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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
October
4/23

この世界は二人だけ

 





 月が見える。

 三日月。

 誰かがニヤリと笑っているようにも見える、そんな月の形。

 月の淡い明かりは、仄かに、木や周囲のバラ達を浮かび上がらせる。

 


 ぐぅ。



 その静かな景色とは場違いな、ゆるい音がお腹から聞こえた。

 ……やっぱり、お腹減ったかも。

 普段なら、食堂でご飯を食べ大浴場へ行く時間だ。

 なのに、私はバラ園近くの木の枝に腰掛けたまま、そこでひたすら月を見上げていた。

 ため息ひとつ。

 何でこんなところに居るかなんて、それはもちろん【優ちゃん】のせいだ。



 私はどうしても、寮に戻ることができなかった。

 優ちゃんと旧校舎で別れてから、私は少しの間、教室のベランダで縮こまっていた。

 気づけば下校時刻で、慌てて寮へ行こうとして……足を止めた。

 部屋に行きたくないのはもちろん、優ちゃんと顔を合わすのさえ、気まずい。

 エントランスでも、食堂でも、自習室でも、顔を合わせてもまともに会話できる自信がない。

 結局、決められた食事時間をすっぽかした。もう、たぶん入浴時間も終わる。

 基本的に、食事も入浴も時間が決められてるから、今日はお腹すいたままお風呂入らないまま過ごすしかない。この後は、自習時間になるけど……

 問題なのは、自習時間後の【点呼】だ。

 いないのは、やっぱ良くないよね……。

 廊下にでて、名前を呼ばれる。いないのを誤魔化せそうには、ない気がする。誤魔化せたとして、その後どうすればいいんだろう……。わからない。

 はぁ。

 ため息をつく。

 点呼だけ戻る? ……戻ったら、戻ってこれなそうな気がする……。

 とりあえず今、優ちゃんに見つからなさそうな場所を考えて、バラ園裏手の木に座っている。

 U字型の太めの枝で、ちょうど座れそうだったから。

 ついでに、低い位置に足がかりになる幹があって、割とひょいと登れた。

 そして、そのもう一段上の木でぼんやりと過ごしていた。

 木の葉はなくなってきていて、割と見晴らしがいい。ここなら少し落ち着いていられそうだ。



 他の場所も考えたけれど、バラ園の中も、綾乃ちゃんの部屋も、エントランスも、全部優ちゃんが顔を出しそうに思えたから。

でも、だからといって、これからどうするか、何も思い浮かばない。


 もういっそこのまま、寝ようかな。なんて、落ちるか……。でも、二階のベットから落ちたことは今のところないし……。

 そんな、とりとめないことを考えていた。



「――深月って、時々奇想天外なこと、するよね?」



 この声がするまでは。

「ゆ、優ちゃん……?」

 恐る恐る振り返る。まさか、と思う一方で、――この声を聞き間違えるはずがない。

 射貫(いぬ)くようなその声音は、間違いなく、私に向けられている、ように思えた。

「こ、こんばんは……」

振り返った先、はちみつ色をした目に捕まる。

「はぁ? 優を馬鹿にしてるの?」

「イエ、滅相もゴザイマセン」

 うわぁ……女王陛下はご立腹のようです。

 優ちゃんは木の根元まで来ると、腕を組みながら私を見上げてきた。

「そう思うなら、早く降りてきたら? ……もうだいぶ寒くなってきてるから、風邪ひくよ」

「……お、降りない」

「……」

 ピシィッと、空気が凍りつく。

 苛立たせると知っていて、言った。

 だって、優ちゃんの気づかいは嬉しいけど、でも、だからといって『はい、わかりました』とは言えない。

 降りていって、私はどうすればいいのか、わからない。

「……じゃあ、追い詰めればいい訳?」

 優ちゃんが木の幹に手をかけて、すぐ側まで顔をだす。

「!」

 とっさに、その場から飛び降りることを考える。

 ジャンプするには、正直勇気がいる。少し高い。怖い。

 でも

「みづき?」

 言い含めるように、言い聞かせるように、声が、私を引き留める。

 たった一言、名前を呼ばれただけ。ただ、それだけなのに、ピタリと動けなくなる。そこを動いてはいけない、そんな気持ちにさせる。

「優から逃げる気?」

 私の手首に、優ちゃんの手が滑るように添えられる。

 だったそれだけで、茨が絡みついたような気がした。その棘に、痛みに捕まる。

