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エレーナは町の関所を出たところの森の入り口にある半人工的な池の前での朝の祈りを終え、森の中を散策していた。いつもの日課だ。

草花の成長や変化を見守り、森の恵みを分けてもらう。

時には森に害を及ぼすものを、排除する。

森と共に生きる民の、ごく普通の日常で今日も何事も変わりがなく同じように過ごすはずであった。


――つい先程の、出来事が起こるまでは。


【始まりの場所】の方から、爆音を轟かせ竜巻が起こっているのが見えた。

周囲の木々を揺らし、折れそうなくらいの風の力がそこに集まっている。


生まれてこの方、そういった現象を見たことがない。

王国の管轄下で自衛し、生きるために集団で生活しているが、表立って他の町や他国との大規模な争い事は起きていなかった。


(――何事なの!?)


エレーナは、始まりの場所に向かって走り出した。

ローブ姿で片手には杖を持ち、緑色の長い髪をたなびかせ疾走する。

その竜巻の力は王宮精霊師並みの威力だが、コントロールされておらず暴走しているようにも見えた。


(一体何が起きているというの!)



現在の場所から走り、三十分程の場所。


「取り返しがつかないことになる前に止めないと……」


エレーナの走る速度が、一段と早くなった。




―――――――――



「ハル姉ちゃんはどうして、ここにいるの?」


陽菜は、薄々気づいていた。

この世界は元居た世界ではなく、全く別の世界であることを。

しかしながら、服装や体格、装飾品までそのままだった。

祖母からの指輪も嵌めたままになっている。

常識や文化が違う世界で、今までの話しで通じるかわからなかったが、陽菜はここに来るまでの経緯を説明した。


「……というわけなの。わかった?」

「う……ん、たぶん!」

(あ、うん。 わかってないな、これは……)


しかし、陽菜にとっては今までの話はどうでもよかった。

もう二度と向こうの世界には戻れないのだろう。あの爆発の中で生きていられるはずがない。

それに、今は一人ぼっちで生きて行かなくてもよくなりそうな予感がしている。

小さな生物だった、フウカが傍にいてくれるから。


「さて、これからどうしようかなー。フーちゃんは帰るところあるの?」

「もう戻れないよ。姿が変わっちゃったから、先生やみんなのところへは戻れなくなったみたい」

「えー! どうするの? これから……」

「ずーっと、ハル姉ちゃんと一緒にいるよ!」


その言葉が、少し嬉しい陽菜であったが、今の質問はそういう意味ではなかった。


(また、あの助けてくれた光の先生が来てくれないかなぁ……)


少しだけ淡い期待を持って待ってみたが、状況が改善することはなさそうだった。



「ちょっと、危ないかもしれないけど。この辺を少し歩いてみようか。最悪、ここに戻ってきて泊まるようにしよう」



水も食べ物もなく、今はまだ日中のため暖かいが、夜になるとどのくらい寒くなるのかはわからない。

うかつに歩きすぎるのも危険だが、じっとしていてはもっと危険になるだろうと判断した。


(――ゲームだと普通、この近くに町がありそうなんだけどね)


と、思いつつため息をついてから行動を起こすべく立ち上がろうとしたその時。

背後から、弾丸のようなものが耳元をかすめた。


「動かないで!」


背後から、女性の声がした。



陽菜は抵抗の意思がないことを表すため、その場で両手を挙げた。

その前にフウカを胸元に隠して。

さらに、弾丸を放ったと思われる主の声が響く。


「そのまま、ゆっくりとこちらを向いて。抵抗すると命の保証は……ない」


実際、何が起きているのか判断ができなかったが、ここは本能的に相手の要求に従ったほうが良いと判断した。

両手を挙げたまま、陽菜はその身体をひねり反対の方向を向いた。


そこにはローブをまとい、先に石のついた杖を持っている少女がいた。

杖の先はこちらを向いている。


「!?……ウ……ウェンディア様??」


その少女は驚きの表情で、こちらを見ている。


(ウェンディア?? ……って誰?)


