4-115 ソフィーネ3
その女性は、何の気配も感じさせずソフィーネの棒を軽々と奪った。
「……あら、物騒ね。こんなものを人にぶつけると危ないわよ?」
ソフィーネの父親は、両腕で頭を保護したまま目をつぶっていた。
ゆっくりと目を開き、娘の奥にいる新たな女性に目を奪われた。
メイド服を着た、冷淡で美しい女性がそこにいた。自分の命が救われたことよりも、その女性に心がくぎ付けになっている。
父親は、自分の子供とは思えない程の容姿に恵まれた子供を授かっていた。
母親はこの村の中ではきれいどころといわれるほどの容姿の持ち主であったが、それを軽く上回るほどのこの世の美貌を集めた姿がそこにあると感じていた。
「ちょっと、邪魔しないでくれる?今この世からゴミを一つ消そうとしているんだけど?」
父親はゴミの対象が自分であることを認識すると、娘から向けられた憎悪の念に再び直前の恐怖を思い出した。
「なぁ、あんた。助けてくれ!!このままでは、娘に……ソフィーネに殺されてしまう!!」
メイドはその言葉を聞き、口元が上に上がった。
「ソフィーネ……そう。あなたがソフィーネさんなのね」
取り上げた棒を下に降ろし、メイドはもともとソフィーネがつかんでいた方を向けて手渡した。
ソフィーネはそれを受け取ると、身体をメイドに向けてこの場にいる理由とソフィーネという名を知っていた理由を聞いた。
「あんた……誰?なんで私の名前を知っている?何が目的でこんな辺鄙な場所まで来た?」
メイドは、ソフィーネの言葉で自身の名を名乗っていないことの無礼さに気付き、スカートの両側をつまみ上げ膝を折って頭を下げた。
「これは大変失礼いたしました……わたくし王都から王宮の使いでやってまいりました、メイドをしております”マイヤ”と申します。突然の訪問のご無礼をお許しください」
母親が近くにいるにも関わらず、その姿に見とれる父親の間抜けな顔にイラっと来たソフィーネは、手渡された棒を振りぬいた。
父親の目の前を風が通り過ぎた。その瞬間、鼻につーんとした刺激が走り、次第にそれは痛みへと変わり鼻からは赤い血が流れ落ちる。
父親の鼻の先は、風が通り過ぎていった右側を向いているとに鼻血を止めようと触った際に気付いた。
「フーン……それで、王宮のメイドさんがどうしてこんなところに来た?あたしの名前も知っていたみたいだけど、どこで聞いてきた?」
それに応えるべくマイヤは、姿勢を元に戻す。その立ち振る舞いは一つ一つが優雅で見とれてしまうようなきれいな動きだった。
「こちらの村に、若くてきれいでお強い方がいると聞きまして……どのようなお方なのか調査のために参った次第ですの」
ソフィーネはすでにメイヤに対して敵対心が芽生えていた。
もともとソフィーネは自分や自分が守っている仲間の子供たちと一部の者しか信用していない。
この村では、大人たちは子供よりも自分たちのためだけに生きている。
だからこそ、この後ろで鼻血を出している外道も含め、大人は信頼できなかった。
メイヤは、自分と近い年連ではあるが大人の部類にいる年齢だった。
ソフィーネにとって大人は敵であり、王宮から来た使いということでさらに憎悪を向ける対象となっていた。
こんなに貧窮している村に大した支援もなく、見殺しにするような政策をとる。
自分たちは、目の前のメイドのようにきれいに着飾り、何ひとつ不自由のない生活を送っている……はず。
この二つの理由により、ソフィーネはマイヤは倒すべき相手だとなった。
「で、その人間を目の前にしているんだけど……どうする?何か聞きたいことでもあるのか?」
「そうです……ねぇ」
マイヤは腕を組み片手を顎に添え、目を細めて目の前の女性を観察する。
「……容姿に関しては、まぁまぁってとこかしら。身に着ける服装や髪形で変わる可能性も踏まえて”及第点”ってところね」
(――ちっ!?)
ソフィーネは、メイヤの自分に対する評価に不快感を示すために舌打ちをする。
確かに目の前の女性は、今までに見たことのないくらいの美貌を持っている。
服装や立ち振る舞い、その声などすべてにおいてソフィーネが敵うものではない。
ソフィーネは母親が持つ自慢の美貌を受け継いでおり、それは親からもらった唯一の恩恵だと思っている。
だが、メイヤはその自信をことごとく踏みにじった。
及第点……まぁまぁだという。
ソフィーネの中で、さらにマイヤへの敵対心が募った。
「だけど、本当に見たいのはあなたの”強さ”……これも噂通りならいいんだけどね?」
ソフィーネの顔が真っ赤に染まっていく。
いつの間にか握っている拳が、怒りで震えて止まらない。
ソフィーネは、叫びたい気持ちを必死に抑えようやく言葉を口にする。
「……それじゃあ、試してみるか?」
その言葉にマイヤは、にっこりと微笑み承諾の意を示した。




