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冒険者と沈黙の夜

 この世界に来る前の、ゲームとして遊んでいた知識と、実際にその世界に飛び込んで過ごしてみた感想は『思ってたのと違う』だった。

 例えばゲームの画面では、他のプレイヤーに近付くと名前と職業とレベルが、勝手に表示される仕様だ。けど、此処では自分が意識してスキルを使わなくては、相手の情報は見れないし見えない。

 それもスキルを使うにしても、任意の対象一人もしくは一体だけ。街中やフィールド画面のように、プレイヤーが誰でどんな職業かという情報が、簡単にわかるわけではないというのは、隠れて旅をする事になった私たちにとってはありがたかった。

 街中で頻繁にスキルを使う人ばかりとは言わないけれど…なるべく目立たないようにしようと思う。


 目立って目を付けられて、スキルで見られたら困るし…


 でもスピネルが…

「どうしました?お嬢さま」

 私の心を察したのか、仮面越しでもわかる笑みを向けてくる。この仮面をしていてもわかる美形ぶりは、何とかならないのかな。元々地味な私ならともかく、スピネルが目立って仕方がない。

「なんでもない。それよりスピネル、先ずは何をしたら良いと思う?」

 宿で地図を広げながら、先ずはこの先の展開を考えた。

「お嬢さまはどうお考えですか?」

 私?私なら…

「先ずは相手からの魔法を妨害、もしくは完全に無効化できるアイテムが欲しいかな」

「それは何故でしょう」

「何故って、もし誰かが気紛れにスキルを使った時に、私はスピネルの正体がバレないように…」

 確かあったような気がする。何て名前だったかな。

「……何とかの首飾り」

「ああ、あの巫女姫が身に付けてい首飾りですね」

 何ですと!?

「え、巫女姫さまが身に付けてたの?」

「はい。理由はわかりませんが、確かに身に付けていらっしゃいました」

 なんということでしょう。欲しかったアイテムが、目の前にあったなんて。

 でも流石に巫女姫さまから奪うのは、ちょっとなぁ…

「名前忘れちゃったけど、でも有るにはあるんだね」

「封護の首飾り、ですね。身に付けた者をあらゆるスキルや魔法から守るという、SSランクのアイテムです」

 ですよねー。

「SSランクなら、やっぱり色んな素材を集めなくちゃ作れない?」

 ゲームとして遊んでいた時は、別に必要としなかったけど。でも今は間違いなく必要だから、何としても封護の首飾りは手に入れないと。

「そうですね。ただ素材を集めても、それだけで確実に作れるというものでもありません。成功率も極めて低いので、だからこそのSSランクなのでしょう」

「うーん」

 どうしよう。これも現実的じゃない。

 完全防御以外で、何か確実にスキルを阻害できる方法ってないかな。

「別に魔法を防ぐ効果は要らないから、せめてスキル…スキャンだけでも防げるアイテムがあると良いんだけど…」

「ありますよ」

 え、嘘?

「…あるの?」

「はい。上手く組み合わせれば、スキャンは防げるかと」

「そんな方法があるの!?」

 初めて知った。驚きと興奮に身を乗り出して聞いたけど、正直聞いて一瞬後悔した。


 スピネルの説明だと、最初の教会の周辺には何故か冒険者達の認識票が落ちていている事がよくあるらしい。

 その中で傷ついてたり、古びていて刻印が読み取れない認識票をギルドに持っていくと、新しい物に交換して登録し直してくれるんだそうだ。それを自分の物にしてしまえば良い、と。


「…それってつまり…」


 バグ技じゃん!!


 良いの!?そんなことして良いの!?アカウント乗っ取りとかにはならないの!?大丈夫なの!?


