シーン10 船がないならどうするの?
シーン10 船がないならどうするの?
来訪者はバードだった。
彼は、たった一人で船を訪ねてきた。
服装もラフで、これが街の顔役の一人だとは、到底思えない雰囲気だった。
「思った以上に汚えな」
開口一番に言った。
「生憎、ウチのメイドは仕事が雑なもんでね」
シャーリィがさらっとアタシのせいにした。
ちょっと待て。
船内を汚くしてるのはアンタの無駄遣いが生んだ不要物の山でしょうが。
「無駄口はいい。何かつかめたか」
キャプテンの眼光が鋭くなった。
「まあな。こう見えて仕事は早い方でね。特に金にならん仕事はとっとと終わらせておくに限る」
バードは腰を下ろした。
シャーリィがアタシになにやらジェスチャーを送ってきた。
この動きは、コップになにかを注いで・・・、
ああ、なるほど、そういう事ね。
アタシは冷蔵庫に行って、適当なドリンクを探した。
アルコールを出すのも変かな。
とりあえず、これでいいか。
アタシはエネルギードリンクの一種、バッドビルのドリンクを見つけた。
グラスに注いで、氷を2つ入れる。
見た目は、まあ悪くない。
そっと差し出すと、バードは一口含んで、うっ、という顔をした。
あれ、不味かったかな。けっこう、独特な味だもんな。
だけど彼は、特別文句も言わず、もう一度口をつけた。
シャーリィが微かにひきつった表情になった。
その目が「何を出したんだ?」ってアタシを睨んでいる。
とりあえず、体に良さそうなのを選んでみただけだけど。
接待なんてしたことないし、文句があるなら自分ですればよかったじゃない。
アタシとシャーリィの無言のやり取りを無視して、バードは本題に入った。
「まず一つ目だ〈白骨〉の居場所を掴んだ」
そう言って、彼は微かに体を前傾させた。
「案外近くにいた。奴の船は目立つからな。すぐ網にかかったぜ」
「近くだと、プロブデンスあたりだね」
シャーリィが言った。
「流石に察しが良いな」
ひゅうと、バードは短く口笛を吹いた。
プロブデンス?
聞いたことが無い。
アタシがバロンに顔を向けると、彼は察した。
「外宇宙指定のリリス星系にある惑星の名前でやんす。人工の衛星が幾つかあるでやんすけど、最近宇宙マフィアの進出が激しいエリアでやんしてね」
「つまり、危ない所って事ね。ここみたいに」
アタシの声は、バードの耳に届いてしまったようだ。
「そこの嬢ちゃんの言う通りだ。だが、アッチの方が性質が悪いぜ。ここははぐれ者の集まりだが、向こうは組織が入り組んでやがる」
「昔ならパープルトリック、いまならRINGかい」
「そいつらも、最近は随分と出張ってきてるみたいだな」
バードは話を戻した。
「〈白骨〉はそこで、誰かと取引をするようだ。寄港予約のデータベースを調べたが、半月以上前からポートを二つ抑えている。まあ、計画的な行動をしていると見ていい」
話を聞きながら、アタシは感心した。
情報屋を使ったのだろうが、あの連中は一体どうやってこういう事を調べ上げるのだろう。想像すると、ちょっとぞっとした。
「次に、メリルが手に入れた情報源だが、辿ったら、さっき話の出たパープル系の組織に行きついた。思った通りだ、お前ら嵌められたな。最近、そいつらと揉めたことは?」
「しょっちゅうだ」
「十中八九、そのせいだな。狙ってきたってわけだ」
シャーリィが忌々しげに爪を噛んだ。
「敵が多いのは、海賊の勲章みたいなモノっては、言うけどねえ」
「それだけあっし達も、名前が売れてきたってコトでやんすか」
それが良い事かどうかは、わからないけどね。
アタシとしたら、ちょっと心配な気持ちの方が強くなった。
キャプテンが腕を組んだ。
彼はおもむろに口を開いた
「これで、次の目的地は決まった。だが問題は、船だ」
バードは皮肉めいた笑みを相貌に浮かべた。
「修理費は12億だそうだな。俺も確認したが、まあ妥当な額だ。多少融通できたとしても、10億は最低でも必要だ。さて、どうするね」
「だとすれば、修理は無理だな」
「金がないなら、そうなる。どうだね、ここでしばらく働くか。アンタなら、用心棒として十分通用する。いい額を出すぜ」
「断る」
「だろうな」
キャプテンは立ち上がった。
アタシは彼が全く焦った様子を見せていない事に気付いた。
金もなく、船は直せない。
正直、状況は限りなく悪い。
それなのに、なんだろう彼のこの自信に満ちた雰囲気は。
「仕方ない。シャーリィ、バロン」
彼は言った。
「船は捨てる」
「・・・・!?」
え。
船を捨てるって。そんな簡単に・・・。
そんなことして、どうするつもりなの。
と、思っていると。
キャプテンは、とんでもないことをさらりと言った。
「バロン、ラライ、プレーンを出せ。適当に、その辺の船を奪う」
「・・・・・!?」
アタシは言葉を失った。
いやこれ。
「はい」って、簡単に答えて良いの?
