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巫女姫と沈黙の夜

 私には、前世の記憶がある。


 その事に気付いたのはこの世界が生前の私がド嵌まりしていた、スマホアプリのゲーム『恋と魔法のマジックフェアリー』通称マジフェアなのだと解った時だ。

 このAIを搭載したゲームは主人公を冒険者か巫女姫かで選べるシステムになっていて、冒険者ならパーティーを組んだ相手と。巫女姫なら自分を守護する神官たちとクエストをこなしつつ好感度をあげて、意中の相手の恋仲になったり場合によっては結婚したりとかまあ色々とあるが、とにかくストーリーもゲーム性も良くてその上イラストが綺麗でキャラも皆イケメンで、おまけに声も人気声優を沢山使っているから見て良し聞いて良し遊んで良しの、レビュー評価がなんと星4.9という驚異の高評価!

 多少なりとも課金をしないと遊べないのはご愛嬌だけど、それでもその金額に対して内容は十分過ぎると思っている。

 中学生だった私は少ないお小遣いとお年玉を費やして課金をして遊んでいたが、この世界に生まれ変わることが出来たなら私のあの時の選択は間違いではなかったと思う。


 誰も助けてくれない、優しくしてくれない。ひとりぼっち。


 私が傷付いていても悲しんでいても、世の中はそ知らぬ顔で動いていくし誰も私を気に留めない。

 そんな世界ならいらない。それならこの世界で運良く巫女姫の立場に生まれ変われたなら、4人の神官たちに愛されて大切にされて穏やかに過ごせている方が良い。

 ここでは誰も私を傷つけない。皆が皆私に優しくしてくれる。皆が私を気遣い守ってくれる。私を守ることが彼らの使命なのだと、誇りなのだと言ってくれた時はとても嬉しかった。

 巫女姫のクエストは悩みを相談に来る人たちの話を聞き、それを解決に導くことで経験値を得てレベルを上げていく。自分のレベルを考えると出来ることと出来ない事があるし、悩み解決にも期限はあるから全てに答えられるわけではないけれど。それでも頑張れば彼らからの好感度は上がるなら、やれることはちゃんとやりたい。

「姫。難しい顔をしてどうされました?」

 薄いカーテンが幾重にも張られた祭壇の中。深いワインレッドのベロア生地が張られたソファーに腰を下ろし、膝に私を乗せて抱き締めたまま北の神官…ナティスか顔を覗き込んできた。

 肩のすぐ上で切り揃えられた輝く銀髪を揺らし、紫水晶の瞳に映る今の私の顔をじっくりと見つめる。

 長い睫毛に縁取られた丸く大きなエメラルドグリーンの瞳とライラックピンクの髪。唇も薔薇色で、ゲームの画像通り儚げな雰囲気の守ってあげたくなるような文句なしの美少女だった。

「ううん。こうしてナティスの傍に居られるのが、すごく幸せだと思ったの」

 前世ではブスだの根暗だのニキビ面だのと散々言われたが、理想の顔になれてしかもこんなイケメンに抱き締められて幸せ以外の何があるというのだろう。

 誰にも愛されなかった私にとっては、ゲームの中とはいえ大切にされてそれだけで心がいっぱいになった。

「そうなのですか?ですがその台詞は、私だけに言ってもらえると嬉しいですね」

 バレたか。

 北の神官の他にも東や西、南の神官も居て彼らもそれぞれ皆私を大事にしてくれる。でも本当に巫女姫になれて良かった。

 この世界では物事を決める際にマジックフェアリーの託宣がある。マジックフェアリーとはこの世界の何処にでもいる小さな妖精のようなもので、人々が物事に悩んだり行き詰まったりしたときに現れ選択を導く。

 本来はプレイヤーの意思をゲームに反映させる為のものだが、この世界の人たちにとってはそれは御告げであり逆らいがたい神の選んだ運命に等しい。

 私がこの世界に転生出来た理由はわからないけど、冒険者ではなく巫女姫になれたのはラッキーだった。


 私はキャラクターにしてプレイヤーである。


 つまりこの世界の全ては、私の思う通りに動かして良いと言うことだ。

 ただしこの世界の何処までが思い通りになって、何処からが思い通りにならないかはこれから確認していけばいい。転生したのを自覚してからまだ三日。時間は沢山ある。

「私はナティスが一番好きよ?」

 綺麗で、優しくて。一番最初に私を好きになってくれたから。

「私も貴女を愛しています」

 宝物に触れるように頬を撫でて額に口付けてくれる彼は、ゲームにあった台詞そのままで愛を囁く。所詮プログラムなのだとわかっていても、幾重にも張られた薄いカーテンの中でこうして感じられる温もりだけは本物だと思うことにした。



「失礼します、姫」

 明るく高らかな声が薄絹の向こうがらから聞こえてきた。いつの間に扉が開かれたのかな、もう少しナティスに甘やかされていたかったのに。

「どうしたの?グリンド」

 東の神官グリンド、の声。神力の高さは他の神官たちと比べると劣るが、卓越した戦闘能力の高さで魔獣や魔物と戦う武闘派の神官だ。

 ナティスの膝から降りてカーテンを掻き分け外に出ると、階段の上からグリンドを見下ろす。青緑の髪に明るい茶色の目。背が高く気耐え抜かれた筋肉は、軽装な鎧の上からでも良くわかる。二の腕に残った消えない傷も、本人は勲章のように誇らしげにしていて戦闘バカという方が正しいのかもしれない。

