2-17 密談
「では、こちらの情報をお話しする前に……一つだけお約束をして頂きたいのです」
「……約束とは?」
ルーシーの言葉を、エレーナは問い直す。
「決して、この情報を漏らさないでいただきたいのです」
ハルナは”なんだ、そんなことか”とほっとした表情の後に、ルーシーは言葉を続けた。
「この情報をお話しした後に、そちらが心変わりをされるかもしれません。その時はすべて我々の側で対処いたします。ですが、その情報を決して漏らさないでいただきたいのです。貴族に漏れたことにより、その協力してくれている家も追い込まれてしまう可能性があります。黙っていただけるのであれば、こちらからは何もしません。もし、この約束が破られることになるならば……全てを掛けて戦わせて頂きます」
そう語るルーシーの目は、真剣だった。
「でも……ルーシーさん。ここまでお話をしてもらっていて、それはないんじゃないでしょうか?……確かに会って間もないですが、できれば信用してもらえると嬉しいです」
そう伝えたのは、ハルナだった。
確かに今まで秘密に進めてきた計画を、ここで初めて会った人に話すことはよっぽど困っていたのだろう。
エレーナやハルナは人が良いので、助けを求められるとついついそれに応えてしまいたくなるのだった。
それに、ソルベティが付き添うこのルーシーならば、それだけで間違ったことをしない人物であると信じることができる。
「……ねぇ、ルーシー。この人たちは信用できるよ」
そう告げたのは、ルーシーの精霊だった。
「……そうみたいね。この方たちは、やっぱり今この場所にふさわしい人物ね……ソルベティもありがとう、さすがあなたの友人たちね!」
「ルーシーさんの精霊も、お話ができるんですね!」
ハルナが、嬉しそうに話しかける。
「そうなんですよ。二年前にずっと、気になっていたの。精霊とはずっと一緒にいるわけでしょ?そして精霊にも意識が何となくあることがわかってきて……そうなるとやっぱり、お話ししてみたいじゃないですか」
「それで……あの……どうやってお話しできるようになったのですか?」
エレーナはいま、自分の精霊に対して一番興味のあることを聞いた。
「多分ですが、”名前”を付けたことによって変化したのではないかと思っています。それにより、精霊の存在がこの世界の中でより強いものになったのではないかと今は考えています」
「へー……」
(やっぱり……名前……つけた方が)
と悩んでいると、ルーシーがハルナ達に問い掛けた。
「お二人様の精霊にも、お名前が?できれば教えていただけませんでしょうか?あ、私の精霊は”フランム”といいます」
先程の下の部屋で集まったときに、ハルナの精霊が人型で話しをしているのを見ていたのか、次はハルナの番といわんばかりにルーシーは視線を向けてきた。
「あ、私の精霊は、”フウカ”です。フーちゃんって呼んでます」
フウカは姿を現し、元気よく手を挙げてその呼びかけに応じる。
次は、エレーナの番だった。
(ど……どうしよう!?)
エレーナの中で、不安になっていた。
(もしかして、四人の中で精霊に名前を付けていないのは私だけなんじゃ……)
ほんの一秒にも足らない時間の中で、エレーナの思考は高速に処理される。
そして、導き出された答えは――
「私の精霊は……ィーネ……そう!”ヴィーネ”といいます!」
驚いたハルナは、エレーナの顔を二度見した。
言い終えた、直後エレーナの精霊が姿を見せて青色の光を発して、その周りを光の粒子がクルクルと回る。
その光は、ハルナが始まりの森で見た“あの”掌の光と同じ強さだった。
エレーナも、気軽な発言からの突然な出来事に目が丸くなる。
次第に精霊が発する光が収まっていく。
精霊は丸い姿のままだった。
「……」
精霊が、何かをしようとしている。
「……あ、あーあー。エレーナ、聞こえる???」
「――あ!!」
エレーナは驚く。
精霊から、声が聞こえたのだ。
もしかしてフウカがまた仲介して聞こえているのではないかと思い、フウカを見る。
見られたフウカは、首を横に振っている。
「ま……まさか!?」
エレーナの口からは、驚きの声が漏れる。
「ありがとう……エレーナ。やっと話せるようになったよ」
「あぁ…」
エレーナは優しくその光を掌の上に乗せて感慨に耽る。
「っていうか……エレーナ。その名前って……」
「いいのですよ、ハルナ様。こういうのはきっと思い付きが大切なのです」
にっこりと笑って、オリーブはハルナの言葉を止めた。
「とてもよいものを見させていただきました。やはり、精霊様とのつながりが深まる場面を見るのはとても……胸に染みるものがありますね」
「のんびりしていられる状況でもございません……ルーシー様」
そう告げたのはソルベティだった。
「そ……そうね。では、こちらでお調べした内容をお話しさせて頂きます……」
そういって、ルーシーはセイラム家で調べた内容をハルナ達に話し始めた。
その内容は次の通りだった。
貴族たちは、今回の王選に自分たちの息のかかった精霊使いを送り込みたかった。
大した実績はないが、自分たちの強い推薦という形で取りなしてもらう予定だった。
そこに、モイスティアのウェンディアが失踪したとの噂が入ってきた。
貴族たちはこれはチャンスと思い、王都の選考部門にその情報を伝えた。
そして自分たちの精霊使いが、この枠の中に入ることを信じて疑わなかった。
しかし、蓋を開けてみると全く名前の聞いたことのないような精霊使いが来ている。
一部の貴族の者は、裏の手を使って辞退させるように動こうとしていたが、この件に関してはキャスメル王子の推薦もあり進んでいた。
そのため、ここで変な動きを見せるよりは、別な方向で動いた方が良いとのことで現在に至っているとのことだ。
「……もしかして、それは、私のせいなの?」
ハルナはそう口にしたが、ルーシーの返答は違っていた。
「いいえ、そうではないでしょう。それはたまたまだと推測しています。その貴族たちも、そこまで自分たちの思い通りに進むとは思っていませんよ。でなければ、その策は甘過ぎて簡単に阻止されてしまうでしょう」
確かにルーシーの言う通りだと、ハルナは納得した。
横を見ると、エレーナの奥でフウカ、フランムとヴィーネが遊んでいた。
「なるほど……で、次の相手の策の情報は入っているのですか?」
エレーナが聞く。
「それについては……」
――コンコン
ドアをノックする音が響く。
この部屋の中にいる全員が緊張する。
(まさか、盗聴されていたとか?)
エレーナは、息をのむ。
……コンコン
再度ノック音が響く。
一同は顔を見合わせ、その音の主を確認するためにソフィーネはドアへと向かった。




