6-227 不安材料
「……ステイビル様?」
背後から見て、呆けているのか何かを考えているのかわからないステイビルに対し、エレーナは強めで冷たい声色で呼びかけた。
「っ!?……い、いや……し、しかし、私が決めることでは……ないだろう!?」
エレーナの言葉で自分を取り戻したステイビルは必死に取り繕うが、周囲から見ると明らかにその反応は動揺を隠せてはいなかった。
それでも、”やらないよりはマシ”とステイビルは、何とか取り繕おうと必死にこの場を切り抜ける理由を考える。
「それに、いまはもう式の準備が進められている。それをいまさら……」
「勘違いをするな、ステイビル。私はハルナと別れろと言っているのではない。お前の傍にニーナを置いてくれと言っているのだ。だからまずするべきことは、ハルナの了承を得ることだ。それに、王女はハルナであるが、歴代の王でも側室がいたということもあるだろ?それと一緒なのだ」
「……そ、側室!?」
確かに王子に恵まれなかった時代や、王子が病に侵されて王位を継ぐことができない状況などに、側室から選ばれたという歴史は残っている。
当然ながら、それは不埒なものではなく、国を存続させていくための重要な手段だった。
もしかすると、この先ハルナとの間に王子が授からなかった場合、他の女性から選ばれる可能性は十分にある。
今までその女性は、精霊使いであることが多かったが、国の法律において”精霊使いでなければならない”という記述はない。
そして、ニーナであれば西の王国の王女でもあるため、地位的には反対する者もいないであろう。
しかし、ステイビルはどうしても心の奥に引っ掛かるものがあり、その正体がなんであるかは今のところ分からない。
その状態のため、それを口に出したとしても相手には伝えることができないため、この場で持ち出すことは控えた。
ふと気が付くと、この場の会話が止まってどのくらいの時間が経過しただろうか。
長い間考え込んでいた気もするが、それでも誰もステイビルに対して、次の発言を促すことはしなかった。
たまたま、ステイビルは意識的に見た正面にいるカステオと目線が合い、そのことに気付いたカステオは自分の思考の世界から意識をこの場に戻したステイビルの声をかける。
「……どうだ、ステイビル?ニーナをお前の傍に置いてくれる気になったか?」
「悪いが、ちょっと待ってくれ。こんな大切なことを、私ひとりでは決めることはできない!?少し時間をくれないか?」
その言葉に、カステオの表情が明るくなる。そしてうれしい感情を抑えながらも、ステイビルの申し出に対して承諾する。
「――!?そうか!考えてくれるか!!ならば、ここにもう少し滞在させてもらおう。王都のハルナとも相談するであろうから、時間はかかりそうだからな……いい返事を期待しているぞ!」
こうしてステイビルとエレーナは、席を立ちこの部屋から出ていく。
その際にステイビルはキャスメルに視線を向けるが、キャスメルは顔をそらしてステイビルと合わせようとはしなかった。
そして、一言も二人は言葉を交わすことなく離れていった。




