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中二病オールスターズ  作者: 千葉シュウ
ある日の中二たち
3/5

1-3「キラリ先生始業式で大失態」

「ところで、皆春休みはどうだったのかな? 楽しめた?」


「えっ」


 ハルカはトーコの一言に即座に反応する。

 彼女にしては珍しく目を丸くして驚愕していたのだ。お前は春休みの間何を見て何をしてきたのだという思いが多分に含まれていた。


「ハルカ……?」


 心配そうな声でハルカを見つめるトーコ。分かっていないようだ。

 メロディが、彼女にしては冷静な指摘をする。


「いや、オレらかなりの頻度で会ってたから思い出もほとんど一緒じゃ……」


「そっか! それもそうだねー。フフ」


 ゆるふわ、ゆるふわである。面白いことなど起きていない筈にも関わらずトーコは楽しそうに笑う。

 しかし、いいのだ。

 箸が転げただけでも笑えるような年頃だから無問題である。今が楽しければなおさらのこと。


「ふーん。ところで、二人とも課題はしっかり終わらせてきたの?」


「にゃっはー☆ 当たり前だぜぃ!」


「オレを疑うってのか? 当然やってきたぜ」


 そう。

 四人に共通しているのは全員が真面目に勉学をしているということである。西中学校は決しておバカ学校ではなく、少しでもサボればロクでもない成績に落ちること間違いなしである。

 彼女達はそんなミスは起こさない。だって真面目なのだから。


 しかし、今日の彼女達はいつにも増しておふざけモードに入っていた。アスナは常にうずうずしている。


「あっ、メロディ!」


 大仰に驚きを表現しながらアスナはメロディを見つめた。


「おう、何だ?」


「リボンほどけてるよ!」


 メロデイは自身の体を見下ろす。確かに、ほどけている。ほどけてはいるのだが。


「いやわざとだよ! いっつも見てるだろうが!」


「うっそー! 一瞬マジで? みたいな顔しちゃってぇ、可愛いんだからぁもう」


 メロディは裕福な家庭で育ったしっかり者である。

 当然、結ぶべきリボンを結び忘れることなどない。というより、出かけるときに両親に直されるだろう。家を出た後に自ら外しているのだ。

 それをするのは当然、カッコいいからである。誰になんと言われようとメロディはそれを信じて疑わない。

 かつて用いられたヤンキー、DQN、不良といった反抗的な勢力を形成する若者に向けられた呼称。彼らは現在、下降の一途を辿るばかりである。

 それを体現したいからやっていることだが、ゴリゴリのフランス人であるメロディがやっていると凄まじい違和感がある。

 そして、時代錯誤じだいさくごも甚だしかった。


 それは彼女達の間で忘れ物がないかという話題になった時のことだった。

 ふと、メロディが自身のカバンをチェックしようと席に戻る。


 このタイミングで、意を決したように一人の少年が席を立ちメロディの下へと向かった。一人になる機を伺っていたのだろう。

 それをアスナは見逃さない。ハルカもトーコと話しながらもそれに気付いていた。


「よ、ようメロディ。久しぶりだな」


 レンジというクラスメイトがメロディに話しかけたのだ。

 彼女達と関わろうとするとは物好きもいたもの。意を決して染めて来た金髪と特異なその髪型からか、あまり友達のいないレンジくんは今日が初めての会話だ。アイドリングが無かったのと緊張で、ややどもり気味になっている。

 一年生の頃の黒髪から一転、金髪でリーゼントに決めた変人のレンジは、メロディにアタックを仕掛けようとしていることは明白である。アプローチは独特だが。

 

 彼がメロディのステージに立つにはまだまだレベルアップが必要だろう。


「……おうヒヤマか。どうしたんだよ、ナイスな髪型して」


「あ、ありがとう……な、なぁ」


 何かを言いたそうに急にもじもじとし始めたレンジを見て、メロディは眉をひそめた。


「なんだよ、うだうだしてねぇではっきりとしろ」


「あ、明日の放課後、僕と――」


 キーンコーンカーンコーン。


「おーい、始業式行くから並べー」


 チャイムとタカハシにより、強制終了。

 かわいそうなことに、レンジは固まってしまう。

 きっと彼にも色々な葛藤かっとうがあったことだろう。春休み中、言おうか言うまいか相当悩んだことは想像に難くない。相当の勇気が必要だったはず。

 そちらに気が取られて、メロディは気のない挨拶をして廊下に立ち去って行った。

 彼の今後に期待である。少なくとも、今日中にはは立ち直れなさそうだが。


「……むふっ」


 アスナは一部始終を見ていた。こういうシチュエーションは彼女の大好物である。

 恐らく数多の妄想が浮かんでいるのだろう。自然と変態のようなにやけ顔になっている。


「アスナ、出てる出てる」


「……おっとあぶにゃい、僕としたことが」


 とにかく、レンジが春の陽気に触発されて起こそうとした青春イベントは失敗に終わり何も起きなかった。


 クラス全員がタカハシの号令に従ってゾロゾロと教室を出ていく。やや騒がしいのはお約束といった所だろう。

 皆今日は午前中だけの時間割りだと知っているから、少々浮足立っているのだ。

 各クラスから同学年の生徒たちが顔を出し始める。最初に隣の教室から出て来たのは大人の女性だ。スラリとした長身で、スーツがバッチリとハマっている。ポニーテールでまとめた髪型も、見た目から受ける印象にピッタリ一致していた。仕事が出来そうな雰囲気。


