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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
February
8/23

女王様のおねだり







「ヴァレンタインチョコ?」



 優ちゃんが部屋に戻ってきてから、チョコレートの話を切り出してみた。

 私は、すでにモコモコパジャマになっていたけど、優ちゃんはまだパフスリーブの制服姿だ。

  休日に店を回って決めようか、とも思ったけど、やっぱり今年は聞いてみることにした。去年まで、私の一方通行なものを渡してた訳だし。

 そう思って聞くと、優ちゃんは、口角をキレイに上向けた。その笑みのどこかに、意地悪いものを含ませながら。

「ふぅん? てっきり、今年も優に【みたらし団子】を渡そうとしてるのかと思ったけど」

「だって去年、優ちゃんが、みたらし団子は欲しくないって言ったでしょう?」

「そうだね。深月が覚えてるとは思わなかった」

「優ちゃん……」

 思わず口をとがらすと『冗談だよ』と、艶のある声を返してくる。

「そうだねぇ……。優、実は欲しいチョコあるんだよね。ソレ、くれない?」

「欲しいチョコ?」

 優ちゃんは頷くと、ポケットから、金色の縁が光るメモ帳を取り出す。そして、同じようにポケットから万年筆をとり、サラサラと何かを書く。

「メーカー名とチョコの商品名。今は、時期だから基本どこでも取り扱ってるんじゃない?」

 万年筆を革のケースにしまいながら、メモを一枚渡された。

「?」

 私は、思い切り首をかしげる。

 カタカナで書かれたそれは、聞いたことのない名前のものだった。










 そして、2月14日のヴァレンタインデー。



 事前に買っておいたご希望のチョコを渡す日、だけど……でも、まぁ、そういう日に限って優ちゃんは【撮影】で、昼間からいなかった。

『夕方には帰れると思うよ?』

 そう聞いたのに……もう夜だ。

 ため息をついた。

 こんなことなら、朝渡したほうが良かったかも……。朝は、わたしがすっきり目覚められないから、午後に渡そうと思っていたのに、もう点呼の時間も、終わってしまった。

 たぶん、届け出は出していて、許可は下りてるんだろうけど……それにしたって、遅い。

 さすがに、もう帰ってくると思うんだけど。

 私は、チョコの入った袋を手にしながら、ベットに倒れ込んだ。

 ……別に、ムリに今日あげなくても明日だって、渡せればそれでいいんだけど。

でも、



 ……会いたい。



――なんて、何を考えているんだろう。

 朝だって会ってる。

 毎日、顔を合わせている。

 会っているのに、会いたい、なんて何を言っているんだろう。



 チョコの袋を、ベットの端に追いやる。


 

 目を閉じて、まぶたに腕をかざした。

 少しでも、思考回路を優ちゃんから離そうと思って。

 いつ帰ってくるかが気になって、何も手につかないなんておかしい。

 私は、もっともっと、しっかりしたい、そう思っていたはずなのに。

「……」

 目を閉じて、呼吸を整える。呼吸だけに意識を集中させると、少し落ちついてくる。

 暗闇に寄り添うように、ただ呼吸をする。

 居心地が良い。

 ゆったりとした気分になって、自然に意識が遠のく。


 私は、気づけば意識を手放していた。



  



 ――――次に見た景色は、懐かしい思い出。

 昔、暮らしていたアパート。

 ママと二人。パパはいない。あの時のわたしは、知らない。



  でも、ままは【しらないおとこのひと】のところへいくと、しっている。



『良い子にしてるのよ?』

『……うん、いってらっしゃい』

 なるべく、笑う。良い子に見えるように。外は、暗い。

 でも、ママは出かける。

 ママに振っていた手は、やがて用済みになって、ゆるゆると下ろす。

 ママのぬくもりは消えて、わたし一人が残される。

 がらんとした部屋。

 つけっぱなしのテレビと、白色の蛍光灯。

 テレビの声が、賑やかにさわぐ。たくさんの声が、笑う。

 こんなにも明るい部屋にいて、こんなにも楽しげな声を聞いても、

「……ママ」

 なんとも思わなかった。

 心にぽっかりと、穴が開いたみたいだ。。

 穴の先は、何もない。何も見えない。ずっと、見えない。


 

 くらいさむい。


 

 ――違う。そんなことない。

 おかしい。

 だって、こんなまぶしい部屋にいる。

 おかしい。

 だってこんな暖房の効いた暖かな部屋にいる。

 ここは暗くない。私は寒くなんてない。



 ここはあかるいここはあたたかい。



 ……なのに、何で……



 頬につぅっと、何かが伝う。

 このしょっぱいものは、何だろう。

 これは、何なんだろう。

 わたしは寂しくなんてないのに。少しも寂しくなんてないのに。


 

 なのに何で――



 わたしは泣いているのだろう。


 




 ――だから、わたしはけっして、ママのようにはならない――






「…………?」

 自分が泣いている、と気づいた側から、誰かが頬の涙を(ぬぐ)う感触があった。


 その指先が、心地良い。

 熱い涙を冷ますように、丁寧になぞられる。

 気持ちいい。

 優しく、顔のラインに沿うように触れられて、満たされるような心地になる。

 ぬるま湯につかっているみたいに、心地いい。


 ――優ちゃんかもしれない。


 そう思って、まぶたを開けようとするのに、できない。

 まだ、ここにいたい。

 水面にたゆたうように、揺られていたい。

 でも、優ちゃんに一言、言いたいことがあるんだ。






 『お帰りなさい』



 声にならない言葉(こえ)を呟く。


 呼応するように、額に温かみを感じる。

 やわらかくて、あたたかい何か。

 同じぬくもりを、今度は唇に感じた。



 ……あったかい。



 ここはさむくない。ここはつめたくない。……ここは、あたたかい。

 側にあるホッとする温度に、また、まどろむ。



 わたしは、ちゃんとずっとまっていたんだよ。だから――



 ――今度こそ。

 起きたら、優ちゃんに『お帰りなさい』と言おう。


 

 きっと、きっと、笑い返してくれるから。

 そんなことを心に決めながら、私の意識は、海の奥へと奥へと潜るように、溶けていった。







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