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冒険者とアッパー

「え?え?」


 頭の中で直接聞こえた声に、思わず聞き返してしまう。


 “我を呼べ。早く!”


 こ、この声精霊王さま!?でもどうやって…って、ああそっか!!



 急いで荷物の中からスマホを取り出すと、フォルダを開いて石板の画像を選択する。すると画面が輝き目の前に光の人型が現れた。…人型の方だった。

 精霊王さまは迫り来る水を、光の壁で私と王女さまを囲むように守ってくれたあと、カイルさんを同じように光の壁で囲った。するとカイルさんは大人しくなって、少しだけ表情も和らいだ気がする。

 そしていつもスピネルがするように、パチンと指を鳴らすと閉ざされた岩壁を壊してくれて、溢れていた水が向こう側へと流れていく。

「アーシャ!」

「スピネル!!」

 ガラガラと崩れていく壁の向こうに、普段と変わらない姿を見たら安心した。

 良かった、無事だった。スピネルが負けるわけないとは思ってたけど、それでも実際に姿を見たらホッとした。

 大刀を構えスピネルと向き合っていたグリンドが振り返り、光の人型に眩しそうに目を細める。

「…まさか、精霊王!?」

 光の人型で精霊王さまとわかるんだ。凄いな、グリンド。


 “引け。この者に掛けた呪いは我が解く”


「チッ、させるかよ!」

「精霊王の邪魔はボクがさせない!」

 グリンドがスピネルと精霊王さまを交互に見やる。前後を挟まれて振りなのはわかっているのに、それでも引こうとしないのはなんでかな。

 それにしてもスピネルはどうしてグリンドを倒してないんだろう。どう見てもスピネルの方が強くて、場所も優位なのに。

「これだけ話してもまだ解らないのか。巫女姫はお前が思っているような奴じゃない!!」

「敵の言葉に耳貸す程めでてえ頭してねぇよ!!」

「グリンド!!」

 そうか、きっとスピネルはグリンドを説得しようとしていたんだ!戦えばきっと、傷付けてしまうから…


 ディズィーヴさんの時とはだいぶ変わったな。あの時は死んでも良いって冷たく言い切ってたのに。



 ──スピネルの中で、何か変わったのかな。そんなきっかけがあったのかな。



   チクッ



 あ、また胸が痛い。どうしてスピネルの事を考えるとき、たまに胸が痛くなるんだろう。今はそんなこと考えてる場合じゃないのに。

「いい加減にしろ!ボクはアーシャを悲しませたくない。例え君でも、死ねばアーシャが悲しむんだ!」

「────!!」

 顔が熱くなる。嬉しくて泣きたくて、目元が痛い。



 ぎゅう、と。心臓を掴まれた気分だった。



「お優しい精霊サマなこった!けどな、戦いの場ではそれが命取りになるんだよ!!」

 そういってグリンドはこちらを向いて構えていた大刀を投げ放った。

 咄嗟に王女さまを庇ったけど、切っ先が光の壁を貫いて砕け散る。



 ダメ、避けられない!!



 もうダメ!!───そう思ってきつく目を閉じたけど、少ししても痛みはない。ゆっくりと目を開けて顔を上げると、そこにはミイラのように干からびていた骸骨が、大刀の刃の部分に顔を半分砕かれ片腕だけになった手で束を握り締めた両膝ついていた。

「カイル!!!」

 岩壁に反響する、王女さまの叫びに胸が痛くなる。

「カイル、カイル!!ああ、カイル!!」

 王女さまがどんなに声をかけても、泣き叫んでもカイルさんは動かない。きっと王女さまを守ろうとしたんだ。でも───…

「はっ…ハハハハ!!まさか死人が動くとはな。残念だったな精霊王、これで呪いは発動する。完全に死ねば解呪も出来ず、ためこんだ魔力が暴発してこのままこの大陸に広まるだけだ!!」