「……あ、あの、あのね、優ちゃん。……やっぱり私は優ちゃんと友達で、いたいから。それをちゃんと言おうと思って……」

 真っ白になった頭で、優ちゃんの顔も見ずにまくし立てる。

 なのに、最後は言葉が尻すぼみになった。

 私は間違ったことをいってない。それが一番最良で、一番平和で、一番賢い選択のはずだ。

 なのに、シンとなった沈黙が耳に痛い。

 優ちゃんの表情を見ることが、できない。

 冷えた風が肌をなでた。

 静けさを破ったのは、優ちゃんのため息交じりの声。

「……はぁ。優がそんなの許すと思う?」

 優ちゃんは、私が座る木の枝に足をかけて、乗り込んでくる。

「!」

 詰まる距離に、動揺して後ずさろうとする。

 途端に、後ろ手が宙を掴んだ。

 違う。

 掴もうとした木がそこになくて、バランスを崩した。

 ぐらり、と奇妙な浮遊感。

「っっ馬鹿!!」

 落ちる……! そう思って身を固くして、目を閉じた。

「き、きゃぁぁぁぁぁ!!!」

 


 ドサリ、と鈍い音がした。



 …………。

 痛い。

 ……ううん、痛く、ない?

 私は伏せていた瞳を、恐る恐るあける。

 覚悟していた痛みがないのを不思議に思って顔を上げれば、艶っぽい唇が動いた。 

「……まったく、ほんとオマエは、優の予想を簡単に裏切ってくれるよね」

「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆ優ちゃん! ごめんね、ごめん! 今どくから……!」

 気づけば、私は優ちゃんに思い切り覆い被さっていた。

 慌ててそこから身を引こうとして、手をとられる。

「駄ぁ目」

「きゃぁっ!」

 手の重心をなくして、また優ちゃんに倒れ込んでしまう。

 倒れ込んだ先、優ちゃんの体温が直に伝わってきて、今すぐにでも離れたかった。

なのに、その手が私を引き寄せる。 

「ねぇ、深月? 聞きたいんだけど、友達ってキスが許されるの?」

「違っ……! だ、だってあれは優ちゃんが……!」

「ろくな抵抗もしなかったのに?」

「そ、んなこと……」

 抵抗していなかった? 受け入れてた? 私が? 優ちゃんを好きだから? 確かに優ちゃんは友達としてなら、絶対好き。だけど

「でも、私はママみたいに、なりたくない……だから、私は……」

 言っている途中で、心地の良い冷たい指が、頬に触れた。優ちゃんが顔をのぞき込んで、近づく。私は思わず、身をぎゅっと縮めて叫んだ。

「優ちゃん!」

「……深月のいう『お友達』っていうのはどこまで許してくれるの? 抱きしめるまで? キスまで? それとも……もっと奥まで触れても許してくれるの?」

「優ちゃん、私は優ちゃんとは友……っ」

 言い切る前に、唇に塞がれてしまう。距離がゼロになって、バラの香りが強くなった。

「あんまり強情だと、優に噛みつかれるよ?」

「んんっ。優ちゃん……っ!」

「まだ、駄目」

 今度は深く舌を入れ込まれて、身体がぴくりと(けい)(れん)するように反応する。その熱い舌に溶かされるように、呼吸がうまくできない。視界が涙で(にじ)んだ。

「~~~~優ちゃんっ」

「ここまで踏み込ませておいて、友達だなんて、恋はしたくないなんて、言わせない。優は、初めから逃がすつもりなんてないんだよ?」

「っ」

 『好き』はどの『好き』なんだろう。どこまで『好き』なんだろう。どこまで許せる『好き』なのだろう。

 強く握られた訳ではないのに、動くことができない。抵抗するより先に、(しび)れたように動けない。

 動けない。

 それは、本当に動けない?

 本当は、本当は……このままでいいと思ってる……?

 自分を見失いたくない。普通でいたい。たった一人だけしか目に映らないことが怖い。

 なのに、



「ねぇ深月。もっと欲しいっていったら、優にくれる?」


 

 なのに、私は……

 

 拒めない。



 ただただ、優ちゃんの熱に(ほん)(ろう)される。

 拒めないのは

 何も見えなくなるほど縛られたいと――本当は望んでいるから?



 世界がぐるりと反転した。

 さっきまで優ちゃんが私の下にいたはずなのに、私が下に敷かれてしまう。



 夜空が見えた。

優ちゃんがいるその先で、三日月が私をせせら笑うように、見つめていた。







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