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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
June
21/23

スコーンの腹(おおかみのくち)






『一人が怖いの?』






 ポツポツと雨が降る。

 冷たい。大粒の雨。

 地面を建物を木々を私を、濡らしていく。

 

 答えられない。一人が怖いなんて言った自分の言葉を認めるのが、苦しい。痛い。


『……俺は、人が一人増えても二人増えても変わらない気がする。あんたは違うの?』

 違う。

 私は小さく頷いた。

 だって――

『イイ子にしてるのよ?』

 そう言って、誰もいなくなった【一人】は――怖かった。

 違う、怖くない。私はいつもちゃんと待っていた。ちゃんとちゃんとそこにいた。

 寂しくなんて、怖くなんてなかった。

 なかったはずなのに――

 落ちてくる雨が地面を叩き続ける。

 指先が色を無くしたように何も感じない。

 泣いているのが、私なのか雨なのかわからなくなる。

 私は、何がしたかったんだろう。どうしてここにいるんだろう。欠片を拾い集めようとしても、細かすぎてもうひとつに戻せない。



『俺は、あんたの言ってることはよくわからない。…………けど』

 しばらくしてから、雨音に交じって少し掠れたひんやりとした声がした。


『これであんたが泣き止むなら、……ここにいる』


 私のかじかんだ手に、彼の手――体温が添えられる。

 驚いて、顔を上げれば感情の乗っていないように思える目、その奥にぬくもりを見つけた気がして見つめ返した。



『あんたはきっと、笑った方が似合う人間だから』



 その表情は、相変わらず変化が少なすぎて読み取りづらい。でも、繋がれた手は温かい。

 降ってくる冷たい雨。

 それとは別の、乾いた地面に染みこむような温かな何かが降ってきたような気がした。




 『だから』



 『俺はあんたと兄弟になってもいい』





 あの日、あのとき、空は確かにそう言った。











「……あれ?」

 鏡を見て、気づいた。

 左耳のピアスがない。

 え、いつなくした?

 めったになくすことなんてないのに、何で……。

 教室で落とした? バラ園? その途中の廊下? もしかして寮に来る時?

 今はもう放課後だった。

 朝はついていたはずだ。あれは、優ちゃんがくれたやつなのに……。そう、買ってもらったセカンドピアスを私はそのままつけてることが多かった。

 色も気に入ってたし、せっかくもらった物だったから。なのに。


 私は慌ててその場から飛び出す。

 外は雨だった。

 今日は一日雨だ。朝から今まで変わらず薄暗い。それどころか、今は土砂降りだ。細かい雨が止むこと無く降り続いてる。どこかでボタボタ流れ落ちる音と地面に打ち付ける雨音、両方、耳に飛び込んでくる。

 私は寮の玄関まで出てから、飛び出した。いつもあるものがない、それにとても不安をかき立てられた。






 ここかもしれない、あそこかもしれない。


 ドアの隙間とか教室の隅とか、そこまで探す必要ないっていうところまで探してる気がする。でも小さなものだから、どこかに入り込んでるかも知れない。そう思うと、きりなく探し続けてしまう。

 放課後の教室は、人の姿がなかった。雨音が、灰色の校舎をたたき続けている。

 それが、なんでかとても心細く思えた。

 寮から教室までの間に降られて、濡れた。半袖のパフスリーブがしめって、腕に張り付いている。少し冷たい。

 でもそれより……。

 テラスや、今日移動した教室も回ってみる。

 ――ない。一体どこいっちゃったんだろう……。

 どうして?

