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冒険者と欺く者

 正直自分が信じられなかった。

 まさか人間ごときに、良いようにさせるとは。


 ──あのガキが!!


 苛立ちに任せて壁を殴っても、胸の奥で渦巻く焦燥と苛立ちは消えない。

 人間に…いや、アサミだからかな。こんなにも胸がざわめくなんて、こんな感情は────知らない…







 精霊さま…スピネルと離れてからは、私はディズィくん──ディズィーヴさんに、教会の地下にある牢屋に運ばれていたらしい。

 目の前で扉を殴って壊すという、女子にあるまじき暴挙を見せてしまったせいか、手には重たい鉄の枷を嵌められた。木なら何とかいけたと思うけど、流石に鉄は無理。それを見越しての事なんだと思う。


 どうしよう。これから私、どうなっちゃうんだろう…


 でもスピネルが信じてと言ったから、それは素直に信じよう。きっと助けてくれる。何とかしてくれる。

 その為に私は、今出来ることをちゃんとやろう。

「沈黙の夜が明けたら、すぐに大聖堂に引き渡されて処刑される事が決まってるってのに、随分落ち着いてんなアンタ」

 少し前までディズィくん…だった、今は背の高いチャラい感じの男の人は、不思議そうに私を見下ろした。

 子供だと思っていたけれど、魔法で姿形を変えていただけのようで、本当はちゃんと大人だったみたいだ。

 夕日のような赤い髪に、切れ上がった鋭い空色の瞳。左耳には沢山の宝石と細いチェーンのついたイヤーカフが、ジャラジャラ揺れてる。ゲーム画面でも見たことあるけれど…チャラい!!カッコいいけどチャラい。少なくとも私はタイプじゃない。

「だって、精霊さまが信じてくれといったから。だから信じます」

 今私に出来るのは、ただそれだけだから。

「信じる…ね。アンタの言うこと、さっぱりわかんねえな。信じるって何?信じたら何か良いことあんの?」

「うーん…」

 何か良いことがあるかと言うと、あんまりない気もする。

「強いて言うなら、自分が間違ってなかったと思えること…かなぁ」

「はあ?なんだそれ」

 ディズィーヴさんは、本心で解らないと言うような声を上げた。

 でも私にも解らない。ただ、信じてくれと言われたから信じる。もし疑ってたら、精霊さまが本当に助けに来てくれた時に、信じてもらえてなかったと知ったらきっと傷つくと思う。

 私もそう。バトンの練習で、ペアで投げたバトンを交換したりする時も相手の事を信じていないと、良い演技は出来ない。相手を信じつつ、相手にも信じてもらえるような演技をしなくては、審査員の人たちから良い評価を貰ったり、良い点数をつけて貰えない。

