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シーン9 メイドの仕事は昔から

シーン9 メイドの仕事は昔から


 逃げるようにバードの店を飛び出してから、そういえば支払いをしてこなかったことに気付いた。

 それどころじゃなかったし、まあ、良しとしよう。

 それにしても。


 バロンの体って、結構重いのね。

 酔っ払ってる彼を支えて歩くのは、想像以上に難儀だ。

 軟体のボディはぐにゃぐにゃしてるから抑えどころはないし、路地裏を少し進んだ所で、バランスを失って倒れた。

 彼はべちょっとその場に潰れたかと思うと、起き上がろうとしたのか、アタシの体に触手を巻き付けた。


 って。

 変な所に巻きつかないでよ、もう。


 こりゃあ、なかなかの重労働になりそうだ。

 普通に歩けば20分もかからない道のりを、アタシ達は1時間近くもかけて船に戻った。


「ご主人様っ、ベッドに着いたよ。ほら、離れてよ」

 アタシは彼の部屋まで来て、彼の体を簡易ベッドに寝かせた。

「帰ったでやんすか~。もう少しくらい、飲んでも良いでやんしょ~」

 バロンはひっくと、しゃっくりをした。


「もう、駄目だって。それ以上は、明日に響くよ」


 まったくもう。

 お酒好きなくせに、意外と弱いのね。

 こんなに前後不覚になっちゃって。


 こんなことなら、将来もし彼と一緒になっても、一人で飲みになんか行かせられないな。


 ・・・・。


 ・・・・・。


 いや、待てアタシ。

 またまた、なに飛躍した発想をしてるんだ。

 最近、こんな事ばっかり考えて、一体どうしちゃったんだ。

 将来ってなんだよ。


 アタシは慌てて頭に浮かんだ変な妄想を追い払った。

 彼の上にブランケットをかけてから、床に放り投げた帽子を拾った。

 同じく脱ぎ捨てたマントを畳もうとすると、予想以上に重くて、アタシは腰を痛めそうになった。

 これって、マントの裏側に武器を仕込んでるのね。

 でも、この重量は異常だ。

 いったい、どんだけ隠し持ってんのよ。


 部屋に戻ろうとしたアタシは、彼がサングラスをかけたままだったのに気付いた。


 あれじゃあ、寝にくいよね。

 そっと彼の顔に手を当て、サングラスを外す。


 彼は、もう寝息をたてていた。

 寝顔を覗き込んだら、急にさっき酒場で絡まれたことが思い出されて、とりあえず無事に戻ってこれた事を実感した。

 心臓がドクンと音を立てた。


 あれって、実はかなり危なかった。

 あの長髪とドレッドヘアの二人が助けてくれなかったら、バロンは殺されていたかもしれないし、アタシだって、大変な目にあわされていたかもしれない。


 そうしたら、彼の顔を眺めるっていう、こんな他愛もない事が、何だか急にかけがえのない時間のように思えてきた。


 もう。


 アタシは、胸の高なりを抑えられなくなった。

 眠ってる彼に覆い被さるようにして、そっと彼の頬に唇を近づける。

 目を閉じた。


「おーい、バロン、帰ってきてるかー!」


 嗚呼。

 なんて最悪なタイミング。


 シャーリィがドアを全開に開いて仁王立ちし、言葉を失った。


 アタシも。

 ええ、何も言えませんとも。


 アタシが何をしていたか。

 ばっちり、見られちゃいましたかねー。


 シャーリィはしばらくアタシ達を見つめて、こほん、と一つ咳払いした。


「あーその。別に何をして悪いとは言わないが。そーゆ―ことをする時は、まあ、鍵でもかけて置くように」


 いやいや、誤解です。アタシは何もしてません。

 と、言いたがったが。

 誤解でもなんでもなかったし、取り繕おうとすると、余計に恥ずかしくなるので、アタシは無言で立ち上がった。


 そそくさと部屋を出て行こうとしたアタシの肩を、シャーリィはすれ違いざまにポンと叩いた。

「バロンには言わないでおいてやるよ。ただし・・・貸しな」


 アタシは逃げた。

 耳の後ろがかーっと熱くなって、汗がボロボロと流れた。

 くそ。

 またしてもシャーリィにマウントを取られた気分だ。


 全部。

 酔っ払ったバロンが悪いんだ。

 アタシはとりあえず、今まで起きた色んなことを彼のせいにした。


 部屋に帰ってから、アタシは布団に潜りこんで、何であんなことをしたんだろうと悶々とした。色々な事が頭の中で渦を巻いて、そのうちに眠りについた。

 なんだか変な夢ばかり見て、眠る前よりも疲れた朝を迎えた。



 それから数日間は、シャーリィの顔も、バロンの顔もまともには見れなかった。

 それに外出するのもなんとなく怖かった。

 ので。

 部屋でゴロゴロした。


 バロンの部屋から勝手に借りてきた漫画本を枕元にうずたかく積んで読みふけり。疲れたら昼寝して、目が冴えるとゲームをして過ごした。

 これは、まあ、アタシのリハビリみたいなもんだ。


「まったく、アンタと来たら、またぐ―たらレベルばっかり上がったみたいだね」

 さすがに三日目にもなると、シャーリィに目をつけられた。


「折角のメイド服が泣いてるよ。それじゃあただのコスプレ女じゃないか。炊事・・・は置いといて、掃除に洗濯、ついでにゴミの分別と、仕事なんて、探せば幾らでも出てくるよ」

