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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
February
9/23

ご褒美、ほしい?






 私はゆっくりとゆっくりと、瞳を開いた。

 部屋は明るい。部屋の明かりとは違う柔らかな光だから、朝になったんだ。そう思った。

 ぼんやりとした頭のまま、目の前の景色を眺めた。

伏せられた(まつげ)が、きれいな人がいる。少し手を伸ばせば届く距離。陶磁器みたいな透明感のある肌。……この肌は、触れたらひんやりしているんだろうか。

 そんなことを思って、頬に手を伸ばす。


 

 ……触れた指先から、温かみを感じた。

 人のぬくもり、人の温度だ。

「ん……」

 触れたからだろうか、目の前の人物が身じろぎをしたので、慌てて手を引っ込める。ついでに、180度回転して反対を向く。

 目覚めた彼――優ちゃんと、間近で目を合わせる自信はない。

「深月?」

 聞き慣れた声。起きたばっかりのはずなのに、その声は、クリアで、ゆとりがあって、とても寝起きとは思えない。

 私は、反射的にぎゅっと目をつぶった。とりあえず、この近すぎる距離感で目を合わせづらくて、寝たふりをしよう、と思ったからだ。

 すると、肩に手をかけられ、のぞき込まれた……ような気がした。

 平常心、平常心。

 目をつむったまま、やり過ごす。

 何とかやり過ごせそうだ、そう思ったのに……触れるか触れないか、のゆるやかさで耳の縁をなぞられた。

 っっ!!

 一瞬、身震いしそうになる。

 私は、奥歯をかみしめて、何とか堪える。

 それで、すぐに離れてくれれば良かったけど、離れる気配がない。

 視線を感じる。でも、ここまで来て今さら目を開けられない。

 私は、ひたすら目を閉じていた。

 その内に、顔に手を添えられた。



 そして、ふぅっと、耳に息を吹きかけられる。



「っっひゃあぁっ」

 途端に、背筋がびくりと震えてしまった。

 思わず目を開ければ、ニッコリと微笑む優ちゃんと目が合ってしまう。

 横になっていたはずなのに、優ちゃんの髪はきれいに上げられていて乱れが一つもない。


 

 ……えーと、笑顔が怖いのは、気のせいでしょうか……。



「優を(あざむ)こうなんて、いい度胸だね?」

「だ、だって何で私のベッドに居……」

 言えなくなる。たった一瞬。

 その一瞬で、唇を塞がれてしまう。

 舌がなめらかに入り込んできて、濡れた感覚に、頭が(とろ)けそうになる。

 離れようとすると、奥に滑り込まれて、少しだって抵抗できない。

 結局、たっぷりと感覚を味わうように何度も混じり合う。

 それから、そっと離れた。

「……優ちゃん……!」

 ほぉっと息をついてから、優ちゃんを見据える。優ちゃんはしれっとした態度だ。

「深月が寝たふりなんてするから、悪いんじゃない?」

「そ、そんなことない! そもそも何で私のベッドで寝てたの!?」

 身体を起こして、改めて優ちゃんを見た。

 よく見てみれば、優ちゃんは制服を着ていた。帰ってそのまま、私の横で寝たんだろうか……。



 ……あぁ、そういえば、優ちゃんからいつもと違う匂いがした気がする。優ちゃんは、ヴァレンタインデーだと、男子からチョコをもらってくるときがあった。

 ……何故か、男子から。

 でも、最近はチョコは受け取らないと公言したみたいで、代わりにバラの花束をもらって帰ってきたりする。

 だから? 

 いつもと違うバラの匂いがした。緑茶のような凛とした、でも仄かに苦味を残す香り。いつもの溺れてしまうような奥深い香りは、薄い。


 

 知らない匂い……。



 そんな些細なことに、気持ちがざわつく。

 そんな感情がわき上がるのが、少し、怖い。

「オマエが、白状にも先に寝てるから」

 優ちゃんの声にハッとする。優ちゃんは、手を伸ばして、ベッドの端に追いやった袋を掴んできた。

「これ、優のでしょう?」

 優ちゃんは、ビビットピンクの手のひらくらいの袋を手にとる。

「あ、うん、そう。……ごめんね。昨日渡すつもりだったんだけど……」

「別に、構わないけど?」

 袋の中から出したのは、親指サイズのシルバーの箱。

 その中身は、優ちゃんご要望の『ルージュ型』のチョコだ。 

 ――うん、あの唇につける、ルージュだ。

 言われなければ、普通にメイク用品と勘違いしそうだった。

 優ちゃんがくるくる回せば、ルージュの芯が出てくる。ビビットピンクに金のラメが混ざっていて、……この部分がチョコらしいのだけど……。

 これ本当に食べられるのかな……と、買ってきた今でも疑っていたりする。

「それより深月、よく寝られた訳?」

「…………うん」

 ふいに、気遣われてるような言葉をかけてくるから、ふわふわした気分になる。

昨日は……

 ……あったかくて心地よかった……。



 昨日のぬくもりを思い出しながら、ふと気づく。

「……もしかして、優ちゃん……」



 ――私が泣いているのを見てた? そう、額にも唇にも感じた温かみは――もしかして、私に、キスをしてた?

