、きっとその姿は、ソニー達がクレンという女に対して感じていた尊敬、いや、憧憬を彷彿とさせるものだった。


 なんだか、震えが来た。

 彼らと一緒になって初めて、キャプテンが本当にすごい人に見えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「海賊の魂は死なん。その志があれば、常に生き続ける。どんな名を名乗ろうが、どんなに形を変えていこうが、誰かがそれを継いでいけばいい。ただ、それだけだ」 うるっときた! 結婚してくださいキ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