シーン12 世間知らずもいい所
シーン12 世間知らずもいい所
「へえ、姉さんが銃なんて持つのかい?」
イアンはアタシを見て、八重歯の見える口もとを楽し気にゆがめた。
アタシはニコッと微笑んだ。
彼は「えっ」って顔をして、微かに頬を赤らめた。
おや、かつてレースクイーンでも通用した、このアタシの愛想笑い。
まだ通用するじゃない。
少しの間、彼はアタシに見とれた。
はっと気づいて。
「メイドのくせに、馬鹿にすんなよな」
ばつが悪そうに悪口を叩いた。
本当に若いな。
子供ではないだろうけど、まあ、大人、とか、青年とは表現しにくい。
もしかして20才くらいにはなっているのかもしれない。それにしても、かなりの童顔と身長の低さ、それに線の細さが、どうしても少年という印象を与える。
これで海賊をやってるというのだから、ちょっと驚きだ。
と思ったが、アタシも彼くらいの年に、海賊稼業に足を突っ込んだのを思い出した。
人の事は言えない。
「馬鹿になんかしてないけど、まあ、銃の腕なら負ける気はしないわよ」
「大した自信だね」
「まあね。でも撃ち合うのは嫌よ。殺したくも殺されたくもないもん」
「俺だって死にたかねーや」
彼はそう言って、アタシの横まで来た。
「いいか、見てなよ」
得意げにシャーク33を構えた。
狙いは・・・。ああ、あの空き缶か。
数十メートル先に、赤い空き缶が転がっていた。
あの缶を撃つのか。
でも、そのくらいなら、誰だってできるわよね。
まあ、ここは黙って見ていよう。
イアンは、狙いを定めて撃った。
エネルギーの銃弾は缶の下面で弾けた。
衝撃が、缶を上へと飛ばした。
落下するよりも早く。
イアンの二発目の銃弾が、缶を貫いた。
ほほー。
面白い事をするものねー。
よっぽど練習したのかしら。
どやっ、て顔で、イアンはアタシを見た。
なるほど・・・。
平均点以上の腕は持ってるわね。
でも、・・・この程度か。
「まー、良く出来ました、って感じかしらね」
バカにするつもりもなかったが、そう聞こえたかもしれない。
「なんだと!」
イアンは噛みつきそうな顔になった。
八重歯だし、獣人系だし、噛まれたら痛そうだ。
「だって、そのくらいじゃ驚かないよ」
アタシはシャーリィをちらりと見た。
好きにやって良いよ。
彼女の眼はそう言っていた。
なら、好きにやらせてもらうわよ。
「イアンって言ったよね、今の、もう一回出来る? でも予告するけど、次やったら、アンタは絶対失敗するわ」
「俺に失敗なんてあるもんか」
「どうかしら」
アタシは、銃のグリップに手をかけた。
今もってる銃は、確か骨董品レベルの実弾銃。
地球製、シグザウエルのP229だったわね。
弾速じゃ負ける・・・か。
でもね。
イアンはターゲットを黄色い缶に定めた。
またしても、彼の放った銃撃は缶を中空に浮かせた。
彼が目測を定めるよりも早く、アタシは撃った。
コンマ数秒遅れて、彼が二発目を放った。
「なっ!」
イアンが驚愕の声をあげた。
彼の銃弾が缶を撃ち抜く直前、アタシの銃弾は缶の下面をかすめて、再び更に上へと缶を舞い上がらせたのだ。
それだけではない。
アタシは連射した。
缶を撃ち抜くのではない、下面を掠らせることで、何度も弾き上げる。
数十メートル先で、黄色い空き缶はまるで透明人間がお手玉をするように、何度も宙を舞い、そして最後に、ど真ん中を撃ち抜かれた。
実は最後のは、ちょっとだけミスった。
本当は回転をかけて、アタシのいる方向に缶を飛ばすつもりだったのだ。
「ま、こんなところかな。初めて使う銃じゃ無かったら、もう少し上手にやれたんだけどなー」
アタシの呟きは、どうやらイアンの耳には届いてはいなかったようだ。
彼は茫然として、開いた口がふさがらなくなっていた。
シャーリィが呆れたように拍手して、バロンはイアンと同じ顔になって茫然としていた。
キャプテンは、予想通り、うん、何の反応も見せてくれないや。
「どうイアン。まだ腕試しする?」
彼は、ようやく我に返った。
「な、何者なんだよ、お前っ!?」
「ラライよ、ラライフィオロン。よろしく」
アタシは必殺の笑みを見せつけた。背の低い彼のため、微かに腰を折って片手を差し出す。
彼は思わず手を出しかけて、止まった。
イアンの困惑した表情が、さっきよりもハッキリと赤らんで、目が泳いだ。
あら?
彼は、アタシの胸元を見ていた。
やだ!
