冒険者と蹴り
「アーシャ」
「うん、わかってる!」
橘さんは、この世界にいるということはわかった。
それなら先ずは、この人を倒すだけだ!
「俺に魔法での攻撃は効かねえんだよ!!」
その台詞は貴方が封護の首飾りを身に付けていると、大声で自白しているようなものだと思います!
大刀を振り回し、時には槍のように連続で突いてきて全然反撃の隙がない!
教会の時みたいに魔法で自然の力に干渉して、地面や岩を動かし物理的な攻撃はできると思うけど、でも動ける範囲の狭かった地下牢とは違って、此処では自由に動けるから狙いを定められない。
スピネルの得意な魔法は強力だけど、意外と場所を選ぶらしい。
「どうしよう。このままじゃ埒があかない…」
さっき踊り過ぎたせいか、だいぶ足にきた気がする。何とかしないと…そうだ!
「スピネル、作戦を思い付いたんだけど」
「却下!」
「まだ何も言ってないよ!?」
言う前に却下するとかそれってどうなの!?
「どうせ自分が囮になって引き付けて誘い込むから、そのポイントで仕留めてくれとか言うんだろ?だから却下」
「なんでわかったの!?」
考えていたことをそのままズバリ言われ固まってしまう。
「ハッハッハ!!お嬢ちゃん、ちったあ頭も使うようだな。その作戦、初手なら有効だったかも知んねえのに」
嘘つけ!口ぶりからして絶対嘘だ。
でもどうしよう。スピネルが本気を出せないのは、多分…ここが精霊王さまを祀ってた場所だからだ。そうでなければ最初から魔力で地形を変化させて、グリンドの動きを封じて制することが出来てたと思う。
許せない!神官のくせに精霊王さまへの敬意を忘れるなんて!!
棍を構え降り下ろされる刃を掻い潜り上手く懐に潜り込めた。今なら!
がら空きの懐に棍を叩き込もうとすると、視界の端で手首が返されるのが見えた。
しまった、罠だ!!
咄嗟に上体を反らし仰け反って刃をかわすけど、切っ先が胸の飾り緒に引っ掛かりそのまま────
「キャアアアッ!!」
「見るな─────!!!」
スピネルの叫びと共に魔法で閃光が放たれ、辺りを眩しく照らす。それと同時に私は悲鳴を上げながら両腕を交差させ、胸を隠したまま女子の本能で相手の股間を思い切り蹴り上げた。
会 心 の 一 撃 !!
「ふぐおッ!!」
唸るような呻くような低くくぐもった声が聞こえたけれど、それどころじゃない!!
胸がはだけないよう押さえたまま、スピネルの元へ駆け寄ると着ていたマントを掛けてくれた。
「アーシャ大丈夫?怪我はない?ヤツに見られなかった?」
「だ、大丈夫…だと思う」
見られていたら悲惨だよ!確かにまだ成長途中かもしれないけど、女子にとっては一大事で大惨事なんだから!!
「し、信じられない!!神官の癖に何すんのよこのスケベ!!変態!!痴漢!!性犯罪者!!」
股間を押さえたまま踞る神官に、思い付く限りの悪口を言ってやった。
「だ、誰が…テメェみてえな、っ…つるぺた小娘、なんか頼まれた…て、見るかバカ野郎!!」
「なんですって!?」
年頃の女子の裸を見たかもしれないくせに、そんな言いかたってある!?もう許せない!!