陽菜はさっと後ろを振り向く。

この人の知り合いの間に挟まれているのではないかと思って。

過去に見知らぬ人から挨拶をされ、うかつに返事をしてしまい恥ずかしい経験を何度もしてしまったことがある。

しかし、今まで正面を向いていた方向には誰もいない。

陽菜は、再度杖を持つ少女の方へ向く。


「あのー…… ちょっとお尋ねしたいんですが……」


その言葉にエレーナは、正気を取り戻し落ちかけた杖の先をこちらに向け直した。


「ここは、どこなのでしょうか?」


エレーナは、すぐには質問の内容の意味が理解できなかった。

よく見ると知っている者と類似しているが、何か様子が違うことはわかる。

しかし、ほとんどそっくりなのだった。


「あの……」


陽菜は再度、問いかけた。

相手は何か戸惑っている様子にもみえた。


「まず、こちらの問いに答えて貰おうかしら。貴方は今、なぜこの場所に?」


陽菜は、その質問に答えようとした。しかし――


「わかりました。その前に、この手を下ろしてもいいですか?手の先が痺れてきて……」


陽菜の爪の色が真っ白になっている。

胸郭出口症候群と言われたことがある。

よく電車の中では苦労したものだった。

エレーナは、少し考えて危険はないか、他に仲間がいないか見回してみた。

差し迫って、エレーナの身に危険を及ぼすものが目の前の少女以外は見当たらないと判断した。


「……ええ、手を下ろしてもいいわ。ただ、軽率な行動はとらないで。何かあればすぐ攻撃する」


陽菜はゆっくりと手を下ろし、白く痺れた指先を揉んで、血流の促進を促した。

手先がジンジンと血の流れる感覚が戻り始めたとき、エレーナは再度問いかけた。


「では、話して頂くわ。なぜここにいて、何をしていたのかを」


(また全部話すのも面倒だし、信じてもらえないかもしれないしなぁ……)


陽菜はそう考え、転生前のことは隠し以前のことは思い出せない設定にして、”白い物体との出会い”、”竜巻の発生”、“大きな光”と今の状況に至るまでの出来事を説明した。

説明を終えると、フウカは恐る恐る陽菜の胸元から顔を出した。


「精霊?……え、人型!?」


エレーナが驚いていることに陽菜は戸惑っていた。


(精霊……? ってあの精霊だよね? フーちゃんが?)


「あのー……すみません。どういうことでしょうか……?」

「……え、いや。人型の精霊は聞いたことはあるけど、実際にお目にかかったのは初めてだったから」


エレーナは少し警戒を解き、威圧的な態度から普通の状態に変わっていった。

そして陽菜はまず聞きたかった、この場所のことを聞いてみた。


「【ここは始まりの場所】といって、精霊と契約するための神聖な場所なの」


エレーナは驚きのあまり、口調も素に戻っていた。

どうやら敵に威圧感を与えるために、無理やり口調を変えていたようだ。


「試験などで選ばれた人はある時期になると、精霊との契約の儀式に参加する資格が得られるの。この場所は精霊が集う場所で、年にこの時期しか集まってこなくて、ここで精霊に認められると初めて精霊と契約することができるの」

「認められる? 契約? どういうこと?」

「精霊と契約を結ぶ際には、こちらから精霊を選ぶことはできないの。精霊が認めてくれた者のみ契約を結ぶことができるのよ」

「認められないと…… どういうことになるの?」

「精霊がその人を認めなった場合は契約が成立しなかったことになり、その存在が消えてしまうの。実際には消滅というより、元の世界に還っていると言われているわ」


(あー、あの消えていったのがそれだったんだ。ということは、最初のうちは拒否されてたんだね……)


「で、契約って簡単にできるものなんですか?」

「年に2-3人挑戦しているんだけど、契約できるのは、そのうちの一人くらいね。過去には契約できなかった年もあるみたいだし」

「それで、契約できるとどうなるんですか?」


一番気になることを聞いてみた。

もしかして、自分も精霊の力が使えるようになったりするのでは?と淡い期待がかかる。


「契約すると、その精霊がもつ力が使えるようになるのよ。使える力は精霊の力に依存することがほとんどなんだけど」

(――Yes! 後でフーちゃんと契約できないか聞いてみよう!)