このメイド服って、ポーズによっては結構谷間が見えちゃうんじゃない。
この姿勢は駄目だ。うら若いティ-ンエイジャーに、これは良くないわ。
「こらっ、イアン手前っ!!」
トゥーレの怒鳴り声が飛んで、イアンはびくっと背筋を伸ばした。
「ちっ、後でもう一回だっ。俺だって、やればその位できるからな」
イアンは捨て台詞をはいて、トゥーレの陰に隠れた。
「よくやったね、ラライ。おさがり」
「う・・・わんっ」
せっかく格好良く出来たのに、「わん」は言いたくなかったが、逆らえなかった。
なんて忌々しいカチューシャだ。
どうにかして取れないものだろうか。
アタシが引っ込むと、入れ替わるように再びシャーリィが前に立った。
「どうしたんだい。粋がっていた割には、大したことないねえ。こんな程度の実力で宇宙海賊を名乗るつもりなんざ、世間知らずもいい所だよ」
「くっ、言わせておけば・・・」
再びナイフを手にしたトゥーレを、もう一人が制した。
ドレッドヘアーに鼻ピアス、多分、デニスってやつだ。
彼は無言だった。
無言のままアタシたちの方に進み出てくると、おもむろにファイティングポーズを取って構えた。
この姿も、この間見たぞ。
これはボクシングの構えに近いかな。
と、見ていると、彼の上半身の筋肉がみるみる盛り上がり、素手のはずの拳が、まるでグローブをつけているみたいに膨らんだ。
筋肉のコントロール。
やっぱり彼は、普通のテアードじゃない。
特殊な人類種の特徴を受け継いでいる。
これは、アタシの出番。
じゃあ、無いわね。
アタシなんかがのこのこ出て行ったら、ほんの数秒でダウンさせられてしまうに決まってる。
シャーリィも、さすがに難しい顔をした。
となると・・・。
「ここは、あっしの出番でやんすかね」
彼が、進み出た。
ってバロン。
あなたも肉弾戦は不向きじゃないの?
確かに軟体ボディは打撃ダメージに強いけど。
逆に攻撃力も皆無じゃない。
「あっしだって、ちょっとはいい所を見せてやるでやんすよ。さあ、どこからでもかかってくるでやんす~!!」
彼はそう言いながら、数本の触手で、謎のファイティングポーズを取った。
うーん。
これは見た目には・・・。
強そうには見えない。
むしろ・・・。
「あちょー、っで、やんすー!!??」
いや、駄目だって。
その構えといい、気合といい、明らかに見かけ倒しだわ。
ためらいも、戸惑いも見せず。
デニスの拳が唸った。
なんの容赦もない右ストレート。
これは、ヤバい。
あの拳は普通じゃない。
幾ら軟体ボディでも、打たれどころが悪ければ、下手したら大怪我をしてしまう。
「ご主人様っ、避けてーっ!!」
アタシは咄嗟に叫んだ。
でも、駄目だ、きっと間に合わない。
アタシは目を背けようとして、出来なかった。
デニスの拳が止まっていた。
いや。
止められたのだ。
彼の眼が驚愕に見開いた。
拳を受け止めた者がいた。
それは、バロンではなかった。
誰もが唖然とする中、片手でその拳を受け止めてしまった男。
キャプテンは逆の手で帽子のつばを軽く上げた。
見据えられたデニスは、びくりと体を強張らせて、瞬間的に数歩下がった。
彼の相貌に、一気に汗が噴き出していた。
それでも、彼は拳を収めなかった。
「まだやるなら、斬るぞ」
キャプテンの低い声が響いた。
呆気にとられるバロンを無視して、キャプテンは進み出た。
そして、剣を抜いた。
久しぶりに見る、ジャパニーズサーベル。
つまり、日本刀。
ただでさえ切れ味の良いその剣を、キャプテンは更に恐るべき凶器へと変えた。
サイコブレードだ。
キャプテンの特殊能力。
彼の手にかかれば、ステーキナイフだって鋼鉄をも切り裂く刃に変わる。
「死ぬか・・・貴様」
彼の凄みは本物だった。
デニスは、動けなくなった。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
逃げる事も、戦うことも出来ないのだ。
キャプテンは剣を掲げた。
そして、その切先をデニスに向ける。
「やめてください!!」
少女の声が響き渡った。
真っ白な翼を広げ、少女はキャプテンとデニスの間に降り立った。
地面に足を降ろすと同時に、翼は折りたたまれて、正面からではわからない程に小さくなった。
「あなた方の腕はわかりました。だから、もうやめてください」
少女は言って、キャプテンを見つめた。
キャプテンは・・・止まった。
これは、戸惑ってる。
キャプテンが、いきなり目の前に女の子が出てきたせいで、対処しきれなくなっている。
「キャプテン・・・すみません」
シャーリィが、自然を装って、そっと割り込んだ。
ナイスよ姐さん。
キャプテンは何事も無かったように剣を収め、そして、素早く3歩下がった。
シャーリィは少女を見つめた。
「どうやら、アンタがここのボスだね。話を、聞いてくれるかい」
「ええ、どうやら、それしかないみたいですね」
少女は、答えた。
微かに愁いを帯びた瞳の奥から、彼女の強い意志が一瞬、濃緑の光になって垣間見えた。