優たんお手製トリュフ
昼食の時間、私はバラ園じゃなくてカフェテラスで食べていた。
優ちゃんは、午後から雑誌の撮影があるらしく、いなかったからだ。そう、モデルである優ちゃんは、撮影で授業を抜けることが時々あった。
そういう時は、綾乃ちゃんとよくご飯を食べる
私は購買のシュリンプサンドイッチ。綾乃ちゃんは15品目入ってる……らしいお弁当だ。この学園ではめずらしい。
煮物とか、ゆかりとか、鮭とか入ってるお弁当。
ちなみに、私は売ってるのを見たことがない。作ってる数が少ないみたいで、綾乃ちゃんはこのお弁当のためのスタートダッシュが、やたら早い。授業終わりに学級委員がかける「気をつけ、礼」の間に既に廊下にでているのだと思う。
だって、お昼時間だと思って振り返ると、いつもいない。
……綾乃ちゃんが猛スピードで走る姿はあまり想像がつかないのだけど……。とりあえず、今日も『先に行ってるわね』と事前に言われて、私は後から来た。
そう、基本的にお昼はカフェテラスへ行って、選んで食べる。寮にかかる費用に昼食代も組み込まれてるので、選ぶだけになっている。
今は寒い時期なので、外に出ないけど、暖かくなったら、外のテラスで食べたいなぁと思う。
「ねぇ、みーちゃん。そういえば、調理部ではチョコ作らないの?」
気持ちがほわんと、優しくなるような笑顔で、尋ねられる。
「うん、今年は作らないって」
「やっぱりそうなの。去年は、ちょっと……すごかったもんね」
そう、すごかった。
中等部に入ってから、入った調理部だけれど、去年は大変だった……。
思わず遠い目をしたくなる。
何が大変だったかというと【優ちゃん】が大変だった。
去年は、部員じゃない優ちゃんに、手伝ってもらったんだ。
……うん。
思い返すと、私の行動はいつも良い選択をしてるつもりで、反対になることが多い。
その日、部員は少なかった。
インフルエンザや風邪が流行ってたからだ。材料を買い込んだ手前、作らない訳にもいかなかったみたいで、作ることになっていたけれど……。
作る量に対して、明らかに人数が少ない。
だから、『もし、時間あったらえーと、手伝ったりしてくれたら、嬉しいなぁ』と、そう、私が優ちゃんに頼んだのだ。
結局、『優は、料理なんて作ったことないからね?』と言いつつ、優ちゃんは来てくれた。
ちょっと一緒に運んでもらったり、取ってもらったり、それだけでもすごく助かった。何より、優様のご来訪で部員のテンションが目に見えて上がった。ここは、さすがだなぁ、と思う。
……問題はその後だ。
『優たんの手で丸めたトリュフだーーーー!!』
どの男子生徒がそう叫んだのかは、よくわからない。
ちなみに丸めたのは、私や他の部員さんだ。
優ちゃんは、絞り袋からチョコをだす役をしていた。決して、【優ちゃんの手で丸められたトリュフ】じゃない。そもそも、主な調理は部員がしていたし。
なのに何故か、調理部に人……正確には男子生徒が殺到した。
おかげで、部室から抜け出すのにとても、とても苦労した覚えがある。
「あれは、ちょっとした事件だったわよね……」
だし巻き卵を口にしながら、綾乃ちゃんは、なんとも言えない笑みを浮かべた。そう、あの日、綾乃ちゃんにも手伝ってもらっていた。『料理得意じゃないけど、それでも良いなら……』と言いつつ、来てくれたのだ。
私は、サンドイッチを食みながら、ふかーく相づちをうつ。
調理部でチョコを作らない、となると家にでも帰らないとチョコは作れない。
寮でも一応、生徒が使えるキッチンはあるけど、簡単な料理ができる程度で、お菓子作りの道具は置いてない。だから、チョコ作りは基本、できない。
「あぁ、でも優様には何渡すの? 今年も、みたらし団子?」
「え。えーと……考え中」
結局、昨日考えていてもどうするか決まらなかった。
作れない。じゃあ、買うってなると何がいいんだろう。何なら喜んでもらえるだろう。
優ちゃんの好きなチョコ…………。
と、考え込んで、結局答えが出なかったのだ。
考え込みすぎな気もするんだけど、でも、一応付き合って初めてのヴァレンタインだし……。
……あれ、付き合ってる、ということ、なんだよね?
ふと、そんな考えが、よぎる。
いや、付き合ってないのに、……キスなんてしないよね。
でも、付き合おうって言われた訳ではなく……でも……両思いの、はず、で……
『幾度でもずっと、深月だけ、愛してあげる』
優ちゃんに言われた台詞が浮かび上がってきて、一瞬、頭の中が真っ白になる。
違うちがう! そんなことを考えたいんじゃなくて……
思わず、首を横にブンブン振る。すると、綾乃ちゃんの笑い声が聞こえてきた。
「そんなに迷ってるなら、本人に聞いてみたら?」。
「……優ちゃんに?」
「そう。と言っても、みーちゃんが選んだものなら、何でも喜んでもらえそうだけど」
えーと……そうでもなかったみたいです。
去年のみたらし団子に対して、優ちゃんは盛大に文句言ってました。
――という台詞は、心の中に閉まっておく。
ふふふ、と笑う綾乃ちゃんの笑顔に、つられて笑った。私のくせ毛と違ってさらさら揺れるストレートの髪がきれいだ。
……こんな風に話してると、落ちつく。綾乃ちゃんの隣は、穏やかでいられる。
なのに、優ちゃんの隣は――ザワつくことがある。
惹かれるのに、じりじり迫る何かに、息がうまくできないような時がある。
それなのに、気づくと優ちゃんのことばかりを考えている。
……そういえば、
優ちゃんの、名前の刻んであったピングゴールドの時計。
ピアスをしたあの日から、見ていない気が、する……。
そうだ、あの刻まれていた名前、何だったっけ? 『月城 優摩』じゃなくて……。
……。
考えを巡らす。でも、掴んだと思った側からこぼれ落ちる砂みたいに、何ひとつ頭に残らない。
わからない。思い出せない。
『――思い出せないなら、たいしたことじゃないんだよ』
優ちゃんは、そう言っていた。
思い出せないものは、たいしたことじゃないんだろうか。
微かな、たったひとつまみの、気がかり。
今も私は、いくつもいくつも答えを見いだせないまま――毎日を見送っていた。