 相手を信じると言うことは、自分も相手から信じてもらえるだけの事をしなくちゃいけないと思う。

「…あ、じゃあこういうのはダメかな。信じたいから信じる。信じて欲しいから、信じてもらえるだけの事をする…とか」

「ますますわかんねぇよ。信じるってのは、騙されて奪われて踏みにじられて当たり前って事を受け入れてるようなもんだろ」

 不機嫌そうにガシガシ頭を掻くディズィーヴさん。どうしてこんなにも信じると言うことを否定するんだろう。

「ディズィーヴさんは、信じることが嫌いですか?」

「あ?」

「いえあの、どうしてそんなにも…信じる事を、否定するのかと…思って…」

 もっと言葉を続けようと思ったら、鋭い瞳がさらに細められる。それも不愉快そうに。

「…おいテメェ。処刑すんのが大聖堂だからって、それまで無事で居られると思ってねえだろうな」

「きゃあっ!!」

 枷に繋がれていた鎖を引っ張られ、上に持ち上げられるまま軽々と身体ごと吊るされる。踵が浮いて爪先しかつかない。


 すごいなこの人。私体重結構ある(私的に非公表)のに片手で…


 そんな場違いな事を思っていたら、右頬に熱い衝撃と乾いた音が響いた。

 じんじんと痛む頬に、自分が打たれた事を理解すると目の前のディズィーヴさんの顔を見た。物凄く…物凄く怒っているように見えるのに、どうしてか怖くない。

「ハッ、痛ぇか?だったらもう黙って──」

「どうしてそんなに信じることを否定するんですか?貴方が欺く者だからですか?」

 そうだ。気を失う前に聞こえた、欺く者という言葉で思い出した。

 巫女姫のそばにいる神官の名前には、それぞれ意味があることを


 北の神官「ナティス」…宣告する者

 東の神官「グリンド」…磨く者

 南の神官「フィル」…満たす者


 そして今目の前に居る西の神官「ディズィーヴ」…欺く者


 彼らの名には、確か役割があって…。いや、役割が名前になってるんだっけ?ああもう、そこまでやり込んでないからうろ覚えだ。

「欺く者だから、信じることを否定…」

「黙れ!!」

「あうっ!!」

 また頬を打たれた。今度は往復で。…流石に痛くてて涙が出る。

 荷物を放るように、石を組み上げただけの壁に叩き付けられ、べちゃ、と顔に唾を吐きかけられた。

「…流石にガキにゃ興味ねえが、ここらで大人の怖さを思い知らせるのも思いやりだろ」

 そういってしゃがみ込むと、着ていたチャイナドレスの襟を掴まれる。生地を引っ張られる感触に、この人が何をしようとしているのかがすぐにわかった。

「いやああああっ!!」

「ボクのアサミに触るな!!」

 咄嗟に振り上げた脚で思い切り蹴り飛ばすと同時に、下から隆起した鋭い岩山で、ディズィーヴさんの身体が天井まで押し上げられた。

「確かにこの教会は結界で覆われていて手は出せなかったが、地面からならそうでもなかったな。詰めが甘いよ」

「あ…」


 助けに、来てくれた…


 どうしよう。どうしよう、嬉しい。

 精霊さまが、助けに来てくれた…!!

「精霊、さま…」

「アサミ!!…大丈夫?変なことはされなかった?」

 バキン、という音と共に手枷が外れた。精霊さまに掛かれば、金属も簡単に壊せるらしい。

「はい。大丈夫です、精霊さまが…こうして助けに来てくれましたから。信じてました!」

「っ…アサミ!」

 着ていたマントで吐きかけられた唾を拭ってくれて、それから思い切り抱き締めてくれた。やっぱり精霊さまの腕の中は安心する。

「……う…」

 天井の方から小さく呻く声が聞こえた。見上げると岩に挟まれたディズィーヴさんの腹部から、血が滲んでいるように見える。大変だ!

「せ、精霊さま!!彼を助けて上げてください、お願いします!!」

「何故?あいつはキミを騙して捕らえただけでなく、キミを傷付け乱暴しようとした。死んで当然だ」

「でも…」

 どうしよう。目の前で誰かが傷付いたり、死んでしまうかも知れないのはやっぱりイヤだ。見たくない。

「お願いします精霊さま、彼を助けて!」

「いくらアサミのお願いでも、それは聞けない」

「そんな…」

 私の身長の2倍はある岩山を見上げ、息を飲むと精霊さまの腕の中から抜け出して拳を構えた。

「アサミ、何を!」

「はあああああっ!!」

 そこそこ上がったレベルと力にものを言わせた正拳突きで、目の前の岩山を思い切り殴る。

「く…ッ」

 木よりも鉄よりも硬い岩はびくともせず、私の拳が痛い。皮膚が擦り切れて血が滲む。でも助けないと!

「もう一回…!」

「ば、バカかお前!!地の精霊の言う通りとっとと逃げれば良いだろ!!俺は岩が腹を貫通してんだ、俺はもう」

「イヤだ、助ける!!」

 絶対に見捨てたくない。今見捨てたら、絶対に一生後悔する。だから…!!

