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冒険者とクラスメイト

 朝起きたら全身が筋肉痛になっていた。

 流石に山登りの後に踊りまくるとか、自分でも無謀だったと今なら思う。高校生になって、バトン部に入ったら毎日こんな感じなのかな…


 ししゃも足になったらどうしよう。


「おはよう、アーシャ。起きた?」

「起きてるよ、大丈夫。おはようスピネル」

 いや、本当は大丈夫じゃない。筋肉痛で全身が痛い。でもそれは言えない。

 いつも通り優雅で、麗しいという表現しか出来ない笑顔を向けてくれるスピネルには。でも今日は何か変?

 そうか、頭を撫でてくれてない。というか朝のスキンシップがない!

「………!!」

 え、あ。違う!!私何考えてるんだろう。スピネルからスキンシップがなくて寂しいとかじゃなくて、あの…!!

「フフ、どうしたのアーシャ。一人で赤くなったり青くなったり」

「な、何でもない…」

 気まずさと気恥ずかしさに顔を背けるけど、アーシャと呼ばれるようになっても、お嬢さまと護衛という設定は止めたのは正解だったと思う。

 前より気負わずに話せるようになったし、何て言うか自然体で居られるようになった。それが心地良い。

「そういえばね、夢で女神から神託を賜ったんだ」

「女神さまから?」

 というか、精霊でも夢を見るんだ。

「どんな夢──えっと、御神託だったの?」

 顔を洗って乾いた布で顔を拭くと、スピネルは楽しそうに笑っている。

 これは…何かイヤな予感がするな。

「あのね、タチバナサアヤ?って人を探すよう──」


 ガシャン!


 思わず持っていた水差しを落としてしまった。幸い中身が少なくて、お代わりを頼もうとしたところだったから良かったけれど、でも…なんで?

「どうしてスピネルがその名前を知ってるの!?」

 だって、橘さんは…橘紗綾さんは!!

「落ち着いて、アーシャ。だから女神からの神託だって言ったじゃないか」

「そんな…」

 橘さんは、だって…。私、助けられなくて…

「アーシャは知ってるんだね、その人の事。…ね、ボクに話してくれないかな」

 私が橘さんの事を知っている──そう確信して聞いてくる眼差しに、観念するしかないと悟った。




 同じクラスだったけど、私が橘さんについて知っているのは実はそんなに多くはない。


 母子家庭で一人っ子だということ。

 マジフェアが大好きだったということ。

 中でも特にナティスとスピ…地の精霊がお気に入りだということ。


 …本当にそれくらい。


 私のスマホからストラップを取ろうとしてたみたいだけど、その現場に私はいなかったからよくわからない。体育が終わった後トイレに行ってて、教室に戻るのが遅かったから。

 でもクラスの子たちから話を聞いて、その後橘さん本人がストラップを頂戴と言ってきた。

 それは私が持つべきものだから、貴方が持つのはおかしい。だから自分に寄越せと。くれなければ訴えるとまで言われた。何でも橘さんが欲しがっているのにあげなかったことは、橘さんの心を傷付けたということで慰謝料請求に値すると。

 でもこれは師匠から貰ったものだし、お揃いだからそれは出来ないと断った。

 そうしたら今度は私に掴み掛かってきて、ビックリした私は動けなくて、クラスの子たちが橘さんを押さえてくれて、私も友達に庇われて怪我もなく無事にすんだ。でも──次の日から橘さんへの苛めが始まった。


 泥棒。暴力魔。ブス。キモい。犯罪者。学校来るな。死ね。地獄に落ちろ等々、言葉の暴力だけでなく、物理的にも暴力へとエスカレートした。


 一度加速すると、いじめというものは止まらなくなるらしい。

 上履きや教科書を隠されるのはほぼ毎日で、椅子に画鋲を貼り付けられたり鞄の中身が水浸しになってたりと、私がやり過ぎだと言っても、皆は私は被害者なんだから気にしなくて良いよ、といって益々橘さんを苛めるようになっていった。


 私が皆に止めるように言うと更に酷くなって、もう何も言えなくなってしまった。私にもどうすることも出来なくなって、先生にも相談したけど今度学年集会を開くからと言ってくれて、少しは収まるかと思ったその日のお昼休み。


