ヴァレンタイン団子
『私は今でも時々、怖くなる』
私はちゃんと、前が見えているか。
優ちゃんだけに、それだけに……なっていないか。
優ちゃんとのイザコザで、成績を指摘されてから3ヶ月経つころ、先生に
『最近は、成績も落ち着いたみたいですね』
そう言われて私はとても、ホッとしたのを覚えてる。
眠る前、闇に潜るそのまどろみの中で、いつも思う。
私はちゃんと、まっすぐ歩いてる?
偏ってない? 優ちゃん以外……見えなくなっていない?
そんな些細にも思えることが怖くなって、涙が滲む。
自分の血に混じるママと同じ血が――自分を狂わせていないか――
いつもそんなこが、頭によぎっていた。
「みづき?」
「……え? ……あ、はいっ!」
居眠りを咎められたような気がして、私は慌てて立ち上がった。
隣には、呆れた顔をした優ちゃんがいる。
そうだ、私は勉強を教えてもらっていたんだった。
……着ているモコモコのワンピース型パジャマと室温が、ちょうど良くてウトウトしてきた……とは、言えない。
だって自分から質問したのだ。今は自由時間なのに、どうしてもわからない所があったから。
……聞いていたはず、だった。
「そんなに眠いなら、自分のベッドに戻ったら?」
少し不機嫌そうなアーモンド型の目。いつ見ても、ツンとした感じの『女王様感』を漂わせている。
何より、格好が『優様』だ。
黒い細身のシルクのパジャマに、ファーのガウンを着ている。V字の首元から見える鎖骨は、なめらかで、つい、目で追ってしまいそうになる。……追ってどうするんだ。そんなツッコミを自分でしてしまう。そんなだから、男子に襲われるんだ。私の肌より、よっぽど透明感がある気がする。
「は、え、あ、そうだね! うん、ごめんね! 寝る!」
「そうしたら? それとも……優と一緒に寝る?」
「い、いいです! 大丈夫です!!」
優ちゃんのほどいた髪から、濃いバラの香りがする気がする。
優ちゃんは、周りと入浴時間が別枠だ。だから、優ちゃんは少し前に出てきたばかりだった。そのせいか、濡れた花の香りがする。
……使っているシャンプーやリンスが、バラなんだろうか。
昔から、優ちゃんはこの香りだ。
初めは、きれいなバラの匂いだと思っていた。でも今は、惑わせるような、誘いかけられてるような香りに感じてしまう。
花の蜜に誘われる蝶のように、惹きつけらてしまう。いつも、毎回、優ちゃんのその存在感に圧倒される。なのに
「……ちゃんと寝られてる訳?」
ドキリとする。
絶対、自分とは違う人なのに、そうやっていつも私の目線まで降りてくる。
優ちゃんの瞳はハチミツ色で優しげなのに、じっと見つめられると、とろりと溶かされているような気がしてくる。
バラの余韻は、ひたすらに甘い。
私は振り切るように、言葉を紡ぐ。
「もしかして、クマできてる?」
「……別に、前みたいな露骨なクマはないけど? ただ、眠たそうだったから言っただけ。……それとも心当たりが?」
「い、いえいえいえいえ。うん、もう寝るね。おやすみっ」
深く追求されるとボロがでる。私は白旗をあげて、潔くベットに向かおうとする。
「みづき」
けれど、やけに甘い声に引き留められる。振り返ったと同時に、私の手を優ちゃんの手が包んだ。その手がひんやりとしているのに、何故か触れられた箇所が、ひどく熱をもつ。
「おやすみ」
優ちゃんはチュッと手の甲にキスを落として、意味ありげに上目づかいで見てきた。
「!!」
一瞬で、私の頭が一気に沸点に達する。
「お、おーーーやすみ!!」
そのせいで、おかしな返し方をしてしまう。逃げるように、二段ベットの梯子を登る。
これで普通にしてろ、というほうが無理だから……。
「気が向いたら、優のベットにおいで」
優ちゃんは余裕だ。
くすくす、と笑い声が聞こえる。
相変わらず馴れない。優ちゃんと同じ部屋は、刺激が強すぎるというか何というか。
私の心臓が、この先持つ気がしない。
……でも、基本ルームメイトはよっぽどの理由がないと変わらない。
中高一貫校だから、優ちゃんが卒業するまでは少なくともそのままだ。
あと三年も一緒なんて――、怖い、嬉しい、側にいたい、いたくない。離れたい、離れたくない。
いろんな気持ちがない交ぜになって、よくわからない。
どれも本当の気持ちで、ひとつにまとまらない。
……はぁ。
自分のベットに戻って、布団にくるまる。
眠る前、よぎったのは優ちゃんとは別の、もう一つの気がかり。
正確には、優ちゃんともすごく関係がある。
季節は冬。もう2月だ。
【ヴァレンタイン】。
今までは、ヴァレンタインで悩むことはなかった。
何でか、というと、私は決まって優ちゃんに【みたらし団子】を渡していたからだ。
……えーと、100%の好意で、親切心で。
去年、優ちゃんに言われたのだ。
『来年は、みたらし団子いらないからね? 毎年毎年、何の嫌がらせかと……』
『えぇ!! ……そうなの?』
『……ほんっとに、オマエの頭はみたらし団子しか詰まってないね。……別に、嫌いじゃないけど、毎年欲しいなんて思う輩は、深月くらいじゃない?』
ガーン
という擬音語をつけたくなるほど、ショックはそれなりに大きかった。
……と、綾乃ちゃんに話したら、やけに笑われた気がする。
だから、今年は何をあげようかって考えてるのもある、し……。
耳たぶに触れる。
そこには、セカンドピアスがある。
実は、このピアスを優ちゃんに買ってもらった。買ってもらったというか、ある日唐突に渡されたのだ。
『そろそろ、セカンドピアスに変えてもいいんじゃない?』と。
【セカンドピアス】は、ピアスホールをちゃんと完成させるためにつけるもの、らしい。貰ったのは、サーモンピンクの小さめのピアス。角度によっては鮮やかなオレンジにもピンクにも見える。
好きな色だった。
だからとても気に入っていて、だから、何かお礼がしたいな、とずっと思っていた。
ヴァレンタインは、良い機会だと思うのだけど……。
……目を、閉じる。
最近はすぐこうやって、自然に優ちゃんのことを考えている。
恋をしたら、相手のことをつい考えるのは、当然なの?
自分に問いかけると、思い浮かぶのはママの声。
『良い子で待ってるのよ?』
……ママは、恋ばっかりだったから、足を踏み外した。
だから、私は……そればっかに、なりたくない。
そう思っているのに――。
私は、同じ事ばかり、考えている。
2月は、
「ヴァレンタイン団子」
「優たんお手製トリュフ」
「女王様のおねだり」
「ご褒美、欲しい?」
の順で掲載していきます。よろしくお願いします。