4-123 罰
ソフィーネは、悔しそうな顔をしてメイヤの顔を睨んでいる。
今メイヤから言われたことは、すべて正解だった。
ハルナにしてみれば、そういう話がすでに用意されていた物語を、そのまま読み上げただけなのではないかという感覚だった。
メリルも同様に驚く……その対象は諜報員という職に就く者の能力の高さに。
「……どう?私の推理……案外、外れてないんじゃないの?」
メイヤの顔には、自分の推理の精度の高さのと情報の収集能力に対しての自信が溢れている。
その表情もまた、ソフィーネにとっては気に食わない要因の一つだった。
反論できるところは一つしかないが、それもすで見透かされているような気がした。
「ソフィーネ……今、あなたに与えられた役目は何だった?」
メイヤの声は今までにないくらいに冷たくなる。
「はい……王戦に参加されておりますハルナ様の安全を守ることです」
ソフィーネの表情は、先ほどまでの恨んでいる感情は消え、組織の中にいる上司に向けて話している表情だ。
そこには絶対的な階級が存在し、今までのような歯向かうような姿勢をとることは許されない空気が二人の間に漂う。
「そうね……国王からあなたはそのように命令されていたはずだけど。この状況は一体どういうことかしら?」
「はい。私の判断ミスにより、ハルナ様にご迷惑をおかけし……危険にさらしてしまうことになってしまいました」
「本当にわかってるの?アナタがとった行動は、ハルナ様の命にもかかわることにもなり、王国の危険にもつながってしまうことを……どう責任をとるのかしら?」
今までの任務の中でも、ソフィーネは何度か失敗してしまうことがあった。
しかしそれは、メイヤやマイヤであっても同じことになってしまう状況だった。
だが、任務を失敗したという結果はルールとして罰を受けなければならない。
まず最初にどのような反省をするべきか問われる。
これが、諜報員の中でも苦痛の質問だった。
誰もが一度は、”死”という選択肢を選ぶ。
すると、死んだ気になる鬼のような”シゴキ”が始まる。
もう、死にたいとは思いたくもなくなるほどに……
そこから諜報員たちは、反省の第一選択として”死”を選ぶことはなくなったという。
だが、あえて事の重大さと命令を違反した罪の重さを天秤にかけ、その答えを選択する。
ソフィーネは胸に手を当て、片膝をつき最高の礼の姿勢をとる。
「……死をもって……その罪、償いたく……思います」
「え?ちょっと……ソフィーネさん、何を言って!?」
ハルナはメイヤの前で膝まづくソフィーネに近付こうとする。
その腕をメリルに掴まれ、引き寄せられ止められる。
振り向いてメリルの顔を見るが、そこにハルナ以上の真剣な視線がハルナに警告を送る。
”これは諜報員という組織の中で裁かれるべきことである”と。
組織の中においては、命令は絶対的なもの。
それを部下が勝手に変えてしまっては、規律が乱れ集団を纏めることや他の者の命に関わることが起きてしまう。
ハルナもこの世界に来て、何度か見て知っている。
運が良いハルナは、この世界に来てからエレーナやステイビルたちと一緒に行動していることから、そこまでの重要な命令を受けることもなく自由に行動をさせてもらっている。
ハルナは、この世界の規律からはそこまで強く縛られていない。
そのため、ハルナにはこの国に住む者たちと同じような規律を守るということがどれほど重要かは理解できていなかった。
「そう……それしかないかもね」
メイヤはソフィーネの言葉を肯定する。
その言葉に、ソフィーネは心臓の拍動が跳ねるのを感じ、自分の下した判断の愚かさを悔やんだ。
「……しかし、今はハルナ様があなたへの命令権を持つ方。ハルナ様にお伺いします……この愚か者の処置をどうされますか?」
「ダメです!死ぬなんで絶対だめです!!」
ハルナは膝まづいて地面につけている付けいる拳を握り、ソフィーネに顔を上げるようにお願いする。
「あの時、ソフィーネさんが正しいと思って行動されたことです。それは間違いではないと思っています……すこし怖かったですけど、こうして無事でよかった」
ハルナは充血して真っ赤に染まり、いまにも涙がこぼれそうな瞳をソフィーネに向ける。
「ハルナ様……」
「これからも、私を助けてください!エレーナもステイビル王子もソフィーネさんの力が必要だと思っているはずです!だから……死ぬなんて……言わないで」
メイヤは後ろからハルナの肩の上に手を乗せて、きれいな布で流れ落ちるハルナの涙を拭う。
少し落ち着いたところで、メイヤはハルナを後ろに下げ、膝をついたままのソフィーネを見下ろす。
「立ちなさい、ソフィーネ……ハルナ様はあなたをお許しになるようです。ですが、罰は受けていただきます……歯を食いしばりなさい」
ソフィーネは、メイヤの言葉通りに従い、立ち上がり歯を食いしばった。
その準備を確認して、メイヤは裏拳でソフィーネの頬を打ち抜いた。




