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精霊と独り言

 大聖堂から空間移動で連れてこられた、精霊さまの塒。

 この間泊まった時とは、何て言うか…だいぶ雰囲気が変わっている。今日は南国のリゾート風、といえば良いのかな。

「危なかったね、子猫ちゃん」

「なにがですか?」

 大聖堂で巫女姫さまと会ったことの、何が危なかったんだろう。声からして優しそうで、皆に慕われてそうな人なのに。

「いや…わからないなら良いんだ」

 ポンポンと頭を撫でて誤魔化しに掛かっているが、こっちとしても気になることはある。

「巫女姫さまが、精霊さんの事をテラ様がと呼んでいたのは…精霊さまの名前はテラっていうんですか?」

 巫女姫さま。最初の穏やかで優しい声とは違って、かなり大きくて必死な感じの声だったけど。

「うーん…まあ、そうなんだけど」

「?」

 はっきりしない精霊さまの言い方に、私もちょっと気分がモヤモヤする。

「精霊にとっては名前は契約だからね。自分がこの人と繋がりたい、絆を結びたいと思った相手に付けて貰って、初めてそこで契約が結ばれるんだよ」

「へー!」

 それは知らなかった。あまりやり込んではいないからか、そこまで詳しくないからなぁ…

「だからボクたちにとっては、名前は本当に大切なものでね。それこそ互いの命を結ぶような行為に等しい」

「命を結ぶ!?」


 それは…。重い…重すぎる…


「あ、今重いって思ってるだろ」

「いいいいやいや、そんなことは…」

 ダメだ。図星を刺されて目を合わせられない。

「良いよ、気にしなくて。それにボクはアサミにそんな重いものを背負わせたい訳じゃないから」

「精霊さま…っわ!」

 優しく腕を掴まれ引き寄せられると、精霊さまの胸に抱き込まれた。

「ゴメン。でも暫くこうさせて」

 そう言われたなら大人しくするしかない。でもただ大人しくしているだけなのも、ちょっと落ち着かない。

 なので耳を寄せて心臓の音を聞こうとしたけど、聞こえる音が心臓なのか違う何かなのかがいまいち解らない。

 少なくとも人間のように血液が巡る音ではないのは確かだ。また一つ人間と精霊の違いを発見。

「…胸に耳何かあてて、どうかした?」

「えへ。精霊さまの事を一つ発見というか、知ることが出来て嬉しいだけです!」

 素直な気持ちを言葉にすると、精霊さまは片手で口許を抑えるとそっぽを向いてしまった。

「…精霊さま?」

「アサミ…今のは、流石にダメだよ…」

「?」

 あ。よく見ると目元が赤い。血液が巡っていなくても、顔は少しだけ赤くなるんだ、なるほど。

「ぶ!」

 まじまじと横顔を見つめていたら、大きな手で顔を掴まれた。

「まだ明るいけど、今日はもうこのまま休もう。明け方からあまり寝られなかったんだろ?」

「明け方…あっ!」

 そうだどうしよう!私、精霊にキライって言っちゃったんだ!!

「せ、精霊さま!!あの…私、今朝のこと……」

「ああ、別に良いよ。ボクが悪かっ──」

「わ、私。好きです!精霊さまのこと、大好きです!!」

 よし、ちゃんと言えた!

 つい意地を張ってキライと言っちゃったけど、本当はキライじゃないから。

 歩く性犯罪みたいだしセクハラ魔だしエロ精霊!って何度も思った。でもまだ出会って4日でも、こうして一緒に居るのは嬉しくて楽しいから。

「大好きです、精霊さま」

 だから、素直な気持ちを伝えてみた。

「──────…」

「…精霊さま?」

 精霊さまが動かない。どうしたんだろう。

「せ──」

「もう寝なさい!」

 パチン、と指が鳴る音と同時に急に襲いかかる強い眠気に、目の前が真っ暗になる。


 完全に目蓋が閉じきる前に見えたのは、真っ赤になった精霊さまの顔だった───






「全くこの子は…」

 本当にボクを振り回す天才だと思った。朝はキライと言ったのに、今は大好きだなんて。

 初めて人間から大キライだと言われて、流石にショックだった。人間は無条件にボクを、精霊を好きなものだと思っていたから。だから姿を消した後も、どうしたものかと困ってしまった。