「酷い…」

 こんな…。こんなの、あんまりだ。あまりにも酷い。

「グリンド、貴様!!」

「これが俺に姫から直接下された命令なんだよ。大陸がどうなろうと、俺の知ったこっちゃねえ」

 そう言って大刀を引き抜くと、カイルさんはぐしゃりと崩れるように倒れ王女さまが泣きながらその身体に覆い被さる。

「カイル…カイル、っ…。わた、わたくし…私を、守って……あああああっ!!」

「王女さま…」

 咽び泣く王女さまにかける言葉が見つからない。どうしてだろう。どうしてこんな、酷い…


 どうしよう。こんな気持ち、初めてだ。




 ───誰かをこんなにも許せなくて。こんなにも怒りが込み上げるなんて、生まれて初めてだ。




 許せない。許せない、絶対に許せない!!

「さて、俺の目的は達したから帰るぜ。お前らも避難しねえと危ねえぜ?特に王女とお嬢ちゃんはな」

「ふざけんな!!」

 収まらない怒りに、手元にあった石を思いきり投げ付けた。それは容易く避けられたけど、すぐに立ち上がって棍を振りかぶる。

「許さない!許さない許さない!!あんたなんか絶対許さない!!」

「ハッ!それがどうした」

 棍を束で上手く受け止め流すグリンドは、やっぱり戦い馴れている。でもそんなの知らない、どうだって良い!!

 せめて一発ぶん殴らないと私の気がすまない!!

 そう思って深く踏み込むと、相手の膝蹴りが腰に入る。

「うくっ!!」

「姫は地の精霊にご執心だから、連れてくるようにとは言われてるが別に命令じゃねえ。今俺に下されてる命令は、呪いを発動させることなんだよ」

 余裕のつもりかこのおしゃべりめ。

 幸い踏み込みすぎたお陰で浅かったけれど、体勢は崩れよろめく。その隙を見逃すまいと、再び大刀を構え突き出してきた。

「アーシャ!!」

 大丈夫、心配しないでスピネル!

 安心してもらえるよう、スピネルに向けて一瞬微笑んでみた。それから棍をバトンのように回し相手の顔の高さにトスを上げると、それに反応したグリンドが手首を返し投げた棍を凪ぎ払う。

 逸らされた視線。横に払われた大刀。がら空きの顎。



 今だ!!



 私は固く握り締めた拳を、グリンドの顎目掛けて下から上へと全力で繰り出した。

「ガッ!!」

 飛び上がるくらいの勢いで繰り出した渾身のアッパーは、見事決まったらしくグリンドは仰け反って倒れた。ズキズキと拳は痛いけど、それでも一発ぶん殴れたことの方が良かった。

 これで何もかもが無かったことになる訳じゃない。でも、少しでもカイルさんや王女さまたちの悔しい気持ちが晴らせたら。

「───やるじゃねえか…ガキだと思って甘く見てたかもな」

 さっきとは違う、低く響く声。その声の様子に反応したのか、地面が揺れ鋭く尖った岩が仰向けのままのグリンドの喉元に突き付けられる。スピネルの魔法だ。

「動くな。そして命が惜しければ余計なことも喋るな」

 ああ、スピネルも怒ってるんだ。…でも殺さないで欲しいと思うのは、やっぱり甘いのかな…

 カイルさんや王女さまの事を思うと、どうしても、やっぱり許せない。でもだからといってグリンドに死んでもらいたい訳じゃない。


 グリンドは命令だと言っていたけれど、そうなると命令を出したのは橘さんということになるわけで。


 私には、どうして彼女がそんな真似をするのかがわからなかった。

「やっぱお嬢ちゃんはお人好しだな。俺の事が憎くて憎くて仕方ねえだろ」


 憎い?


