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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
October
2/23

蜂蜜づけの眼差し

 





 お昼のチャイムが鳴った。

 


 いつものように、温室のバラ園へ向かう。

 私は、だいたいお昼を優ちゃんと一緒にとっていて、バラ園に行くことが多い。

 いつでもバラがきれいなこの場所は、優ちゃんのお気に入り、というか優ちゃん専用のものだ。

 学園長が優ちゃんのために作ったとか、何とか。



 いつも、黒いツタ模様のテーブルにはお昼の用意がされている。 

 普通、お昼はカフェテリアやガーデンで食べるんだけれど、優ちゃんだけこの仕様だ。

 学園長の孫の特権ってコトなのかな。

 優ちゃんといると、何かこう、普通の感覚からずれそうで怖くなる。

 小学生の頃、『プール一緒に行こう』と誘ったら『家のプールならいい』と答えられたことがあった。

  ……普通、家にプールはないよね……。



 私は、温室のバラ園に入ると、辺りを見回した。

 まだ優ちゃんは来てないらしい。

 テーブルの上には、サーモンときゅうりのサンドイッチ、それと紅茶とスコーンの用意がされている。

 今日は、サンドイッチと優ちゃんお気に入りの『クリームティー』らしい。

 スコーンと、なんとかジャムやなんとかクリームの紅茶のセットのことを言う、らしい。優ちゃんが、そう言っていた気がする。

 優ちゃんとのお昼は、こういうものが多い。なんというか、やっぱり外国っぽいというか。

 出てくる物が、例えばビーフシチューとか、ホットパイとか、プティングとか。

 おいしいんだけどね。でも、ここは日本なんだし……みたらし団子とかみたらし団子とかみたらし団子とか、あっても良いと思う。

 まぁ、それはお昼のメニューとしてはおかしいんだけど。

 と、考えていたところで、どこからかくぐもった声がした。

 ……温室の外から、かな……?

 続くノイズに、私は席を立って、声のする方へ歩いて行く。

 この温室は学園の端にあるし、ほぼ優ちゃんのプライベートルームなので、あまり人は来ないはずなんだけど……。

 ……?

 さっきから耳を澄ませているけど、やっぱりよく聞こえない。必死に叫んでいるような気がする。

 思い切って温室の外に出てみると、声が飛び込んできた。



「だから、やめろって言ってるのわかってる!?」



 慌てて、声のしたほうに駆けよれば――

 押し倒されてる優ちゃんと、そこにのし掛かっている男子生徒の姿があった。

「優ちゃん!?」

 反射的に叫べば、男子生徒が一瞬こっちを見た。

 その一瞬で優ちゃんが…………えーと、その男子生徒の急所を思いきり()り上げた。

「ぐあ~~~~~~~~~~~~っっ!!」

 男子生徒が(もん)(ぜつ)してる間に、何事もなかったかのようにこちらへ優ちゃんが歩いてくる。

 まっっったく気持ち悪い。カス以下、ゴミ以下。

 とか、なんとか(つぶや)きながら。

(こん)(りん)(ざい)、優の視界に入るな。消えろ」

 絶対零度の視線を男子生徒に浴びせると、私の腕に自分の腕を絡ませ、行くよ、と歩き出す。

「え、あ、う、うん」

 男子生徒はまだ(うめ)いていたけど、優ちゃんが振り返る気配はない。

 私は、優ちゃんの腕に連れられるまま、温室の中へ入った。



「はぁ、ゲスなことに巻き込んで悪かったね」

 ガーデンテーブルにつくと、優ちゃんがすらりとした足を組んで、椅子に座った。

 私も、おずおずと隣の席に座る。

 どうやら、バラ園に着いたら、突然不意をついて襲われたらしい。

 うん、言葉そのまま【襲われた】らしい。

 ……実は、今までにも何回か見たことがある。告白されてるところとか、抱きついてこようとしてる男子、押し倒そうとする男子…………。

 モテるを通り越して、色々大変な人なのかな、と思ったりする。

 だから、優ちゃん自身、鍛えたりしている……らしい。

 その割には、優雅だよね。

 テーブルマナーまでどこかできっちり習ったのかも、と思うほど。

 優ちゃんなめらかな動作でカップにミルクを注ぎ、ティーポットから紅茶を注ぐ。

 湯気がふわりと立った。

 王女様というか、女王様というか。

 背後のバラも、手にした縁が金のティーカップすら、優ちゃんのためにあるような雰囲気だった。

 さすがモデル。……違うか。

「さすが歩くフェロモン……」

「なぁに?」

 冷たい視線が飛んできて、つい、(あい)(まい)な笑みを返す。

「あ、いや、何でもないデス」

「ふぅん? とりあえず、さっさと食べた方がいいよ。ほんっとに無駄な時間過ごしたから」

 スコーンを口にする優ちゃんにならって、私も昼食をとり始める。

 サンドイッチを食べて、それからスコーンを手にとって、白い生クリームのようなクリームと何とかジャムもつける。……やっぱり名前が、思い出せない。クリームは、生クリームじゃない。ジャムはクランベリーでも苺でもない。