確かに、彼らは海賊だけど。
ちょっと、度肝を抜かれた。
「おいおい、俺の目の前でそういう事を言うかよ、普通?」
バードが呆れた声をあげた。
「海賊が物を盗んで何が悪い。それが船だろうと星だろうとな」
「開き直りかよ」
「俺たちにとっては、当然の道理だ」
「参ったな・・・」
バードは両手を広げて、頭を振った。
だけど、その顔には困ってる気配など微塵も浮かんでいなかった。
むしろ、楽しそうにさえ見えた。
「やっぱりアンタはラガーだな。まあ、そう言いだすだろうとは思っていたがよ」
「・・・」
キャプテンが、静かに相手を見降ろした。
「だが、俺のシマで、そうそう勝手な事はさせられん。そこでな、一つ良い話をしようじゃないか。なあ、聞く耳はあるよな」
「それは、話の内容によるね」
シャーリィが言って、キャプテンの袖を引いた。
キャプテンは、小さく頷いた。
「どうせ力づくで船を奪うっていうなら、いい連中を紹介するぜ」
「良い連中?」
「そうだ。実はちょっと、俺が世話している奴らが居てな。そいつらの、面倒を見れるやつを探してたんだ」
アタシ達は顔を見合わせた。
「もう少し、詳しく聞かせてくれるかい?」
シャーリィが身を乗り出した。
「アンタらと同じで、元は宇宙海賊だった連中だ。だが、先日トップを殺されたらしくてな。チームは瓦解、残った連中が数名、船と共にここに身を寄せてきた」
バードは、コップに注がれたバッドビルを飲み干した。
ほら。ちゃんと飲んでくれたじゃない。
意外とクセになる味なんだから。
「その殺されたトップってのが俺の旧友でね。しかたなく受け入れたのはいいものの、多少持て余していてな」
「それで、あたし達に厄介払いの手伝いをしてほしいって、そういう話?」
「ま、そんな所だ」
「そして、そいつらが、船を持っている。・・・なるほどねえ」
シャーリィは立ったままのキャプテンを見上げた。
彼はまだ無表情だった。
「一筋縄ではいかないかもしれんぜ。なにせ、アイツらの目的はトップの敵討ちだからな」
バードはシャーリィに向かって続けた。
「気概があって、結構じゃないか」
「それに、簡単に人の下につく連中じゃない。正直、これからは自分たちだけで海賊を続けていくと言ってるんだが・・・」
「あんたの眼には、力不足、そう映ってる」
「はっきり言うと、そうだ。心意気は買っているがね」
「面白いじゃない」
シャーリィの眼が楽し気に細まった。
「キャプテン。どうだい、そいつらに会ってみない?」
キャプテンは、少し思案気になって、バロンとアタシを見た。
「あっしも、面白いと思うでやんす。会うだけ会ってみても良いでやんすよね」
「アタシは、力ずくで船を盗むよりは・・・良いかなって思います」
「ってコトは、決まりだな」
シャーリィはキャプテンの返事も待たずに話をまとめた。
バードに向かって。
「そいつらの居場所を教えてくれるね。会ってみたい」
バードは我が意を得たり、と笑った。
「アンタ達なら、そう言うと思ってたぜ」
懐から、メモを取り出してシャーリィに手渡す。
そこには、宇宙港のポートナンバーが書かれていた。
「中型船用のエリアだね」
「そいつらなら、そこに居る。あとは、アンタ達の交渉力次第だな」
バードは立ち上がった。
アタシと目があった。
「ごちそうさん。変わった味だが、悪くなかった」
彼はそういってウィンクをした。
アタシがきょとんとすると。
「面白い嬢ちゃんだな。メイドなのか?」
「アタシは、その、メイド兼居候みたいなもので・・・」
「ふむ、じゃあ、雇われてるってわけでもないのか」
「まあ、お金は貰ってませんから」
「そうか。じゃあ、お金をやるって言ったら、俺の元に来るか?」
「えっ!?」
彼はアタシを見て、にやにやと笑った。
「いや、そういう、お金だけの話でもなくって・・・」
咄嗟に対応できず、アタシがモゴモゴしていると。
「駄目でやんす、いくらバードさんでも、ラライさんは渡せないでやんすよ!」
焦った声で、バロンがアタシの前に進み出た。
「お、ムキになったな」
楽し気に、バードは言った。
「冗談だ。親友のメンバーに手は出せんよ」
その目が、意味ありげにラガーを見た。
ラガーはどこまでも無表情だった。
「まあ、あとは上手くやりな。今日の所はこれで帰る」
バードはそう言って船を降りていった。
なかなかクセのある、油断できない男だ。
だが、不思議と嫌いではない。
アタシが見送りに立つと、彼は最後にもう一度アタシに囁いた。
「さっきの話しな、その気があれば、考えてくれ。・・・なに、悪いようにはしない。一度、メイドってのを側に置いてみたくてよ」
そう言って、アタシに名刺をくれた。
微かに、気持ちが揺らいだ。