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冒険者と師匠

 今日は冒険者らしく宿屋に泊まってみた。

 お一人様60イェンという金額は、此処では高いのか安いのかわからない。でも一人6000円くらいと考えるとまあ普通なんだと思う。


 学割、きかないかな…


 当然ながら精霊さまの分はお金は払ってない。何故なら精霊だから。

「はー…何か身体が重いし怠い…」

 ふらふらとベッドに倒れ込む。でも思いの外痛かった。かたい。

 でも痛みよりなにより、やっぱりクラクラする。何だろうこの感じ。これが一気にレベルを上げすぎた事による体調不良なのかな。

 最初のスライムとの戦闘が終わってからは、精霊さまが本格的に戦闘に加わった為、私のレベルも一気に上がった。この辺りでは一番難易度の高いダンジョンでも、魔獣だろうと魔物だろうとお構いなしにガンガン倒しまくったからだと思う。…精霊さまがね。私はずっと身を守ってただけ。

 レベル1だったのが今は25って流石に上がりすぎだと思う。確かレベルが低くないと出来ないクエストもあった気がするのに、そういうのは全部無視かい!

「…カッコイイのにむちゃくちゃ過ぎる…」

「誰がむちゃくちゃだって?」

 …居たのかエロ精霊。

 取り合えずもうこの人の事は、心の中ではエロ精霊と呼んでやる。やーいやーいエロ精霊ー。

 魔獣や魔物を倒しまくったおかげで、経験値どころかお金もいっぱい手に入った。その額なんと35200イェン。日本円に換算したら約352万円。流石に中学生が持って良い金額じゃない!

「なんでもないです」

 流石にお金を持ちすぎなのも怖いので、ギルドの銀行に預けようとした。でもその前に寄りたいところがあるからと、ちょっと…じゃないな。この地域で一番高いお店につれていかれて、危うくビキニアーマーを装備させられそうになった。


 ふざけんなこの変態精霊!!女子中学生にビキニアーマーとか変態過ぎるでしょ!!


 大体ああいうのは、もっと大人でナイスバディなお姉さんが着るからこそ似合うのであって、成長期の私なんかが着るものじゃない。有り得ない。

 私がもっとボンキュッボーンな体型だったら…いやダメダメ。それでもやっぱ恥ずかしい。

 大会用の衣装みたいなのだったらまだ何とか…とも思ったけど、あんな格好で普通に外を歩くのは女子中学生としてはやっぱナシ。

「…精霊さま。少しだけ一人になりたいんですけど、良いですか?」

「──わかった」

 少し間を置いてから、精霊さまは姿を消した。

 本当に疲れたからゆっくりしたい。でもエロ精霊が居ると気持ちが休まらない。だから…一人になりたかった。

「………はぁ」

 あまり力が入らない身体を何とか起こして、昼過ぎに買い直した装飾の入った胸当てを外す。まっさらで飾り気のない最初のやつよりは、こっちの方が天然石や魔除けの彫刻とかが入っていてお洒落だし可愛い。

 制服のブレザーも脱いで再び横になると、内ポケットからスマホを取り出して画面を付けた。相変わらず圏外だ。

 フォルダに入っている画像は普通に見られるらしい。両親や友達や、あとは師匠たちと一緒に撮った画像を見てたらまた涙が出た。

「…師匠…」

 スマホに付けたストラップが揺れてる。レアグッズだけどダブったからといって師匠がくれた、500円玉くらいの黒の円形のプレート。樹脂製かな、だいぶ前にもらったけどあまり傷がついてない。

 窓から差し込む夕日に透かすと…ものすごーくよく見たら、謎の模様が描かれてる。初めて気が付いた。

 尊敬して憧れてる師匠とお揃いで嬉しかったし、今はこれがあるだけでも心強い。


 此処に来て二日か…


 一人でいるよりは良かったの、かな。精霊さまが居てくれるお陰で気が紛れる。でもやっぱり早く帰りたい。スマホの充電も昨日より少し減ってるし。

 本当は音楽をかけてみたかった。けど、此処ではスマホは珍しいものだろうから、取られても困るしあまり表には出さないようにしてる。これだけは無くせない。

「……はー…疲れたー…」

 スマホをブレザーの内ポケットにしまうと、疲労からくる眠気に意識を流した───



 


 ──師匠、師匠!


 初めて出来た技が嬉しくて、一番に聞いて欲しくて駆け寄った。


“おー!どうした麻実ちゃん”

 師匠、私今日2スピン出来ました!


“おおぅマジで!?やったじゃん!じゃあ来年は中級のソロで出るの?”

 はい、そのつもりです!


“そっか、頑張れ!!”



