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冒険者と罠

「あ、見てスピネル!王女さまが来た!」

 宿の窓に張り付いて外を見ていたら、エリザベード王女さまがフードを深く被って向こうの通りから此方へ歩いてくるのが見えた。

 フードを深く被っていても、そこから覗くサイズの合わない眼鏡と綺麗な金髪は変わらないならすぐにわかる。


 本当にスピネルの読みが当たった!


 すぐに荷物をまとめて宿を出ると、スピネルに認識阻害の魔法を掛けてもらって後をつけた。

 人目を避けるように路地裏を進んでいく王女さまは、昨日とは違う道を進んでいく。昨日のお店を通り過ぎて、どんどん危なそうな…こう、スラムみたいな通りを小綺麗な格好の女性が歩いてて大丈夫なのかな。昨日の髭もじゃたちよりもヤバそうな人がいたら───いそう。

 大丈夫なのかな。でも王女さまは構わず進んで、ついに建物も殆どない王都の外れまで来ていた。


 変な人たちに会わなかったのは良かったけど、今目指している先が誰も近寄らなさそうな廃墟みたいな教会ってどういう事!!


 もう此処まで来ると身を隠す建物とか物陰とかもなくて、離れたところから見てるしか出来ない。魔法を掛けても下手に近付けばバレちゃうし、どうしよう…困る。

 そもそも王女さま、どうやってフィルと連絡を取ってるのかな。下手したらこれ、王女さまががいちなんとか罪になったりするんじゃ…


 日本でさえ死刑なのに、この世界だとどうなっちゃうんだろう。大丈夫かな。でも精霊王さまは王女さまは唆されたって言ってたし…どうだろう。

「アーシャ」

「…あ!」

 考え事をしている内に、王女さまが廃墟に入ってったみたい。辺りに誰も居ないのを確認してから、廃墟の前まで来ると少しだけ扉を開け中の様子を窺ってみた。

 静かで何も聞こえないから、互いに顔を見合わせそのまま足を踏み入れようとすると、それはスピネルの腕に遮られた。

「足音が立つとまずい」

 ああ、確かにと思って納得すると、突然抱き上げられた。

「な…!」

「静かにアーシャ。声を出したらダメだよ?」

 ううっ…。音を立てないようにするのはわかったけど、お姫さま抱っこってどうなの!?

 スピネルは凄い。軽々と私を抱き上げてからふわりと浮いて、そのまま廃墟を進んでいく。所々に壊れた扉や崩れた壁に、地震があったらすぐに崩れそうだと思ったけれどこの世界って地震てあるのかな。…魔法ではあるけど、自然の摂理としての地震てどうなのかな。まあ良いや。

 狭い廊下を抜けてチャペルのある聖堂まで来たけれど、王女さまの姿は見えない。

 下ろしてもらって聖堂内を二人で探すけど、王女さまはどこにも居ない。おかしいな、来るときにちゃんと左右の部屋にも気を配ったのに。

「…おかしい。魔力で気配を探っても、王女は何処にも居ない」

「そんな!じゃあ王女さまは何処に…」

 何だろう…。王女さまは何処に行っちゃったんだろう。

「一先ず此処を出ようか。話はそれからだ」

 スピネルに抱き付いて一緒に空間を越えて廃墟を出た。この空間移動にも慣れたな。でも…

「やっぱり罠か」

「罠?」

「そう。多分ボクたちをここに誘き寄せるためのね。その証拠にほら」

 そういってスピネルが適当な瓦礫の欠片を開かれたままの入り口に放り投げると、ゴロンと中へ転がってそれからすぐに地面が揺れ出した。

「な、なっ…何!?」

「だから罠だよ。あのまま普通に歩いていたら、仕掛けられた魔方陣が作動して自然のこうして…」


 立っているのがやっとなくらいの大きな揺れに、みるみる内に廃墟はガラガラと崩れ、あっという間に瓦礫の山へと変わっていった。


「…一緒に埋まっていただろうね」

「じっ、じゃあ、あの王女さまは偽者だったの?」

「いや、ここに来るまでは本人だったから本人で間違いない。恐らく聖堂まで来てから、魔法で転位したんだろう」

「王女さま、転位魔法が使えたの!?」

「それか転位魔法を使える誰かが先に来ていて、此処で待ち合わせて一緒に転位したか。そのどちらかだね」

「そっか…」

 王女さまの無事が気掛かりだけど、この後どうしようかと互いに顔を見合わせた瞬間───



 ドン!!



 遠くの方で音が聞こえた。

「えっ、なに!?」

「アーシャ、城だ!!」

 スピネルが指を指したのは、往生の尖塔。本来城の頂を綺麗に飾っている尖塔の、三本ある内の一本折れて煙が噴き出している。

「何で!?」

 訳がわからない。どうしてお城の尖塔がなくなっているのか。

「そうか、王女は罠だったんだ。ボクたちがアストライアが戦争を仕掛けるつもりだったのを知ったから、先手を打ったんだ。東のゴミ…最初から聞いていたのか」

「えええっ!?」

 そんな、じゃあ私たちは何も知らないまま罠に引っ掛かったの!?

