6-498 店の中で
――カ……チャ
「ようこそ……あぁ、陽菜さん……おかえり」
「ユウタさん!」
陽菜は長い間忘れていた人物であったが、その名前はすぐに出てきた。それはこの懐かしい店の中での環境が、今まで通りの挨拶が陽菜の中から自然と口からその名が出てきた。
「久しぶりだね、元気してた?」
「はい……あっちの世界で」
陽菜が向こうの世界の話を切り出そうとした時、ユウタはその発言を手で遮った。
「ゴメン……あんまりあの時のことは思い出したくないんだ」
「そ……そうですか、ごめんなさい」
確か、ユウタは小夜が一緒に向こうの世界へと連れていったはずだった。
最後までその姿を見ることは出来なかったが、ユウタはずっと小夜の傍に付き添ってくれていたのだろうと考えていた。
陽菜はその後のことを、ユウタの機嫌を損ねない程度に何があったのかを聞いた。
最終的には、サヤの能力が尽きたことによって、ユウタの存在も同じように消滅していったとのことだった。
「あら、陽菜ちゃん。お久しぶりね」
「――冬美さん!!」
ユウタと話していると、カウンターの奥にある従業員向けの部屋から冬美が声をかけた。
そして自分の存在を驚く表情から、心配した表情へと変わる姿を見て、冬美はその陽菜の不安を払拭するように笑いかけた。
「いいのよ……陽菜ちゃんは私のこと心配してくれていたんでしょ?本当に心配かけさせちゃって、ゴメンね?」
「いいえ、そんなことないですよ!?私も、あの世界で独りぼっちだって思ってたのに、冬美さんがいたことを知って、どんなに嬉しかったか……」
陽菜のその言葉に、冬美は嬉しそうな表情をした。その時、冬美自身はあまり記憶がはっきりとしていたなかったが、肉体から離れた時に自分がいる状況を把握できていた。
そのことを告げようとしたが、またしてもこの場に新しい人物が登場し、話の流れを途切れさせた。
「――あぁ、やっと来たか。待ちくたびれたよ」
「小夜ちゃん!?」
「久しぶりだね……アンタも頑張ったね……っていうか、アタシのこと忘れてたんじゃないの!?」
「そんなことないよ!?今の流れから言っても、小夜ちゃんのこと忘れるわけないじゃないの。それに、小夜ちゃんは”最後”まで、私のこと気にしてくれてたんでしょ?」
ラファエルが、小夜のいたもう一つの世界から戻ってきた時に聞いた話を陽菜は思い出していた。
あの時の気持ちは、エレーナたちがあの世界からいなくなったとき以上の衝撃を陽菜は心の中に受けていた。
小夜は陽菜からの言葉とその勢いから、いまの言葉に嘘は感じないとホッとしていった。
「……そう。まぁ、アタシもあっちじゃ随分と長い時間を過ごしたから、アンタを待つ時間なんてあっという間見たいなもんだったよ」
「小夜ちゃん……」
そして小夜は、陽菜に近付いていく。
「まぁ……なんだ……その……あれで……」
「……小夜ちゃん?」
「お帰り……陽菜」
そう言って小夜は、陽菜の身体に抱き着いた。
そして、陽菜と小夜の顔には、我慢することもなく感情のままに涙が流れていた。