「…あ…」

 夢か。でも夢でも少し嬉しい。

「おはよう、アサミ。といってもまだ夜中だけど」

 このエロ精霊、いつの間に部屋にいたんだろう。

「夕食をどうするのかと思って声かけようとしたら、よく寝てたから起こすのもどうかと思って」

 そう言ってランプの明かりだけが頼りの、薄暗い部屋の中で笑う精霊さまは…やっぱり綺麗だと思った。

 そっか、気を使ってくれたんだ。

「大丈夫です、精霊さま」

「そう?」

 な、何だろう。何でこんなジリジリ近づいてくるんだろう。

「え、な……何…」

「ねえ、アサミ…。師匠って、誰?」

「え!?」

 うそ!?いやイビキとかじゃないだけマシだけど、寝言!?

 変なこと言ってなかったかな、大丈夫かな…えええええっ!! 

「キミが目を覚ます少し前にね。一言だけそう言ったから」

 ああなんだ。良かった、一言だけで済んだんだ。

「…ね、アサミ。師匠って…誰?」

「ち、近い近い近い!!精霊さま、近いです!!」

「シー…静かに、隣のお客さんに迷惑だ」

 いやいやいや、そんな色気たっぷりに囁かれても逆効果!効果逆!!

 ベッドに乗り上げゆっくり迫ってくる精霊さまと、後退ってしまう私の攻防。後ろについた手がベッドの縁に掛かった時、これ以上下がると落ちるのを察して目逸らした。

「う、ううっ…」

 助けて誰か!精霊さまの色気に私の心臓が死にそう!!

「アサミ…」

「ひぃいいい…ッ!」

 ふ、と耳に掛かる吐息に負けて、私は大人しく師匠について話すことにした。




 自分の習い事──バトントワリングのレッスンの夢を見た。レッスンというよりは師匠の夢。

 先生じゃなくて、同じバトン教室に通う三つ年上の先輩。少し前までは普通に名前で読んでたけど、凄く尊敬してるから今は「師匠」と呼ばせてもらってる。


 師匠は凄いと思う。そもそもバトンを習い始めたのが中学一年の時で、その頃既に教室で一番年上だったらしい。自分よりも5つも6つも年下なのに、それでも自分よりずっと上手な子達に囲まれながら一緒に練習してて、本当にバトンが好きなんだなと思った。

 いつも明るくて優しくて、面倒見も良くて。もっと上手くなりたいからと、高校も全国では有名なバトンの強豪校に進学してから一気に上手くなった。

 だから私も同じ学校に行きたいと思った。私が進学する頃には、師匠は卒業しちゃうのは寂しいけど──…


「アサミはその人の事が、本当に本当に好きなんだね」

「はい!師匠の事は本当に尊敬してるし憧れてる。元々バトンを始めたのも、学校で虐められてて、師匠のお母さんが学校の他に居場所を見付けられたらと思って習うように言ってくれたんだって」

 どんなに虐められてても、それに負けずに立ち向かってひたむきに努力をする姿とか、いつでも笑顔を絶やさないところだったり、あとは…

「…あとは、心がすごく強いところかな」

「へえ、そうなの?」

「そう!師匠は“自分に負けることが何より嫌い”なんです」

 いつも師匠は言ってた。世界中のだれにまけても良いけど、自分にだけは負けたくない!と。

「面白いことを言う人だね。自分か…そもそも自分て、何をもって自分て言うんだろう」

「うーん…。私には難しくてわかりませんでした。でも師匠は“自分が存在することで影響を及ぼすもの全部を含めて自分だよ”って言ってた」

 正直どういう意味なのか、私には未だに解らないけど何と無く大切なことのような気がする。…いつか私にも、わかる時が来るのかな?

「今はまだわからなくても、でもいつかきっと……。…精霊さま?」

「素敵な考え方の人なんだね、アサミの師匠は。きっとその人の頭には、王冠が乗っているのかも知れない」

「王冠?」

「そう、王冠」

 その言葉に頭に浮かんだものは、やっぱりあの頭に乗せる宝石の沢山ついたあれ、だよね?添う思って見上げてみるけど、精霊さまは穏やかな眼差しで微笑んでいるだけだ。

 …もしかして精霊さまは、師匠の言った自分というものの意味をわかっているのかも知れない。


 私にも、いつかわかる日がくるのかな…


 師匠の考えを理解できないことが寂しくて俯いていると、ぽん、と頭に手が乗せられた。そして慰めるようにゆっくり撫でられる心地よさに、思わず泣きそうになった。けど少なくともこの人の前では泣いたらダメなのはわかったので、懸命に歯を食いしばり唇をかたく引き結ぶ。

「…あれ?泣かないの?」

「泣きませんよ、精霊さまの前では」

「フフ、残念」

 心地好かった手が離れ、少しだけ寂しく思ったら不意に抱き締められた。

「─!!」

 な、なっ…

「ねえ」

 耳元で囁くように響く、アルトボイス。

 いつもより吐息多めのその声は、今までで一番私の聴覚神経を刺激した。

「その師匠って、男?女?」

「うええっ!?」

 えっ!?何言ってるのこの人、女の人に決まってるじゃん!!バトン…え、あ、そっか!この世界にはバトンがないのか!!

