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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
June
20/23

メルティングモメント(とろけるしゅんかん)






『…………何で泣くの?』






『え? あ……』

 無意味だ、と言われて泣きたくなったのは何でだろう。

 上手くいかないから、上手くいって欲しいから、頑張っているのに、頑張っているつもりなのに、全部全部、無駄になっていると思われている、それがひどく……胸に痛いと思ったから……?

 知らず、またポロリと涙が零れた。

 慌てて、拭う。

『ご、ごめん。何でもない。気にしないで。余計なことしてごめんね。じゃあ』

 まともに目も見れずに、まくし立てるように言って走り出す。




 違う。腕をとられた。




『まだ、質問に答えてない。……何で泣くの?』

 まともに目があって、私は泣きたくなった。相手が全く逸らす気がないから。答えるまで話してくれなさそうだから。

 何で? 何で?

 だって、

『無意味って……』

 言った。自分なりの頑張ろうと思っていたこと、自分なりに努力しようとしたこと、だから何? と目もくれずに踏み潰した。

『っ』

 また涙が溢れそうになって堪える。泣くところじゃ、ない。

『俺に無意味って言われると、泣くの? 何で? 俺はあんたと他人だ。他人と仲良くしたところでどうするの? 何の意味があるの?』

 胸が痛い。

『ねぇ、どうして?』

 純粋に、まっすぐ見つめてくるのが痛い。意味があるかないかじゃなくて……

『……だって一人は……』

 

 ひとりぼっちは…………怖い。


 最後に呟いた言葉は、声に出したのか、心で呟いただけだったのか――もう、覚えていない。











 えーと、私、何かしたっけ?


 とても、とても不機嫌そうな優ちゃんの表情を見て思う。


 私は部活後、雨が上がってから寮に戻ってきた。

 先に戻っていた優ちゃんに今日作ったクッキー……メル……あれ、早速名前忘れてる。それを渡したところだった。

 

 帰ってきた時、優ちゃんは机に向かっていた。服か何かを作ろうとしていたのか、花柄の生地を切り取っていた。優ちゃんが寮でしている事は、大抵勉強しているか何か作っているかだ。小物とか、服とか。

 だから、私は隣の椅子に座って、優ちゃんにクッキーを手渡した。

 ……もう少し喜んで貰える予定だったんだけど……。

「えーと、クッキー嫌い、だっけ?」

 その不機嫌さに、思わず聞いてみる。優ちゃんはとても冷めた目で、見返してきた。

「好きだよ?」

 …………好きだよ、と言っている表情じゃないんですけど……。

 優ちゃんは、一度深く息を吐いてから言った。

「でもさ……これって、アレと一緒に作った訳?」

 ……【アレ】。

 アレって……。

 何のことを指しているか考えてみて、ひとつ思い当たる。 

「……もしかして、空のこと?」

「それ以外に誰かいる?」

「え。えーと……うん、まぁ、今日は中高一緒に活動する日だから、一緒に作ったけど……」

 でも、他の部員の人だって作ってるし、空はほんとにちょっと混ぜたり、お皿片付けたりとかくらいしかしてない気がするのだけど……。

 でも、優ちゃんはそれがどうしても不満なのか、「そ」とそっけなく呟く。

 ……そっけないのに、伏せられた瞳を縁取る長い(まつげ)がつややかで、つい目に留めてしまう。その態度すら、どこか絵になるのは何でだろう。

 人に見られることに馴れているから? 生まれ持ったものだから? 見られるからこそ努力しているから? 

 それとも単に……私が優ちゃんに惹かれているから?