「スピネル、あの人やっちゃって!!」
「それはお待ち頂きたい」
突然空から人が降りてきた。ふわ、と軽く土埃を舞い上げ降りると、その人は盛大にため息を吐く。
「情けないなグリンド。花も恥じらう年頃の乙女を裸に剥いただけでなく、反撃まで食らうなんて」
「剥かれてない!まだギリギリ剥かれてない!!」
全力で否定するけどそれは無視された。でも花も恥じらう乙女だなんて、ちょっと嬉しい。
踞ったままのグリンドを庇うように現れたのは、金色の髪に橙色の瞳の神官。南の神官フィル。満たす者。
「やあ。南の神官くん、また会ったね。悪いけどその頭の悪そうな脳筋は、ボクが直々に始末したいから退いてくれると嬉しいんだけど」
「それは出来ません。こんなのでも一応仲間だと思っているので、見捨てることはしませんよ。少なくとも俺はね」
にっこりと人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、やんわり断るけれど…
ちら、とまだ股間を押さえているグリンドを見てからまたフィルに視線を戻す。仲間だと思っていると言うわりには「こんなの」呼ばわりなのか。
「今日のところは引かせてください。後日お嬢さんにはお詫びを致しましょう」
フィルは光の羽箒を放り投げると、魔力で操っているのか羽箒は彼の足元を優雅に払う。そしてグリンドの襟首を掴むと「ぐえっ」という声と共にそのまま空へ舞い上がり消えた。
グリンドに羽箒は使わなかったから、メッチャ首絞まっただろうなぁ…
「アーシャ、大丈夫?」
「私は平気。それよりスピネル、精霊王さまの石板が!!」
マントがはだけないよう押さえたまま、砕かれた石板の元まで来ると見事にバラバラになった様に胸が痛くなる。
「…精霊王さまは、死んじゃったの?」
「それはないけれど、この地の加護はさらに弱まって…──そうか!!」
スピネルが何かを言いかけて気が付いたらしい。
「何故東のゴミがこんなところに居たのかと思ったけれど、もし本当に戦争をするつもりなら此処にアストライアの兵をまとめて転送させるつもりなのかも知れない」
東のゴミ…
「この辺りは王都からはそんなに遠くないし、土地としても開けている。しかも山側だから攻めるなら地理的にも有利だ」
「そうなの?」
「ああ。戦争では低いところよりは高いところ。狭いところよりは広いところの方が有利なんだ。例えば見上げるのと下を見るのとでは、どちらがより広い範囲を見ることが出来ると思う?」
「─────…」
頭の中で鳥になった気持ちと、もぐらになった気持ちでそれぞれ考えて見る。確かに高いところの方が、より広く見えるし敵の位置も把握しやすい気がする。
「そっか!だからここを抑えようとしたんだ!」
「麓とはいえ草木も生えている場所も多いし、姿を隠すなら十分だ。…精霊王の言った通り、本当に戦争を起こすつもりなんだろう」
「そんな…!」
戦争なんて、そんな…。ゲームにそんなのなかった。そんな事なかった!!
「なんで?なんで戦争なんか起こそうとするの?そんな事したって良いことなんて何もないよ!?」
「アーシャ、落ち着いて」
「でも…」
私がおかしいのかな。ここはゲームの世界で、確かに遊んでいるだけならここまで気にしない。
でも今私はここに居て、ここで生きて生活している人たちも見ている。それが戦争で色んなものが奪われていくのはイヤだ。
「スピネル…」
「…アーシャ。また無茶をしそうな顔をしてる。でも今は落ち着くんだ、今すぐ戦争が起こるわけじゃない」
「でも…でもっ…」
「大丈夫、落ち着いて。戦争を起こす大義名分を無くしてしまえばいい。精霊王の話では、ウルスラの王女が切っ掛けになるみたいだからそれを阻止すれば防げる。大丈夫だから、そんな顔をしないで?」
ちゅ、と宥めるようにこめかみにキスをしてくれた。…なんか、このくらいならだいぶ馴れたな。
「先ずはウルシュラに戻って情報を集めよう。あとはキミも着替えないと。ボクに好きにさせてくれるならそのままでも──」
「今すぐ着替えるからあっち向いてて!」
カッコいい事に変わりはないけど、スピネルは相変わらずエロ精霊だった。
今夜はこの間の路地裏に近い宿に泊まることにして、王女さまの動向を探ろうということになった。今回の宿は二人で200イェン。でもダブルベッドの部屋しかなくて、ちょっと困った。
でももし王女さまがまたあの店に来るのであれば必ずこの下の通りに来るし、それを考えると場所としては最適だ。それにそうでなかったとしても、地の精霊であるスピネルが国王に謁見を求めれば、拒まれることもないと思う。なのでお城で直接話を聞いたり情報を集めればば良いということらしい。
なるほどなー。頭良いなぁ。
「スピネルって頭良いね」
そういうとスピネルはきょとん、とした顔で私を見た。すぐに困ったように首を横に振る。