「ねえ、どっち?」

 はわわわわ!!背中、背中!!

「や、やめっ…。…精霊さま、ッ…」

 長い指がそっと背筋を撫でてるのがわかる。擽ったいような、もどかしいような焦れったさが恥ずかしくて本当に泣きたい。

「…どっち?」

「お、おおお女の子!!私より三つ上の女の子!!」

 早く止めてもらいたくて必死で訴えた。

「そう」

 頭の上から明るい声が聞こえると、背筋をなぞっていた指が離れ宥めるようにぽんぽんと、背中を軽く叩いてくれた。でも此処までセクハラされると、もう恥ずかしくて泣きたくて……。…ダメ、本当に涙が出てきた。

「う…っく、…うう…」

 どうして精霊さまは、こんなことをするんだろう。…いや、そういうキャラとして作られたんだろうからそうなのは、わかってる。わかってはいるけど、腑に落ちないし納得もいかない。

「アサミ…。泣かないで、アサミ。あんまり泣くと…」



 キライ



「…え?」

 驚く精霊さまに構わず、突然口をついて出た言葉が止まらなくなった。

「キライ…。精霊さまなんか、キライ。大っキライ!!」

「アサ…」

「あっちいって!!顔も見たくない!!」

「っ…」

 夜明けが近付いているのか、空が群青色になっている。少しずつ明るくなってきた空に、僅かに明るさが増した室内では息を飲む音が響いた。

「…わかった」

 そう言って精霊さまが姿を消すと、堪えていた涙がついに決壊した。

「う…うえ、っ…。…うわあああああん!!」


 ─────私は今。この世界に来てから、初めて声を上げて泣いた。






 頭が痛い。宿屋の女将さんが起こしにきてくれて、そこでやっと目を覚ました。

 空はすっかり明るくて、良い天気だけど…気分は全く晴れなかった。精霊さまとケンカしてしまった、んだと思う。言わないつもりだったのに、ついキライと言葉に出してしまったから。

 顔を洗い、朝食に焼いたパンと目玉焼きと牛乳を頂いてから、ブレザーに袖を通す。昨日買い直したダガーと胸当てを身に付けて、それから…

「……」

 謝ろうと思ったけれど、勇気がでなくてやっぱり止めた。


 ご厚意で少し遅くまで休ませてくれた宿屋のご主人と女将さんにお礼を言ってから、一人で街を散策することにした。

 昨日は精霊さまに連れられて、ほぼ一日戦闘ばかりだったからこの辺りを少しだけ見てみたい。それに、元の世界に戻る手掛かりも見つかればと思う。

 でもどうしよう。ここはやっぱりギルドに頼ろうかな…

「よし。先ずは初心に戻ろう!」

 行き詰まった時は、原点に戻るべし。取り合えずこのゲームの最初はギルドだ。そこで改めて情報がないかを聞いてみよう。

 道具屋で光の羽箒を買って、その羽で靴を撫でる。するとふわりと身体が浮いて、一気に空を飛んだ。


 この感覚はまだ慣れないなぁ…


 昨日の主な移動手段は、最初に光の羽箒を使った時以外は精霊さまによる空間移動だったので、空に浮かぶ時と降りる時にスカートの中を気にしなくてはならない。

 それでもあっという間に最初の街に来ると、今日は何だか兵士みたいな人が多い。何かあったのかな。

 まあそんな事は気にせず、ギルドに向かうと受付のおじさんが数人の兵士みたいな人たちに囲まれていた。どうしたんだろう。

「おじさん!」

「あ、お、お嬢ちゃん!!兵士さん、ここ、この子です!巫女姫さまと同じ格好をした…」

「は?」

 え、巫女姫さまと同じ格好?

 自分の身体を見下ろすも、別に此処に来た時のままの格好に、胸当てとダガーくらいしか装備をしていない。なのに巫女姫と同じ格好って…何?

 私の姿を目にした兵士さんたちは、突然私を囲んで見下ろした。

「貴様か小娘!月の階段より現れた、巫女姫と同じ格好の冒険者というのは!…確かにこの世界にいらした時の巫女姫が来ていた服によく似ているが…」

 えっ?えっ?

 この制服が、どうして巫女姫と同じなんだろう。このゲームにこの制服に似た装備ってあったかな。セーラー服とか、もっとお洒落で可愛いブレザータイプの制服ならあった気もするけど…。少なくともこんな上下グレーの地味な制服の装備なんてものはなかった筈。自分で言うのもなんだけど、可愛くないし。

「わ、私が…同じ格好?」

「とにかく。貴様の素性を取り調べさせてもらうため、我々と共に来てもらうぞ!」

「そ、そんな…!!」


 ゲームの世界に来てから三日。突然私は兵士さんたちに連れられて、精霊さまが睨んでいた大きな鐘のある大聖堂へと連行された。

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