6-86 ルーシー・セイラム7
――ドンドン!
警備兵はルーシーの部屋のドアを叩き、中からの応答を待つ。
だが、中からはいつまで経っても入室を許可される声は聞こえてこない。
――ドンドンドン!
急ぎの用であるため、少しイラつきながらも警備兵は再度ドアを叩いた。
しかし、またしてもそのドアの向こうからは何も反応も返ってこない。
「――失礼します!緊急の要件です!!」
そう言って警備兵の男は、ルーシーの許可がなくとも部屋のドアを開ける。
その中で、どのような状況になっているのか推測はしていたが、その想像は当たることはなかった。
「なっ!?誰もいない!?」
男が見た部屋の中は、そこに誰の姿もない。
この部屋の主人の姿も、どこにも見当たらなかった。
警備兵は、ルーシーが客人をもてなすために部屋に在籍していると聞いていた。
不思議に思った男は、もう一度部屋の外へ出て扉の印を確認する。
ほんの僅かだが、ドアの模様がスライドできるようになっている。
これが右側にある場合は在室していることを表しており、左側にある場合は不在を示している。
王宮に努めている者ならば誰もが知っている取り決めで、それによりルーシー……王宮精霊使い長の状況を確認する役目があった。
当初はルーシーも慣れない動作で戸惑うところもあった……だが、周囲のメイドなどが手助けを続けるうち、ルーシーは自然とその”印”を扱うようになっていった。
だからこそ、警備兵はその状態を変化させる印が変わっていない状況を、異常事態として認識をした。
「――くそっ!?アイツらも……あの脱獄したドワーフたちの仲間だったのか!!」
男はそう言葉を吐き捨てた後、異常事態を告げるためこの部屋を離れて自分に命令をした隊長の元へ戻っていった。
「――っはあっ!!!!!」
今まで息を止めていたかのように、ルーシーは自由になった肺にできる限りの空気を流し込んだ。
ほんのわずかな間だが、ルーシーは光の届かない世界に身を移していた。
その場所では自分の身体の感覚が全てなくなり、意識だけで存在しているかのようだった。
身体が感じられないため呼吸ができなくても、酸欠になり息苦しくなるということはなかった。
しかし、息ができないとわかると人はパニックになり、何とか空気を求めようとする。
その緊張が頂点に達した際に、ルーシーは再び光を感じる世界に戻ってきた。
「あぁ……やっぱり、もうバレちゃったんだね」
サヤは、ルーシーが感じた不思議な状態に慌てていることを他所に、そのことに何の感情も含まずに今の状況をただ単に口にしていた。
「そうみたいね……じゃあ、私たちもそろそろ行く?」
ハルナと呼ばれていた女性も、落ち着いた様子で自分たちの目的の行動に移ろうとしている。
ルーシーは勝手に感じていた息苦しさから解放され、ようやくこの場の状況を理解し始めた。
きっと自分がこの部屋にいる間に、外で何かが起きている。
そのことを伝えにドアの前の者は、この部屋にやってきたのだろう……と。