 そんな彼はカーテンに覆われた祭壇の上の私を見上げてから、片膝を付いて頭を下げた。

「三日前の沈黙の夜、月の階段から現れたという冒険者についてのご報告です」

「…そう」

 沈黙の夜、か。

 この世界は沈黙の夜と呼ばれる、世界の時が止まるとされている時間がある。

 ある程度時間が経てば、また時が目覚め動き出すが、そもそもその沈黙の夜がいつ起きるか、いつ訪れるかは巫女姫にしかわからない。

 数日前にわかることもあれば、突然わかることだってある。その時は大急ぎで大聖堂に連絡をして鐘を鳴らしてもらうしかない。大聖堂の鐘と、それの魔力で繋がった各地に点在する教会の鐘が、沈黙の夜の訪れを知らせる。

 そもそも沈黙の夜といっても必ず夜に起きるわけではなく、それは日中や夕方に訪れることもある。私の頭の中に突然声が聞こえたり、脳裏に日付と時間が浮かんだりと、知らせる方法は様々で私にとっては良い迷惑だ。

 とにかく沈黙の夜で問題なのは、建物の外にいること。建物の中に居れば沈黙の夜を乗りきれるが、外に出たまま沈黙の夜が訪れるとそのまま行方不明になってしまうらしい。運良く行方不明にはならなかったとしても、それまでの記憶などが全て消えてしまって家族も友人すらもわからなくなってしまうとの事。

 だから大聖堂の鐘が鳴ればすぐに建物の中に入るというのは、小さい頃から厳しく教えられている。好奇心で外に出たまま帰ってこなくなった子供の母親の嘆きは、正直見ていられないくらい胸が痛い。

 初めて──前世の記憶が戻る前、泣きながら子供を見つけて欲しいと訴えてきた母親の姿を見た時は、胸が締め付けられるように苦しくて涙が止まらなくなった。

 だからこの国の人たちにとっては、沈黙の夜は魔獣や魔物より恐ろしいことらしい。確かに跡形もなく消えてしまうのは恐ろしい事だ。記憶喪失なんてのも有り得ない。

 私ももう子供を失った親の嘆きなんて見たくない。神官たちは初めて泣いた私に心配してくれたけど、その時以来彼らは私に優しくしてくれるようになった。

 でももうこんな悲しい思いを誰かにさせるのは良くない。なのでそうならない為に巫女姫だけが…私だけがそれを防げるなら、そんな彼らに報いる為に頑張ろうと思ってる。

「月の階段より現れた冒険者は、巫女姫がこの国にいらした時と同じような格好をしていたそうです」

「え?うそ?」

 私はこの世界に生まれ変わったときの事は覚えていない。でも見たことのない格好で、神殿の前に倒れていたという。

 そして三日前に前世を思い出して、その時に着ていた格好───

「制服?」

「はい。巫女姫がお召しになられていた、その制服という格好で現れたと娘ですが…」

「ちょっと待って!!」

 嘘、同じ学校の子!?まさかその子もこの世界に生まれ変わったというの!?

「姫、如何いたしましょう。その者はずっと帰りたいと泣いてはおりますが、もし姫のお知り合いならお連れした方が良いのかとも思い伺いに参りました」

 グリンドは下げていた頭を上げ、真っ直ぐに私を見上げた。明るい茶色の瞳が真っ直ぐに向けられる。

 外に出回ることが多いからか、日に焼けた男らしい端正な顔。性格も実直で声も人気声優なだけにキャラ人気もそこそこ高い爽やか系イケメン。

 一番人気は違うキャラだけど私はまだ会ったことがない。というか巫女姫側だと会えない。そのキャラは冒険者に味方をする存在だから。

 そのキャラの為に冒険者になっても良いかとも思ったけれど、滅多に会えないレアキャラだし綺麗で可愛い服を着てイケメンたちにちやほやされ守られる巫女姫の方が良い。冒険者はその名の通り、危険と隣り合わせなのだ。

「──会ってみたい、かな」

 もし同じ学校の子だったら仲良くなれるかもしれない。そうしたら力になってあげられるかもしれない。

「畏まりました、我が姫。貴女の願いは必ず」

 グリンドはそれだけ言うと立ち上がり、謁見の間を後にした。

「───姫」

 不意に背後から伸びた手に抱き締められる。

「貴女の巫女姫としての責任感の強さと優しさは存じていますが、他の者にその心を割くと私は妬いてしまいます」

「ナティス…」

 ナティスはマジフェアでは二番人気だけど、大人びた物腰に反して好きな相手にはヤキモチを妬いてしまうギャップが良いという。それはわかる。

 だってこんなに綺麗なのに。こんなにかっこいいのに。それでもこうして独占欲を見せてくれるのが嬉しい。

「大丈夫。私が一番好きなのは貴方よ」

 ほら、こう言うと彼は嬉しそうに笑う。紫水晶の瞳を嬉しそうに細めて、慈しむように抱き締めてくれる。

 そんな彼が可愛いと思うし、私も彼の事は好きだ。



 このままずっと、皆に愛されて大切にされて過ごしたい。

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