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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
June
22/23

例え、あなたがどんなに不実でも







「――二人で、何やってる訳?」






 紅い空の、もっと向こうから夕闇が迫ってきている。

 その空の下、歩いてくるのは優ちゃんだ。

 揺れるピアス。きれいにまとめられた髪。コツコツ、とショートブーツの靴音が近づく。

 すぅっと細められた瞳に、私はハッとして自分の手を胸に引き戻した。反射的に、添えられていた空の手を弾いてしまう。それが、少し心苦しかったけれど、それより何より声の人物――優ちゃんに見られるのが嫌だと思ってしまった。

 (うつむ)いたまま、視線を右往左往させてしまう。

 別に何か後ろめたいことをしてたんじゃない、はずだ。

 なのに、さっき向けられた視線が何かを責めてるように思えて、顔をあげられなかった。

 硬直したままでいると、唐突に腕を引っ張られた。

 肩口まで引き寄せられて思わず顔を上げれば、優ちゃんが触れられるほど近くにいた。

「優のものに触らないでくれる?」

 その目は、空をまっすぐ見つめている。――怖いくらいに。

「ゆ、優ちゃん、あのね」

「……みづは、月城さんのものなの?」

 ピリピリとした空気を落ちつかせようと口を開けば、かぶせるように空が質問を投げかけてくる。……私に向かって。

 空にじっと見つめられて、聞かれたことを頭の中で繰り返してみる。

 優ちゃんのもの?

 唐突な質問に、どう答えるかためらう。

 付き合ってはいるけど、そもそもそれを人前で言うわけにもいかなくて、優ちゃんとは仲の良い友達のはずで……。

「えっと……あの、別に誰のものでもないと思……にゃぁ!?」

 だから、誰の物でもないと思う。

 言おうとして、頬をつねられた。そのせいで、最後まで言えなくなる。つねった相手はもちろん、すぐ側にいる優ちゃんだ。

「ゆ、優ひゃん、いひゃいっ」

「そこは【優の物】、っていうべきじゃない?」

「だって……!」

 付き合っていることは言えないし、ここで頷くべきじゃないと思っただけだから……! 言おうとして、それより先に、優ちゃんの指先がゆるむ。

 空が、優ちゃんの腕を掴んだからだ。

「みづが、嫌がってる」

「……」

 ピンと糸が張り詰めるように、空気が凍ったような気がした。

 空が優ちゃんの腕を握って、私の頬から離すようにと力を込めてるのがわかった。

 途端に、優ちゃんの瞳の温度がみるみる失っていく。

「……触らないでくれる? 優にも。……深月にも」

 優ちゃんが心底嫌そうに、空の手を振り払った。邪魔、とでも言うように。

 感情をすべて無くしたような色のない声に、思えた。優ちゃんの目は、確かに空を写しているはずなのに、視界に入ってるだけと言っているように、そっけない。

 でも、空自身は、何も気にしてないという風に顔色を変えない。実際、気にするようなタイプじゃないと、よく知っている。

 ただ、空は優ちゃんから少しも目を逸らさずに淡々と呟いた。

「…………みづは、月城さんの物じゃないよ。……人は、誰かの物になんてならない」

 その言葉自体は、ものすごく静かなのに、何故だろう。優ちゃんの睨みが強くなったように思えた。火が風に(あお)られて燃えあがったような……。

 同時に、それが私の肌も舐めていったようで背筋がざわりとする。

「ふぅん。そ。だから何なの? 深月、行くよ」

「え、あ」

 優ちゃんのひんやりとした手にひかれて、数歩踏み出す。

「みづ」

 振り返れば、空と目が合う。離れた距離からは、空の気持ちが霧がかったように見えてこない。

 空は、しばらくどこか一点を見つめてから、もう一度しっかりとこちらを見てきた。

「――――ピアス。さっき見たよ」

「え?」

 思わず立ち止まる。優ちゃんに引っ張られていた足が、止まる。

「みづのかもしれないと思って、とってある。部屋に置いてあるけど……とってくる?」

「うん! それなら私一緒に――」

 探していたピアスがある。

 そう思った瞬間、浮き足だって空に歩み寄る。

 そして気づく。優ちゃんの手が、音もなく離れてることに。

 振り返った先に、(から)になった手のひらを握りしめてる優ちゃんが目に映った。

「あ、ごめんね。あの、でも、優ちゃんからもらったピアスなくしちゃっててだから、探してたの。だから、見つけに……」

 考えを口にしようとして、言葉が散り散りになる。

 優ちゃんのゆるみなく見つめてくる視線が、そっと(まつげ)で伏せられたから。

「……ピアスの代わりなんて、いくらだってあると思うけど? そんなものに執着する必要がどこにある訳? そんなものどうでも……」

「どうでもよくないよ!」

 声を張り上げてしまってから、思わず口を手で塞ぐ。

 そんなに大きな声を出す必要なんてなかった。ムキになることなんてなかった。

 でも、私は……。

「……大事だから、優ちゃんから貰ったものだから、大事にしたいの。大事に、したいんだよ……」

「…………」

 何でだろう。

 どうして? ひどく、泣きそうな顔をされた気がした。

 私が、私が悪いの? 優ちゃんからもらったものを大事にしたいっていうのが、そんなに悪いの? 