 誰かがフェンスをよじ登っていたから、危ないと思ってかけつけたら橘さんだった。


 助けなきゃ!っていうことしか頭になくて、私もフェンスを登ってぐらりと大きく傾いた橘さんの制服を掴んだ。

 でも足場の悪さと重力にズルズル引きずられて、私も落ちると思ったら誰かに足を掴まれた気がする。



 ──あ、思い出した。そうだ、私は足を掴まれたせいで校舎に額を思いきりぶつけたんだ。ゴツン、と。それで…



「…気が付いたら、月の階段に居たの?」

「う、うん…」

 思い出した。通りで額が痛かったはずだ。ぶつけたのがフェンスなら良かったのに、ギリギリで校舎とか運が悪すぎる。

 でも……

「じゃあ、アーシャが助けようとしたのがそのタチバナさんなんだね?」

「結局助けられなかった、けど…」

 きっと私は頭をぶつけたショックで、手を離してしまったに違いない。だから橘さんがどうなったかもわからない。

 下にはマットも無かったし、普通にアスファルトだからあの高さだと…多分…

「っ…」

 また涙が出てくる。私は助けてあげられなかった。

 でも、せめて死なずに居てくれたら良いけど……ん?

「ねえスピネル。私がここにいるってことは、橘さんももしかしたはここにいるかもしれないってこと?」

 そう!その可能性は考え付かなかった。でもよくよく考えてみれば、可能性は十分にあり得る。だって私が此処に居るくらいだから。

「それはわからないけれど、女神から神託があったなら可能性はあるんじゃないかな」

「本当!?」

 良かった!!じゃあ橘さんもこの世界で生きてるかもしれないんだ!!

「それなら彼女を見付けて、一緒に元の世界に帰れるかもしれないんだね!」

「じゃあ当面の目的は、その子を探すという事で良いね。でもどうやって探せば良いんだろう。ボクはその子の顔を知らないし、名前だけじゃ探しようがない」

「確かに…」

 ああ…わいてきた希望が一気に萎れていく。

 でもスピネルの言うことはもっともで、このゲームにおける何万何十万かもしれないユーザー数を考えると、どう考えても現実的じゃない。

 悩んでいる私に、ふっとスピネルは目を細める。

「──ねえアーシャ。アーシャはそのタチバナさんを探すとして、仮に…仮にだよ?もし見つけたら、一緒に元の世界に帰るの?」

「え?うん、そのつもりだけど…」



      チクッ



 あ、また痛い。

 胸に走る、小さく棘が刺さったような痛みに思わず胸を押さえてしまう。どうして痛いんだろう。

「じゃあさ、もしタチバナさんがこの世界に残ることを選んだら?」

「え?」

「だってタチバナさんは元の世界が嫌で嫌で仕方なくて、それで身投げしたんだろう?ならたとえアーシャと出会っても、一緒に帰るとは限らないじゃないか」


 確かに!!


 そ、そうだ。言われてみれば…スピネルの言葉はもっともだ。

 苛められて苦しいだけの現実より、大好きなゲームの世界に居たいと思う方が、本人もきっと幸せだろうしそう考えるのが自然だ。あああ、何でこんな事に気付かないんだろう私のバカバカ!

「自分の頭を叩いても良くはならないよ。止めるんだアーシャ」

 ポカポカと頭を叩いていた手をそっと掴まれ、宥めるように額に口付けられた。

「キミの頭が良くなるおまじない」

「ッ───!!」

 は、はは、反則!!反則!!スピネル選手反則です!!

 そんな笑顔と声でそんなことされたら脳細胞が消し飛ぶから!!効果逆だから!!

 情けないくらい顔が真っ赤になるのがわかる。額を押さえ後退る私を、笑いながら見つめる視線が恥ずかしくて居たたまれない。

 でもそんな私に構わず、スピネルはゆっくりと近付いて抱き締めてくる。耳元にかかる吐息に、ビクリと身体が震えた。

「…ね、アーシャ。アーシャの優しさはボクは十分わかっているけれど、でもね?キミの優しさや善意が、必ずしも相手の為になるとは限らないことだけは覚えておいて」

「───…」

 いつも通りの吐息混じりの優しい声で囁かれた予想外の言葉は、いつも以上に理解が追い付かない。

 でも、今ならわかりそうな気がする。

 スピネルの言葉を聞く前だったら、どうしてと反発していたかもしれない。でも聞いた後ならわかる気がする。

「誰かの為に一生懸命になれる、優しくてまっすぐなキミの魂はとても美しいと思う。でもそれは、相手の立場や状況も考えてあげないと、ただの独り善がりで押し付けだ」

「っ…」


 言葉が──出ない。


 何かを言いかけて口を開くけど、結局胸の下の辺りで詰まってしまって出てこない。それはそうだ。ついさっきまで私は、善意での行動は必ず相手の為になる、誰かの助けになるという事を全く疑ってなかったから。

