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中二病オールスターズ  作者: 千葉シュウ
ある日の中二たち
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1-1「感染した娘集結」

 風が吹き桜が舞う。こよみが春であることを如実にょじつに表す風物詩だ。

 西東京市にしとうきょうし名物の並木道、その両脇には天然の桜が幾本も咲き誇り町並みを彩っている。

 春、それは四季の内でも厳しい冬が過ぎ去ってから最初に訪れる季節。

 街には冬の寒さに負けて活動を停止していた不審者が現れ始め、寒がりの虫たちも生態系に復帰する、そんな季節。


 それは天気が良く、うららかな春の陽気がじんわりと暖かい四月のこと。

 レールと道路を区切る踏切の前。十人にも満たない老若男女が、リニアが通り過ぎるのを待っていた。この街では当たり前の光景であり何ら変わったことはない。

 ――筈なのだが、どうも町並みに合わない存在がいることに人々は気付き始めていた。


 二人の少女が立っている。


 片方の少女はいかにも学徒といった風貌ふうぼうである。羽織っているブレザーの下、シャツの上に重ねられたカーディガンが袖から出て存在を主張していた。萌え袖などと呼ばれることもある防寒対策の一種。

 彼女は電子端末を手に本を読んでいる。

 ページをめくる手のほとんどが袖に覆われており、小さな声で「寒い」とぼやいていた。春なのに寒がっているのは、色々な部分の脂肪が少ないことが原因であろう。

 彼女は特に感慨もなさそうな表情でただリニアが通り過ぎるのを待っているだけだ。


 だがもう一人の少女は違った。

 制服は至って普通の着方をしている。

 しかし、その目に付けているあるアイテムが人目を引いていた。

 本人はそれを気にする素振りを一切見せていないゆえ、恐らくは日常的に身に着けているのだろう。


 それは眼帯だった。


 一般的には眼に疾患がある時に患部を保護する目的でしか付けない布製の物。

 さらにである。少女は眼が良くないのか、その上から黒縁で裏側だけが赤み掛かったフレームが特徴的な眼鏡を掛けていた。他人からすれば多少は奇異の目で見ざるを得ないようなビジュアルだ。


 ふっと風が吹き、綺麗な黒髪がふわりと流れる。


 何かが上空を通り過ぎる音が響いた。

 空中を高速で移動する飛行機から聞こえる音に近いだろうか。それよりは幾分小さい。


 踏切の前で立ち止まっていた少女はその瞬間、何かを確かめるかのように閉眼した。やや眉間にしわを寄せ悩ましげにしている。

 その様子を見て、ページをめくる手を止めた萌え袖の少女は悟る。


 またいつものアレだと。


「空気が……いているよ!」


 明らかにリニアからではない、空気を切り裂く音が聞こえたのだろう。友人らしき少女から冷めた目線を向けられていることにも気づいていない。

 周囲の人間は音に反応しておらず、なにか特別な出来事が起こったというわけではないようだ。


 それでも確かに何かを感じ取ったらしい少女。


 彼女は眼帯を少し触る。少女は耳を澄ますと、段々とその音が遠ざかっていくのを聞き取っていた。

 萌え袖の少女は冷静に上を向く。その正体を知っているのか、画面をスワイプする手を止めて小さく溜息をついた。遠ざかっていく音の正体はこの町においてなんの変哲もない日常の風景なのだ。

 その音はあっという間に消えていった。

 今だ、と言わんばかりに眼帯の少女は開眼した。本人の中ではしかと世界を見据えていると考えているその片目は、違和感を如実にょじつに捉えていたと思っていたらしい。

 自信満々に考えていたセリフを記憶から呼び起こした。


 そこには世界に異常をきたす何かがあると信じて――


「まさか、組織の襲撃――」


「いや違うでしょ。エアバスが通っただけじゃない」


 あるわけがなかった。


 喰い気味でツッコんだのは隣に立つもう一人の少女である。

 その目は空中を走る通学用のエアバスの姿をしっかりと捉えていたのだ。都市の上部には、半透明のエアチューブが一本、しかと通っている。この学区では一路線しか運航していないので、音の正体を推測することは容易いのである。


