冒険者とスマホ
精霊さまに魔法で強制的に眠らされ、それから目を覚ました瞬間視界に飛び込んできたのは。
絶世の美女のようなイケメンの寝顔でした。
「いい加減にしてください、このエロ精霊!!」
「痛───!!」
ビックリしてつい顔を叩いちゃったけど、でもあれはどう考えても精霊さまが悪いと思う。ワタシワルクナイ。
「酷いな。気持ち良さそうに眠っているから、つられて寝ちゃっただけじゃないか」
「つられて寝るだけなら、何も抱き締めなくても…」
「でもボクの寝台だよ?」
………。
何も言い返せない。
「そ、それなら私のこと…蹴落としたり、無理矢理起こしてくれても良かったじゃないですか」
「可愛いアサミにそんな酷いことする筈ないじゃないか。それに寝かせたのはボクだし」
そうだった。この人の魔法にかかって、それで寝ちゃったんだっけ。ならやっぱり私は悪くない。エロ精霊が非常識なだけだ。
「……」
「……」
ううっ。沈黙が気まずい…
精霊さまとベッドで二人で並んで座っているけど、でもどうしたら良いんだろう。
何を話せばいいのか困っていると、不意に頭を撫でられた。
「ねえ。嫌でなければで良いんだけど、アサミの事を話してくれないかな」
私のこと?
「キミの事、もっとちゃんと知りたいんだ。…これからキミを守る上でも」
「守る…」
確かに私はまだ弱いけど、レベルだけを見たらもう雑魚敵には負けないのに。あ!まさかこれからもっと強いモンスターが出るエリアに行くとか!?
「え、あの精霊さま。もしかしてこの国を出て、違う国に行くんですか?」
震える声でそういうと、精霊さまは驚いたように目を丸くして、すぐに目を細める。口許は笑顔だ。
「フフ、よくわかったね。そう、これからこの国を出て、違う国に行こうと思ってるんだ」
やっぱり!
「どうして急にそうなったんですか?」
「この辺りではもう一通りの敵は倒したし、今より良い装備は手に入らないだろう?」
はあ、つまり私のレベルアップの為ですか。
「解りました。でもそれが私の事を話すのと、何か関係があるんですか?」
「あると言えばあるけど、ないと言えばない。単にボクが知りたいだけだよ」
まさかのただの興味!
でもまあ、いっか。精霊さまの事はキライじゃない。
「じゃあえーっと、何から話せば良いですか?」
「何でも良いけど、それだと困りそうだからキミの本当の名前からで」
本当の名前も何も、ギルドにちゃんと登録したけどな。アサミ・イナバと。
「…ああ、名前はちゃんと知ってるよ。俺が聞きたいのはキミの世界でのキミの名前。もしキミの世界での文字や言語がこの世界と違うなら、それも含めて教えて欲しい」
なるほど!
それならとポケットからスマホを取り出し、画面をスライドしてロックを外した。
「!!」
精霊さまはスマホを見て驚いたけど、でも驚くだけで何も言わなかった。多分これについても後で色々聞かれるんだろうな。
とりあえずメモ帳アプリを開いて、自分の名前を入力して見せた。
『因幡麻実』と。
「────これは、何かの模様かな?」
やっぱり!
そうだと思った。この世界では、漢字は見馴れないものなんだ。
たぶんここでは、このゲームの為に作られた独自の文字が一般的なもの何だと思う。認識票もそうだけど、お店の看板や値札も日本語じゃなかったから。でも数字は日本と同じアラビア数字だったのは、多分世界的に使われているからだと思う。
ゲームで表示されるテキストは日本語でも表示されるけど、このゲームアプリは海外にも対応しているから、その国や地域の言語に対応出来るように。
発音は日本語と同じマジフェア世界専用の文字
↓
日本語テキストとして表示、反映
↓
その後世界各国の言語へ
きっとこんな感じなんだ!
うわー…凄いなマジフェア開発の人たち。こんな細かいところまで徹底してるなんて、流石レビュー評価4.9は伊達じゃない。まだ配信されてから一年くらいしか経ってないのに。
「これは私の国の言葉です。でも私の国には文字がこれを含めて3つ…数字や英語を含めると、4つか5つになります」
「キミは神々の言語まで修得しているのか!?」
何故そうなる!?
