巫女姫と世界
私が泣けば、優しくしてくれた。
私が悲しんでいれば、慰めてくれた。
私が怒れば、ご機嫌を取ってくれた。
“あの子は可哀想だから” と。
可哀想って、何?
皆に優しくしてもらって、悲しんでたら慰めてくれて、怒っていたらあの手この手で機嫌が直るようにしてもらえて。
それの何が可哀想なの?大事にしてもらえない人の僻み?
だとしたら、そっちの方が可哀想。
私は大切にされている。私は愛されてる。だから皆私に優しくするのが当たり前なの。
なのに…
“因幡さんのストラップなに勝手に取ろうとしてるの!?”
私が欲しいと言ってるのにくれないから
“信じられない!ドロボウじゃん!!”
私が欲しいと思ったものをもらって何がいけないの?
“あ、因幡さん!橘が因幡さんのストラップ盗もうとしてたのうちらが止めたんだけどさ”
…どうして私が悪者で、あの女が守られて庇われてるのよ!!
そんなの、おかしいじゃない!!
クラスの女子たちに、よってたかって責められた記憶。
私は何も悪くないのに、何故責められなければならなかったのか。それが虐めになるのもあっという間だった。
理不尽な悪口、暴言。私は何も悪くないのに泥棒と、犯罪者だと言われ物を隠され暴力を振るわれる。
あまりにも理不尽だ。私に優しくするのは当たり前の事の筈なのに、それをしなかったあの女こそ虐められるべきであって、私は何も悪くない。
弱い人や傷つきやすい人、繊細な人には優しくするのが当たり前なのだと習わなかったのか。
一人親で恵まれない環境の私に、皆が優しくするのは当然の事。
お前たちは両親が居て、普通の生活を送って裕福でなくともそれなりに愛情をもらって生きているなら、私がお前たちから欲しいと思ったものを貰って何が悪い。
くれない方が悪い。寧ろ私のお願いを断って、心を傷付けた慰謝料を請求したいくらいだ。
この世界は間違ってる。
ここはもう、私が居るべき世界じゃない。
投げ捨てられたスマホが、落ちて壊れる音が聞こえた気がした。
私の心の唯一の拠り所。私のたった一つの居場所すら失った。
もうこんな世界に未練はない。
此処ではない何処かに私が本当に居るべき場所が、世界があるはず。
私に優しくしない世界なんて、こっちから願い下げよ!!
──夢か。
前世の記憶を思い出したからか、随分久しぶりに見た気がする。
フィルといたあの頃はこの夢が何なのかもわからなかったけれど。
「姫、御加減は如何ですか?」
夢から覚めてぼんやりしていたら、ナティスがお茶を差し出してくれた。私が目覚める前から側にいたのね。
「ありがとう」
ウルスラ国から発掘される、水晶を削り出して作ったグラス。それに注がれた琥珀色の冷たい茶を一口飲むと、久しぶりに見た夢も流れていくように消えていった。
「夢見が悪かったのですか?また沈黙の夜の訪れを日を…」
「違う。今日は、違うわ」
緩く首を横に振る。でも最近沈黙の夜の訪れを夢に見る回数は増えた。
初めは良かったのに、前世の記憶が戻ってから頻繁に夢に見るようになった。時には白昼夢のように、起きていても突然脳内に映像が浮かぶこともある。
その度にそれを伝えなくてはならないのが嫌だ。最近は不安を感じた民が、大勢大聖堂に詰め掛けてくる。
本当に大丈夫なのか。
巫女姫様は守ってくださるのか。
この国は加護で守られているのか。
いちいち煩い!!
沈黙の夜の訪れなんて、私が知ったことじゃないわよ!何で私が責められなくちゃいけないの!?私はこんなに頑張ってるのに!!
こんなことなら巫女姫になんてならなきゃ良かった───
巫女姫でいるのが嫌になって、大聖堂を飛び出した。
誰も私を知らないところに行きたい。
そう思って飛び出したけれど、この容姿はあまりに目立つらしく何処へ行くにも声を掛けられた。
その度に「皆さんの暮らしぶりを見ておきたくて」と適当なことを言っているけど、本当は煩わしくて仕方がない。どうして私は巫女姫になってしまったんだろう。集まる民が鬱陶しい。煩わしい。汚らわしい。
どうでも良い連中に褒めそやされたって気持ち悪い。
そもそもこいつらは人間ですらない、ただのプログラム。そんなものに機械的に崇められ讃えられても虚しいだけで、バカにされているようにしか思えない。
ナティスもグリンドもディズィーヴも。フィルだけは…違う気がしているけれど、それでもこの世界の存在なら所詮プログラムだ。人間じゃない。命ですらない。
その中でテラ様だけは別。
テラ様だけがこの世界で唯一の、私の命であり全て。
頭の──どこか片隅で。テラ様も手に入ってしまえば、いつかは飽きるだろうというのは自分で解っている。だから追い掛けて求めている間だけ、私はテラ様が好きなのかもしれない。
追いかけている間だけ、私は自分の欲に素直になれているから。生きていると思えるから。
「探しましたよ、姫」
「ナティス…」
こうして探して追いかけてきてくれたのは良いけれど、こいつに優しくされるのはバカにされているようにしか思えなくて腹が立つ。
「家出は楽しかったですか?」
「ほんっとムカツク言い方ね。楽しかったと思う?」
「いいえ。行く先々で崇められ称賛を受けて、嫌悪感に気分を悪くされているかと。しかし…」
紫水晶の瞳が細められ、此方の動揺を見逃すまいと鋭く射抜いてくる。
「それが、貴方の選んだ運命です。違えることなど出来はしない。死というものが覆ることがないように」
ディズィーヴの事を言いたいのだろうか。やっぱりこいつも優しくない。
優しい振りだけで、私のことなんてなにもわかってくれない。わかろうともしない。
こんな世界は間違ってる。
私だって人間だ、間違えることだってある。時には過ちだって…
でもこの世界なら私が間違ってても過ちを冒しても、それらを無かったことにして、常に私が正しくある世界であって良い筈なのに。
私は何も悪くない。悪いのは思い通りにならない世界だ。
それなら戦争を起こそう。何もかも無くしたその先に、私だけが正しい世界を作り直そう。
この世界は私の世界なのだから。
みんなみんな全部要らない。私に優しくしないものは、全て無くなってしまえ!!