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1-6 分岐点



指輪の存在意義と働きは、アーテリアの説明のおかげで理解できた。

ただ、ハルナがエレーナにこの町に連れてこられたのは、親切なだけではない気がした。

以前、お店のお客から

『親切の裏に隠された罠に気をつけなさい』

とも言われていた。

でも、それはハルナに言い寄ってくる男性に対してのアドバイスだったが。

この家に呼ばれたのはスプレイズ家に関するものではないかと、ハルナは勘を働かせる。


「色々とお聞かせいただいたお話しから、この世界の事がわかってきました。


親切にしていただいておきながらこんな質問をするのは失礼かと思いますが、お許しください。

私がエレーナにこの町に連れてきてもらったのは、もしかして他に何か理由がおありなのではないですか?」

この場に慣れてきたこともあり、ハルナは気になることを聞いてみた。


「……ここまできて、誤魔化すわけにはいかないわね」


エレーナは、眉間に深いシワを寄せた顔でソファの背もたれに身体を預けた。


「お察しの通り、あなたをこの家に呼んだのは理由があるのよ。ハルナ」


ハルナは利用されるために呼ばれたのだと気付く。

それでも、この時点では怒りや絶望感は生まれない。


「その理由わけを聞かせてもらってもいい?」


横に座っているエレーナにハルナは身体の上半身の向きを変えて問う。


「もちろん……というより聞いて欲しいの」


アーテリアはエレーナに向かって黙って頷き、全てを任せた。


「フリーマス家とスプレイズ家は関係がよくないの。本当の理由はさっき知ったのだけど……」


これに関しては、ハルナも同じ情報を共有している。


「今回の問題は、次の王選のことなの。 王選は王様候補の方と四つの町から精霊使いを一名ずつ出し合って、王候補者一名、精霊使い二名で大精霊様と大竜神様の加護を受けに行く旅をするの。そして早く帰ってきた方が次期の王となる権利が与えられるというルールがある。

その精霊使いの組み合わせは王国から指示されるのだけど、今回は風の町と水の町から出すことになったの」


ハルナは、直感でそうであると信じて質問する。


「風の町からは、エレーナなんでしょ?」

「そうね。そして水の町からは“ウェンディア・スプレイズ”が選ばれたのよ」

「……エレーナは、その人のことが苦手なの?」


(ん?)


何かハルナの中で引っかかる。




……


…………



「――!!」


ハルナは、気付いた。

一番最初に、エレーナからその名で呼ばれたことを。


「そう、私は最初にあなたのことをウェンディアと勘違いしていたの。すごく似てたから」

「それで私のことを警戒していたのね……」

「警戒……とは違うわね。 驚きだったのよ、だってウェンディアはいま行方不明だから」

「行方不明……って、大丈夫なの!? 王からの招集はどうなるの?」

「そうね……このままだと水の町からは、他の人が出ることになるわね」

「ふーん……って、それでいいの!?」

「正直なところ、私たちは構わないわ。 ただ、スプレイズ家は招集に応じられなかったことにより、今まで続いてきた大臣の職から外される可能性もあるのよ」


王選の旅は、候補者が王に選ばれた際に、そのまま側近の精霊使いに選ばれる可能性が高い。

旅の中で一緒に分かち合った苦労や、パートナーが王になるために尽くしてくれたという信頼関係が、王就任後に王政運営のために必要な人材と考えられるためだ。

よって、今回の招集に参加できないとなると、王国のために人材を育成していなかった無能な大臣として烙印を押される可能性もある。

そうなれば、他の家の精霊使いが王政に協力し、新たな大臣が誕生ということにもなりかねない。


「それで、ウェンディアさんを見つけて、恩を売ろうとしていたってこと?」

「ハルナが、その本人だったなら……ね。でも本気で探すつもりがなかったのが、少し前までの私の本音」


ハルナも状況が見えてきた様子。

簡単に起こり得そうな未来を予想した。


「でも、そういう事態になったとすると、スプレイズ家は益々エレーナ達を恨みそうね」

「そうなのよね。行方不明になっても王選の招集がなければ、ここまで深刻な事態にはならなかったのだけど」


そこで、アーテリアも問題を指摘する。


「仮にこの時点で見つかったとして、ウェンディア様が”精霊使い”として働ける状況であるかということなのよ」




――見つからない

――精霊使いになっているか

――召集までに間に合うのか


どの問題も、簡単に解決しそうにない。しかもそのうちの2つは見つからないとわからない。

エレーナは、ずっと黙っていたかったことを告げる。


「そこで思いついたのが、“ハルナがウェンディアになってもらう”作戦だったのよ」

「――――!!」


ハルナは強い恐怖を感じ、それに応えるようにフウカがビクッと動く。


「……そ、それは、秘術で私の記憶を書き換えたり、別な人格と入れ替えたりとか……」


エレーナは目を細めてハルナを見る。


「あなたは、何を言ってるのかしら? もしかしてハルナのいた世界では、そういうことが平気でおこなわれてたってこと!?」


エレーナの言葉にアーテリアは目を見開いて、驚いた。


「え? そんなことできるわけないじゃない」

「え?」

「え?」


ハルナはこの世界が今までとは違った世界のため、そういうこともできるのかと思ったらしい。


「……ゴホン。話を脱線させて、ごめんなさい…… で、その作戦はどういうものなの?」


ハルナも落ち着くために発言の後、目の前の紅茶に口をつけた。


「こういうところが、ハルナの不思議なところなのよね。まったくもう…… ま、それはそれとして。 要は、ハルナにウェンディアの替え玉になってもらいたかったのよ 」


アーテリアはそんな仲のよさそうなエレーナ達の様子を見て、


(新しいお友達ができたのね)