「どうせただのコスプレ女ですよー」


 アタシはふてくされて起きた。

「命令してやらせても良いんだけどね。そうしないだけ有難く思いな」

「そんな事したら、後で寝首をかきますよ」

「言うようになったねえ。良い度胸だ」

「開き直ったんです」

「じゃあ開き直りついでに、思い切って、アイツと付き合っちまえば」

「・・・・」


 話をそっちに振るのは反則だ。

 このおせっかい女め。

「なんなら手伝ってやろうかー。簡単だよ。ちょっと命令すればいいんだからね」

「やめてください。掃除でも洗濯でも何でもしますから」


 ちっ。

 優雅な時間が終わってしまった。


 しぶしぶ。


 アタシはやむなく、一番楽そうな洗濯を選んだ。

 掃除は、駄目だ。

 シャーリィの無駄な通販グッズやら、余計な買い置きが増えすぎて、下手に手を付けると無間地獄におちてしまう。


 とりあえず、めんどくさいので、3人分の衣類をまとめ洗いした。

 自分の分は少ししかないが、それはちゃんと分けた。

 デリケート洗い推奨の衣類が混じっていたらしく、見事に縮んでしまったが、知らないふりをした。

 どうせシャーリィのだし、着れなくなった、とか言い出したら貰ってあげてもいい。


 とりあえず全部終わって、食堂室の前を通ると、声が聞こえた。


「結局、12億ニートだってさ。どうするキャプテン・・・」

 シャーリィの声だった。

 続いて、バロンの声がした。


「重子砲の修理は後回しにしても、でやんす。これじゃあ、〈白骨〉の居場所を掴めても、返り討ちに会うのが関の山でやんすよ」

「プレーン同士での戦闘なら、バロンと、まあラライの奴に手伝わせれば、多少の戦力差は埋められるだろうけど。今のままじゃ、12億の借金をしたところで、同じことさね」


 彼らはそう言って沈黙した。

 キャプテンの言葉を待っているのだろう。

 アタシも、気になってその場で足を止めた。


 ちょっと、のぞき見をしているようで、変な気分だ。

 だが、こうやって立ち聞きするのは、メイドにとっては宿命的なものだろう。

 仕方ない。

 昔から家政婦にとって一番の仕事は、ご主人様たちの日常に隠された謎を、その気も無しに聞いてしまう事なのだから。


「そうだな・・」


 キャプテンの声がした。


「ライはどうなんだ? 昔の船は残っていないのか?」


 アタシは耳を疑った。

 今、なんと?

 突然、誰の名前を出したのですか。


 ・・・。


 もしかしてアタシの事?

 アタシの事を、・・・話しているのですか?


「キャプテン、急にどうしたでやんす? 誰の話でやんすか?」

 バロンが怪訝そうな声を出した。


「いや。だから、今そこで聞き耳たててる女」

「えっ?」


 心臓がドキーンとなった。

 あ。バレてる?

 なんか色々と、バレてらっしゃる?。


 キャプテンってば、何か気付いてらっしゃるとでもいうの!?


 これは誤魔化さなければ、ヤバい!!


 アタシは満面の笑みで飛び出した。


「どもー。お洗濯終わりましたー。ラライでーす!!」


 うむ。

 我ながら見事なハズし感だ。

 シャーリィが冷めた目でアタシをジトっと見て。

 バロンが点々・・・って顔になった。


「だから、ライ・・」

「ラライですっ! キャプテン!」

 アタシは、これまで最大級の微笑みで彼の顔を正面から覗き込んだ。


 ここは、目力勝負だ。


 彼はアタシと目があってしまって。

 思わず・・・背けた。


「あ。そう。ラライだったな・・・」

 キャプテンはそれだけ言った。


 よし。

 押し切った。


「ちなみにアンタが、宇宙船をどっかに隠し持ってるなんてこと・・・無いよねえ」

 シャーリィが、一応聞いとくか、くらいの感じで言った。


「あるわけないじゃないですかー。あったらとっくに現金化してますよー」

「だよねえ」

「ですよお」

「つくづく役に立たないねえ」

「でしょ・・・」


 ちっ。

 一言多いんだよ。この吊り目女。

 アタシは頬を膨らませた。

 まったく、アタシだって時には役に立つことだって・・・・。

 あれ、何かあったかな。

 迷惑はしょっちゅうかけてるような気はするけど・・・。


「ラライさんは居るだけでいいんでやんすよ。なんにもできなくたっていいでやんす」

 バロンがフォローしてくれた。

 こういう時、アタシの味方はいつも彼だけだ。

 と思ったら。


「姐さんも、出来ないことを期待するから駄目でやんす。出来ない子に出来ないって言っちゃだめでやんすよ!!」


 全然フォローになってない。

 それどころか、とどめを刺された気分だぞ。


 バロンめ。後で覚えてなさい・・・。


「それもそうだね・・・」

 シャーリィは納得した。

 ここは、納得しなくていい所だと・・・思う。


 突然、ビーっという音が鳴った。

 シャーリィが気付いて、小型の非実体式モニターを掌の上に展開した。


「誰か来たみたいだな」

 シャーリィはそう言って、乗船ハッチのインターフォンに、通信をつないだ。


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