 ギルドで兵士たちに囲まれ、連れられる時はまだ良かった。あいつらは言葉は乱暴でも、彼女に対して害意はなかったから。


 だが巫女姫は違う。


 あの女から湧き上る、暗く重い魔力の流れは明らかに彼女に向かっていた。ボクが姿を現すことで、さらにそれが強まったけれど理由はわからない。

 そもそもボクは、今日一日は姿を見せないつもりだった。というか、彼女に呼ばれるまでは隠れて見守っているつもりだったのに。

 なのにどうして出てきてしまったんだろう。身体が勝手に動いてしまった自分が信じられない。

「アサミ…」

 腕の中に収まり、すうすうと静かに寝息を立てる彼女を見ていると、急に触れてみたくなった。無理矢理眠らせたとはいえ、起こさないよう気を付けながら、指先でそっと頬を撫でてみる。



 ──柔らかい。



 その瞬間、急に胸が痛くなった。人間とは異なり血液ではないが、代わりに魔力を全身に巡らせている心臓が痛いくらいに跳ね上がったから。

 今までは、抱き締めたり触れたり、耳元で囁いたり背中をなぞってみたりと、色々スキンシップはしてみたけれど。

 でもそれはボクにとっては当たり前の事で、相手がどう思おうと何を感じようと特に気にはならなかった。



 キライ



 夜明け前の宿で言われた一言。それをを思い返すと、ズキリと胸が痛くなる。さっきとは違う痛さだ。

 ボクをキライだと言った。精霊であるボクを嫌う人間は初めてだった。

 彼女がボクが嫌いなら、パートナーを解消した方が良いのかとも思った。でもそうされるのはボクが嫌だ。


「そうか、ボクはアサミと一緒に居たいんだ」


 どうしてかはわからない。でもこの子と一緒にいるのは楽しいし、何より心地良い。

 眠り続ける小さな身体をぎゅう、と抱き締めてみる。

「柔らかい…」

 人間の女の子とは、こんなにも柔らかいものなのか。ボクが居ないままレベルの高い魔獣や魔物と戦ったら、普通にエサにされてしまいそうだ。これはもう、自分がちゃんと守ってやらなくてはいけない。


 ───え?


 自分の中に生まれた考えに気付いて、それが未知の感情だったことに気づく。

 え、何だろうこの気持ち。

 人間を守るだなんて、どうしてボクはそんな事を思ったんだろう。


 確かに人間の事は気に入っているけど。特にこの子は。

 確かに助けてやらなくては、と、思うくらいには弱いけど。


 でも守る、なんて…そんな風に思ったことはない。

 助けることと守ることは違うから。

 守るということは、いざという時は自分を犠牲にしなくてはならない事でもある。

 人間の事は好きだけど、自分を犠牲にしてまで何かをしてやりたいとは思わない。それは数は少なくても、今までの冒険者も同じだ。



 だけど──



「キミを俺に、守らせて…」

 何だろう。胸の奥から溢れてくる気持ちのままに、眠り続けるアサミの身体を抱き締めた。

 この気持ちが何なのかはわからない。でも、大好きですと言ってくれたアサミの一言で、胸の中にあった扉が一気に開いたみたいだ。

 アサミを守りたい。それと同時にアサミの事も、もっと知りたい。

 それとなくアサミの事を知ろうとして、それとなく触れた場所から身体にある魔力経路を探ってみたりもしたが、どうも彼女は魔力というものがほぼゼロらしい。一応ギルドには魔法使いとして登録したけど、どうやら適性は戦士とか武術家の方が向いていそうだ。でもボクが代わりに戦うからそれは良いんだけど、でも知りたいのはもうそれだけじゃない。