「そんなことはないよ。頭の良さだけなら人間の方が良いと思う。でも…」
何かを言いかけたスピネルは、急に顔をしかめて苦々しく呟く。
「…女神は、頭が良いと思ったね」
「女神さま?」
スピネルの口から出た、夢で神託をくれたという女神さま。どんな人なんだろう。
「女神さまってどんな人だったの?」
「どんな、と言われても…声しか聞けなかったからわからないな。でも性格が悪いのはすぐにわかったよ」
「性格悪いの!?」
それってどんな女神さまなんだ。女神さまって普通は優しくて慈愛に満ちてて、あととんでもない美人とかじゃないのか。
「かなりね。少ない情報から何でも見透かしたような言い方と口ぶりに腹が立つ」
でも、女神さまなら色んな事知ってても不思議じゃないけどなぁ…
「ボクもアーシャに聞いてみたいんだけど、アーシャの師匠ってどんな人?」
「師匠?前に話さなかったっけ?」
「うん。でも、もっとちゃんと聞いてみたい。アーシャが尊敬する人だから」
穏やかに微笑みながら、そっと頬を撫でてくるスピネル。押し倒されてキスされ過ぎたせいか、本当に慣れてきてしまっているのが怖い。人間て本当に慣れる生き物なんだと思った。
「師匠…師匠かぁ…」
親しいとか仲が良いとか、そういうわけじゃない。私が勝手に憧れて尊敬しているだけで、アドレスや番号は知っているけど、だからといってメールしたり電話で話したりとかそういうこともない。バトン教室グループ作って大会前にやりとりを少し、かな。
土曜日のバトン教室で一緒に練習して、練習が終わったらホールで椅子に座っておしゃべりをする。それくらいだ。
「…師匠は、自分のせいで大切な人を見殺しにしてしまったんだって。それをすごくすごく後悔してる。だからもうそんな思いをしない為に、強くなりたいんだって。自分にだけは負けたくないって。自分の弱さのせいで見殺しにしてしまったからって」
師匠がまだ子供の頃の話と言っていた。小学6年生の時だと言っていた。初めて好きな人とのデートに行く事になって、でもまだ早いと怒られると思って言えなくて…二人で出掛けて、そこで事故に遭ったらしい。
自分より二つ上の、その初めて好きになった人を、自分のせいで死なせてしまったと。親に反対されて怒られるのが怖くて言えなかったせいだと。
後悔して後悔して…それから色んな意味で強くなろうと。もう二度と、自分にだけは負けたくないって負けないようにしようと。
自分が助けたいと思う人を助けられるように。全てを助けるのは無理だけど、せめてその優先順位の幅を広げられるようにと。
自分が誰かの力になって、その力になった誰かがまた別の人の力になる。そんな風に優しさや思いやりを広げていけたら良い、って──
「─私が知ってる師匠は、そんな人だよ…って、えええっ!?」
スピネルの顔!顔!折角のイケメンが台無し!!
「スピネル、どうしたの?そんな…か、顔が…」
何とも言えないというか、複雑かつ微妙さと曖昧さと困惑全部が入り交じった、ある意味とても複雑怪奇な顔をしていた。
「いや…とても信じられなくて…」
「でも…」
「いや、アーシャが悪いわけじゃないよ。キミから見た師匠は、本当に素敵な人なんだろうね」
どうしたんだろうスピネル。師匠の事好きじゃないのかな?
「師匠の事、嫌い?」
「…そうだね。アーシャの尊敬を殆ど集めてる、っていうのはやっぱりね。アーシャの気持ちは、全部ボクに向けてて欲しいから」
「それってヤキモチ…」
そこまで言いかけて顔が熱くなる。スピネルが妬いてくれてるのは、嬉しいような、恥ずかしいような…
「そうだね。ボクはキミが感情を向けている全てに嫉妬しているよ。その目に映るのはボクだけで良いし、その声を聞くのも触れるのもボクだけで在りたい。その為にキミを空間の狭間に幽閉することだって厭わないくらいにはね」
…あと怖い。
「で、でも師匠は本当に憧れで…。年が3つ違うから、バトンの大会で同じように競うことが出来ないけど…私も高校を卒業したら、対等に競えるようになるかも知れなくて。だから、その時に師匠に勝てたらって…。今はまだ無理でも、これから頑張って競えるようになりたい。その為に全日本に出たい。これが今の私の夢なの!」
師匠に対しては本当に憧れで、好きなのはスピネルだからと伝えたつもり。これで伝わったかな?と思ってスピネルを見上げたら…
ひんやり
冷たい笑顔のスピネルに後退ってしまう。
「え、え?なんで?」
「アーシャ。そんなにキラキラした瞳と可愛い笑顔でそんな事を言われても、ボクの嫉妬を煽るだけだよ?それとも本当にボクに閉じ込められたい?」
「ちちちちち違っ!!そんな事ない、違っ!!」
「少し、わからせてあげた方が良いのかな…」
「ひっ…!!」
スピネルは物凄く嫉妬深いのだと、身をもって知った…




