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冒険者と精霊

 此処どこ?

 明るいけど、これは夢?


 訳がわからない…



 柔らかな光の中で目が覚めたら、急に目の前に輝く扉が現れて。

 いつまでも此処にいるわけにもいかないと思ったから、仕方なく前に進んで扉を開けたら───



「何、これ…」



 ドがつくくらいの田舎の夜景。

 まさにそんな感じ。月明かりで夜にしては明るい空とは裏腹に、何処までも黒くて真っ暗で鬱蒼と覆い茂るような木々。というか森、山。

 明かりは本当に月明かりだけで、人工的な灯りどころか火とか松明とか、そういった自然の灯りすらない。此処は何処なんだろう…

「私…どうしてこんなところに…」

 何処だろう…見たことない、わからない。

 わからないから扉の中に戻ろうと振り返ったら、扉そのものが消えていた。扉どころか足場そのものも消えかかっている気がする。

 え?は?冗談じゃない!この高さから落ちたら私は今度こそ本当に死んでしまう!!

 慌てて階段を駆け下りるも僅かに間に合わず、あと三段というところで足場は完全に消えそのまま落ちた。

「ひゃッ!?…いたた…」

 走りながら落ちたせいか右足をちょっと捻ったらしい。

「もう!なんなのここは!!」

 夢じゃないのはわかった。足が痛いから。でもそうなると此処は何処なんだろう。

 暗いし何も見えないし怖い。私、このままこんなところで死んじゃうのかな…

「……お父さん、お母さん……」

 怖いよ…。助けて、誰か…誰か!!


「誰かぁあああっ!!いませんか──────っ!!!!」


 声の限りに叫んでみた。誰か応えてくれるかもしれないという期待を込めてだけど、人どころか建物さえ見えない。あるのはただの舗装されていない土道と森と山だけ。あとは今叫んだ自分の山びこ。

「…どうしよう。どうしたら…」

 怖い。寂しい。…本当にこんな、訳のわからない場所で一人ぼっちで死ぬのかな…

 涙を拭おうと、制服のポケットからハンカチを取り出そうとしてスマホに手が当たった。助けを呼べるかもと試り出してみたけど、圏外になっている。これじゃ助けも呼べない。

 電源は入るけど電波が届かないなら意味はない。現代文明なんて所詮こんなものか…

「そうだ、GPSは使えるかな」

「へえ、不思議な鏡を持っているね。それは何?」

「へあうっ!?」

 口から心臓が飛び出るかと思った。誰もいないのに、誰もいなかったはずなのに、突然聞こえた吐息混じりの低い女性の声。私はこの声を知っている。

「あはは、ゴメンゴメン。そんなに驚くとは思ってなかったから」

 振り返った先に居たのは、今人気のスマホゲーム。マジフェアの一番人気のキャラ!

 真っ黒の長い髪に中性的な容姿。でもとんでもなく美形であと声が…声が、ッ…!!

「驚いた顔も可愛いけれど、泣き顔はもっとそそるからこれ以上ボクの前では泣かないでね?でないと…」

 怪しく細められた紅い瞳に後退りをする。なんていうか、声がとてつもなくエロい!!なんか声だけでヤられそう!!

「…食べちゃうよ?子猫ちゃん」

「──────!!!」



 間違いない、この声…この台詞。



 間違えようもない。私が尊敬する師匠が大好きな、超人気女性声優のものだった…






 あの後そのまま倒れてしまったらしい私は、何と無くここがマジフェアの世界なんだろうと思った。

 実感はないけど、日本では視たことがない街並みや風景は、どう見てもどう考えても私が知っているものじゃない。そんな中、何がなんだかよくわからないまま謎の美形──地の精霊さん、に冒険者ギルドというものに連れていかれた。

 何でもギルドというものに登録していないと身分の証明とか、身元の保証とかそういうのが出来ないらしい。

 そういったものは本来は市役所とかの仕事じゃないかとも思ったけれど、冒険者が多いこの国では色んな国…時には色んな世界から多くの人が集まるらしく、そういう人たちをまとめて管理する為に設立されたのがギルドなのだそうだ。