 だからスピネルの言ってることはわかる。スピネルが正しい。でもまだ私の気持ちの中では、全然わからないし割り切れない。

「あと、キミ自身の事もちゃんと考えて欲しい」

「…私のこと?」

「そう。キミがこの世界に来ているなら、元の世界に居るキミのご両親や友達、師匠はきっと心配していると思うよ。今回の場合は…無事というか、こうしてちゃんと生きているからまだ良いけど…」

「あっ…」

 言い澱むスピネルの言葉に、彼が何を言いたいのかがわかった。

 そうだ、よね。こうやってマジフェアの世界に来ていても、生きていると言えるから良いけれど…もしあのまま私も屋上から落ちていたら、お父さんもお母さんもきっと泣く。凄く悲しませる。友達や師匠も…泣いてくれるのかな。

 私の事を心配してくれる人たちがいて、その人たちを悲しませて辛い思いをさせてしまう。私のせいでそんな思いをさせるのはイヤだ。



 あ。



「ああああああっ!!」

「な、何!?どうしたのアーシャ!」



 わかった。なんかわかっちゃったかも!!



「スピネル、私わかったかも!」

「な、何が?」

「王冠!前にスピネルが話してくれた、師匠の頭には王冠があるっていう話!」

 前に話していた時はわからなかったけど、多分今ならわかる。

「前に師匠が言ってくれた言葉、話したよね?自分が存在することで影響を及ぼすもの全部を含めて自分だ、っていう」

「そうだね。でも急にどうしたの?」

「それって、こういうことだったんだよ!私が居ることで、私の事で喜んだり悲しんだりしてくれる人たちが居る。私が思う私だけじゃなくて、色んな人の中に居る私も含めて、きっとそれが私なんだよ!」

 上手く言葉に出来てるかな。でもこれはきっと理屈じゃなくて、頭で考えるものでもなくて、それでもこれが私の中でハッキリした答えだ。

 スピネルはわかってくれたかな。ちゃんと届いたかな。スピネルに一番にわかって欲しい!

「ありがとう、スピネル!」

 嬉しくて興奮して抱き付いた。

 ずっとわからなかった事が今わかった。スピネルのお陰でやっとわかった気がする。


 自分だけの自分じゃなくて、誰かの中の自分もちゃんと考えて。


 その上で自分としてどうしたいか、どうするべきかをちゃんと考えて…自分の中にある本当に大切なものと向き合い、そして行動という形にする。


 きっと、こういう事だったんだ!


「スピネル、私ね?今なら師匠が言ってたこともちょっと解ってきたよ!」

「そう、それは良かった」

 そういって優しく抱き締め返してくれる安心感に、つい顔が緩んでしまう。

「ありがとうスピネル!」

「どういたしまして。でもちょっと妬けるから…」



 ちゅ。



「なっ…!!」

 き、キスされた!!

「言っただろ?妬けるって」

「ややや止めてスピネル!!今折角わかったのに忘れちゃう!!」

「良いよ忘れて。それよりボクの事だけわかってくれれば」

 そう言って再び顔が近付く。嬉しかった気持ちが強すぎて忘れてたけど、抱き付いたのは私からだ。

「えっ…まって、スピネル!待って!!」

「ダメ、待たない。それに抱き付いてきたのはキミだよ。だから離してあげない」

 逃げようとしたけど、スピネルの腕がガッチリホールドしてて逃げられない!

「っ~~~~」

 あああ、そんな色気たっぷりの声で囁かないで!!




 結局唇だけでなく、頬も額も、耳や首筋も。それからこめかみや鎖骨まで何度も何度も口付けられ、頭の中が溶けて何も考えられなくなった。

 スピネルが満足したからか、それとも私が鼻血を出したからかはわからない。けど、お昼過ぎまでキスが止むことがなかったので、この宿にもう一泊することにした。


 全身筋肉痛だから丁度良かったと、自分に言い聞かせながら。


 身体中に力が入らなくて、ベッドで仰向けになったまま、冷たい水で濡らしたタオルを鼻に当てながらスピネルを睨む。

 好きな人に鼻血を見られて、傷付かない女子は居ないんだぞという恨みを込めて。

「ゴメンゴメン。でも大丈夫、どんなキミでも可愛い事に変わりははないから。何だったら今すぐ責任…」

「それは全力で遠慮します!!」



 そんな事されてたら、帰りにくくなっちゃうよ!

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