「はああああ…」

「アサミ、ダメだよ」

 呼吸を整え気合いを入れていると、不意に背後から抱き締められた。

「精霊さま!」

「…ボクの負けだ。本当にキミは…なんていうか、気が弱くて泣き虫な割りには頑固だね」

 精霊さまがパチン、と指が鳴らすと地面から隆起していた岩山がズズズズズ…とゆっくり沈んで、ディズィーヴさんの身体も降りてきた。降りてきた来たけど…

「うわ…」

 人の背中から、明らかに赤く濡れた何かが貫通しているのを、生まれて初めて見た。痛そうで気持ち悪くて、思わず顔を背けてしまう。

「…だから、言ったろ…。俺はもう、助からな…い…」

 息も絶え絶えに、苦しそうに呟くディズィーヴさんに、精霊さまを見上げる。

「…お願い、します…。精霊さま…この人を、助けてあげてください…。…お願いします…」

 ディズィーヴさんを助けたい。でも、私じゃ助けられなくて…精霊さまにお願いするしかなくて。でも精霊さまは怒っていて、どうしたら…

「…ああもう、泣かないで子猫ちゃん。キミの涙には弱いんだ。そうだね、キミからキスをしてくれたら、彼を助けてあげるよ」

「はえ!?」

 えっ…。いや、そんな人前で…

「ほら、どうしたの?早くしないと止血の為にこのままにしてる岩を引き抜いて、彼を失血死させるよ?」

 なんて事を!!

 戸惑いに躊躇っている私に、追い討ちをかけるように酷いことを言う精霊さま。…恥ずかしいけど、でも人の命には代えられない。

「わ…わかりました…」

「フフ、良い子。ちゃんとここにね?」

「うう…」

 頬で済ませようとした考えを先に見透かされ、長い指で自分の唇を示し笑顔を向ける精霊さま。私の身長に合わせて背中を丸めてくれてる。

 準備万端過ぎる精霊さまに、恥ずかしくて泣きたい。けれど、きつく目を閉じ背伸びをして軽く触れるだけの…キスを、した。

「良くできました」

 満足そうに笑う精霊さまとは裏腹に、恥ずかしくて居たたまれなくて顔を上げられない。ドキドキしすぎて心臓がパンクしそう!

 きっと真っ赤になっている顔を両手で押さえ、隠している間にまた少し部屋が揺れて暫くすると静かになった。

「はい、終わったよアサミ。もう大丈夫だから、顔を上げて?」

「……ディズィーヴさん…」

 ボコボコになった地面の上で、ディズィーヴさんが俯せのまま倒れている。破れている服から見える肌は、ちゃんと綺麗で傷跡やかさぶたも見られない。

「精霊さま…!」

 ちゃんと助けてくれた。この人が死ななくて済んだ。良かった。良かった!

「精霊さま、ありがとうございます!!本当に本当にありがとうございます!!…うえええええん!」

 良かった、本当に良かった!

