シーン11 危険な奴らと愉快な仲間
シーン11 危険な奴らと愉快な仲間
バードが教えてくれたポートまでは、ブロックをひとつ挟んですぐだった。
にも拘らず、わずか10分ほどで、がらりと周囲の雰囲気は変わった。
アタシ達が着艦したエリアは、犯罪者やはぐれ者の住処にしては比較的綺麗だし、なんというか、洗練されたイメージがあった。
それに比べ、この周辺は、いかにもって感じに薄汚れていて、わざとそういうスラム的な雰囲気に仕上げたといってもいいくらい、物騒な空気が漂っていた。
なんだか匂いまでも泥臭くて、アタシは気分が悪くなりそうだった。
4人乗りのGランナーを運転するのはシャーリィだ。
助手席にキャプテンが座って、後部座席にはアタシとバロンが偉そうにふんぞり返った。
「何でアンタまで着いてくんのさ。うちのメンバーでもないくせに」
バックミラー越しにシャーリィが言った。
「ここまで巻き込んでおいて、それはないですよー」
だって。
興味があるじゃない。
海賊崩れの連中って奴ら。
アタシはけっこう好奇心が強いんだ。
あんな話をされて、一人で船で待ってるなんてありえない。
「危険があるかもしれないよ。身を守る道具くらい、持ってきてるんだろうね」
「今回はちゃんと銃を持ってます~」
「まあ、使わないに越した事は無いんだけど・・・って、ここだな」
シャーリィはGランナーを停めた。
宇宙港のナンバーが入った大型の搬入通路が、ぽっかりと口を開けていた。
足元のオートムービングレーンは何年も前から停止したままのようで、埃と錆だらけになっていた。
レトルトのパックや飲料缶などのゴミが散乱し、この奥に誰かがいるなどと、とても思えない雰囲気だった。
シャーリィが右手を突き出した。
彼女の右手には金属のガードがついている。
彼女の奥の手ともいえる第三の感覚器官、キリルの眼を保護するための物だが、その先端にライトが装備されていた。
あら、便利。
必要もないのに欲しくなった。
彼女を先頭に、キャプテン、アタシ、バロンの順番で通路を進んだ。
遠くに明かりが見えた。
やはり、誰か居る。
それを予感した時だった。
小さく、空気を切り裂く音がした。
シャーリィが咄嗟に足を止めた。
彼女の足元に、一本の細いナイフが突き刺さった。
と、同時に、天井の照明が眩しい程にアタシ達を照らした。
「誰だ!」
男の声がした。
アタシ達は声の主を探した。
雑然とした通路の奥に、そいつは立っていた。
「ここから先は、俺達の縄張りだ。用の無い奴は、去れ」
声は、思ったよりも若かった。
アタシはその顔を見て、小さく「あっ」と呟いた。
見覚えがあった。
それも、ごく最近だ。
そして相手も、アタシを見て、一瞬「おや」という顔になった。
長髪に、口元には笑うような牙の描かれた、お世辞にも趣味が良いとは言えないマスク。
黒いロングコートに、胸元には金の長いネックレスが揺れている。
「お前、あの時の女か。・・・だが、礼を言いに来たわけじゃなさそうだな」
男は言った。
「知り合いかい?」
シャーリィが小声で訊いてきた。
「酒場で助けてもらった人です。ほら、バロンさんと一緒に居た時」
バロンは、はてな?って顔になった。
こいつめ、酔っ払いすぎて、あの日の記憶はないみたいだな。
「なるほどね」
彼女は納得した顔になった。
一歩前に進み、腰に手をあてる。
凛とした立ち姿に、アタシはなんだか羨ましさを感じた。
良いわねー。
背は高いし、プロポーションもよくってさ。
立っただけで絵になるって、どうなのよ。
「どうやら、ウチのタコ助達がお世話になったようだね。それに関しちゃ、礼を言うよ」
シャーリィは大声をあげた。
「けど、今日来たのは、その為じゃない。アンタ達の面倒を見てやろうと思ってね」
「は? 俺達の・・・?」
男は明らかに警戒を強めた。
うわ。
アタシはドキドキして、うっすらと背筋が寒くなった。
シャーリィったら、随分と直球で行くのね。
「そうさ」
彼女は微笑を浮かべた。
ゾクッとするほどの美貌だけに、こういった時にはやけに凄みがある。
しかし。
男は呆れたように笑った。
と言っても、その目は、笑ってなどいない。
むしろ、微かな怒りが垣間見えた。
「誰に俺達の話を聞いた。・・・いや、言わなくても分かる。バードの野郎だな」
「お察しの通りだよ。手のかかるガキどもがいるから、保護してくれってね」
「何だと・・・」
ちょ。
ちょっと待ってシャーリィ。
あなた、喧嘩を売りに来たみたいになってるよ。
それじゃあ、話し合いにならないんじゃない?