 スピネルの提案があまりにも予想外過ぎて…これは犯罪なんじゃないかと、本当に本気で心配になる。でも話を聞いてみると、どうやらそれはリセマラを何度も繰り返す人が、目的の物を手にする為、やり直す度に捨てていくものなんじゃないかとも思った。

 私は寄らなかったけど、普通はギルドに登録した後、最初に立ち寄った教会では神の祝福と称して宝箱五つが与えられる。

 そこでランクの高い武器だったり防具だったり、狙っていた素材など目的のアイテムが出れば、その時点で冒険を楽に進められるのでリセマラをする人はかなり多い。何も妖精や精霊だけが目的でリセマラをする人ばかりじゃないから。


 そっか。それなら…良いのかもしれない。


 よくCMで『ダウンロード数何千万!』というのをうたっているけど、あれはあくまでリセマラを含めたダウンロードの数であって、実際に登録して遊んでいるプレイヤーの数ではない事は知ってて欲しい。

「それなら…アリ、なのかな?」

「ではアストライア国に戻りますか?」

「そうだね、そうしよう。あ、でも待って。今アストライアに戻ったら、下手したら捕まるかも…」

 何しろ指名手配されたばかりなので、当然情報を得ようと最初に立ち寄るはずの教会の周辺にも人が居るかもしれない。

 幸い私は精霊さま…スピネルに連れられて、ギルド登録をしたらすぐに連れ出されたから教会には行っていないけど、そこにスキャンのスキルを使える誰か、もしくはそれに準じたアイテムを持つ誰かが居たら間違いなくバレる。

「…夜にこっそり、だと探せないかな」

 日中は目立つし、それは危険すぎる。

 それなら見付かりにくい夜中にこっそり探しにいった方が良い気がした。

「わかりました、お嬢さま」

「ありがとう!」

 それなら早速、夜に備えて寝ておこう。


「添い寝は必要ですか?」

「い、要らない!!」


 また顔が熱くなる。スピネルの言葉は、あのキスを思い出させるには十分すぎる位だった。





 夜になって宿を出てから、人目のつかない所で空間移動をして、アストライア国で最初に来る街に来た。

 やっぱり人工的な明かりはなくて、少し離れた森からフクロウの鳴き声が雰囲気たっぷりに響く。

 あれ?此処にはフクロウがいるの?

「スピネル、街の中は夜でも鳥がいるの?」

「お嬢さまがこの世界にいらした時は、沈黙の夜が明けた直前でしたから」

「あー…なるほど」

 メンテナンスが終わって、いざ再起動!というタイミングで私は来ちゃったんだ。それだとまだ他のプレイヤーも敵も、街の人々や動物も皆動けなかったんだろう。

 でも今は違う。街の外に見える景色には、夜に蠢く魔獣や魔物の光る目が見える。…教会はなんで城下町の外にあるんだろう。すぐそこの目の前にあるくらいなら、いっそ外壁の中に作ってくれれば良いのに。

 理由は解らないけど、仕方がない。

 街を出て、目と鼻の先にある教会に向かうと、少し歩いた所で横から体当たりを受けた。

「きゃあっ!」

「お嬢さま!!」

 体当たりを受けた割りには、少しよろけただけでそんなに痛くはない。痛さだけなら最初のスライムの方がよっぽど痛いと思うのは、多分私のレベルが上がっているからだろう。でもビックリした。

 いきなり突進してきた影を見つめると、それはどうも人影みたいだ。それも私より小さい。

「…子供?」

 こんな小さな子が夜に外に出るなんて危ないから、話して家に帰るよう説得しようとしたらスピネルの腕に遮られた。

「いけません、お嬢さま。子供、何故お嬢さまを狙った」

「おじょうさま!?…じゃあ、違うのか…」

 驚いたような声に、やっぱり子供だったのかと警戒を緩めた。

「あの、坊や?一体私は何と間違えられたのかな」

「なりませんお嬢さま!いくら子供とはいえ、お嬢さまに危害を加えようとしたのです。教会も近いなら、このまま魔獣のエサに…」

「ひいっ!!」

「だだだダメだよせい…スピネル!まだこんな小さい子に何て事を言うの!!」

 目の前に伸ばされた腕を振り切って、怯えて後退った子供を抱き締める。

 確かに教会が近いなら、神さまのご加護で復活は出来るだろうけれど。それでもこれは、いくらなんでもやり過ぎだと思う。

「ねえ、おねえちゃんに教えてくれないかな。どうしてこんな夜に、坊やは一人で此処に居たの?」

 なるべく怖がらせないよう、しゃがんで目を合わせる。バトン教室で小さい子を相手に話し掛けるように、出来る限り優しい声で。

 そうすると男の子は、後ろのスピネルに怯えながらもゆっくりと話してくれた。


 どうやら男の子は、未来の神官候補者が集まる、教会が運営する養護院で暮らしているらしい。

 魔獣や魔物の襲撃で親がいなかったり、家庭環境的に子育てに相応しくないと判断された場合に限り、子供たちの安全を守るため巫女姫の名の元に保護されるのだそうだ。そう考えると、児童福祉施設みたいなものと考えて良いのかな?

