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冒険者と祝福

「アーシャ、山道は平気?」

「な、なんとか…」


 自分の気持ちを自覚してから、スピネルの顔を見ることが出来ない。

 目は合わせないようちらちらと窺うように見上げるんだけど、それでも目が合うと笑ってくれるから、私の臆病な心臓はすぐに破裂しそうになる。


 好きになったって、報われないのに…


 私とスピネルは、住む世界が違う。住む世界というより、生きる世界とでもいうのかな。それがもう根本からちがうのは、それはちゃんとわかってる。

 だからこそ彼の事を好きになってしまったことが、そんな自分か信じられなかった。彼は…ゲームの世界の人なのに。

 報われる筈のない気持ちが、チクチク胸を攻撃する。このまま歩いているだけで、疲れ以上にダメージが凄そう。

 どうして神様は、私の初恋をどう頑張っても叶わない人に導いたんだろう。

「はあ…」

 自覚しないままだったら、まだもう少し気持ちも楽だったのかな。

 初恋は自覚しないものだとも、恋に恋をしているという錯覚だともいうけれど…

「アーシャ、疲れた?少し休む?」

「あ…。ううん、大丈夫」

「そう?ならもう少しだけ頑張って。もうすぐだから」

「うん!」

 ダメダメ!スピネルに心配かけたら。私はもっとちゃんとしないと。元の世界に帰るまで、ずっと隠しておかないと。


 でもこの気持ちは、きっともう錯覚じゃない。


 前を歩いてくれるスピネルを見上げて、それでも時々私を心配して振り返ってくれる優しさにすぐに胸が痛くなる。あと苦しいのは、決して山の頂がすぐ目の前まで来ている場所を歩いているから、という訳ではない…筈。

「ハァ…ハァ…」

 どうしても息が上がる。やっぱり疲れた、ふくらはきがパンパンなのがわかる。体力ないなぁ…


 スピネルが本格的な冒険に出る前に、魔力と力を蓄えておきたいということでここまできた。


 地の精霊である彼は、大陸各地にあるパワースポットみたいな場所でそれを補給したいと言って。いつもみたいに空間移動でその場所に来るより、竜脈という自然のパワーの流れを辿って来た方が効果があるとのことで、私もそれに倣って一緒に山登り。

 途中で現れる魔獣と戦い、スピネルの魔法だけでは倒しきれなかった時に棍で殴ってとどめを刺せた時は、私も役に立てたみたいで嬉しかった。

 優しくされるとつらいとか、離れる時に苦しくなるからとか、そんなつまらない理由で距離を置きたいとは思わない。

 何より師匠が言ってた。



“目先の感情にとらわれて、本当に大切なものを見失ったら死ぬほど後悔するよ”と。



 本当に、そうだと思う。

 もし師匠からこの言葉を聞いていなかったら、きっと私は別れるときに辛くなるのが嫌で、距離を置こうとしてた気がする。

 でも…自分の中で本当に大切なものは何かと考えたら、どうしても、どう考えてもスピネルに行き着いてしまう。それならもう離れる時に、どんなに辛くても苦しくても、とことん好きでいようと思った。


 恥ずかしいから、気持ちを伝えるつもりはないけれど…


 この気持ちだけは、ずっと大切にしていたい。その為に、私に出来ることを頑張るんだ!

「さあ、着いたよ。…それで、何を頑張るのかな?」

「へっ!?」

 嘘、声に出てた!?

 慌てて口を抑えるけど、どうしよう。どこから声に出てたんだろう。まさか最初から!?だとしたら…

「…フフ。大丈夫、アーシャが何を思っていたかはわからないけれど、出来ることを頑張るんだ!って言ったのしか聴こえなかったから」

「あ、ハハ…」

 気合いを入れすぎて、最後のとこだけ声に出ちゃったんだ。でも最後のとこで良かった、最初から全部だったら全力でこの場から逃げてたと思う。

 よし。曖昧な笑顔で誤魔化して、無理矢理話題を変えてしまえ!

「それよりここが、この大陸で一番高い山なの?」

 風に吹かれながら周囲を見渡す。確かにここより高い場所はなかった。

 切り立った山頂から見下ろす景色は、下に王城と城壁に囲まれた城下町。その向こうには広がる平野と、川が流れているのが見える。

 反対側を見ると、岩肌が剥き出しになったまさに岩山という感じの自然の造形物と、遠くに岸壁沿いに海が見える。ウルスラ国って海に面してたのか!

 ゲームで見たマップはアストライアを中心に周辺の国と、南方の海しか描かれていなかったから…。そっか、ウルスラ国って…ここって、大陸最北端でもあるのか。

 

 こんなに高い山も、眼下に広がる海も、本当にこれがゲームの中だなんて思えない。


 肌に吹き付ける風の冷たさも、気持ちいい…んだけど…

「何してるのスピネル」

「いや、アーシャが可愛くて…」

 頂上で大地のエネルギーを蓄えようとしていたスピネルが、何故か私のスマホを操作しようとしていた。

 ストラップにさらに力を込めたいというから渡しておいたのに、どうやらそのスマホで写真を撮れることを知ったスピネルは、多分私を撮ろうとしたんだと思う。

「今のキミは、空の女神みたいに綺麗だったから…」

「な…」

 め、女神さま!?そんな大袈裟な!スピネルの目はどうかしてしまったんじゃないかと、本気で不安になる。私が女神さま?ないない、絶対ない。

「…本当は充電減るから、あまり起動させたくないんだけど…」

 仕方なくロックを解除すると、ああ…38%か。インカメラに切り替えて頭上にスマホを構え、空いたもう片方の手をスピネルの背中に腕を回して引き寄せた。

「え?アーシャ」

「ほら、スマホ見て?はいチーズ!」


 カシャ


 無機質なカメラ音が響いて無事に撮れたことを確認すると、それをスピネルにも見せてあげた。

「うわ!ボクとアサ…アーシャがこんなに近い!!」

 嬉しそうにスマホの画面を見るスピネルを、少しだけ複雑な想いで見つめる。本当に嬉しかったのか、普段は冷静な彼がうっかり私の名を呼んでしまうくらいには嬉しかったらしい。