と、小さい頃のエレーナを思い出しながら口元を緩めた。


「でも、どれだけ似ているか分からないけどそんなのすぐスプレイズ家の方にバレてしまうんじゃない?」

「その通りよ、すぐバレてしまうわ」

「それじゃ……」


ハルナが発言しようとしたが、エレーナはそれに被せてくる。


「だから、スプレイズ家には初めから偽者ですっていうのよ」

「それって…… え…… その…… おかしくない?」


ハルナはすぐバレることを気にしていた。が、エレーナのいうことでは、初めから正体をバラすということ。

エレーナは説明を続けた。


「相手もこの状況はかなり困っていると思うの。 こちらからは協力という形で話をするの」


協力、これは相手のプライドや過去の問題も考慮しての提案である。


「まずは、本人が見つかるまでの間ということにして、ハルナにウェンディアを演じてもらうの。

その間に見つかれば交代でも良いし、見つからなければ継続して演じることになるわ」

「でも、私もそんなに精霊……フーちゃんとできるとも限らないし」


ハルナは胸元にいるフウカをちらっと見る。


「そこは少し訓練してもらうわ。そろそろ、始まりの場所での契約が始まり、次の精霊使いの訓練を開始する時期なの」


――――コンコン


ノックの音が聞こえ、アーテリアは入室を許可した。

入ってきたのは先程の執事、アルベルトだった。


「アーテリア様。先程の件ですが、お調べしたところウェンディア様は二度目の儀式で風の精霊と契約しておりました。

契約後はご自身で訓練されるとのことで、当施設での訓練は受けておらず、モイスティアに戻られております」

契約は毎年行われているが、その年に契約できなかった場合は一年開けた後に参加できるようになっており、そのチャンスは最大の3回までとしている。それは精霊使いを目指している多くの人材に、なるべくチャンスが回るようにとの配慮で連続での挑戦を禁止している。

ちなみに、アーテリアは契約や教育施設に関しての責任者であるが、申請や育成などの実務は他のものに任せている。


「そうでしたか。……よろしい、ありがとう」

「では、失礼致します」


アルベルトは、礼をして部屋を退室する。


「ウェンディア様は、ハルナさんと偶然にも同じ属性ね」

「これでウェンディアが契約していることがわかったわね。あとは使えるようになっているかどうかなんだけど……」


エレーナはそういってハルナの方を見る。


「ハルナも今回の契約した生徒と、いっしょに訓練して欲しいの」

「訓練は嬉しいんだけど……そうすると、私はその王選に参加することになるの!?」

「勝手なことを言って、ごめんね。ハルナ…… できれば、助けると思ってこの提案を受け入れて欲しいんだけど。でもね、無理強いはしないわ」


命令をしたい気持ちはある。だが、ハルナは部下ではなく友達だとエレーナは思っている。

きっとハルナもそう思ってくれている、という希望にも似た確信をエレーナは持っている。


「は……ハルナはこの世界で、行くところがないんでしょ? もし受けてくれたらこの世界での面倒は、このフリーマス家でみます……いや、みさせて!」

(う……)


ハルナは思いもしなかった問題点を指摘された。

この世界での活動拠点だ。

確かにこの世界での拠点や資金は何もない。

頼みの人脈も、このフリーマス家だけである。

エレーナの本心はこんなことをせずとも、ハルナにはこの家にいて欲しかった。

特に何かを要求するわけではなく、ただ一緒にいて欲しいとの願いからであった。


(ハルナ、ごめんね…… 本当はこんな弱みに付け込んだ一方的な交換条件で嫌われたくないんだけど、何かと理由が必要なのよ)


しかし、エレーナは『ハルナなら……、ハルナなら何とかしてくれる!』という願いが、心の奥底にあった。


長考の末に、ハルナは言った。


「……助けになるのならお手伝いしてあげたいけど、でも、私……何もできないよ!?」

「――っ!」


ハルナから肯定的な言葉が聞けただけで、エレーナは涙が出そうになった。

実際に外から見れば鼻の頭は赤く、目もいつもにも増して潤っていることだろう。

また、エレーナの流れの読みは確かなようだ。

ハルナが承諾しかけているこのタイミングを逃さないように、必死さをなるべく隠しかぶせてきた。


「だ……大丈夫! サポートは万全だし、うちの教育プログラムは完璧よ!! 絶対に危ないことが起きないようにするから!」


野生の狼の時も、エレーナはハルナを守ってくれた。

後ろから狙われていたのは、警戒心の薄かったハルナだった。


(……困ったときは何とか助けてくれそうだし、いざとなったらリタイアさせてもらおう)