 たった一つなくした位でこんなに不安になるんだろう。怖くて仕方がないんだろう。

 後、探してない場所は…………。



 考えを巡らせて思い当たった場所。バラ園に向かおうとする。

 雨は、少し小降りになってきたように見える。霧雨のような雨が絶え間なく降り注いでいた。

 そうして校舎を出て、ふっと気づく。

 人の姿がぼんやりと見えた。


「…………空?」





 背の高い生徒。

 というか、あの背の高さは空に見える。

 私は、思わず慌てて走り寄った。

「空? 何してるの、こんなとこで」

 私は思わず腕の裾を掴んだ。すると、空は、今気づいたとばかりに普段と同じのんびりした様子で答えた。

「深月? ……何してるの?」

「それはこっちの台詞! まだ雨降ってるよ!? 早く雨宿りを……」

「え?」 

 ものすごくとぼけた声が聞こえた気がしたけど、とりあえず空の腕を掴んで走らせる。

 パッと目についたバラ園に私たちは潜り込んだ。

 

 バラ園の入り口でとりあえず、私たちは一息つく。

 ……うん、けっこう濡れた。もともと濡れてはいたけど……それにしても濡れた。

 拭けるものがあれば拭くのに、何もないからどうにもできない。服が張り付いて、あまり気分は良くない。

 雨は……

 その場から、透明なビニール越しに外を見てみる。さっきより止んできている。空の向こう側に赤い夕焼けが滲んでいるのが見えた。

バラ園は、ドーム型の透明なビニールの屋根で覆われているから、バラで覆われている場所以外は割と見通しがいい。

「それで空、あんなところで何してたの?」

 振り返れば、空は濡れた髪を軽く払っていた。

「園芸部の活動」

 言われて、確かに空の立っていた場所は花壇だったことに気づく。

「でも、いくら何でも雨の日にやらなくても……」

「やれるときにやった方がいいし、止んできてたし」

 空はいたって普通に話す。確か園芸部は他に何人かいたはずだけど……。聞けば、みんな予定合わなかったから、と返ってくる。

「でも、やっぱりだからって、こんな日に雨に当たってたら風邪ひくよ?」

 今は少し、肌寒い。空は、マイペースというか、ゴーイングマイウェイっていうのか……自由気まますぎて時々、心配になる。


 今、寒くないの? 大丈夫? そう聞こうとして、それより先に手を伸ばされる。

 私の耳たぶに。


「……ピアス、無くしたの?」


 想像してるよりあたたかい温度に少し驚く。ピアスがあったはずの場所にじんわりと、空の熱を感じる。

「え、あぁ……うん。探してるんだけど、見つからなくて……。て、それより空! 雨の日にあんまり……」

 無茶しちゃだめだよ? そう言おうとして、私の首あたりをじっと見つめる空に気づく。

「……何?」

 不思議に思って問い返せば、

「これ、どうしたの?」

 ふいに、首筋から鎖骨を触れられる。

「え? …………!」

 【これ】を認識した瞬間、冷たくなっていた手先がカッと一瞬で熱くなったような気がした。

 鎖骨の上部分に、【痕】が残っている。

 

 ……優ちゃんが付けた痕だ……!

 そのときのことが思考を掠めて、頭を振る。

「こ、これは、その、あの、か! (かに)! 蚊にさされて……」


「そういう相手がいるの?」


 せっかく誤魔化そうとしたのに、空の一言がそれを台無しにする。

「ち、違っ」

「じゃあ……無理矢理されたの?」

「そ、そんなことない!」

 そんなに叫ばなくてもいいことを、思いっきり叫んだ。

 自分の行動に頭が痛くなる。

 もうヤだ。雨の冷たさなんて忘れてしまったほどだ。もう消えたい。でも、空を放って飛び出す訳にもいかない。

「……そっか。そういう相手がいるんだね」

 呟かれた言葉がやけにはっきりと聞こえて、何をどう言えばいいかわからなくなる。何か誤魔化して、何か言わなきゃ、何か……。

 考えれば考えるほど、考えがごちゃごちゃになっていく。

 まとまるどころか、何も見えなくなっていく。

「……手、冷たい」

 その瞬間、何の前触れもなく、空が私の手を取った。

 いつもと同じで、ぬくもりを温かみを感じる手だ。

「え、あ。……大丈夫。空の手、冷たくなっちゃうから」

 言ってひっこめようとする。なのに、引き留めるように(すが)るように、手にきゅっと力を込められた。 

「――空?」

「前とは逆だね」

「え?」

 言葉は聞き取れた。でも、何のことを言っているのか私にはわからない。空が何を言おうとしているのか、じっと見つめる。

 その間に、空の髪についていた滴がゆっくり伝い、ぽたりと落ちた。

 空の目が私を捉える。

「あの日、みづは雨の中ひとり立ち尽くして泣いていた。……でも、今は違う。立ち尽くしてたのは、俺のほう。……何で? あのときと違う何を、みづは見てるの? あのときの俺とあのときのみづと何が違うの? ……みづは、誰を思ってるの?」