 アサミの居た世界。どんな世界に生まれて、人間と関わってきたか。アサミの世界から見たこの世界とか、とにかくもっともっとアサミの事を知りたいと思った。

 目が覚めたら、まずはアサミの話を聞こう。それから装備品を別のものに買い換えて、違う街に行こう。

 大聖堂のあるアストライア国からは、離れた方がいいな。あの巫女姫は何やら胡散臭い。

 誰も知らないはずの自分の名前を知っていたのもそうだけど、何よりアサミに向けるあの暗く濁った魔力と敵意がどうも気になった。

 沈黙の夜については、大陸各地に点在する教会や少し値の張るアイテムが魔力で大聖堂の鐘と繋がっているから、沈黙の夜の訪れあるとしても大丈夫な筈だ。


 そうと決まったら、先ずはアサミを守るために出来ることをしておこう。


「先ずはボクの魔力を込めた護符だな」

 アサミの持ち物で、常に肌身離さず持っているものって何だろう。

 静かに眠る彼女をベッドに寝かせようと、装備している胸当てやポーチ。それから着ている上着を脱がせていくと、上着の内側のポケットに小さく固い感触が当たった。何だ?

 取り出してみると、それは初めて会った時に彼女が覗き込んでいた、光る鏡だった。

 手のひらくらいの大きさの四角いそれは、今は真っ暗で何も映っていない。ただ気になるものがぶら下がっていた。

「これは…!」

 黒い円形の小さなプレート。光に透かすと微かに黒い紋章が見える。間違いなく自分の、地の精霊を示す紋章。何故彼女がこれを?

 だがこれは、ボクの魔力を込めるには最適だ。自分の紋章なのだから当然だが、そもそもアサミがこれを持っていてくれたという事に驚いた。でも嬉しい。

「フフ、本当に可愛いなぁ」

 こんなにも、こんなにもボクが嬉しくなるような事をしてくれてたなんて。

 この世界に来るより前であるにも関わらず、自分に関するものを出会う前から持っていてくれたというのが、嬉しいと思ってしまう。嬉しくて堪らない気持ちに、胸の奥が暖かくて擽ったい。

 起こさないようそっと寝台に横たえてから、円形のプレートを握りしめ魔力を送り込む。すると中の紋章が薄い輝きを帯び、強い光に翳さなくとも自分の紋章が見えるようになった。

「よし、上手くいった」

 地の精霊の加護を与えたので、これで彼女に何かあっても守れる筈だ。それこそ命に関わるような危険だったとしても。

「物々交換で羊皮紙に描いたやつだと、一回しか使えないからな」

 一度加護を使うと燃えてしまう。その点これなら耐久性もありそうで、何回か使っても大丈夫そうだ。

 それから…

「本当は直に肌に触れて、身体中にもボクの魔力と加護を送りたいんだけど…」

 そんな事をしたら、今度こそ嫌われそうで怖い。困るのではなく怖い。

 それが出来れば怪我をしにくくなるし、受ける傷も痛みも減らせる。守るためにはその方が良いのもわかっているが、それをするとアサミが怒って自分を嫌いになるのが目に見えている。耳元で囁やくだけで、真っ赤になって固まって怒り出すくらいなのだ。

「せめてこれくらいは…許して欲しいんだけどね」

 目が覚めたら、この子はどういう反応をするんだろう。


 怒るのか、泣くのか。それともまた真っ赤になって固まるのか。


 この子の目が覚めたとき。一体どんな反応をしてどんな表情を見せてくれるのか。

 そんな想像するだけで、笑顔になってしまうくらいに楽しみな気持ちを抑えながら、静かに眠る小さな身体を抱き締めて自分も眠りについた。

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