 優ちゃんは何も言わない。

 ただ、張り詰めたた空気が肌を刺しているような気がした。

「……何で……?」

 吐かれたため息と一緒に、掠れたような声が聞こえた。

 何で、はこっちが聞きたい。何で、何がダメなの。優ちゃんからもらったものだから、だから大切なのに……。大事に、したいのに。

「…………。行きたいなら行けば?」

 顔を伏せて呟く優ちゃんの言葉が、痛い。

 感情を抑えたようなその声に、本当にこれで良かったの? とわからなくなる。

「じゃあ、行こう」

 今度は、空に腕をとられた。

 本当に行っていいの?

 たった一つ。

 こんな疑問にすら、すぐに答えがだせない自分がはがゆい。私は、どうしてこんな簡単に思えることもすぐに迷うんだろう。

 声をかければ、優ちゃんは私を見てくれるんだろうか。もっと、優ちゃんの話を聞いた方がいいんだろうか。

 でも私は本当に……。

 (とつ)()に、優ちゃんに視線を向ける。

 ……優ちゃんは、あからさまにこちらを見ないようにしている気がした。

 空が歩き出す。一緒に私も歩き出す。

 間違っているのは、私なの?

 この気持ちが、間違っているの?

 わからない。……わからない。





 ただ、頭によぎるのは――







『深月』

 あのピンク色のピアスを貰ったのは、まだ寒い時期だった。

 勉強が一段落したところで、耳をくすぐったのは優ちゃんの甘やかな声。

 それと一緒に、優ちゃんは机の引き出しから手のひらサイズの袋を、私にそっと手渡した。

 開けてごらん、と促されて淡い色の包みを開けると、ピンク色のピアスが目に映った。

『……きれいな色』

 角度によっては、薄づきの桜色にも、桃色のようにも濃い紅色にも見える。色が見る度、表情を変えるみたいだ。

『でしょ? 深月に似合いそうだなって思ったから。……ね、貸して。優が付けてあげる』

『え? いいっ。大丈夫! 自分でつける』

『何故? 優に触れられるのが、不満?』

『ち、違う、そうじゃなくて……』

 反論してる間にするりとピンクのピアスを取られて、指で髪を()かれる。くせっ毛ですぐはねて、扱いにくい髪。

 それを優ちゃんの指先が触れていると思うと、なんだか落ち着かない。

 地肌に沿うように髪をなぞられて、普段は隠れている耳元が露わになる。

 たったそれだけのことに、気恥ずかしくなった

 優ちゃんの長い指が、耳の(きわ)に優しく触れていってやがて耳につけていたピアスをそっと外す。その些細なしぐさが心地良いのに、身震いしそうになる。

 背後で、クスクスと笑う声が聞こえた。

『……うん、やっぱりよく似合う』

 新しいピアスに付け替えると、優ちゃんが満足そうに頷いた。それと一緒にふわりと、濡れたような花の香りが、舞う。

 この香りに惹かれるのは、優ちゃんだからなのか、それとももともと好きな香りだったのか、今でもよくわからない。

 優ちゃんは、手のひらサイズの鏡を手渡してきて、私は新しいピアスになったのを確認した。

 似合っているか、というと……うーん、どうなんだろう。

 思わず小首をかしげてしまう。

 だって、ピンク色が似合うような可愛らしさもきれいさも、無い気がする。女の子らしさも……どうだろう。

 あるかなぁ。料理ができることは女の子らしいといえるのかもしれない。でも、だからといってピンクが似合うことにはならないような……。

『優が選んだものに不満が?』

『え、まさか! 違うよ。ただ……私に合うかなぁって』

『ふぅん。優が似合うって言ったの、信じてない訳?』

 疑いの眼差しを向けられて、ぶんぶん首を横に振る。

 決して優ちゃんのセンスを疑ってる訳じゃない。実際きれいな色のピアスだし。ただ……私に似合う自信がないだけだ。


 優ちゃんはおもむろに、私の髪を耳にかけた。

 小さく囁かれた言葉が、今も鼓膜に焼き付いてる。






『そのピアスも、オマエも、優のお気に入りだよ』






 自分に自信なんてもてる訳がない。今でも、このピンク色が似合うなんて思っていない。でも、それでも、優ちゃんが少しでも好きだといってくれる自分だったらいいなって思った。

 そんな自分で居続けることができたらいい――。そう、あのとき願った。


 だから、だから、大事に――









 考えている途中で、自然と涙がこぼれ落ちた。

 あのときの気持ちは、今も変わらない。

 でも、それがいけないのだろうか。

 


 もう一度だけ、優ちゃんを振り返る。けれどやっぱり目が合うことは――なかった。

 ただ、遠くに浮かぶ三日月が私たちを見つめていた。








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