アタシはキャプテンを見た。
彼はいつも通りのポーカーフェイスで、微動だにしなかった。
ここは、シャーリィに絶対的な信頼を寄せているのか。
それとも、知らない人の前で、緊張しているのか、どっちなんだろう。
ともかく。
アタシの心配をよそに、彼女は言葉を続けた。
「あんたらさ、海賊崩れなんだってねえ」
その言葉に、男はついに感情をあらわにした。
「ふざけるな! 俺達は今でも海賊だ!」
シャーリィはどうやら、彼を煽るつもりらしい。
唇の端が僅かに上がっている。
「頭も無しに、海賊を名乗られても、格好がつかないね。それとも、もう次のトップは決まってるのかい」
「お前たちには関係ない。余計なお世話だ」
「余計かもしれないけど、どうにもお世話したくなる性分でさ。・・・まあ、落ち着いて話を聞きなよ。・・・あたし達は宇宙海賊デュラハンってもんだ。この通り、今はたった4人だし、船も壊れちまったが」
「船も無くて海賊かよ。それこそ笑わせるぜ」
「・・・だが、ウチのキャプテンはこうして生きている。あんたらが何人居るかは知らないが、あんたらには船があって、仲間が居る。しかし、キャプテンがいない。・・・そこでだ」
「断る!」
男の口調が荒くなった。
彼はどうやら、話の流れを察したようだった。
「バードがなんて言ったかは知らねえが、俺達は、俺達だけで海賊を続ける。逆に俺達の手下になるってんなら考えてやってもいいが、誰かの下に付く気なんか、毛頭ねえ」
男の手に、ナイフが光った。
これは、ちょっと興奮させ過ぎじゃない?
それでも。
「見たところ、まだ若いし、礼儀ってモンもなってないね。言っとくけど、海賊稼業をなめてんじゃないよ。あんたみたいな若造が、粋がってるだけで通用するようなもんじゃないんだよ」
シャーリィは臆するところを知らなかった。
「自分の身も守れないような、弱い奴の下につけってのか。人を馬鹿にしたような格好しやがって」
忌々しげに男は言った。
っと、これはアタシの事を言ってるな。
だから、メイド服なんて嫌なのよ。
確かに相手がアタシでも、はじめてアタシ達みたいな連中を前にしたら、拒否反応するわよね。
シャーリィはまあ、雰囲気があるから良いとして。
キャプテンはテンガロンハットにトレンチコート、それに日本刀っていうチグハグ極まりない格好だし。
バロンはタコ人間。
で、アタシはイヌ耳メイド。
うむ。
宇宙海賊っていうより、綺麗なおねーさんと愉快な仲間たちって感じだわ。
「トゥーレ、何をもめてますの?」
女の声が割って入った。
涼やかな少女にも思える声だ。
この声も、聞いたことがある。
逆光のあたりに立っていて、姿は良く見えない。
けど、そのシルエットに浮かぶ翼を見て、アタシは確信した。
あの時の、少女だ。
「これは、ソニーさん。実はこいつらが・・・」
男が、光の向こうで状況を説明した。
さんづけ、ってコトは、男よりも上の立場なのか。
「なるほどですね。では、仕方ありません、わかるようにして、差し上げたらどうですか。デニス、イアン、あなたたちも来てください」
ソニーと呼ばれた少女が名前を呼ぶと、程なく、更に二人の男が姿を見せた。
一人は、やはりあの時の男だ。
ドレッドヘアに、鼻ピアスの、体格のいい男。だけど、今日はサングラスを外していた。
角ばった顔をしているが、おや、意外に若い。
それにけっこうイケメンだった。
そしてもう一人、これは、やや背が低い男で、目が細い。
さらっとした金髪の下の顔は、少年のあどけなさを残していた。
だけど、変わっているのは額に飛び出た一本の角。
あれはおそらく、ベルニアの獣人系人類種だ。
「とりあえず、力づくって事かい。いいだろう、相手してやるよ」
シャーリィが言った。
彼女は、そっと進み出た。
度胸だけは満点なのよね、姐さん。
だけど、どうする気。
