冒険者と踊り子
もう一泊するにしても、何もしないままというのも時間が勿体ない。
なのでお昼を食べてながら二人で相談して、午後から街を散策することにした。
「やっぱり王都って人が多いね、賑やかで楽しい!」
国中から色んな人が集まっているからか、大通りに面した店舗だけでなく、屋台のような出店も色んなものが並んでいる。
「でもこういう場所は一歩裏通りに入ったら、ならず者も居るから気を付けて。アーシャはただでさえ可愛いんだから、何をされるかわかったものじゃない」
「うーん…」
可愛いかどうかは別として、ディズィーヴさんの事を思い返すと女の子というだけで、やっぱり変な目で見られやすいんだろうというのはわかった。
昨日までなら、私なんかを襲う人なんてそんなもの好きは居ないと否定してたけど、実際に自分がされた事とかを含めて客観的に見てみると、私も一応女子なのだ。なら気を付けるに越したことはない。
「止めてください、放して!!」
「っ!?」
突然聞こえた女性の声に振り返ると、綺麗な女の人が髭もじゃのオッサン達に絡まれている。
そのオッサンたちは「良いじゃねえか付き合えよ」とか「べっぴんさんの酌ならうめえ酒が飲める」とか、如何にもありがちな台詞を吐いているのでゲームのイベントかと思った。
でもイベントかもしれないとはいえ、皆が遠巻きに見ているだけで、嫌がる女の人を放っておくのも気が引けるので二人で顔を見合わせてから駆け付ける。
というか、他にも冒険者らしき人たちもいるのに誰も助けようとしないのは何故。
「ちょっと!嫌がってるじゃないですか、離してあげて下さい!」
「ああ?ガキにゃ用はねーよ。すっこんでろ!!」
な、なんだとこの髭もじゃ1号め!
「まあ待て待て。…ほお、顔も身体もガキだが妙な色気だけはあるんじゃねえか?」
「えっ?」
「──ッ」
色気があると言われて嬉しくなったのと同時に、すぐ後ろにいる人から凄い殺気が走った。スピネル、その殺気はしまって…
スピネルの殺気…気迫に押されたのか予想通りというか、髭もじゃたちは「覚えてろよ」というお決まりの捨て台詞を吐いて逃げていった。殺気だけであんな人たちを追い払えるスピネルが凄い。
「あの、ありがとうございました」
私は何もしていないけれど、綺麗なお姉さんにお礼を言われて悪い気はしない。
「いいえ、どういたしまして」
そう言ってお姉さんを見ると…本当に綺麗な人だった。
腰まで伸びたツヤツヤの金髪は緩く三つ編みに編まれていて、素顔を隠す為か大きめの…何というか、小さな顔にはサイズがあっていない黒縁眼鏡を掛けてはいるけど、優しそうなアイスブルーの瞳が印象的な美人さん。
この人知ってる。この国の王女さまだ。
「助けて頂いたのに、お礼も出来ず心苦しいですが、人を待たせておりますので…」
「あっ!いえ、お構い無く!」
「ごきげんよう、お嬢さん。無口な紳士さん」
そう言ってお姫さまは、着ていたワンピースのフレアの部分を詰まんで優雅にお辞儀をすると小走りに駆け出した。
…お忍びなのかもしれないけど、育ちの良さって隠せないものなんだなぁ。
「アーシャ、知ってるの?彼女の事」
「うん。王女さまでしょ?この国の」
エリザベート・ウンディーネ・ウルスラ王女。
ミドルネームに水の精霊の名を持つ彼女は、当然ウンディーネさんと仲が良い。でも…
「ちょっと変」
「何が?」
王女さまが街に出てくるイベントなんて、確かなかった気がする。
「王女さまって、普通はあんな格好でお城から出たりしないでしょ?」
というか彼女絡みのイベントはごくありきたりなもので、好きな騎士に会いに行く為に護衛をして欲しいというものだった筈。その依頼を何回も繰り返しているうちに、報酬も上がり仲良くなって、一緒に冒険に連れていって欲しいというものに変わる。
冒険に連れていくとイベントとしてさらわれてしまって、それを助けて王様からレアアイテムを貰えるっていうやつだった筈なんだけど…
「アーシャは彼女について何か知っていそうだね。追ってみる?」
「…そう、だね」
人様の後をつけるというのはあまり良い気はしなかったけど、スパイとか探偵みたいなものだと思えばちょっと気分が良い。
王女さまが駆けていった方へと走ると、少ししたらさっき見た後ろ姿が見えた。でもキョロキョロと周囲を見回して、何を警戒しているんだろう。
「あ!」
路地裏に進んでいっちゃった!!大丈夫かな。
「行くよアーシャ」
「うん!」
バレないように、でも見失わないように。
そうやって一定の距離を保ったまま暫く歩くと、王女さまは突然古びた店の前で立ち止まった。そしてまた周囲を見回す。
これは結構警戒してるな、王女さま。でもこんなイベントあったっけ?
