5-61 瘴気の渦
今のこの場で動けたのは、ステイビルだけだった。
シュナイドも守ろうとした、サナの傍にいたためこの場にいる者すべてを守り切ることができない。
ブレスで対抗しようとしても、この位置からであればその前にいる人間も攻撃が及んでしまう。
であれば、自身つながりを持つサナと、サナが大切にしているエルフだけでも守ることが重要と判断した。
この場面では、この中で一番守らなければならない人物。
その人物が他の者たちを守るために、自らが危険……捨て身の覚悟で一枚の盾だけで魔物の攻撃に立ち向かった。
ハルナは手を伸ばしたが、そこからすでにどうすることもできないことに気付く。
視界の中心にいるステイビルの背中と、視界の端から迫ってくる黒いブレスの距離がスローモーションで近付いていく。
ハルナはその背中にそっと手を乗せた、ステイビルに軌跡が起きることを祈って。
その時、ハルナの指に嵌めた指輪に熱を感じると、ステイビルの背中に力が流れ込むのを感じる。
次の瞬間、ステイビルの構えた盾が光り始めた。
その光は、フウカが瘴気を消し去る時に出す光と同じ輝きを見せる。
オスロガルムのブレスは広範囲に襲い掛かってきたが、全てステイビルが構えるたった一枚の盾に塞がれていた。
シュナイドがオスロガルムに対して行った攻撃は避けるようにしていたが、これは盾の何らかの力によってオスロガルムの攻撃を防いでいた。
その様子を見て、自分の攻撃が意味をなさないと理解するとその行為をやめた。
そして目の前のステイビルたちが、無傷であると知ると自分の力によって簡単に消滅させることができなかったことへの怒りと、それとは別に他のことに対して怒りを覚えている。
『む!?……なんだその盾は!?そんなものがあるとは聞いておらんぞ!!……くっ、あやつめぇ、ワシを騙しおったなぁ!!』
怒りの叫びによって、周囲の家具がその圧で吹き飛ばされていく。
ステイビルたちもその圧は先ほどの瘴気のブレスとは違い、空気の圧によるもののために盾の力によって守られることなく物理的に防御をするほかない。
オスロガルムの背後には窓があり、その窓は先ほどの圧で吹き飛ばされていた。
そこからは城外の様子が見え、数匹の魔物が上空で旋回をしながら交代で攻撃を仕掛けている様子が見える。
王都に入り込んだ兵たちが交戦しているのだろうと思うが、無事を祈るだけで今は目の前の強敵に対しての対応をどうするべきかに思考を巡らせる。
そして、オスロガルムは杖を持つ手を変え、先ほどとは違う黒い瘴気を創り出した。
『……お前たちの相手は、いずれしてやろう。それまでその命大切にするがいい。つまらんものだが、これをやろう』
そういって創り出した瘴気の渦を目の前に放り投げる。
それに触れるものは、全てその渦の中に吸い込まれていった。
『フハハハハ……もしもお前たちがこれから逃れることができたならばな!!』
そういってオスロガルムは、背中の羽を広げて宙に浮く。
「ま……まて!」
ステイビルの呼びかけにも応じず、オスロガルムは窓の外から飛び立っていった。
数回背中の羽をはばたかせると、上空へと昇りその姿が窓から消えた。
「これって……あの時の!?」
そう告げたのは、体勢を立て直し状況を見守っていたエレーナだった。
「エレーナ、これを見たことがあるのか!?これは一体何だ!!」
「これは、触れたものを……すべて飲み込む瘴気です!」
依然見たことがあると一言だけ告げ、この存在について説明をした。
その間にも黒い瘴気の渦は、ステイビルたちに迫りながら触れるものを小さな渦の中に飲み込みこんでいる。
「それで……どうすればこれは消すことができるのだ!?」
その質問に対して、エレーナはハルナの顔を伺う。
ステイビルは”やはりハルナか!”と期待を込めた視線を送るが、送られたハルナの方の顔は浮かない顔をしている。
「あの時は、大精霊様に助けていただいたんです……!大精霊様の言われた通りにやっただけで……」
「なに?……それでは、いまこれを止める方法が……ないというのか!?」
ステイビルの背中には、冷たい汗が流れ落ちた。