普通に漢字と平仮名とカタカナと数字。それから英語のアルファベット。
他にもアラビア文字とか数字もギリシャ数字とか色々あるけど、日本人が知っているのは……ああ止めよう。全部話そうとすると説明が面倒くさい。
「私の世界にもそういうものはありますが、それとは全く別です」
確か日本でも神道…神さまを祀った古代の文字があるって聞いたことあるけど、そういうのとは違う。普通に普通の日本人としての常識だから。
「…キミの世界って、もしかして本当に…この世界を創造した神々の…」
「私は神さまとは違います!それでえっと、私の事を知りたいんですよね?」
これ以上説明に困るような事を聞かれたくないので、無理矢理話を切り上げた。
それからは本当に色んな事を話した。
家族のこと。
好きなものや嫌いなもの。
自分がこの世界に来る前は、何をしていたとか…。言いにくかったけど、屋上から飛び降りようとした同じクラスの子を助けようとして、そこから何も思い出せないこと。思い出そうとすると頭が痛くなることも話した。
一番長くなったのは師匠のことだけど、それを聞いている精霊さまの顔は、笑顔だけど引きつっているようにも見えた。
「アサミは本当に…師匠の事が好きなんだね」
「はい!師匠は本当に優しくて頼りがいがあって、憧れて尊敬してます!!」
だってそれは本当の事だ。でも特別仲が良いとか、そういう訳じゃない。
私が勝手に尊敬しているだけで、あんな人になりたいと憧れているだけ。
師匠は…少し前に話してくれた。
大切な友人を、見殺しにしてしまったことを。
話を聞いたそれは、見殺しというよりは仕方ない事だったような気もする。
でも師匠の中では、それはもう少し自分に勇気があれば、助けられたかもしれないという、後悔がずっと付きまとうものなのだと。
だから師匠は、二度とそんな思いをしない為に頑張るのだと言ってた。
何か出来た筈なのに、自分の弱さが理由で何も出来なかったり無力なのは嫌だからと。反省はしても後悔はしないという言葉が、必ずしも良いことではないとも笑ってた。
取り返しのつかない後悔が、弱さに流れそうになる自分を戒めてくれるものだとも教えてくれた。
師匠の事は尊敬しているけど、言ってることは難しい。
私にはまだ理解が出来ないけれど、いつかはわかる時が来るのかな…
「その、師匠っていう人の似顔とかってある?」
「似顔絵はないけど…ここ。この人です」
画像フォルダを開き、その中から大会後にバトン教室の皆で撮った写真を見せたら、精霊さまが固まっていた。
もしかしてこの反応は、スマホの中に人がいるとでも思ったんじゃ…
「へえ、思ったより普通に可愛らしい人じゃないか。話を聞く限り、もっと苛烈で勇ましい感じだと思っていたよ」
「流石にそれは師匠に失礼です」
でも思ってた反応と違って安心した。てっきり未知の文明に驚愕したとか、そんなことを想像しちゃったから。
「でも精霊さまはスマホを見ても驚かないんですね、ちょっと意外でした」
ちょっとどころか物凄く意外だった。
「ん?ああ、鏡を使って遠くのものを映したりすることは、魔法でもよくやるからね」
なるほど。確かにそれなら納得だ。
「ただしそれには高い魔力と高度な技術が必要だから、使える人は限られているけどね」
「へー!」
でも考えてみれば当たり前な気もする。
鏡よ鏡、じゃないけれど。そんな事をしたら魔法の鏡とか特別な道具をを使わない限りは、プライバシーの侵害だし情報も取り放題取られほうだいとかだと、世の中がメチャクチャになりそう。
ご近所や知り合い同士で疑心暗鬼にならない為には、適度な秘密も大事なのかもしれない。
「そうだアサミ。キミのその鏡についている護符に、俺の魔力を込めておいたよ」
「護符?…ストラップの事ですか?」
気にしていなかったストラップを見ると、何やらうっすら光ってる。
「ええ?何これ!!」
驚く私に構わず、精霊さまが抱き締めてきた。
「むぎゅ」
「アサミは本当に可愛いね。ボクと出会う前に、ボクの紋章を持っていてくれたなんて」
精霊さまの紋章!?何それ、初耳なんだけど!!
「魔力を込めるときに気付いたんだけどね、この黒いプレートは俺の紋章を示すものだったから…」
そうなの!?そんなこと知らない。師匠からダブったからって貰っただけだし!
「だから丁度良いかと思って、俺の魔力を出来る限り込めさせて貰ったよ。アサミを守ってくれるように」
「っ…」
精霊さまの言葉に顔が熱くなる。守って…くれる、んだ。
「…い、良いんですか?」
「何が?」
「その…」
地の精霊さまなのに、私を守ってくれるという。それは私が精霊さまを独り占めしているようで、何となく気か引けてしまった。
精霊さまは、もっとこう…大きな力でたくさんの人を助けたりとか、自然と共に過ごすようなそういう方が生活の方が合っている気がする。私の為にその力を使うとか、良いのかな…
「ボクがアサミを守りたいんだ。ボクにキミを守らせて…?」
「ひゃう!」
み、耳!!耳!!
吐息混じりに甘く囁く声に、聴覚神経から脳を刺激されてクラクラする。心臓が破裂しそうな程に跳ねて、口とか鼻から飛び出てしまうのではないかと思った。
「…ねえ、アサミ…」
「わわわわわかりました!!よろしくお願いします!!」
…何か良いように流されてる気がする。
でもこれから旅に出るなら、もっとちゃんと準備しないと。取り敢えずは…
「針と糸ってありますか?」
「え!?」
精霊さまはに驚いたけど、これから本格的な冒険に出掛けるなら荷物は多く持てる方が良いに決まっている。
着ていた制服のブレザーを改造して、リュックサックを作ろうと思った。
学校用の制服は、三年間着ることを考えて作られているから丈夫だし。ちゃんと縫い目も細かく縫えば、冒険にも堪えられるだろう。
袖を切って、裾を切って、底を取り付け縫い直してあれこれあれこれ。
そうやって出来たリュックサックは、手縫いで時間も掛かったけれど、それなりに頑丈なものにはなったと思う。
「出来ましたー!」
「あはは、上手に出来たね。偉い偉い」
「ふふー」
頑張ったことで頭を撫でられて、私も嬉しい。これで沢山道具を買って、遠くに冒険にも行ける。
私は知らなかった。
あと一日この国を出るのが遅かったら、私は捕縛され処刑されていたということを。