 ふいに、優ちゃんの瞳がこちらを見る。

 ドキリとした。

 その目元にはまだ、不満が浮かんでる気がする。

「……やっぱり優ちゃんは空が、あんまり好きじゃ無い?」

 人には合わない人っていうのはいるのだろうけど、やっぱり好きな人同士が険悪なのも、少し寂しい気がする。……勝手なことを思っているのだけど。

「アレが深月に(まと)わりついてるからね」

「兄弟だよ?」

「血の繋がらない、ね」

「それは……」

 そうだけど、でも、血が繋がらないからって一緒にいて恋人同士のように仲良くなるかって言うと、違うと思う。

 そういうことじゃ、ないんだろうか。

 そういえば、綾乃ちゃんもそのことを気にしていた気がする。

『空先輩とみーちゃんて付き合ってたことでもあるの?』

『え……えぇーーー? 何で? ないない、そういうんじゃないよ!?』

 私と空は、兄弟じゃないから。

 そうじゃないから、兄弟でいたいと、思う。

 私はこれからもそれを大事にできたらと思っているけど……それは、周りからみたら何か、違うのかな……。

 思いふけるように遠くに目を向けていると、朝日と夕日が溶け込んだようなハチミツ色の目がこちらをじっと見ているのに気づく。

「……ね、おいで?」

「………………十分近い……と思うんですけど……」

 クッキーを手渡せるくらいの位置にいるんだから、もともとそれなりに近い距離にいると思う。

 そう思うのに、優ちゃんは熱を注ぐように見つめてくる。

「そう? 優はもっと……近くがいい」

 優ちゃんの指先がおもむろに、私の耳の(ふち)に触れる。感触をひとつひとつ確かめるようにゆっくり、指の腹でなぞる。その感覚に、思わず小さく声を上げそうになる。

「~~優ちゃんっ」

「深月が素直じゃないからでしょう?」

 クスクス鈴が鳴るように笑われて、顔が熱くなりそうになる。おいで、と言われてもそれに素直にその通りにするのは難しいと思う。なのに、優ちゃんの指先に引き寄せられそうになる。絡め取られて、溺れたくなる。

「深月」

 艶やかな声に引き寄せられるように、少しだけ寄る。優ちゃんと肩が触れるか触れない程度に……。

「もっと」

 高みの見物をしているようなに余裕な態度。しなやかな指を私の髪に絡ませてくる。囁かれる声に、熱い息が漏れそうになった。

「もう十分近いっ」

「優はまだ、足りない」

「~~~っ」

 その長い指で、髪に触れられて首筋をなぞられると頭の奥から痺れそうになる。無視できない。振りほどけない。私は半分、優ちゃんに引きずられるように肩をぴたりとつけた。

 肩と腕が触れただけなのに、やけに熱く感じる。

「ね、こっち向いて」

 まともに優ちゃんの方を見れなくて(うつむ)けば、さらにねだられた。耳元をくすぐる吐息が、背筋を震わす。

「深月」

 いつもそう、声に誘われるように、甘い蜜に誘われるように、濃くてクラクラするバラの香りに導かれる。

 顔を上げれば、唇が触れあった。濡れている感触がする。自分以外のぬくもりが混じりあう感覚に全部、委ねたくなる。

「も、もういい」

 自分が自分じゃない何かに溶かされるような気がして、反射的に距離をとる。

「何で? 深月から優に触れてきたでしょう?」

「そ、そんなことないっ」

 優ちゃんはひとしきり笑ってから、するりと指先で私の頬をなでる。

「……ねぇ、メルティングモメントを訳すとなんて言うか知ってる?」

 メルティングモメント。

 そうだ、渡したお菓子の名前だ。

 お菓子の名前すら忘れる私はもちろん、訳した言葉なんて知らない。首をかしげれば、


「蕩ける瞬間」


 優ちゃんの囁きがバラの香りにのって、私を深みにはまり込ませる。あっけなく絡め取られる。


「優が、好き?」

 グラグラする。気持ちが囚われて離れられない。私は優ちゃんの視線に耐えかねて、小さく頷いた。

 はちみつ色の瞳も、どこか艶やかな声も、零れるような香りも……好き。

 そう思うことがあんなに怖かったのに、今はもう――。


 ただ触れて、じんわりと熱を分け合う。 






 ほろほろと(ほど)けていくように、(とろ)けていくように。












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