 思ったけれど、さすがにそのまま聞くのはできなかった。

 だから、違うことを口にする。

「ええっと……優ちゃん、おかえりなさい」

「……ただいま。ねぇ、深月」

 優ちゃんの笑みが、ぐっと深みを増す。指先ひとつ、下からすくい上げられるように顎に添えられる。

「待たせたお詫びの…………ご褒美、ほしい?」

 顎を固定されたまま、持っていたルージュを、唇に寄せられた。

「コレ、つけてみる?」

「つ、つけてみるって……チョコだよね?」

「チョコだから、だよ」

 二の腕を引き寄せられた。簡単に距離を詰められて、唇をぺろりと舐められる。

「!! な、何……」

「濡れてるほうが、発色いいでしょう?」

「えぇ? チョコなのに……色つくの?」

買ったのは、あくまでチョコだ。確かにかわいいピンク色ではあるけど、色なんてつくんだろうか。

「チョコだから、溶ければつくよ」

 優ちゃんは、自分の親指の根元にルージュの先をのせた。

 鮮やかなピンクが、肌に色づく。

「ね?」

 優ちゃんは、チラリと目を合わせ、今度はそのルージュチョコを私の唇に、丁寧に塗り広げていく。

「ふ、普通に食べた方がいいと思うんですけど……」

 わざわざこんなコトをする理由は、ないような気がする。

「そう? この方が絶対、ハマると思うけど」

 いつもそうだ。

 え、と思う間もなく、

 甘く、キスをされる。……実際、甘い。溶けたチョコの甘さが口に広がった。

 ただそれだけで解きほぐされて、流される。溺れる。唇を何度もなぞられて、熱い吐息が漏れた。

「ん……優ちゃ……」

 甘さをたっぷりと行き渡らせるように口内をなぞられて、熱に浮かされたようになる。こぼれてしまう涙が、何に対してなのかわからない。

「ねぇ、最近、よく泣いてる?」

 静かに囁かれたのに、ハッとした。……やっぱり、泣いているのを見られていた。

「そ、そんなことは」

「あるよね? 一人で泣いていいと思ってる訳? ……寂しいのなら、優のベッドに来るべきだと思うけど」

「でも」

「……オマエの意見は聞かないよ」

「優ちゃ……ひゃあっ」

 ふぅっと、耳に吐息をかけられた。それだけで、ぞわぞわと背筋に何かが走る。

「くすくす。ほんと、耳、敏感だよね、…………ねぇ、黒バラの花言葉、覚えてる?」

 黒バラ。

 そうだ。ピアスホールを開けた日、優ちゃんが言っていた。私にバラを渡すなら黒バラにする、と。

 優ちゃんの滑らかな指が、耳の縁をなぞっていく。優しく、じんわりと、溶かされていきそうになる。

「『貴方(みづき)はあくまで(ゆう)のもの』……その涙まで、ね」

 私の目尻の涙が、優ちゃんの触れた指に伝っていく。

 手の甲まで落ちてきた涙を、優ちゃんがペロリと()めとった。

「でしょう?」

 まっすぐ見つめられて、思わず視線を外す。

 惑いなく、射貫くようにこちらを見るから、私の方がすぐに耐えられなくなる。何もかも見透かすその瞳を、まともになんて見ていられない。

 熱い。

 ……熱に溶けたのはチョコじゃなくて、私の方なのかもしれない。

「深月」

 キスが降ってくる。

 近づけば、いつもの優ちゃんの深いバラの香りがした。それと一緒に、うっとりとするような、チョコの匂いもした。

 口づけられる度に、ほろ苦い気持ちがない交ぜになって、心地よい甘さが広がる。

 それは、初め冷たい気がしたのに、溶け合って、熱をもつ。

 一番冷たかったはずなのに、一番、熱くなる。

 むせ返るほどの甘さに、(まと)い包まれてしまう。



 もうすこし、このまま……。



 そう、願う自分がいる、

 いつの間に、こんなに自分から求めるようになったんだろう。

 わからない。

 でも、まだ、此処にいたい。



 ――わたしは、ちゃんとずっとまっていたんだよ。だから――

 

 

 



 もう、どこにも行かないで。


 




 チョコが口の中でトロリと(とろ)けるように、私の気持ちも唇の奥でトロリと(とろ)けた。



 
















来月は、『ホワイトデー』をテーマに(ホワイトデーは過ぎると思いますが……)書く予定です。

ヴァレンタインとは違う甘さの話にしたい、と思ってます。

楽しみに待っていただければ、幸いです。

読んでいただき、誠にありがとうございました。

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