「…アーシャ」
「あっ」
店の扉が開くと、中から現れたのは金髪にオレンジの瞳の青年──アストライアの南の神官!!
確か名前はフィルだったな。どうして神官と王女さまがこんなところで…まさか密会?
今だけスクープをすっぱ抜いた芸能記者みたいな気分になって、決して相手からは姿を見られまいと積み上げられた木箱の陰に身を隠す。
王女さまは神官に何かを懸命に訴えているけど、此処からだとよく聞き取れない。そして二人で店の中に入ると、それからはずっと出てこなかったので諦めて宿に戻ることにした。
私が言えたことじゃないけど、なんでゲームと違うことが起きているんだろう。
宿に戻って少ししたら、鐘の音が聞こえた。この国でも沈黙の夜があるのかと思ったけど、建物の中にいるなら大丈夫。
というかあの時はまだ外だったから慌ててて、その後地下牢にいたから外なんて見れなかったけど、沈黙の夜ってこうして部屋の中から外を見ると──
本当に真っ暗なんだなぁ…
夜はユーザーも寝る時間ということで、深夜にメンテナンスに入ることが多いけどこんな風に夕方(と思われる時間)からメンテナンスに入るということは、多分向こうでは緊急メンテ扱いなんだと思う。
さっきも外に居た人を、中に入るよう呼び掛けをしていた女将さんが言っていた。最近沈黙の夜の訪れる回数が多いと。
以前は月に一度か二度くらいで、訪れも数日前からわかっているものばかり。なのに今回やこの間のような急な訪れは滅多になかったみたいで、その話を現実と擦り合わせると、このゲームが今は不具合の発生率が非常に高いということになる。
私がこの世界に来てから一週間になるけど、一週間で2回もメンテナンスがあるのは確かにおかしい。少なくとも私が現実で遊んでいた時にはなかった気がする。
おかしいといえば、アストライアの神官がよその国に居るのも変だ。
王女さまの事もそうだけど、巫女姫に仕える彼らがこんな場所に居るなんて考えにくい。そっくりさんかと思わなくもないけど、あの顔は見間違いようがない。
「ねえ、スピネルから見てあの人はやっぱり南の神官さんだった?」
「そうだね、遠目だったけど本人から出てる魔力が大聖堂で会った彼と同じだったから、彼は間違いなく南の神官くんだ」
神官くん…シンカンクンて、韻だけ聞くとなんか面白いな。いや、シンカンサンも似たようなものか。スピネルの事は笑えない。
「常に巫女姫のそばにいて仕えている筈の神官が、わざわざ他国に来ている理由って何だろう。私たちを探してる訳じゃ無さそうだし…」
「ボクが他の精霊たちから話を聞いてこようか?」
「え、良いの?」
お世話になったウンディーネさんは、そもそもこの国の守護精霊だからウルスラ国の事なら確かに詳しそうだ。こんなにわからない事が多いなら、少しでも情報は欲しい。
「今は無理だけど、沈黙の夜が収まったらね」
「ううん!それだけでも助かる、ありがとう」
じゃあスピネルが情報を集めている間は、私は何をしよう…
「アーシャ。まさかとは思うけど、ボクが他の精霊たちに話を聞きに行っている間、自分も別行動をしようって考えてはいないよね?」
「はうっ!!」
何でわかったの!?というか、まだそこまでは考えてなかったよ!?まだ何をしようかと思っただけだよ!!
「………アーシャ?」
うう、美形に睨まれると格好いいのに怖くてダメだな…
「…だ、ダメ?」
「今日みたいに、キミに存分にキスさせてくれるならいいよ?」
「それはダメ!!」
また鼻血を出して倒れたくない!好きな人の前であんな醜態二度と見せられない!!
「即答か、残念」
本当に残念そうな顔をしないで欲しいなぁ…
「でも私もこのまま何もしない訳にもいかないでしょう?」
「そんな事はないよ。キミにはキミの立派な役目があるから」
役目?