「誰って……」

 まるで、責められてるみたいだ。

 何で? 責められるような何かをしてはない……はずだけど……。

 あの日。

 たぶん空と出会ったばかりの頃、ママを亡くしたばかりの頃。確かに、何度も雨の中で一人立ち尽くしていた。

 空は、ただそこに……いてくれたような気がする。


 あの頃と私は違う? なにか変わった? 何を見てる? 見てるのはいつも……。

 考えにふけっていると、鎖骨にそっと触れられた。

 触れられたから熱いのか、空の指先が熱いのか、わからなくなる。

「……ちゃんと、空のことも大事だよ? 別に変わってないよ。それはずっと変わらないよ」

 大丈夫だと、首元にある空の手を握り返す。

 そうだ、空が『兄弟になってもいい』と言ったこと、それを変わらず嬉しいと思ってる。だから何も心配する必要ないはずだ。


 なのに、どうして、空の表情は晴れないの?


 ふいに、もう片方の空の手が伸びて、私は空の胸に引き寄せられた。

 湿ったシャツ、濡れているはずなのに熱をもった肌。

 その行動の意味が、私にはわからない。

 戸惑いながら見上げることしか、できない。

「俺は……みづを思ってる。けど、みづは……違うよね」

「何で? 違くなんてない。ちゃんと私は、空が好きだもの」

「……」

 空がいてくれて、私はあのとき助けられた。いつも安心できた。

 それを、ちゃんと伝えてる。伝えてるはずだ。なのに


「たぶん、みづの好きと……俺の好きは違うよ」


 落ちてくる声は、暗い。

 ……私は何かを勘違いしている? 何かを取り違えている?

 それは何となくわかるのに、その【何か】が読めない。つかめない。




「俺の好きは…………みづを独り占めにしたい好き」




「…………」

 耳元で囁かれた。

 言葉に頭がついていかない。

 独り占めしたい? 誰を? 何を? …………どうして?

 固まっていると、声が降ってきた。






「……キスしたい、好き」






「……!」

 言われて、唐突にその意味を理解する。

 動揺して、思わず一歩引いた。

 でも、空に腕を添えられた。

 決して力強く無理矢理つかんでるんじゃない。

 いつでも振りほどけそうなほど優しく、なのに、それだけで、一瞬固まってしまう。

 空が? 何で? 私を?

 確かに、血は繋がってないけれど、だからこそ、だからこそ……【兄弟】でいたい。兄弟でいたいと思っていたのに。

 何で?


 その優しく握られてる手は、私とは違う【好き】を持ってる。

 その事実に強い風が吹き抜けるように、気持ちがざわついた。


 

 見つめられて、見つめ返してしまって、息が上手く吸えなくなりそうになる。

 それが動揺なのか、混乱なのかわからない。ただ、どうすればいいか頭が真っ白になる。


「…………わ、私は! ちゃんとす、好きな人がいて! だから!」

 それでも反射的に思いついた言葉を、声を張って叫ぶ。

 思い出すのは、考えているのは、一番によぎるのは……いつだってたった一人だ。







「――二人で、何やってる訳?」






 ぎょっとした。

 それは、今、頭によぎった人が現れたことに、そして、その声が絶対零度であることに、だ。

 その一声だけで、すぅっと冷たいナイフを首元に当てられたように、背筋が粟立った。











読んでいただき、ありがとうございます。


次回は7月か8月の更新で、今回の続き……もしくは、番外編の「人魚姫」を書きたいと思っています。本編とは全く関係ない物ですが、遊び要素で書いてみたくて。


新しく評価やブックマークしていただいた方、ありがとうございます。励みにして、精進します。

またお暇なときに遊びに来ていただけたら、幸いです。

ありがとうございました。

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