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冒険者と王女さま

 ──暇な人だな。



 私たちが来るかどうかもわからなかったのに、こんなところでずっと待っていたのか。

 立っている姿のその奥には、倒れている王女さまと鎧を身に付けた騎士のような格好をした男の人が、岩壁を背凭れにしながら古い祭壇のような場所に座っている。

 俯いてて顔は見えないけど僅かに見える肌は、干からびてて焦げ茶色に変色していて生きている人間のものとは思えなかった。

 騎士の人が動く気配がないことを見ると、どうやらここのダンジョンのボスはグリンドということで良いのか。



 何度でも言う。暇な人だな。



「暇じゃねえよ!ちゃんと呪いが広まるか確認する為に居たんであって、暇だから突っ立ってたわけじゃねえ!」


 あっ、声に出てたっぽい。まあいっか、この人なら。


「アーシャを辱しめた東のゴミがいるなんて、ボクにとっては都合が良いな。遠慮なく後始末を出来るから」

 …別に辱しめられた訳じゃないよ。ちょっと服が破かれただけ。でもグリンドは必死で否定する。

「おい地の精霊!誤解を招く言い方すんじゃねえよ。俺がロリコンと思われるじゃねえか!そっちの趣味はねえよ!!」

「黙れ変態。アーシャの柔肌を見た罪、その命をもって購え!」

「ガキの貧乳見たところで罪に問われる謂れはねえ!!」

「見たの!?」



 というか、あの時見られてたの!?



 お父さんと一緒にお風呂に入らなくなってからもう何年も経つけど、まさかお父さん以外の男の人に見られてたなんて…!

「…どうしよう。私もうお嫁にいけない…」

「大丈夫アーシャ!ボクがキミをお嫁さんにするから。そして何人でも子作り頑張るよ!」

「テメエの方がガチのロリコンじゃねえか!!」

「失礼な事を言わないでくれ。ボクはアーシャしか興味ない。大きくても小さくてもアーシャだったら一生大切にする!」

「───…」


 どうしよう。何かもう色々隠さなくなってきたスピネルに、嬉しさより恥ずかしさと引いてしまう気持ちの方が勝ってる。


 そんな私の気持ちをよそに、二人の言い合いは続いていた。もう二人とも変態で良いよ。それで良いと思う。変態にジャンルの壁はないんだから。

「ま。ふざけんのは此処までだ。つーか意外だったぜ?まさかお嬢ちゃんがこっちに来るなんてな」

 一方的に話を切り換えようとするグリンドは、大刀の柄でドン!と地面を叩いた。

「巫女姫の話では、お嬢ちゃんはお人好しだから必ずウルスラ城の方に行くって事だったんだがな。目の前で困っている人を見捨てられないだろう、って」

「え?」

 私の戸惑いなんてお構いなしに、グリンドはさらに話を続けていく。

「だから俺は、ここで呪いが完遂するまでのんびり構えてたんだが…。そこで倒れてる王女さまも呪いにかかっちまえば、城に返すなり他の国に送り込んで大きな戦争を起こすっていう巫女姫の願いは叶う」

「どうして、巫女姫さまがそんな…戦争なんて」

 この大陸の平和を願う存在の筈の巫女姫さま。

 綺麗で優しくて民の尊敬を一身に受けてて、誰からも愛される存在の筈…なのに。

 なのにそんな、橘さんみたいに戦争を───



 ん?


 んん?



 あれ?ちょっと待って?これってもしかして───


「グリンド…さん」

「嫌そうにさん付けしてんじゃねえよ!」

 確かに嫌だったけど、よくわかったなこの人。

「…巫女姫さまって、橘さんなの?橘紗綾さん?」


 頭の中で微かに繋がった一つの答え。


 でも精霊王さまの話と、今グリンドから聞いた話をまとめると…そう繋がってしまう。


 精霊王さまの話だと、裏で糸を引いているのが橘さん。

 グリンドの話だと、戦争を望んでいるのが巫女姫。


 

 “橘さん=巫女姫”



 という図式が頭の中で完成した。

 そもそも私が着ていた制服にも興味があったみたいだし!