「妖精はダンスが好きっていったよね。実は精霊も好きなんだよ、ダンス」
ニッコリ。そんな効果音が聞こえるくらいの、嬉しそうな楽しそうな笑顔が私にとっては嫌な予感しか感じさせない。
「踊り子になってもらうよ?アーシャ」
「いやああああああ!!」
沈黙の夜が明けて空を見ると、既に太陽は上りきっていた。
てっきりこの近くで踊り子の服を買うのかと思ったら、北国なので露出が少ないからそれはつまらないとアストライアの南にある国、サラスバティアまで来た。
南国なだけあって、確かに暑い。あとこの国の人たちは褐色の肌の人が多く、特に女性は背が高くてスタイルの良い人が多い気がする。中でもコンパスの長さは段違いだ。
こんな私みたいなちんちくりんが居て良い国なの?
この国の女性の見た目の偏差値の高さに凹みながら、スピネルと一緒にお店に入ったけれど、そこに並んでいた格好の、あまりの布面積の少なさに絶句した。
一番面積が少ない物は、マイクロビキニだと思ってくれて良い。こんなのほぼ全裸じゃん!
「アーシャはどれが良い?何でも好きなものを買ってあげる」
ふざけるなこのエロ精霊!!
これが普通に彼氏とのデートなら、私だってもうちょっと可愛くはしゃげたけれど、此処にあるのはハッキリ言ってまとめてお断りだ。
「……うっ!」
小さな宝石がビーズのように縫い散りばめられた透ける布が気になって、手にとって見てみたら中に着るものが、三角ビキニとTバックだったので見なかったことにした。
も、もう少し露出控えめの衣装って無いの?
というかここにある服着るとしたら、今つけてる下着も脱がなきゃじゃん。やだよそんなの。
それに胸がないと、付けててもちょっと動いただけでポロリしそう。こんな格好だと踊り子というよりただの痴女だよ!
「うーん…」
他の店を見てみたい気もするけれど、ここが一番大きなお店なのはわかるし、何よりスピネルの顔がここで衣装を買うまでは店から出さないと言っている。
せめてレオタードみたいなのがあれば良いのに。そうしたら自分で飾り付け……飾り付け!?
そうだ!自分で作れば良いんだ!!
此処にある物を材料として買って、そこから作れば良い。一枚の布から作るわけじゃないから、そのくらいなら私にも出来る。よし、そうしよう!
そうと決まったら真剣に衣装を見る。あまりヒラヒラしていると回転するバトンに絡まって演技の邪魔になるし、かといってシンプルすぎてもつまらない。
考えに考えた挙げ句、黒のチューブトップのビキニみたいな衣装と、飾り用にさっき手に取った宝石が散りばめられた赤い透けた布。それから鈴のついた金のアンクレットとバレエシューズみたいな形の靴に、金糸で編み込まれた飾り緒を長めに買ってもらった。
今のでいくら使ったかなんて考えない。だって買ってくれたのはスピネルだから。
お店の人にお願いして、鋏と針と糸。それから作業をするスペースとして店舗の端をお借りした。かなりの金額を払ったからか、快く貸してくださったのは良かった。
チューブトップの水着みたいな衣装の上から、宝石が散りばめられた透ける布をリメイクして、丈の短いワンピースにしてそれを着てしまえば良い。
腰から胸に掛けて編み上げるよう飾り緒を巻き付けおけば、上半身はヒラヒラしないしそこまで邪魔にもならない。これなら文句は言われない筈。
裁縫道具を返してから自作の衣装に着替えると、思ったより似合ってて安心した。でもやっぱりちょっと恥ずかしい。
「スピネル、これでどうかな?」
黒の水着みたいな衣装の上から、キラキラスケスケのワンピースを着ているようなものだけど。一歩踏み出す度にたっぷりとしたドレープの裾が揺れ、足首にはめた鈴の付いたアンクレットがシャランと綺麗な音を響かせる。流石に下着をつけられないのは恥ずかしいけど、はみパンするよりはマシだと思うことにした。
「────…」
自作の衣装は自分ではなかなかの出来映えで、お店の人も凄く褒めてくれたけれどスピネルは無言のまま固まっていた。似合わないのかな?
「…スピネル?」
折角の衣装の感想を聞こうとして下から顔を覗き混むと、突然抱き締められてそのまま空間を移動した。
「うわ!」
久しぶりに来た気がする塒。押し倒されたような格好のまま着地したのは、ふかふかの寝台の上だったけれど、スピネルは私を抱き締めたままプルプル震えている。どうしたんだろ。
「大丈夫?スピ──」
「お願いアーシャ!ボクと今すぐ結婚してくれ!!」