「良いよアサミ。キミのお願いだから」

 そういって頭を撫でてくれる精霊さまの手は、何時もより優しくて暖かかった。

「……とんでもないお人好しだな、そのお嬢ちゃんは」

「…ひぐっ…。…あっ…ディズィーヴ、さん…っ…」

 身体を起こして座る彼の顔が、少しだけ顔色が悪いように見えるのは…。多分血が足りないせいかもしれない。

 ごしごしと涙を拭って、ちゃんと見た空色の瞳の下には、うっすら隈が見える。

「あの、ディズィーヴさん…は、大丈夫ですか?」

「…まあな。生きてるし」

「良かった…」

 本当に良かった。…安心したら、なんか…

「おっと。…アサミ、大丈夫?」

 ホッとしたら腰が抜けて、立てなくなった私を精霊さまが抱き上げてくれた。でもお姫様だっこは、これはこれで恥ずかしい。

「わかっているとは思うけど、ボクに勝てると思うなよ」

「わかってるさ。この件も…大聖堂には報告しない。そのお人好しのお嬢ちゃんの勝ちだ」

 何が私の勝ちなんだろう。勝ち負けで言えば、単純に私の負けのような気がするけど…。騙されて、精霊さまと離れ離れになって、唾を吐きかけられて、それから…

「ハハ、ワケわかんないって顔してんな。勝ち負けってのは、何も試合や勝負や生き死にに関わるだけのもんじゃねえ。…心の強さも、だ」

「心の強さ…」

 泣いてばかりで精霊さまに頼りきりな私が、どうしたら心の強さで勝てるんだろう。もっとわからない。

「さて、こんなところに長居は無用だ。行こう、アサミ」

「待ってくれ!…これを」

 そういってディズィーヴさんが渡してくれたのは、不思議な装飾と模様が掘られ、赤く輝く宝石が嵌め込まれた黄金の首飾りだった。

「せめてもの礼と…詫びだ。この国では巫女姫と、俺と北の神官しか身に付けていない。封護の首飾りだ」

「これが!?」

 ええっ!?良いのかな、こんなSSランクのアイテムをいきなりもらっちゃって!!

「良かったですね!精霊さ…」

 同意を求めようと精霊さまを見上げたら、その美しく麗しいお顔は…とてつもなくお怒りでいらっしゃった。

「他の男が身に付けた物を、アサミに…?」

「え、でも…。とても貴重なアイテムだから…」

「ボクのアサミなのに、他の男から?」

「えええええっ!?」

 それはまさか、あの…。…ヤキモチ、なのかな。精霊さまが、嫉妬…してくれてると。そう思って…良いの、かな。

「っ……」



 どうしよう、嬉しい…



 助けに来てくれた時と、同じくらい嬉しい…!!

 首飾りを握りしめたまま、嬉しさと恥ずかしさで俯いてしまう。でもきっと耳は赤いのかもしれない。でもやっぱり嬉しいな。

「もう行くよ。こんな国、二度と来るものか!」

 そういって精霊さまは、私を抱えたまま空間移動でウルスラ国へと戻った。








 ───信じることは、嫌いですか?


 誰もいなくなった地下牢に、小さく声が響いた気がした。

「…嫌い、なんて…」

 そもそも自分は“欺く者”だ。この大陸を支える巫女姫を守る為に、仇なす者を始末し一掃する為の汚れ役を担う役目を負っている。

 神官でありながら、人を陥れ手にかけることを厭わない。そんな自分に、今更あの少女のような綺麗すぎる存在は眩しすぎた。

「小娘を捕らえたという報告を受けて来てみれば、既に逃げられた後ですか」

「…ああ。悪ぃなナティス、向こうが上手だった」

 歪に盛り上がった地下牢の地面を指差し、察してくれと言わんばかりの顔で訴える。

「…成程。確かに結界は地上だけで、地下は無防備だったと。故に貴方は彼らを取り逃がし、姫より賜った封護の首飾りも奪われたと。そういうことですか」

「そうなの?ディズィーヴ」

 ナティスより遅れて地下牢に姿を見せたその存在に、咄嗟に片膝をついて跪く。

「恐れながら、ナティスが申し上げた通りにございます。このディズィーヴ、姫様に向ける顔がございません」

「そう」

 寂しげな、悲しげな声。だがすぐにその声も変わる。

「なら要らないわ。役に立たない駒なら必要ないもの」


 駒…


 言葉の意味を問う前に、背中から胸を貫かれる痛みが走り倒れ込む。


「ひ…め────」


 ──自分は、切り捨てられたのか。

 

 そこで意識が途切れた。





「─これで宜しかったのですか?姫」

「良いのよ。私には貴方が居れば、それで幸せなのだもの」




 開かれたままの、空色の瞳に映る誰より美しく笑った筈の笑顔は、暗い影に隠れていた───

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