 どうして知らないふりをしたのかはわからないけど、でも多分きっと間違ってない。


 正解かどうか聞こうかと思うより早く、物凄く怒っているというか、人相が変わったグリンドの顔を見て一発で確信した。


 ああ、これは正解だな。


「スピネル、これはもう何がなんでも止めないとね」

「そうだね。やっとキミを元の世界に返せる手掛かりを掴んだからね」

「……」

 ちょっと忘れてた。そうだね、それもあった。

 でも今はやっぱり王女さまを助けなきゃ。こんな奴の企みなんか阻止してやる!

「今回は昨日のようにはいかない。岩壁に囲まれている此処が、ボクに有利なのはその残念な頭でもわかるだろ?」

 意地悪そうに笑うスピネルは、王女さまと騎士さんが入る方に手を翳す。するとゴゴゴ…と、重く硬い音と共に岩が隆起して壁が──


「これで昨日よりは遊べるよ」

「っ、テメエ!!」


 二人の言い争いを無視して、私は閉じかけている壁に向かって走るとそのまま飛び込んだ。

「アーシャ!?」

 壁が閉じきる前に聞こえたスピネルの声に、後でまた何を言われるかわからないけれど今はとにかく王女さまだ。

 硬い地面に伏して倒れる王女さまに駆け寄り、傍らにしゃがみこんで声を掛けた。

「王女さま、王女さま。大丈夫ですか?しっかりしてください!」

 抱き起こして軽く頬を叩いてみると、長い睫毛を震わせ王女さまが目を覚ます。

 アイスブルーの綺麗な瞳が力なく揺れ、一瞬私を見ると大きく見開かれた。

「貴女は…この間の」

 良かった、意識は大丈夫そうだ。

「はい。助けに来ました、エリザベート王女さま」

「助けに…はっ!」

 王女さまは慌てて起き上がると、祭壇に座っている騎士さんの元へ駆け寄った。

「カイル、カイル!起きてカイル、目を覚まして!!」

 王女さまが必死に呼び掛けても、騎士さんは反応がない。懸命に声をかけ縋り付くけれど、もう…

 あまりこんな事はしたくないけど、今は王女さまに呪いが掛からないようにしないと。

「王女さま、ゴメンナサイ!」

 無理矢理王女さまを祭壇から引き離すと、腕で首をロックして上を向かせ念の為に解毒ネクタルを飲ませた。

 本当にゴメンナサイ…。王女さまに無理矢理こんなことしてる私は、不敬罪で捕まったりしないかな。

「…っ、けほっ、けほ」

 中身を飲み干したのを確認してから、空の瓶をポケットにしまうと咳き込む王女さまの背を軽く擦る。

「王女さま、大丈夫ですか?」

「…今のは…」

「解毒用のネクタルです。ここはもう空気まで毒で汚染されているようなので、王女さまの身体に万が一があってはと…」

「毒…」

 小さな声で呟くと、王女さまは悲しげな眼差しで祭壇に座っている騎士を見上げた。

「…ではもう、手遅れなのですね。カイルはもう…」

 何が手遅れなのかは、言わなくてもわかった。命もそうだけど、人としても…。

 でも何があったのか聞かないとダメだ。今の王女さまには辛いと思うけど、ちゃんと話を聞かないと。

「…王女さま、あの…」

「ええ、わかっています。数日前、国境付近へ遠征に行っていたカイルの居た部隊が、魔物の討伐に失敗し呪いを受けたと連絡がありました───」


 何処か虚な遠い目をして、ぽつりぽつりと語ってくれた。


 どうやらお城で早馬からの連絡を受けた王女さまは、居てもたってもいられなくなってお城を飛び出して国一番と言われる占い師の元に向かったらしい。

 でも占い師は見付からなくて、偶然来ていたアストライアの神官が既に呪いを受けていたカイルさんをつれて匿ってくれていたと。


 この時点で正直どうかと思うけど、王女さまだから人を疑うことを知らないんだろうなぁ…


 素直過ぎるのも問題だと改めて認識した私は、これからはちゃんと自分や周りを守るためにも人を疑うことも覚えようと思った。世の中には良い人ばかりじゃない。

 そして王女さまは神官に言われるまま、カイルさんの呪いを解く為に毎日あの古びた店に一人で通いつめては、水の精霊の加護を受けている自分の魔力をカイルさんに注いでいたのだという。