 至極もっともな指摘を受けた少女はちょっとばかりの間無言を貫き、指摘が聞こえなかったフリをした。

 間を置かずに再び閉じられた両の眼が示すのは、若干の羞恥しゅうち

 隣に立つ落ち着いた少女は見るまでもなく、頬が赤くなっているのだろうと当たりを付けていた。

 事実、よく分からないセリフを吐いていた少女の顔はやや赤らんでいた。


 時が停止したかのように静止する踏切前。

 周りの人たちも聞こえなかったフリをする。


 リニアが通り過ぎると、レール上が歩行者用のプレートで覆われた。

 踏切が開くと、少女は開眼する。


 その後何事もなかったかのようにゆっくりとブレザーのえりを正して歩き出した。

 もう一人の少女も追従し、誰もが何もなかったようにレール上を通過していった。


§


 その後、二人の少女が立ち去った踏切前にて。


 これまた一人の少女が立っていた。先ほどの二人と同じ制服を着ている。

 体勢が悪く周囲をしきりに睨み付ける彼女は、時折ひそひそと陰口を言われていた。

 例えば、今どきあんな子がいるのかとかそんなことを。多くの学生が集まる都市だが、彼女のようなスタイルの学生は少ない。


 リボンを緩めてシャツのボタンを開けている彼女は、現代においては希少価値の高い不良スタイルを貫いていた。


 明らかに街の異物感を醸し出している少女は、手提げの学生カバンを肩に掛けて妙にオラついていた。ペタンコのカバンは勉強道具が入っているようには見えない。


 彼女が西洋人であるということが尚更その異様さに拍車を掛けていた。ちらほらと増えていく踏切待ちの人々も、なんだなんだと奇異の視線を向けては外した。

 無理もない。

 妙にオラついているからだ。誰だって変な人には関わりたくない。


 一陣の風が吹き、長い金髪がなびく。


 少女は決意を固めたような表情で一歩を踏み出した。


「……オレはやる、やってやるぜ」


 訳の分からないことを呟くと同時、危険な行為に出る。

 誰かが「あっ」と声を出した。

 少女が赤いボタンの前に移動したのだから当然の反応だろう。


 周囲の目が光る。特に良識ある大人の視線が。

 この非行少女がこれから取ろうとしているであろう行為は、断じて許されるものではないからだ。その危険性は想像にかたくない。


 赤いボタンとはすなわち、踏切の遮断機横に設置されている緊急停止ボタンのことなのだから。

 一度押せば経済に影響を及ぼし、数多あまたの被害を生み出す魔法のボタンだ。

 考え得る中でも最も性質が悪い部類のイタズラを、少女は実行してしまうのだろうか。


 だが、考える様な素振りを見せて押す振りをするだけで、ゆっくりと元の位置に戻った。


 ほっと胸を撫で下ろした大人たち。少女が逡巡しゅんじゅんする間にどのような思考が行われていたのかは想像しがたい。


 結局非行少女らしき女の子は何もすることなく肩で風を切って歩いて行った。妙に歩くのが遅い。


 しかし町の人は知らない。

 彼女がこの街で悪事を働いたことなど一度もないということを……


§


 不思議な少女たちが続々と踏切を通っていった後。


「ふっふーん。いよいよ僕の時代が来たのかなー! にゃはっ!」

 

 少女は四葉のクローバーを見つけて歓喜している。


 外が暖かくなると不審者の物理的な露出が増えるという俗説は、少なくともこの地域では間違いない。

 こんなのがいるのだから。


 なぜ、何がどうなってしまえば彼女の時代が来るのか、誰にも分からない。猫の鳴き声をオノマトペにした『にゃ』を人間が使っているのも誰しもが解せない。

 本人としても何を根拠にかような発言をしたのか気になる所ではあるが、真意を知るには独り言で訳の分からないことを言う謎の少女と会話をする必要がある。

 積極的にコミュニケーションを取りたい者など普通はいない。

 普通はということはつまり、例外はいるということである。

 例えば、子供。


 彼らは恐れを知らない好奇心の塊。

 通学中の小学生は彼女が面白そうな気でもしたのか、視線を送っていた。

 視線に気づいた少女は「おっ、なになにぃ?」と男児に近付いて行く。絡まれるとは彼も運が悪い。


「ねぇちゃん変わってるね」


「わかるー? この髪セットするの大変なんだよ!?」


 大袈裟おおげさなアクションで両指を頭に向け、派手な水色のツインテールを指した。

 髪をセットするのに時間が掛かるというのは、少なくとも嘘ではないことは確かだ。髪結い用具にも凝っているのか、ちょうちょの形をした付いていた。それも七色の。


 少女はベラベラと早口でまくしたてる。


 凄まじいハイテンションで迫る年上のお姉さんに、彼は大層驚いていた。

 もっと言うと、引いていた。

 ほんの少しの好奇心が危険人物をおびき寄せる結果になろうとは、彼はまだまだ未熟である。人生経験を積んでいけば、後に色々と分かって来るのだろう。


 危ない人に近付いてはいけないのだ。


 しばらく髪がどうとかスカートの丈がどうのとかを熱弁していた少女は、リニアが通り過ぎたことに気付くと早々に会話を切り上げて踏切の方へと早足で去っていった。マイペースなことだ。


「あっ名前……」


「次に会った時に教えてあげよう、少年よ! さらば!」


 とてもかわいいお姉さんに間近まで迫られ、少年はドギマギするしか出来ず、その感情を表すことが出来なかった。


 一方の彼女は、幼く可愛い少年に興味津々だった。


 変態に捕まったことなど知る由もない少年は、後に再び彼女とあいまみえることになるのであった。


§


 とある中学校への通学路に数々の変態と一人のまともな少女が現れたある日の朝。

 春は人を陽気な気分にさせ、様々な人間たちが活発に活動し始めることがこの地域では三例ほど確認された。

 その全てが同じ中学校の生徒であることは、果たして単なる偶然であろうか。否。

 これは数奇すうきとはこのことを言うのではないかという程に低い確率だ。特に人口が伸び悩む今のような時代であればなおさら。


 彼女達には明確な共通点があった。

 全員が何者かになろうという心の狭間はざまで、ありもしない己を作り出してしまう二十世紀の終わりごろからまことしやかにささやかれ始めた難病の一つ。


 一概に括ることが難しい程バラエティに飛んだその病気の名を、人は中二病といった。

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