 昨日その巫女姫…というより大聖堂から、お尋ね者のお触れが出てそれを捕まえて褒賞金をもらえれば、病気で寝たきりになってしまった母親に薬を買って治してあげられるからと───

「だからおれ、犯人は必ず現場に戻ってくるって思って…」


 …当たってる!!


 どうしよう。別に犯人じゃないけど、確かに当たってる。これは予想外だったとしか言いようがない。

 困り果ててスピネルを振り返ると、スピネルも困ったような顔をしていた。こんな話を聞いてしまったら、流石に魔獣のエサにしてやろうなどとは思えないらしい。

「子供。我々はお嬢さまの腕試しとして旅をしているに過ぎない。お尋ね者の娘などと一緒にされては困る」

「──ッ!!…ご、ゴメンナサイ…」

 うわぁ。スピネル怖い…この子本気で震えてるよ。

「スピネル、あまり怖がらせないであげて?この子なりに真剣に考えてたんだから」

 それにこの子の予想は外れてない。というか、大当りだ。

 犯人は必ず現場に戻る、って…この世界でもあるんだね。

「坊や、名前は何ていうの?」

「……ディズィ」

「そう、ディズィっていうの」

 発音しにくいな。舌かみそう…

「ねえディズィ、気持ちはわかるけどもうこんな事をしたらダメ。夜にこんな───」



 ゴーン…ゴーン…



 暗い夜に重く響く鐘の音。まさかこれって…!

「お嬢さま!!」

「はっ、はい!!」

 慌ててディズィくんの手を引いて教会へと走る。でも鐘が鳴ってからどのくらいでメンテナンスタイムに入るかなんて解らない!

「すみません、開けてください!!」

 拳で扉を叩くけど、開けてもらえる気配がない。

 なんで?窓から微かに明かりが見えるのに。誰かいないの!?誰もいないの!?

「お願いします、開けてください!!せめてディズィくんだけでも!!」

「───!!」

 すぐそばでディズィくんの身体が強張った気がしたけど、今はそれどころじゃない。

「お嬢さま!!」

「ダメ、開けてもらえない!!」

 こうなったら…

「───はあっ!!」


 バキィッ!!


 無理矢理扉を殴って抉じ開けた。

 レベル上がってて良かった!これで中に──

「掛かったね」

「へ?」

 先に教会に入ったディズィくんに手を引かれ、そのまま教会の中へと入る。後から教会に入ろうとしたスピネルを拒むよう、魔力で作られた壁が張られた。

「アサミ!!」

「精霊さま!!」

「おっと、地の精霊さん。アンタが下手に動けば、このお嬢さまがどうなっても知らないよ?」

 何これ、罠だったの…?

「ディズィくん…」

「ほらほら地の精霊さん、さっさと逃げないとアンタまで消えちゃうよ?」

 そうだ。ディズィくんの、あまりの豹変ぶりに驚いてる場合じゃない!

「精霊さま、精霊さま!!」

 魔力で作られた壁を、さっきと同じように拳でぶち破ろうとするけれど、上手く力が入らないし殴った感触もない。なのに拳は先へ通らない!

「移動してこの扉以外の場所から入ろうとしても無駄だよ。この建物全体に結界が張ってある、例え精霊級の魔力でも破るのは不可能だ」

「ディズィくん…どうして、こんな…」

「理由はさっき言ったろ?金が必要なんだよ」

「そんな…」

 こんな小さな男の子が、私ならともかくスピネルを欺けるなんて信じられなかった。


 さっきよりも鐘が煩く鳴り響いてる。これは本当に沈黙の夜が近いのだろうか。


「…クソ!!アサミ、どうかボクを信じて待っててくれ!!」

 それだけ言うと、精霊さまは空間移動で姿を消した。良かった、これで精霊さまは無事だ。

 安心したら、急に力が抜けた。




 俺はディズィーヴ。西の神官。“欺く者”



 ディズィくんじゃない、大人の男の人の声でそう聞こえた。

 でも、今はどうか休ませて───

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