 ───水?



 嫌な予感がするな…。

「…毎日カイルに魔力を注いでも、彼は一向に良くなることはなく…。肌はくすんで干からび、自分はもうダメだから…。だからいっそ殺してくれと頼む彼の願いを拒み、フィル殿の言うままに魔力を注いで…」

 何てこと…!

「今朝、フィル殿から連絡用の鳥に…王都の外れにある、今は使われていない教会に来るようにと言われて…」

 はらはらとその綺麗なアイスブルーの瞳から涙を零す王女さまは、とても綺麗だった。

「注いでいた魔力が満ちたから、そこでカイルの呪いを解くと。…でも、でも…」

「…騙されて、転移させられて…。そしてここまで連れてこられたんですね」

「っ…!!」

 両手で顔を覆いながらコクコクと繰り返す頷く王女さま。自分が騙されていたことにようやく気がついて、大切な人はその命だけでなく人としての尊厳も奪われて、呪いを発動させる媒介にされてしまった。

 多分王女さまの魔力を必要としたのは、王女さまがウンディーネさんの加護を受けている事。つまり水に対して魔力の調和が取りやすいということなんだと思う。


 この地下水脈を利用した呪いで、大陸中に毒や病を広める為に。


 ──あんまりだ。こんなの、あんまりだ!!


「許せない…!」

 もしこれが、本当に橘さんが考えたのだとしたら…私はどうしたら良いんだろう。

 わかっている、この世界はゲームの世界だとわかっている。頭ではわかってる。

 でもこうやって。こうして泣いている人がいる。騙されて自分が利用されただけならまだしも、好きな人の尊厳までも自分で踏みにじって冒涜してしまった事に、傷付いて泣いている人がいる。


 こんなの、許せないよ…


『エリィ…』

 何処からか聞こえる声に辺りを見回した。でも誰も居ない。

『…俺…が…君を、守…る…』

 そういって祭壇に座っている、今はもう動かない筈のカイルさんが、岩壁に持たれていた背をぐらりと前に倒しその弾みで祭壇から落ちた。

 ぐしゃりと茶色く干からびた腕が折れて、変な方に曲がっている。それでも身体を起こすとこっちに向かってきた。

「きゃああああああ!!!」

「いやぁあああああ!!!」

 女子二人で同時にに悲鳴を上げてしまった。というか、岩壁のせいで今スピネルと分断されてる。

 今スピネルはきっとグリンドど戦っているんだろう。ならここは私が…!!

『…エリィ……エリィ…』

 エリィって、王女さまの愛称?じゃあ二人はもう恋人同士だったんだ…

「カイル…カイル!」

「ダメ!王女さま!!」

 でもそうだとしても、今は私が王女さまを守らないと。王女さままで呪わせるわけにはいかない!

そう思って片手で王女さまを遮り、もう片方の手で棍を構えた瞬間。背後からゴボゴボと水が大きくうねる音が聞こえた。

「え?」

 泉の水が逆流している!?

 そう思った瞬間、突然水柱が噴き上げて岩壁に閉ざされ狭くなっている内部を満たしていく。

「きゃあっ!!」

「王女さま!!」

 水に流されそうになった王女さまの手を掴むけど、このままじゃ二人とも溺れちゃう!


 どうしよう、この岩壁を何とかしないと…!!





 ───その時、頭の中で声が響いた。


“我を呼べ、娘!”

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