「じゃあ、私は何をすればいいの?」


ハルナが返答し、アーテリアがその質問に答える。


「ハルナさん、訓練を始める前に一度、契約の儀式をご覧になりませんか?」

「え?……見たいです!是非お願いします!!」

「それではこの後、明日の契約の儀式に参加できる該当者を発表するので、そこへ一緒に行きましょう」


そういうとアーテリアは席を立ちメイドに指示を出して、精霊使いになるための訓練所へ向かうための準備をさせる。

ハルナもエレーナも同時に席を立ち、訓練所に向かう準備をする。


「あ。そうそう、ハルナさん。訓練所では、精霊様に声を出さないようお願いできますか?」

「あ、はい。わかりました。 ――フーちゃん聞こえた?」


ハルナは胸元のフウカに確認した。


「わかった、静かにするよ!」

「ありがとうございます。 少し繊細な場面でもありますので、多少窮屈だと思いますがよろしくお願いします」


アーテリアはそういうと、一度頭を下げてメイドと共に支度用の部屋へと向かった。


「さぁ、私たちも準備して向かうわよ!」


エレーナはそういうとハルナの腕を組んで、準備をするために移動した。






訓練所はフリーマス家の隣の敷地にあった。

山のふもとに存在し、その姿は学校のような風貌であった。

エレーナと校門の入り口で待っていると、アーテリアが馬車に乗ってやってきた。

二人は同じ馬車に乗り込み、訓練所の敷地内へと入っていく。

エントランスでは指導員数名が、アーテリアを待っていた。

すでにハルナのことは指導員達には伝えられていた様だ。

馬車を降りて指導員に連れられ、三人は学生が待機している教室へと向かう。

ハルナ達は教室の後ろのドアから入り、用意された席に案内される。

席に座り見渡すと、総数15名の教室だった。

年齢は高校1年から大学生くらいの年齢の女性が着席していた。

そして、女性の指導員が前のドアから入り、手には革張りのクリップボードを手にしている。

教室には緊張感が走る。


「それでは、これから”契約の儀式”の参加者を発表します。 出身地と名前をお呼びしますので、該当者は返事をすること」


指導員はそう告げて、手の中のクリップボードを開く。


「ラヴィーネ……、”オリーブ・フレグラント”」

「はい」

「フレイガル(火の町)……、”ソルベティ・マイトレーヤ”」

「はい!」

「モイスティア……、”アイリス・スプレイズ”」

「はーい」

「以上、三名はこの後指導員に従い、明日に備えること」


「――待ってください!!」


ある女性が、手を挙げる。


「なぜ、私は選ばれなかったのですか? 挑戦できるのは今回が最後なのです! これを逃すと、もう精霊使いになれないのです!!

お願いです、お願いします……私も受けさせてください!! 」


何度か受けているのだろう。

それでも今回彼女は選ばれなかった、しかも挑戦できるのはこれが最後という事実。

彼女の必死さは、訴えからも伝わってくる。

しかし……


「今回は当施設の審議の上、この三名に決定しました。よって、この決定は覆されることはありません」



その指導員は、感情なく伝える。


「どうしてですか!? 親の地位ですか?お金ですか?それ以外の物ですか? 用意できるものなら何とかします……ですから、ですから!!」


そこに指導員は話を割り込む。


「これ以上、伝えることはありません。解散」


そういうと、入ってきた前のドアから振り向かずに出ていく。

ドアが閉まると、あちこちから涙を我慢する声や、我慢しきれずに机の上でうつぶせて大声で泣くものもいる。

ハルナは胸が痛くなる。

精霊使いになるために、彼女たちは相当の努力を重ねてきたのだろう。

それが報われなかったとき、彼女たちのこの先に何が待っているのか。

あの必死の訴えからすると、想像することすら怖くなる。

沈んだ顔をしたハルナにエレーナは声をかける。


「さ、行きましょう」


背中に手を当てて、エレーナはハルナを教室の外まで誘導する。




ハルナ達はそのまま、学長室へ案内される。

その中はアーテリア、エレーナ、ハルナの三人だけであった。

そこにあるソファに腰掛け顔を両手で覆い、ハルナは先程の出来事を思い返す。


「ハルナさん、どうだったかしら?」

「選ばれなかった人達、すごく可哀想に感じました。だけど、あの選ばれた三人も反対の立場になる可能性があった……ということですよね」


ハルナは、この世界のことが分かってきた気がしていたが、まだまだ知らないことが多くあることを痛感した。

そして、そういう自分を恥じていた。


「その通りです。可哀想かもしれません。だけど、自分自身がそうなっていた可能性もあったのです。さらに言えば、ここに入ってきたときからその可能性を考えていなければなりませんでした。それに早めに気付けていたならば、あの彼女もここでの生活が少しは変わっていたかもしれませんね」

「そして、これで終わりじゃないの。明日契約できて、一緒にやっていけるかが本当の問題なの」


エレーナは付け加えて言った。

今回の出来事によりハルナの中で、何かが変わろうとしていた。




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