陽菜は、心の中でガッツポーズをとった。


「それじゃあ、さっきの飛んできたものっていうのは――」

「そう、私が契約している水の精霊の力なの。 ごめんなさいね、当たらなかった?」


先程の攻撃は威嚇で、当てるつもりではなかったみたいだった。

エレーナは人差し指の先に、小さな球状の水の塊が浮かび上がった。

その水の塊をいろいろな方向に動かして見せて、自由に操れること示してみせた。


「へー、すごーい!!」


陽菜は素で驚き、エレーナのことを称賛した。


「あなたって不思議ね。大抵、各町には各属性の精霊使いがいるはずだけど……。 一度も見たことなかったの? あ、記憶がないんだっけ」

「え!? あ、うん、初めて見たの。でも、なんていうか、その、ちょっとかっこいいわねー!」


エレーナは褒められ慣れてなかったせいか、頬が真っ赤になって照れた。


「こ……こんなの、初歩の初歩なんだからね!? 精霊使いなら、みんなできて当然よ!」


褒められ慣れていないエレーナは、舞い上がって振り切れそうになった自分のメーターを下げつつ、平常心を取り戻そうと必死になった。


「各属性っていってたけど、それって一体何のことなの?」


エレーナは、(信じられない……本当に知らないの?)的な視線で陽菜を見つめた。

すぐに嘘でないと感じ、簡単に説明してくれた。


「まず、四つの力のことなんだけど……」


エレーナは、この国では幼少期に教わる基本的な物語のことを内容を集約して話してくれた。



『――この世界に四つの法則あり。

 一つは火、一つは地、一つは水、一つは風。

 四つの法則が交わりあって、世界は創られる。

 ――この世界に力を司るものもあり。

 ”大精霊”と”大竜神ドラゴン”。

 世界は二つの力の均衡によって保たれる。

――それらの均衡が崩れる時、四つの法則は驚異となり、二つの力は大地を引き裂く』



「……っていうお話しがあって、大昔には四つの力の勢力毎や、大精霊側と大竜神側の争いもあったみたいだけど、どうやらそれぞれが争わないために作った御伽噺みたいなお話しなのよ」

「へー……、ゲームのシナリオのようなお話ねぇ」

「ゲーム? 何それ??」

「ん? いや、こっちの話! で、大精霊とか大竜神って本当にいるの_?」

「それが、いるらしいの。実際にはお会いしたことはないんだけど。この国では王様になるには、”二つの大きな力から祝福を受けなければ認められない”とか言われているけど、本当かどうか知らないのよ。王都に行くことは滅多にないし、ほとんど関わることもないし」



この近隣は東と西の二つの国があり、それぞれの国に四つの町がある。

町は形式上で火、地、水、風と分けられているが、ある属性の人だけがその場所に住んでいるというわけではないとのこと。

国には王様、町には四名の大臣がおり、大臣は各町の代表であり町長の役目も果たしているという。


なんとなく、陽菜はこの世界の状況が見えた。



「あと、もう一つ伝えておくと、精霊使いは女性しかなれないのよ」

「そうなんだ。何か理由があるの?」

「理由は……ごめんなさい。わからないわ。ただ、町のしきたりで、ずっと女性しか始まりの場所には入れないことになっているの」

「そうなんだ。じゃあ、あたしも契約してもらえるのかなぁ?」


エレーナは(何を言っているのあなたは!)的な顔で陽菜を見つめた。


「っていうか、さっきの竜巻。あなたじゃないの??」


陽菜は、先程のトラブルを完全に忘れてしまっていたようだ。


――あ


「……そうだった。すっかり忘れてた」

「呆れた……あなたって、ほんと変な人」


エレーナは驚きの顔から、やれやれといった表情に変化し腕を組んで陽菜を見つめる。

陽菜はといえば、耳まで真っ赤にして申し訳なさそうに俯いている。


「でも、あんなに大きな風を動かせたっていうのも信じられないのよ」

「さっきまでの説明だと、その力は精霊の力によるって言ってたよね?」

「そうね。精霊の持っている力にもよるけど、それを実現できる力が契約者に備わっていないと発動できないのよ」

(そりゃそうか。降臨した時からいきなりそんな力を持っているとしたら、かなりチートっぽいものね……)


エレーナは周囲を見回してみる。


「でも、実際に起きていることなのよね……」


周囲の木の枝が折れてぶら下がっているものもある。

吹き上げられた落ち葉がそこら中に散乱しているのもその証拠だった。


(先程からずっと胸元にいる人型の精霊も気になる……この子、契約できたってこと?)


エレーナは色々と信じがたい状況を精査し、今どう行動するべきか思考する。

幸い、相手は自分の敵ではなく少し信頼しているようにも見受けられる。

実際にものにしているか分からないが、この力が他に回ってしまうことや敵になることを考えると、恐ろしいことにもなりかねない。


(ここは、一旦町に帰って相談した方が良さそうね)


エレーナは、そう決断した。


「ねぇ、もしよかったら一度あたしの町に来ない?? ……あなた行くところないんでしょ? 精霊の契約とか、力の使い方とか少しは教えてあげることができるかもしれないし」


エレーナは、ハルナを町に連れていきたかった。

それはまた別な理由があったからだ。


「え、いいの? これからどうしようか困ってたんだ!」

「よし、決まりね。それじゃついてきて。ちょっと歩くけど、いい?」

「じゃあ、よろしくお願いします! えーっと……」


――?


「あ、自己紹介してなかったわね。私の名前はエレーナ」

「エレーナさん、ね。 私の名前は陽菜ハルナ。改めてよろしくお願いします!」

「……ハルナさん。では行きましょうか」


(やっぱり、ウェンディア様でないのね……)


ハルナとフウカは、エレーナの住む近くの町へ移動していった。

ひと騒動あった【始まりの場所】は徐々に遠くなっていく。


風のなかった森の中に風がひとつ駆け抜け、木々を揺らしていった。






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