「多分これは二重に張られた罠だったんだ。ボクたちが王女を追えば城を攻撃し、追わなければ…多分これが向こうの本命だったと思うんだけど、王女を利用して戦争の切っ掛けにしてしまうつもりだった。よく考えられてる、ボクたちがどう動いても戦争を起こす気だったんだ」

「考えた人頭良い!いや、良くないんだけど!」

 こんな事を考えられるなら、もっと違う事を考えれば良いのに。人の役に立つ事とか。どうして悪い方に頭を使うんだろう。

「アーシャ、城に戻る?それともこのまま王女を探す?」


 ここでまさかの選択!


 きっとゲームだったらコマンドが開いて、妖精がどっちにするかとかを選ぶやつだきっと。今までも選択の場面はあったと思うけど、特に気にせず選んできたと思う。

 でも…今初めて、明確な選択を突き付けられている。どうしよう、どっちが正解なんだろう。こんなイベントなんて無かったから、どうしたら良いんだろう。


 この選択が、今後の運命に…この国の人たちの運命に関わるなんて…


「っ…」

 怖い。どっちを選んでも間違ってそうで、どっちを選んでも人が傷付くし死んでしまうかもしれない。

 どうしよう…どうしよう!!

「アーシャ…」

 スピネルが心配してくれてる。でも、それすら今は心が重い。これがゲームなら…いやゲームなんだけどそうじゃなくて、スマホを手に遊ぶようなそんなゲームだったらこんなに悩まなくて良いのに、でも今はそうじゃない。

 私は今ここにいる。ここに居て、ここに存在する人たちを無視出来ない。


 元の世界に帰りたいのが一番だけど、だからといってこんなの放っておけないよ!!


「スピネル、王女さまを探そう!」

「え?」

「お城ならきっとウンディーネさんが何とかしてくれるよ!この国の守護精霊なんでしょ!?」

 王女さまとウンディーネさんは仲が良いっていう設定だけど、少なくとも今はそれが崩れているとみて間違いない。そうでなきゃ王女さまがそう何度もお城を出て、こんなところに来るはずがない。

 このゲームのタイトルは「恋と魔法のマジックフェアリー」だ。

 だったらきっと、大好きな騎士の為にお城を抜け出してたに違いない。

「───わかった。聞いたか、ウンディーネ!」

“ええ、聞こえたわ。ありがとうアーシャ、エリィをお願い。あの子はアストライアの国境付近に居るわ。私はこの国を出られない。だからエリィをお願い!”

「わかった、任せて!」

「!!」

 本当は…ウンディーネさんも王女さまを探したいんだろうな。きっと王女さまは自分の恋心に正直になりすぎて、ウンディーネさんの声も周りの人の声も聞こえなくなっちゃってるんだ。

 誰かを好きになるって、本当は素敵なことの筈なのに。なのに思い通りにならない事ばかり多くて、苦しくて辛くてそれでも好きなんだろうな。


 もし私が師匠出会うことがなくて、師匠の言葉も聞かなかったとして。そんな私がこの世界に来てたなら、きっと目先の感情にとらわれて…どうなってたかわからない。


 そう考えると、誰かを好きになったり好きでいられたりするのは、自分と相手だけでなく周りの人のおかげもあるのかもしれない。些細な言葉だったり気遣いだったり思いやりとか、そういった人との繋がりの上に成り立つのかな。

 自分を見失わない、って本当に大切だ。

「行こうスピネル。アストライアに」

 私のレベル、アストライアを出た時よりはちょっと上がってるし。

「あ!でもちょっと待って!!その前に昨日の精霊王さまの石のあった場所に行きたいんだけど…」

 昨日スマホで撮ったものを思い返して、やってみたい事を思い付いた。本当は急ぎたいけど、手掛かりなく探すのも無謀だしそれならヒントをくれそうな人に聞いてみたかった。

「山の麓に?それは構わないけれど、精霊王に会うの?」

「うん。精霊王さまなら王女さまの居場所も知っていそうだし」

「他にも精霊と会える場所はなくもないけど?」

「でも昨日の場所の方が、まだ繋がってそうな気がしない?」

 何が、とは言えないけれど。なんとなく、そんな気がする。

「わかった。ボクはキミに従うよ、ボクの可愛い宝物」



 ちゅ、と頬に口付けられたけど…うん。本当に慣れた気がする。







 壊れた石板は昨日のままで、やっぱり心苦しくなる。

 昨日グリンドが現れた時の事は、しばらく忘れられない。光の人型が一刀両断はなかなか忘れられそうにない。

「此処に来てどうするの?アーシャ」

「あのね?昨日撮った写真を参考に、精霊王さまの魔法陣を書こうと思ってるの。ほら」

 スマホの画面を操作して、昨日撮った画像を見せる。

「成る程。でもその画像があればそのままでも呼び出せるんじゃないかな」

「嘘!?」

 何それ。魔法陣があれば場所は問わないってこと?流石にお手軽すぎない!?