 本当は想い出は全部胸に抱えて、形には残さないでいるつもりだった。でも1枚くらいは、記念に残しても良いのかもしれない。其れに現実の世界に帰ったときに、このデータがちゃんと残っている保証もない。

 それなら…今一緒にいられる時間、この人の事を精一杯好きでいようと思った。


 師匠の言葉がなければ、きっとこんな風には思えなかったんだろうなぁ…





 山頂でスピネルが大地のエネルギーを蓄えている間に、魔物や魔獣に襲われないかと周囲を警戒していたけれど、それも杞憂に終わった。

「おまたせアーシャ、帰ろうか」

 そう言ったスピネルからは、なんか…魔力がほぼゼロの私でも解るくらいには魔力と力に満ちているというか、ゲーム的に言うならラスボスより遥か上をいく、裏ボスなんじゃないかと思うほどの圧力を感じた。


 これで気配を消すとか、どうやって?


 帰りは登りより辛い筈なのに、足場に気を付けながら下山しただけで魔獣に襲われる事もなかった。多分パワーアップしたスピネルの圧に恐れをなして、レベルの低い敵は近寄れないんだと思う。何だかんだで、精霊というのは自然界では強いんだな。

「──!?」

 あれ?何だろうこの感じ。

「スピネル、何か…何か聞こえない?」

「何かって、何?」

 そう言われても…

「あの、声が…」

 …そうだ。これ人の声というか…それっぽい雑音みたいなのが微かに聞こえる。人の混雑する歩行者天国みたいな。

 でも何処から?

「な…アーシャ?」

 音のする気配を探すも、本当にこれが微かすぎてわからない!

 それでもその場をウロウロ歩いていると、スピネルに預けていたスマホに辿り着いた。

「…スマホ?」

 あ、もしかして電源切り忘れた?でもスピネルが聞こえないなんて変なの。

 そう思ってスマホを手にすると、確かにここから音が聞こえる。電源を切り忘れたのかと思って起動ボタンを長押ししようとしたら、点灯したディスプレイに驚いた。

 さっきまで38%だった充電率が100%になってる!!

「何で!?」

「な、何。どうしたのアーシャ」

「だ、だってスマホの充電が!」

 電気も充電器もないのに回復してるとか…

「さあ。さっき瞑想している間に、雷の妖精が近くまで来てたから何か祝福でもかけてくれたんじゃないかな?」


 スマホの充電が雷の妖精の祝福とな!!


 いや、嬉しい…けど。

 まさか妖精の祝福で充電が回復するとか、そんなこと考えてもみなかった。

「そっか。雷の妖精の妖精さんに、お礼を言わなきゃね」

「妖精はダンスが好きだから、アーシャの得意なバトンを見せてあげたら?」


 スピネルの言葉に、夕日が沈む前の山の麓で、さあ、と風が吹いた。


 きっとこれは、期待されているのかも知れない。

「じゃあ、音楽掛けて踊るね?」

 折角フルに充電してもらったなら、音を最大にして曲をかけてみよう。どうせならこのゲームの、空を飛ぶ時の曲。

 黄昏の空を飛ぶようなもの少し悲しいイメージと、それでも雄大で優美なメロディーが気に入ってダウンロードしたもの。


 演技に邪魔になる籠手や胸当てを外して、音楽スタート!


 スピネルにスマホを持ってもらって、曲が始まると気分のままに踊ってみた。

 あー、楽しい!

 棍をバトンのように投げて回して自分も回って側転して。そうやって踊っているうちに、回りには沢山の妖精たちが集まってきた。

「わあ…!」


 凄い!私いま、妖精さんたちと一緒に来た踊ってる!!


 沢山集まった来た妖精たちは、くるくると棍を回す私を取り囲むよう、光の輪を作りながら皆で踊った。

 


「はー…はー…。…あー、楽しかったぁー!」

 本当に日が暮れるまで踊ったから疲れた。下山直後に踊ったのは無謀だったかな、でも良い。楽しかったから。

「お疲れ様アーシャ。…本当に素晴らしい踊りだったよ、キミのバトントワリングは女神の舞のようだった」

「それは大袈裟だよ。私より上手な子は、本当に沢山いるし」

 それは本当の事。でもきっと、妖精たちと踊ったのは私だけだと思う。

「…ね、スピネル。私ね?ここに来たときは泣いてばかりで、本当に帰りたくて仕方なかったから…。だから、こんなことを言うのは変かもしれないけど…」

 今とっても嬉しくて幸せな気持ちを、どうしても彼に伝えたくて。勇気を出して真っ直ぐ彼の顔を見た。

「この世界に…来て、良かったって思う」

「…うん…」

 次の言葉を急かさず、ちゃんと待っていてくれる優しさが嬉しい。

「でも、そんな風に思えるのは…スピネルが一緒にいてくれてるからで、だから…その…」

 うう、どうしよう。何て言ったら良いのかな…


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」







 本当に嬉しくて、あまりに幸せで、とても楽しくて。



 だから気付かなかった。




 スマホの画面に、着信を知らせるアイコンが表示されていたことを────

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