 でも、甘酸っぱい鮮やかな赤いジャム。

 いっつも忘れる。


 

「クロテッドクリームと、ルバーブのジャム」



 優ちゃんにさらっと言われて、顔をあげる。

「忘れた、て顔してたけど? 深月はすぐ顔にでる」

 優雅に微笑む優ちゃんがいる。

 何をやっても何をしても、(かな)う気がしない。いつも先読みされる。

「うぅ」

 寮での自習時間でも、そう。

 私が勉強で行き詰まってると、優ちゃんに声をかけられる。今ほどほどに成績が落ち着いているのは、優ちゃんのおかげなような気がする。

 とりあえず、誤魔化すようにスコーンをもぐもぐ味わう。

 いつもしっとりした生地で、この酸味の強いジャムとこっくりしたクリームがよく合う。

 個人的一番は、やっぱり【みたらし団子】なんだけどね。

「深月、ついてる」

 ふいに、優ちゃんの指先が顔周りの毛先をすぅっとなでていく。

「え、あ、ごめん」

 優ちゃんの白い人差し指に、真っ赤なジャムがほんの少し付いてしまう。

「あ、ティッシュ持ってるから、待って」

 ティッシュで拭き取ろうと、 慌ててポケットを探ろうとして「別に問題ないけど?」と(さえぎ)られる。

 何で、と顔を上げると、優ちゃんは自分の指先のジャムを()めとってしまう。

 ()れた舌がチロリと一瞬だけ、覗く。

 その仕草が、あまりに意味ありげに、というか色っぽく思えて、目線をずらす。

 何で優ちゃんは、やることなすこと色気があるんだろう。

 まともに見てられない。

 とりあえず、またスコーンを口に詰め込んで、紅茶を飲む。

 ……うー、どうしよう。味がしない。

「何でこっち見ないの?」

 本当に疑問に思っている、というより笑いを含んだ言い方だ。余裕たっぷりな女王様がガチガチに緊張した臣下を目にして、ほくそ笑むような、そんな感じ。

「す、スコーンを食べたいから」

 どう答えればいいかわからなくて、目の前のスコーンのせいにする。スコーンに責任を押しつけた以上、もう一つ食べようとスコーンを手にしようとして、止める。

 正確には、頬に優ちゃんの手が添えられて動きを止めるしかなかった。

「ねぇ、深月」

 動けなくなる。優ちゃんのこの声は、苦手だ。

 花の蜜に誘い込まれているような、身体の奥の何かが沸き立つような、甘いくらりとする声。

「ちゃんと優を見なきゃ、駄目だよ?」

 瞳を見たら、きっと(とら)われる。そんな気がするから逆らいたいのに、そこに磁力があるように引き寄せられる。

 じっと向けられる、熱い視線と混じり合いそうになって――

 私を現実に引き戻す音が、聞こえた。

 予鈴だ。

 ハッとして、席をたつ。

 ガタンと椅子が後ろに倒れた気がしたけど、それどこじゃない。

「かかかかか帰るね!!!!」

 投げ捨てるように言って、飛び出す。

 きっと、顔は赤い。

 まだチャイムが響く中、走り抜ける。

 心音だけ大きくなったように、響き続ける。

 こんなんじゃ、駄目だ。

 こんな風になりたいんじゃない。だって、私は……

 大きな木の前で立ち止まる。荒い呼吸。乱れたまま、ずるずると座り込む。


 

 『普通』でいたい。何かに乱されないで、囚われないで生きていきたい。


 

 だってママは……。

 ママはずっと何かに乱されて、誰かに囚われて生きていた。それこそが幸せだと、それしか見えてなかった。


 

 だから……

 脳裏に燃えさかる炎が思い浮かんで、振り切るように首を振る。

 私は、違う。ママじゃない。私は、あんな風にはならない。


 

 きつくきつく手を握りしめる。

 握りしめて、赤くなるほど(つめ)(あと)がついても、それで手のひらが痛んだとしても、それでもいいんだ。



 そんなこと、どうでもいい。







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