 アスナは彼女を見つけてとても嬉しそうだ。


「あっ、キラリちゃんだ! おーい! おひさー!」


 アスナはブンブンと大きく手を振った。

 隣のクラスの担任を務めるキラリはそれに気付くと嬉しそうに手を振り返す。

 しかし、大きく振りすぎた腕が教室から出て来た生徒にぶつかった途端。


 めちゃくちゃに謝り始めた。


 ひたすら頭を下げる姿を遠目から見ていた三組の生徒たちは、クスクスと笑い始める。

 この光景はいつものことだった。当然ぶつかられた生徒も怒りの感情など湧いておらず、むしろ励ましていた。こういうこともありますよと。


「キラリ先生は相変わらずだね」


 ハルカは冷静にそう評した。ただ、いくら彼女にしても失敗するのが早過ぎるのではないかという思いも同時に抱く。

 彼女を良く知るハルカしか知らないことだが、キラリが午前中にミスを起こすことはあまりない。昼にお腹いっぱい食べた後、午後に襲い来るまどろみから来るのが主な失敗の原因なのだ。あくまで主に、ということではあるが。


 キラリは二組の女子生徒からからかわれ始める。かなり女子人気の高い先生である。


 そんなこんなで、一同は始業式が行われる大講堂へと向かった。


 先程まで生徒たちがいた校舎は、主に教室が収容されている五番棟という建物。

 通称教室棟である。大抵の生徒はこう呼ぶので、新入生だと真の名称も知らないほどには通用する呼び方である。


 そこから歩いて五分もかからない距離にあるのが、全生徒を同時に収容可能な大講堂だ。

 外に出ることもなく、直通の連絡通路を使えばあっという間に着くようになっている。もっともこれは、一番近い場所に教室がある二年生に限った話なのだが。


 前述の理由から、既に一年生と三年生は集結していた。大講堂に向かう順番は、二年生が最後であるのがお決まりとなっていた。


 全員の着席が確認され、始業式が始まった。


 静まり返る会場で、粛々と校歌斉唱や新入生代表の挨拶などが済まされていく。

 が、しかし。とどこおりなく端的に進んでいた式は、一人の手によって崩されることになる。


 進行役を務める中学連合の西中代表が次の発言をした段階で、次に起こることを予見する者もいた。


「――以上で式の一切を終了いたします。最後になりますが……えっ?」


 よどみなく司会進行を務めていた彼が。成績優秀で、かの学園都市内でもトップクラスの成績を誇る彼が。

 生徒会長も務める彼が、初めて止まった。それはほんの一瞬のことだった。彼はすぐに平静を取り戻す。

 咳払いと共に仕切り直し、続ける。


「えー、ゴホン。――最後に、各学年への連絡事項をキラリ先生に述べて頂きます。ご登壇とうだんください」


 衝撃の発言、そう表すのに相応しい一言だった。

 これまで、完全な静寂を保っていた会場にどよめきが走った。生徒からだけでなく、教師陣の一部からも同様の反応が見られた。知らなかったのだろう。


 何を隠そうキラリ先生は、ドジっ子なのである。


 全校に知れ渡っているそのドジっぷりは、もはや西中の名物レベルで浸透していること。気の弱い彼女は人前に立つのも苦手としていた。

 普段から細かい失敗を度々起こすキラリ先生は、果たして観衆に飲まれず任務を遂行できるのだろうか。

 大役を任された緊張からガチガチに固まったキラリは、席を立ち、最初の一歩を踏み出すさんとする。


 そして、右手と右足を同時に前へ出して歩き始めた。


 ――いいや、まだ慌てる時間じゃないです――

 ――この時点ではまだ分かりませんよ――


 『キラリ先生、頑張れ!』


 紛れもなく、それが会場の総意である。


 それから数歩。ようやく四肢ししの動きが正常に働く。順調に歩みを進める。


 キラリの視界に映る光景はスローモーションのようにゆったりと流れていた。

 ――忘れてはならないが、本来頑張るべきなのは適切な情報を伝えることで、壇上に辿り着くことではない。


 ついに壇上へのステップに足を掛ける。ここまでに要した時間も、行った動作も、通常大したことではない。

 栄光の舞台は目の前にある。キラリは成功を掴むべく、一段、二段と上がっていく。

 最後の段に足を掛けるた瞬間。

 

 ハルカの口から「あっ」という小さな声が出た。


 バタン!


 転んだ。

 キラリは見事なまでに転んだ。慎重に階段を上がるために取った前傾姿勢が幸いし、無傷であったのはラッキー。彼女にとって最大レベルの幸運。


 再び会場に静寂が訪れる。


 数秒後、ゆっくりと顔を上げたキラリは――


「……………………うっ、ううっ……」


 泣き始めてしまった。


 その後何とか涙交じりに連絡事項を伝え終わったキラリ。

 最後は危険が無いよう同僚の教師に肩を支えられながら、半べそで席へと戻って行ったのだった。

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