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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
June
19/23

トライフル(つまらないもの)





『いらない』






 渡そうとした包みは、相手に渡ることなく私の手に残ったまま。

 ひどく興味なさそうに彼は――私の【兄】になった人は言った。


『別に兄弟になったからって気遣う必要は無いと思う』


 彼に向かって伸ばした手が、包みが、行く先をなくして宙ぶらりんになっている。

 新しい環境、新しい家族。うまくやらなきゃ。うまく生きていかなきゃ。今度こそ上手にやっていかなきゃ。

 その気持ちにパリン、とヒビがが入る。

 彼は色のない目で私を見て、素っ気なく逸らした。

『兄弟だから、家族だから、仲良くしなきゃいけないと思ってるの? あんたの仲良くしよう、は無駄だらけだ。……無意味だよ』


 世界を映したまま、ガラスが粉々に砕けるように気持ちが散っていった。











「いる?」

 振り向きざま、口に熱くて甘いお菓子を突っ込まれる。

「あ、あつっあふいっ!」

 焼きたてのクッキー……【メルティングモメント】を口で受け止めきれずに、思わず自分の手で受け止める。

「空っ! 熱いから!」

 どちらかというと猫舌の方だし……いや、違う。

 そもそも熱い熱くないの問題じゃなくて、作った物を先走って食べないほうがいいと思う。熱すぎるし、何より今は【調理部】として活動してるんだし。

「え? そんなに熱かった?」

 空は不思議そうに首を傾げてから、私の手にあるメルティングモメントをつまんで自分の口にいれた。

「…………うん、甘い」

「だから、空っ。つまみ食いしないっ」

 今は、私たちだけじゃないのだ。

 今日は調理部の活動日で、エプロンをつけ三角巾を巻いてお菓子作りをしていた。調理室は、今こっくりした甘いバニラの香りが漂っている。


 今日の実習は、【サマープディング】と【メルティングモメント】だった。

 普段はご飯もの、料理を作ることが多いけれど、今日は生徒側のリクエストで決定したお菓子を作っていた。

 テラスで時々【プディング】や【メルディングモメント】が売られてるから、人気が高かったらしい。

 私は、いつも道り『みたらし団子を作りたい(食べたい)』とリクエストしたけれど、私以外リクエストした人がいなかったから、当然採用はされなかった。

 

 うん、その時はがっかりしたけど、でも作ってみれば結局は楽しい。それにできたものが、かわいい。


 真ん中に赤いチェリーをのせた軽い食感のクッキー。それと ワインのような深い赤がきれいなプディング。ボウルに食パンを敷き詰めて、ベリー類に砂糖を加えたシロップを染みこませたものだ。

 並べられたお菓子を見て、ほぉっと息をついた。

 作ってる過程も好きだけど、見て楽しんで、食べて楽しむことができるのが調理部は楽しいと思う。


「すごく嬉しそうだね、みづ」

 少しあきれを含んだ声。空は基本、淡々としか話さないけれど、今はそういう小さな差がわかる。

 昔はそれが全くわからなくて、そっけない、怖い、と思っていたけれど今は違うと知っている。

「だって、すごく綺麗だし、おいしそうだし」

「良かったね。最初は、みたらし団子じゃなくてがっかりしてたから」

「う。……もちろん、それそれで食べたいんだけど」

「……欲張り」

 空が、ふっと笑った。

 空の大げさじゃない、空気を柔らかく含ませたような笑いが好きだなと思う。

 普段、あまり表情が動かないからこそ、少し目元を緩ませただけで、とても特別に思える。


 でも正直、意外だった。空がこの4月から調理部に入ったのは。

 正確には、【園芸部】と【調理部】の兼部しているけど、普段、空は料理しないタイプだったから。

 好きな物も卵スープとか、干し梅とか何となく淡泊だし。本人に聞いたら、『してこなかったからこそ、やってみたくなった』って言ってた。

 まぁ、空は高等部だから、毎回一緒の活動ではないんだけど、時々中等部、高等部合同の日がある。そのときは、今日みたいに一緒にいることが多い。


 でも、初心者ながら意外に黙々とこなして……

「高梨くん、そのお皿捨てないで!」

「え?」

 いる…………のかな。今、空が何でか、洗ったお皿をゴミ箱に捨てようとしていて、先輩に注意されていたけど。

 こなしている、ということにしておこう。

 時折不安になりつつも、それでも穏やかに過ごしていた。



「……あれ、夕立?」

 作ったお菓子を皆で食べて後片付けが終わるころ、突然、雨が窓を打ち付ける音がした。

 さっきまでよく晴れていた気がしたのに……。

 周りから『この雨、寮行くまでにずぶ濡れじゃない?』『そのうち止むからちょっと待ってよーよ』という声がする。

 私も、ちょっと雨が引くまで待とうかな。考えている間に、ドンど心臓に響き渡る鈍い音が聞こえた。

 雷だ。

「……しばらく、残る?」

 窓の外がフラッシュしたように光った。

 エプロンと三角巾を外した空が、私の横に立つ。

「うん、たぶんすぐ止むから」

 天気予報が晴れだと言っていても、時々こんな日がある。

 晴天だと思ったら、少し冷たい風が吹き付けてきて黒い雲がかかる。すると、だいたい夕立になる。

 外はびっくりするほど暗い。


 ……優ちゃんは、もう寮に戻ってるかな。

 ぼんやりと、ここにいない人を思い浮かべる。手だけで食べれそうなメルティングモメントを少しだけ、優ちゃんに持ち帰ることにした。

 衛生上あまり持ち帰るなと言われてるけど、ちょっとだけお土産にしたくてとっておいた。

 優ちゃんが好きなものだったらいいな。

 何気なくそんなことを考えていると、ふいに触れられた感覚がした。

 耳元。

 今は小さなピンク色のピアスをしている耳たぶに、空の指先がそっと触れていた。

「何?」

 空の持つぬくもりが耳から伝わってくる。

 不思議に思って見上げると、聞かれた。

「みづって……ピアスしてたっけ?」

「え、あぁ、これ? うん。優ちゃんに開けてもらって……」

 とサラッと言いかけて、余計なこと言ったかなと思った。優ちゃんはあまり空に良い印象を持ってないから、話されると嫌かもしれない、そう思って語尾を濁した。

 けど、空にはしっかり聞かれていた。

「月城さん? ……そっか。仲いいもんね。みづと月城さん」

「……うん」

 付き合っている、とか本当は女の子じゃないとか、色々口にすることはできないから、とりあえず頷いておく。

「みづがピアスするなんて、意外」

 今打ち付けてる雨よりよっぽど静かに、空が呟く。でも、そこに驚きが含まれているのがわかる。そんなに意外だったかな、と自分でも自然と耳たぶに触れる。

「……そうかな?」

「うん、だって前は怖いっていってたから」

「あぁ、うん。言ってたかも。えと、でもまぁ優ちゃんがいたから……」

「……そっか。みづは、月城さんがいると心強いんだね」

「…………うん」

 

 心強い、というか、優ちゃんがいてくれればそれでいいというか……。

 思考回路が深みに嵌まりそうな気がして、考えるのを止める。

 


「本当に、仲良いね」



 そう呟かれた言葉が、やけに耳に残った。






6月は、「トライフル(つまらないもの)」「メルティングモメント(とろけるしゅんかん)」「スコーンの腹(おおかみのくち)」で掲載します。よろしくお願いします。

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