「はー…この仕事もそれなりに長くやってるが、お嬢ちゃんみたいな子がまさかの精霊さま持ちとはねぇ」

 受け付け登録のおじさんは、私のすぐ後ろに控えている地の精霊さんを見て驚いていた。

「まあお嬢ちゃん身元は精霊さまが保証してくれるなら、こっちも安心だな。はい、これがお嬢ちゃんの認識票」

 渡されたのは紅い石の付いた薄い金属製のプレートだった。彫られている字は読めないけれど、これ…ドッグタグ?

「お嬢ちゃんの名前と身元保証人たけだけどな。本来は住所とか魔力系統とか、死んだときの連絡先なんかも彫るんだが精霊さまが身元保証人ならそんなのは必要ないしな」

「え?え?なんで?」

「何でって…お嬢ちゃん知らないのか?精霊さまは」

「さあ!認識票も作れたし早速冒険に出掛けようか!」

 余計なことを質問させまいとしているのか、口を抑えられ引きずられるようにギルドを後にした。


 街中を引きずられるように歩いていると、まあ人目を引く惹く。これでもかというくらいに視線が集まる。

 でも集めているのは私じゃない。この超絶美形で、精神破壊兵器のエロボイスを持った地の精霊さまだ。


 嬉しそうにスキップしているかと思いきや、足元を見ていると何と僅かに浮いている。宙を浮いているくせにスキップしてるよこの精霊さま…

「…地の精霊さまなんだったら、もっと地に足をつけて…」

「ん?何か言ったかい?」

 地獄耳か!!

「いいえ何も」

 あの長い耳はウサギの耳と同じか。

「あの、何処まで行くんですか?私まだこの世界のこと、何も…」

 どうやら此処は、本当にマジフェアの世界の中なんだと理解した。ゲームを始める時の登録とかギルドとか、そういった進行が似ている。異世界転生なんて好きじゃなかったのに、まさか私がこんなことになるなんて夢にも思わなかった。

 あれから何度かスマホを見たけれど、相変わらず電波は届かないしGPSも反応しない。なのでとりあえず此処は、私がいた現実の世界とは本当に違う世界なのだと思うことにした。

「あの、精霊さま!」

「…シッ」

 精霊さまは人差し指を立て静かにするよう促す。でも訳がわからなくて何もわからない不安は、そんな事はお構いなしに爆発した。

「何なんですかそれ!!何もわからなくて何も説明してももらえなくて、黙ってついてこいみたいな風に言われたって…そんなの全然わかりませんよ!!わかんない!!」

 声を上げ泣きながら抗議すると、精霊さまから私に注目が集まる。でももうそんなことには構っていられない。

「どうして何も教えてくれないんですか!?助けてくれたこともギルドの事も感謝はしています。でも私はずっと何も教えてもらえてない!!わからないままじゃ不安なんです!!」

 もうヤダ。ほんとにヤダ、帰りたい!!

「…うっ、く…。…ううっ、お父さん…お母さん…」

「あ……」

 私がこんなことに泣き出したことで流石に気まずく思ったのか、精霊さまの戸惑いの声が聞こえた。でもそんなの知らない、もっと困れば良い。

「…参ったな、こんな風に泣かれるなんて…」

「…っく、ひぐっ…」

「もっと啼かせたくなるじゃないか…」

「今すぐ泣き止みます!」

 慌てて目元を制服の袖で拭う。ハンカチを出す暇も惜しかった。

「え?もう、泣き止んじゃうの?…キミの泣き顔は可愛くてそそるからもっと見てたいし、むしろ啼かせ…」

「いえいえお気になさらず大丈夫です!」

 危ない危ない。というかこの人は本当にアブナイ。この世界の精霊って、皆こんな感じなのかな…

 私が知ってる精霊のイメージは、こう…とんでもなく美形だけど人間が嫌いで、人里離れた場所の自然の中に隠れ住むという感じなのに。


「おう、精霊さま!今朝採れたばかりの野菜持ってくかい?」

「フフ、ありがとう」

「せいれいさま!またこんどおはなしきかせてね?」

「勿論良いよ。今度は海の王様の話をしてあげるよ」

「精霊さま!お陰さまで今年も作物がよく実りました、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 道行く人…それこそ老若男女問わず好かれてる。精霊ってもっと神秘的な存在だと思ったのに、このゲームでは違うのかな。というかこのゲームがおかしいのだろうか。