そういえば、シャーリィの白兵戦の腕って、アタシも知らないや。
相手は、トゥーレと呼ばれた、長髪の男だった。
シャーリィに対し、微かに円を描くように進み出て、その指の隙間に3本のナイフを挟んだ。
こいつの武器は。投げナイフか。
それに対して、シャーリィは。
銃は持ってるけど、まだホルスターに納めたままだ。
「自慢の飛び道具、あたしに通じるかどうか、やってみなよ」
「くっ」
トゥーレの眼が見開いた。
「なめやがって、女っ!」
彼の手が勢いよく弾かれて。
ナイフが、シャーリィに向かって飛んだ。
彼女は、一歩も動かなかった。
それどころか、微笑を崩さなかった。
ナイフは、彼女の肉体を、僅か数ミリの所で外れた。
いや、外したのだ。
むしろ、彼女が少しでも怯えて動いていたら、逆に大怪我をしていたかもしれない。
「な・・・」
トゥーレの顔に、明らかに動揺の色が浮かんだ。
「自分で外しといて、驚く事は無いだろう」
シャーリィは言った。
「俺が外すって、わかってたのか」
「ああ、わかるに決まってんだろ。あんたさあ、口では偉そうに言ってるけど、さっきから殺気が無さすぎんだよ」
ここに来て駄洒落か。
いや、言った本人は気付いてない。
ちゃちゃを入れてしまった、ごめん。
「甘ちゃんだねえ」
彼女の唇に、危険な笑みが宿った。
「脅すんなら脅すで、本気で殺すと思ってやらないと、脅しにだってなりゃしないんだよ」
前触れもなく、シャーリィは銃を抜いて撃った。
トゥーレは咄嗟にそれを躱した。
躱さなければ、顔面に風穴が開いている所だった。
「・・・・っ!?」
「上手く避けたねー。ま、そのくらいでないと、あたし達の手下は務まらないけどさ」
はらりと、何かが落ちた。
それは、彼のマスクだった。
「ま」
相手の素顔を見て、シャーリィの眼に、不気味なハートマークが浮かんだ。
あらら、マスクが無いと、途端に童顔に見えちゃうのね。
甘いマスクっていうの。
可愛い顔してるー。
アタシは年下趣味がないから、童顔の美青年ってのには惹かれないけど、もしかしてシャーリィの好みのど真ん中だったりして。
そういえば彼女、イケメン系アイドルグループの抱き枕とか持ってたもんね。
トゥーレは、あわてて口元を隠した。
ちらりと仲間の方を見て、焦ったように後退する。
どうやら彼にとって、あのナイスな素顔はコンプレックスでしかないようだ。
でもこうしてみると、このトゥーレにしても、ドレッドヘアの男も、そしてベルニア人の少年も、なかなか個性的でいい男揃いじゃない。
「トゥーレの兄貴、だらしねえな。じゃ、次は俺が相手してやるよ」
軽い調子で言って、一角の金髪少年が進み出た。
少年・・・いや、意外ともう少し年上なのかな。
なかなか、外見で実年齢を図るのは難しいものだ。
彼は黒のベストに、腰にはいかつい銃のホルスターを下げていた。
「そこの姉さんも銃を使うみたいだが、銃の扱いなら、このイアン様の方が上だぜ」
彼はそう言うと、ホルスターから見た目には不相応な程の凶銃シャーク33を取り出した。
あれは、なかなか良いものですよ。
シャークシリーズは、アタシもその昔、愛銃にしていたことがある。
アタシのは46口径で、33よりも扱いにくいモノだったけど、あの33だって破壊力はよっぽどだろう。
「銃の腕試しか。だったら、ウチのナンバーワンと競ってみるかい?」
シャーリィは言った。
そして、アタシを見た。
「ラライ、あんたの出番だよ。たまにはいい所見せてやりな」
「えー、アタシですかあ?」
「いいから行きな、遊びに来たわけじゃないんだろ。ラライ、これは命令だよ」
「わんっ」
アタシはシャーリィに向かって敬礼した。
ったく、こんな時にご主人様気取りしやがって。
仕方ないなあ。
「で、何をすればいいの?」
アタシは目の前の少年? に向かって話しかけた。