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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
February
7/23

優たんお手製トリュフ







 昼食の時間、私はバラ園じゃなくてカフェテラスで食べていた。


 

 優ちゃんは、午後から雑誌の撮影があるらしく、いなかったからだ。そう、モデルである優ちゃんは、撮影で授業を抜けることが時々あった。

 

 そういう時は、綾乃ちゃんとよくご飯を食べる

 私は購買のシュリンプサンドイッチ。綾乃ちゃんは15品目入ってる……らしいお弁当だ。この学園ではめずらしい。

 煮物とか、ゆかりとか、鮭とか入ってるお弁当。

 ちなみに、私は売ってるのを見たことがない。作ってる数が少ないみたいで、綾乃ちゃんはこのお弁当のためのスタートダッシュが、やたら早い。授業終わりに学級委員がかける「気をつけ、礼」の間に既に廊下にでているのだと思う。

 だって、お昼時間だと思って振り返ると、いつもいない。

 ……綾乃ちゃんが猛スピードで走る姿はあまり想像がつかないのだけど……。とりあえず、今日も『先に行ってるわね』と事前に言われて、私は後から来た。

 そう、基本的にお昼はカフェテラスへ行って、選んで食べる。寮にかかる費用に昼食代も組み込まれてるので、選ぶだけになっている。

 今は寒い時期なので、外に出ないけど、暖かくなったら、外のテラスで食べたいなぁと思う。


 

「ねぇ、みーちゃん。そういえば、調理部ではチョコ作らないの?」

 気持ちがほわんと、優しくなるような笑顔で、尋ねられる。

「うん、今年は作らないって」

「やっぱりそうなの。去年は、ちょっと……すごかったもんね」

 そう、すごかった。

 中等部に入ってから、入った調理部だけれど、去年は大変だった……。

 思わず遠い目をしたくなる。

 何が大変だったかというと【優ちゃん】が大変だった。

 


 去年は、部員じゃない優ちゃんに、手伝ってもらったんだ。

 ……うん。

 思い返すと、私の行動はいつも良い選択をしてるつもりで、反対になることが多い。



 その日、部員は少なかった。

 インフルエンザや風邪が流行ってたからだ。材料を買い込んだ手前、作らない訳にもいかなかったみたいで、作ることになっていたけれど……。

 作る量に対して、明らかに人数が少ない。

 だから、『もし、時間あったらえーと、手伝ったりしてくれたら、嬉しいなぁ』と、そう、私が優ちゃんに頼んだのだ。

 結局、『優は、料理なんて作ったことないからね?』と言いつつ、優ちゃんは来てくれた。

 ちょっと一緒に運んでもらったり、取ってもらったり、それだけでもすごく助かった。何より、優様のご来訪で部員のテンションが目に見えて上がった。ここは、さすがだなぁ、と思う。

 ……問題はその後だ。



『優たんの手で丸めたトリュフだーーーー!!』



 どの男子生徒がそう叫んだのかは、よくわからない。

 ちなみに丸めたのは、私や他の部員さんだ。

 優ちゃんは、絞り袋からチョコをだす役をしていた。決して、【優ちゃんの手で丸められたトリュフ】じゃない。そもそも、主な調理は部員がしていたし。

なのに何故か、調理部に人……正確には男子生徒が殺到した。

 おかげで、部室から抜け出すのにとても、とても苦労した覚えがある。



「あれは、ちょっとした事件だったわよね……」

 だし巻き卵を口にしながら、綾乃ちゃんは、なんとも言えない笑みを浮かべた。そう、あの日、綾乃ちゃんにも手伝ってもらっていた。『料理得意じゃないけど、それでも良いなら……』と言いつつ、来てくれたのだ。


 私は、サンドイッチを()みながら、ふかーく相づちをうつ。

 調理部でチョコを作らない、となると家にでも帰らないとチョコは作れない。

 寮でも一応、生徒が使えるキッチンはあるけど、簡単な料理ができる程度で、お菓子作りの道具は置いてない。だから、チョコ作りは基本、できない。

「あぁ、でも優様には何渡すの? 今年も、みたらし団子?」

「え。えーと……考え中」

 結局、昨日考えていてもどうするか決まらなかった。

 作れない。じゃあ、買うってなると何がいいんだろう。何なら喜んでもらえるだろう。

 優ちゃんの好きなチョコ…………。

 と、考え込んで、結局答えが出なかったのだ。

 考え込みすぎな気もするんだけど、でも、一応付き合って初めてのヴァレンタインだし……。



 ……あれ、付き合ってる、ということ、なんだよね?

 ふと、そんな考えが、よぎる。

 いや、付き合ってないのに、……キスなんてしないよね。

 でも、付き合おうって言われた訳ではなく……でも……両思いの、はず、で……


 『幾度でもずっと、深月だけ、愛してあげる』


 優ちゃんに言われた台詞が浮かび上がってきて、一瞬、頭の中が真っ白になる。

 違うちがう! そんなことを考えたいんじゃなくて……

 思わず、首を横にブンブン振る。すると、綾乃ちゃんの笑い声が聞こえてきた。

「そんなに迷ってるなら、本人に聞いてみたら?」。

「……優ちゃんに?」

「そう。と言っても、みーちゃんが選んだものなら、何でも喜んでもらえそうだけど」

 えーと……そうでもなかったみたいです。

 去年のみたらし団子に対して、優ちゃんは盛大に文句言ってました。

 ――という台詞は、心の中に閉まっておく。

 ふふふ、と笑う綾乃ちゃんの笑顔に、つられて笑った。私のくせ毛と違ってさらさら揺れるストレートの髪がきれいだ。

 ……こんな風に話してると、落ちつく。綾乃ちゃんの隣は、穏やかでいられる。



 なのに、優ちゃんの隣は――ザワつくことがある。

 惹かれるのに、じりじり迫る何かに、息がうまくできないような時がある。

 それなのに、気づくと優ちゃんのことばかりを考えている。





 

 ……そういえば、

 優ちゃんの、名前の刻んであったピングゴールドの時計。

 ピアスをしたあの日から、見ていない気が、する……。

 そうだ、あの刻まれていた名前、何だったっけ? 『月城 優摩』じゃなくて……。


 ……。


 考えを巡らす。でも、掴んだと思った側からこぼれ落ちる砂みたいに、何ひとつ頭に残らない。

 わからない。思い出せない。




『――思い出せないなら、たいしたことじゃないんだよ』



 優ちゃんは、そう言っていた。

 思い出せないものは、たいしたことじゃないんだろうか。

 微かな、たったひとつまみの、気がかり。



 今も私は、いくつもいくつも答えを見いだせないまま――毎日を見送っていた。







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