 モバイル魔法陣



 …どうしよう。こんなこと思ったら流石にバチが当たるかな。

「本当だよ。魔法陣が扉みたいなものだから、この画像があればボクたち精霊は普通に出てこられる。試しに呼んでみる?」

「え、また踊るの?」

 また30分も踊るのはちょっと辛い。そもそもそんな時間はない。

「いや、まだ彼の魔力がこの地には残っているから大丈夫」

 そういってスピネルがスマホに手を翳すと、画面が光りふわりと宙に浮いて光の人型──もとい精霊王さまが現れた。サイズも昨日と同じ、スピネルと同じくらいのサイズで。

“──礼を言う、異界の娘よ”

「精霊王さま!」

 良かった!昨日一刀両断にされたから大丈夫だったか心配したけど、どうやら大丈夫そう。

“我が顕現するには、この魔方陣が必要なのでな。ところでモバイル魔法陣というのは何の事だ?”

「うええっ!?」

 えっ、うそ。精霊王さま、何でわかったの!?

「アーシャ、何を考えていたの」

「あの、私たちの世界ではスマホとかタブレットとか、持ち運びが出来る通信用の…その道具をまとめてモバイルって言うので、つい」

 うう。まさか精霊王さまにけんげん?する前に心を読まれるなんて思ってなかったよ。あれ?でもそれなら…

「精霊王さま、あの!」

“みなまで言わずとも良い、この国の王女の行方だな。アストライアの北、国境近くの洞窟に既に病の呪いを振り撒く存在となった、哀れな騎士と共に居る”

「それって…!!」

 王女さまのイベントを引き受けなかった時の騎士のなれの果てと、王女さま誘拐のイベントが同時に起きているって事!?

「アーシャ、知ってるの?」

「う、うん。私の知識では、有り得ないことが同時に起きた」

 こんなこと、あって良いのかな…

“娘。そなたの知っていることを話してはもらえまいか”

「精霊王さま…。…はい、わかりました」

 正直もう何がなんだかわからない。でも、このままじゃいけないというのだけはわかるから、私が知っている事を正直に話す。

 王女さまのイベントの事。イベントを引き受けなかった時の騎士のなれの果ての事。本来この二つの出来事は、同時には有り得ないということ等々。

 あと心配事についても話すと、精霊王さまは少し考え込んでからくるりと一回転して光の人型からスピネルと同じ人間みたいな姿になった。でも…でも!!

「えええええええっ!!」

「フフ、我の姿も悪くはなかろう?」

「その姿を見るのも久しぶりですね、精霊王」

 スピネル、顔と声が合ってない。綺麗な笑顔と地を這うような低くドスのきいた声が、全っ然合ってない!どうしちゃったの!?

「娘、心配するな。こやつは我の見た目にそなたの心が移らぬかを心配しておるでな。要らぬことだというのに」

「精霊王さまの見た目…」

 確かにビックリするくらい…というか、実際にビックリしたけどそれくらい綺麗だと思う。

 木漏れ日から差し込む日の光を受けて、虹色に輝く金の髪。長い睫毛に縁取られた涼しげな切れ長の目元と金色の瞳に、整った鼻筋と少し薄いけれど形の良い唇。スピネルもそうだけど、彼は髪が黒く瞳が赤いので其処まで気にならなかったが、精霊王さまの場合全体的に色素が薄すぎて本当に…儚げな美しさ、っていうのかな。そんな感じ。

「…確かに綺麗だと思いますけど、私にとってはスピネルの方がカッコイイ…あ!」

 しまった、声に出しちゃった!!

 慌てて口を押さえるけど、これ精霊王さまに失礼じゃなかったかな。大丈夫かな、怒られる!?

「心配は要らぬ。そやつもほら、嬉しさに震えておるわ」

 震えてる?

「…うわぁ」

 本当に震えてた。精霊王さまの言葉に促されて見たスピネルは、顔を真っ赤にして目に涙を浮かべながら震えていた。

 これはアレだ。二人きりだったら押し倒されて顔中にキスされてるやつだ。ただ今は精霊王さまが居るから出来なくて、それで我慢してるだけだ。

「さて、今から少しやらなくてはならない事がある。娘、そのスマホとやらを持って来てくれぬか?」

「はいっ!?」

 え、スピネル置いてっちゃうんだけど…。…まあいっか。

 精霊王さまに促されて、固まったスピネルを置いて開けた場所まで来た。


 …ん?地震?


 足元から伝わる違和感に精霊王さまを見上げると、凄く意地悪そうな顔をしてらっしゃった。スピネルもたまにこんな顔をするけど、精霊とは皆こんな顔をするものなの!?

「気付いたか。じきに此処にはアストライアの軍が転送される」

 ええっ!?

「そ、そんな…。それじゃウンディーネさんは…!」

「ウンディーネが先鋒隊を相手に頑張っている。少しは加勢してやろう」

 そう言って笑う精霊王さまは、地面に手を翳すとボコボコと地面が隆起して、何やら模様を描き始めた。







「この地を無駄に荒らさせはせぬぞ、タチバナサアヤ!」

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