 今私が感じている、このどうしようもなく許せなくて許せなくて、怒りが治まらないこの気持ちが憎しみだと言うなら。確かに憎くて仕方がない。でも…

「それでも俺を殺せと精霊に命じないんだな」

 だって、殺して全部が元に戻る訳じゃない。

「喋るなと言った筈だよ」

「ぐ…ッ」

 喉元に突き付けられた鋭い岩が、僅かに食い込む。スピネルが誰かを傷付けるのは嫌だけど、正直この人と今話すのは嫌だったから助かった。


 ゴゴゴゴゴ…


「な、なに!?」

 突然重く響く音と共に地面が揺れる。

 ううん。地面だけでなく、空気も、精霊王さまが魔力で押さえてくれている水面も揺れている。

 突然風が吹いて、空気が渦を巻いていた。その中心にはあちこち砕けて…人としての形を保つことも出来なくなってしまったカイルさんと、その骸に伏せる王女さま。ダメだ、危ない!!

「王女さま!!」


“いかん!このままではこの空間そのものが暴発に巻き込まれる、逃げろ!”


「アーシャ、逃げるよ!」

「ダメ!!王女さまを置いていけない!!」

 倒れたままのグリンドの太腿に一発蹴りを入れてから王女さまの元に駆け寄ろうとした。でも風…もとい溢れる魔力が強すぎて近付けない!!

「王女さま、逃げましょう!!早くこっちへ!!」

 懸命に王女さまへ手を伸ばすけれど、近付こうとするほど見えない壁に押しやられる。

「せ、精霊王さま!」

 精霊王さまなら何とか出来ないかと思ったけれど、精霊王さまは王女さまを見ていて王女さまも精霊王さまを見ている。

 少しの間見つめ合ったままの二人は、一体考えているんだろう。


“良いのか、ウルスラの王女よ”


「はい…。私はウルスラの王女として、国と民を守らねばなりません」


 王女さま…何を言っているんだろう。


「お嬢さん」

 王女さまは泣き腫らした顔とは裏腹に、とても落ち着いた声で呼び掛けてくれた。どうしてこんな状況で落ち着いていられるんだろう。

「私を助けに来てくれたのに、ごめんなさい。この国の王女として礼を言います。地の精霊さまにも、心を尽くして感謝いたします」

 魔力の渦に長く揺れる金髪を巻き上げながら、それでも優雅に頭を下げる。こんな状況でも見惚れてしまう程に綺麗だった。

「元々この魔力は私のもの。ならば全て私がこの身に引き受けましょう。…良いわよね、カイル…」

 既に顔の上半分が砕け、顎下から半分になってしまったカイルさんの顔をそっと撫でる王女さまの手は、既に茶色を通り越して黒く変色し干からびていた。

「!!」

 何か言いたかったけど声が出ない。王女さまはこの魔力を全部…ダメ!!そんなのダメ!!

「精霊王、貴方のお力をお貸しください。この魔力は全て我が身に引き受けるには、私の身体が持ちません。全ては私の愚かさより招いた事ではありますが、どうか…」

“良いだろう”

「ダメだよ王女さま!!ダメ、一緒に逃げようよ!!死んじゃだめだよ!!王女さま!!」


 精霊王さまも了承しないでよ!!だめだよそんなこと!!


 どうにかして王女さまに近付こうとするけれど、風圧で押し戻されてしまう。

「うぐ…っ、きゃあああっ!!」

「アーシャ!!」

 後ろに吹き飛ばされた私をスピネルが受け止めてくれた。でもさっきより魔力の渦が強くて、もう近付けない!

「だめ、ダメ!!スピネルお願い!!王女さまを助けて!!」

「アーシャ…っ、ゴメン!」

「スピネル!?」

 突然あらわれた空間の歪みに、後ろから羽交い締めにされたまま引き込まれる。

「スピネル、ダメ!!待って!!王女さまが!!王女さま────────!!」







 空間が閉じる直前に見えたのは。


 カイルさんの亡骸を抱き締めるも、その亡骸が崩れ砕けながら黒い渦に飲み込まれていく姿だった────

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