3-10 ベス
「なんだあの者たちは!?わたしの言うことを聞きはしないし、なんだか……なんだかバカにしたような目で見てるような気がするぞ!?」
ジェフリーは、口に果物を入れたまま叫んでいるため辺りに咀嚼され尽くしていない食塊の破片が飛散する。
口から出てテーブルに散らばった物を、いつもジェフリーの後ろに付いている女性の一人が素手でつまみながら片付ける。
「ジェフリー様の考え過ぎではありませんか?ハルナという女性は、ジェフリー様に好意を持っていた感じがしましたが……」
両脇に並ぶ四人のうちの一人の男が、ジェフリーの機嫌を治めるためにそう告げた。
「ぐふぅ。やはりお前もそう思うか、ベス?わたしも、あの娘が少し気になってはいるのだが……」
「はい。誰の目にも、そのように見えておりますとも」
ベスと呼ばれる男は、ジェフリーの機嫌が回復したことにホッとした。
「やはりそうか……お前も随分と私に尽くしてくれるようになったな、幼い頃はよくわたしを虐めてくれていたものだが……な」
ジェフリーは再び、目の前に並べられた食事を機嫌よく再開した。
「いまの私がございますのも、ジェフリー様のおかげでございます。あの頃は、大変失礼しましたことを深くお詫びいたします」
「そうだよ……そうだよな?借金まみれのお前の家を救ったのは、この俺だ。そのおかげで、お前の大切な妹も身売りせずに済んだんだよなぁ?」
「その通りでございます。ジェフリー様には感謝しかございません」
「いつの間にか立場が逆転してしまっていたよなぁ、ベス。あの頃はお前が怖くて仕方なかったが、今は何ともない……そうさ、何ともないんだ!」
口の中のものをまたまき散らしながら、大声で叫んだ。
ベスはその言葉に深く頭を下げ、自分がジェフリーに対して従順であることを示した。
「そうだよ、ベス。あのハルナという女が、どれだけ俺に気があるのか確かめて来いよ」
「そ、そんなことをせずともあの女性はジェフリー様に……」
「俺の心はな。ナイーブなんだ、繊細なんだよ!その確率を高めるためにもお前、確かめてこいよ。あと、俺はな。あんな女どうでもいいんだからな……向こうが気にしてるならそれはそれで構わないがな!……いいな、頼んだぞ?」
そう言って、ジェフリーは食堂から二人の女を従えて自室へ戻っていった。
ベスは青ざめた顔を隠すように、部屋から姿が消えるまで深々と頭を下げていた。
翌朝、ハルナたちは従者に朝食の準備ができたと声を掛けられ、食堂へ案内された。
昨夜の食事を思い浮かべながら、いやいや向かうハルナだったが、椅子に座り並べられたものを見ると普通の朝食で驚いた。
「昨日の夜の、異様な食事は何だったのよ!?」
思わずエレーナも、声を上げてしまう。
その声に誰も反論する者もいなかったのは、皆同じ意見だったからだ。
ハルナたちは平凡な朝食のメニューに感謝し、落ち着て食事ができた。
一通り食べ終わり、食後の飲み物で落ち着いていた時ハルナが気付いた。
「今日は、あの男……出てこないのね?」
「なに、ハルナ?実な気にしてたの!?」
「ちょっとぉ、そんなのじゃないってば!?いない方がゆっくり落ち着いて食事ができるから、このまま顔を合わせることがなければいいなって思っただけよ!」
「確かに、それはそうですね」
ソフィーネが賛同してくれて、ハルナの意見にホッとする。
「それじゃ部屋に戻りましょうか?ステイビル様来るまでに、いろいろと準備もあるしね」
エレーナの掛け声でハルナたちはイスを引いて席を立とうとしたその時、ハルナの後ろに一人の男が近寄ってきた。
「み、皆さま。ほ、ほんじつの朝食は、い、いかがでしたでしょうか?」
青ざめた顔で目の下にクマがくっきりと浮かんでおり、誰が見ても眠れていないといった顔つきのベスが立っていた。
「え、えぇ。とっても美味しかったです……それより、大丈夫ですか!?」
ベスは、震えながら手に握っていた紙の切れ端を差し出した。
ソフィーネが無言で受け取り、その中を確認する。
「……そういえばウチの部屋の家具を移動してもらいたいんだけど、アナタ手伝ってもらえるかしら?」
「か、畏まりました。後程お部屋にお伺いさせて頂きます」
ベスは、まずはホッとした表情に変わりお辞儀をしてその場を去っていった。
その様子を見届けて、ソフィーネは全員に告げる。
「とにかく一度、部屋に戻りましょう」
四人はそのまま、ハルナの部屋に集まった。
「どうしたんですか?あの紙に何が書いてあったんですか?」
そのやり取りを間近で見ていたハルナが、ソフィーネに対して質問する。
「これをご覧ください」
ソフィーネは手渡された紙を差し出した。
ハルナがまだ、この世界の文字になじんでいないことを考え、エレーナが代わりにその紙を受け取った。
ゆっくりと紙を開き、その中身を確認した。
「えーっと……た、すけ、て?”助けて”!?」
「だから、この部屋に呼んだのですね?」
「その通りです。とにかく、この施設では至る所に盗聴されている可能性がありますから安全な場所でと思いこちらに呼びましたが……問題ありましたでしょうか?」
ハルナはその問いかけに対し、笑顔で首を振る。
こういう頭の回転の速さは、見習うところがあると常々感じていた。
――コン、コン
その音を聞き、ソフィーネは扉を開けに向かった。
遠くから、部屋の中に促す声が聞こえ足音がソフィーネの物の他にもう一つ増えた。
「どうぞこちらです」
男の顔は、先程よりは少し顔色が戻っていた。
だが、疲れ切った顔の表情は変わっていない。
そして、男は自分の名を全員に告げた。
「私はジェフリー様の下で働いております、ベスと言います。今回は応じてくださり、誠にありがとうございました」