 前を歩く後ろ姿を見上げると、黒く艶やかな髪が風に揺れている。僅かに見えた耳はやっぱり長く尖っていて、それだけで人間とは違うのだと理解する。

 でも…

「…さて、ここまで来れば教会の監視も近付けないだろうからキミの質問に答えられるよ」

「え…?」

 気が付いたら街を抜けた郊外の、小高い丘まで来ていた。見下ろせば坂の下にはさっきまでいた街があって、でも今いるこの辺りには視界を遮るようなものもなく見張らしも良い。

「教会の監視って…」

 そう呟いただけなのに、精霊さまは困ったような顔をして笑った。

「精霊は自然を司る存在だから、当然大きな力も持っている。教会は何とかして管理下に置きたいようだが、当然ボクたちは縛られたくない。多少神力があるからといって、人間なんかの言いなりにはなりたくない」

 冷ややかな目で街一番の大きな建物を見ていた。大きな釣り鐘があるから、あれが多分巫女姫のいる大聖堂だとは思うけれど…。何か、嫌なことでもあったのかな。

「…それならどうして」

「人間の味方をするのか、って?」

 心読まれた!?

「いやっ、あの…」

「あはは、良いよ。当たり前の疑問だし」

「ご、ゴメンナサイ…」

 うう…なんかやりにくいというか、調子がくるうというか、そもそも調子というものを掴めない。

「確かに人間の言いなりにはならないけれど、別に人間の事はそんなに嫌いじゃない。むしろ気に入ってはいるんだよ」

 そう、なんだ。精霊さまは人間が好きなのか…

「中には人間を嫌う奴もいるけれど、全部が全部という訳じゃない。自然を敬い、尊ぶ。命というものに感謝をしながら懸命に生きている人間は、ボクは好きだよ」

「あー…」

 精霊さまの言葉はよくわかる。

 そうだね、命って一つしかないからこそ大切で…大切にしなくちゃいけないものだと思うから。

「じゃああの、危険な事に挑む冒険者の事は…」

「ん?ああ、だから彼らの事も好きだよ。彼らはむやみに命を危険にさらそうとしている訳じゃなく、命をかけて自分の知らないものや皆が知らないものを見ようと、知ろうとしているからね。そういう懸命な姿は、俺たち精霊から見るととても眩しく美しく思えるんだ」

 穏やかに微笑む眼差しがすごく優しい。命というものの概念は、私たち人間と精霊とでは違うのかもしれないけれど…。それでもたった一つしかない命を大切にしながら、毎日を生きるということは…

「…私も、そう思います」


 そうだ。だから私はあの時屋上へ向かったんだ。


 助けたくて。助けようとして。

 金網をよじ登ってブレザーを掴めたところまでは…何となく覚えているんだけど、その後どうなったかが思い出せない。

「痛ッ───」

 思い出そうとしてズキリと頭が痛む。痛い、痛い!

「おい、大丈夫か?」

「う…うう、ッ…」

 痛い、頭が…割れそう!!

「おい、しっかりしろ!!おい」



 ああ、精霊さまが心配してくれてる…



「…う、ぐ…ッ…」

 助けたかった。

 別に仲が良かった訳じゃない。けれど、でも自分から命を捨てるなんて真似は、自分に対する負け方の中で一番最低な負け方だとあの人が言ったから。

 目の前で飛び降りようとしていたなら、何がなんでも止めたかった。けど──


 私は、あの子を助けられなかったのかな…

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