トライフル(つまらないもの)
『いらない』
渡そうとした包みは、相手に渡ることなく私の手に残ったまま。
ひどく興味なさそうに彼は――私の【兄】になった人は言った。
『別に兄弟になったからって気遣う必要は無いと思う』
彼に向かって伸ばした手が、包みが、行く先をなくして宙ぶらりんになっている。
新しい環境、新しい家族。うまくやらなきゃ。うまく生きていかなきゃ。今度こそ上手にやっていかなきゃ。
その気持ちにパリン、とヒビがが入る。
彼は色のない目で私を見て、素っ気なく逸らした。
『兄弟だから、家族だから、仲良くしなきゃいけないと思ってるの? あんたの仲良くしよう、は無駄だらけだ。……無意味だよ』
世界を映したまま、ガラスが粉々に砕けるように気持ちが散っていった。
「いる?」
振り向きざま、口に熱くて甘いお菓子を突っ込まれる。
「あ、あつっあふいっ!」
焼きたてのクッキー……【メルティングモメント】を口で受け止めきれずに、思わず自分の手で受け止める。
「空っ! 熱いから!」
どちらかというと猫舌の方だし……いや、違う。
そもそも熱い熱くないの問題じゃなくて、作った物を先走って食べないほうがいいと思う。熱すぎるし、何より今は【調理部】として活動してるんだし。
「え? そんなに熱かった?」
空は不思議そうに首を傾げてから、私の手にあるメルティングモメントをつまんで自分の口にいれた。
「…………うん、甘い」
「だから、空っ。つまみ食いしないっ」
今は、私たちだけじゃないのだ。
今日は調理部の活動日で、エプロンをつけ三角巾を巻いてお菓子作りをしていた。調理室は、今こっくりした甘いバニラの香りが漂っている。
今日の実習は、【サマープディング】と【メルティングモメント】だった。
普段はご飯もの、料理を作ることが多いけれど、今日は生徒側のリクエストで決定したお菓子を作っていた。
テラスで時々【プディング】や【メルディングモメント】が売られてるから、人気が高かったらしい。
私は、いつも道り『みたらし団子を作りたい(食べたい)』とリクエストしたけれど、私以外リクエストした人がいなかったから、当然採用はされなかった。
うん、その時はがっかりしたけど、でも作ってみれば結局は楽しい。それにできたものが、かわいい。
真ん中に赤いチェリーをのせた軽い食感のクッキー。それと ワインのような深い赤がきれいなプディング。ボウルに食パンを敷き詰めて、ベリー類に砂糖を加えたシロップを染みこませたものだ。
並べられたお菓子を見て、ほぉっと息をついた。
作ってる過程も好きだけど、見て楽しんで、食べて楽しむことができるのが調理部は楽しいと思う。
「すごく嬉しそうだね、みづ」
少しあきれを含んだ声。空は基本、淡々としか話さないけれど、今はそういう小さな差がわかる。
昔はそれが全くわからなくて、そっけない、怖い、と思っていたけれど今は違うと知っている。
「だって、すごく綺麗だし、おいしそうだし」
「良かったね。最初は、みたらし団子じゃなくてがっかりしてたから」
「う。……もちろん、それそれで食べたいんだけど」
「……欲張り」
空が、ふっと笑った。
空の大げさじゃない、空気を柔らかく含ませたような笑いが好きだなと思う。
普段、あまり表情が動かないからこそ、少し目元を緩ませただけで、とても特別に思える。
でも正直、意外だった。空がこの4月から調理部に入ったのは。
正確には、【園芸部】と【調理部】の兼部しているけど、普段、空は料理しないタイプだったから。
好きな物も卵スープとか、干し梅とか何となく淡泊だし。本人に聞いたら、『してこなかったからこそ、やってみたくなった』って言ってた。
まぁ、空は高等部だから、毎回一緒の活動ではないんだけど、時々中等部、高等部合同の日がある。そのときは、今日みたいに一緒にいることが多い。
でも、初心者ながら意外に黙々とこなして……
「高梨くん、そのお皿捨てないで!」
「え?」
いる…………のかな。今、空が何でか、洗ったお皿をゴミ箱に捨てようとしていて、先輩に注意されていたけど。
こなしている、ということにしておこう。
時折不安になりつつも、それでも穏やかに過ごしていた。
「……あれ、夕立?」
作ったお菓子を皆で食べて後片付けが終わるころ、突然、雨が窓を打ち付ける音がした。
さっきまでよく晴れていた気がしたのに……。
周りから『この雨、寮行くまでにずぶ濡れじゃない?』『そのうち止むからちょっと待ってよーよ』という声がする。
私も、ちょっと雨が引くまで待とうかな。考えている間に、ドンど心臓に響き渡る鈍い音が聞こえた。
雷だ。
「……しばらく、残る?」
窓の外がフラッシュしたように光った。
エプロンと三角巾を外した空が、私の横に立つ。
「うん、たぶんすぐ止むから」
天気予報が晴れだと言っていても、時々こんな日がある。
晴天だと思ったら、少し冷たい風が吹き付けてきて黒い雲がかかる。すると、だいたい夕立になる。
外はびっくりするほど暗い。
……優ちゃんは、もう寮に戻ってるかな。
ぼんやりと、ここにいない人を思い浮かべる。手だけで食べれそうなメルティングモメントを少しだけ、優ちゃんに持ち帰ることにした。
衛生上あまり持ち帰るなと言われてるけど、ちょっとだけお土産にしたくてとっておいた。
優ちゃんが好きなものだったらいいな。
何気なくそんなことを考えていると、ふいに触れられた感覚がした。
耳元。
今は小さなピンク色のピアスをしている耳たぶに、空の指先がそっと触れていた。
「何?」
空の持つぬくもりが耳から伝わってくる。
不思議に思って見上げると、聞かれた。
「みづって……ピアスしてたっけ?」
「え、あぁ、これ? うん。優ちゃんに開けてもらって……」
とサラッと言いかけて、余計なこと言ったかなと思った。優ちゃんはあまり空に良い印象を持ってないから、話されると嫌かもしれない、そう思って語尾を濁した。
けど、空にはしっかり聞かれていた。
「月城さん? ……そっか。仲いいもんね。みづと月城さん」
「……うん」
付き合っている、とか本当は女の子じゃないとか、色々口にすることはできないから、とりあえず頷いておく。
「みづがピアスするなんて、意外」
今打ち付けてる雨よりよっぽど静かに、空が呟く。でも、そこに驚きが含まれているのがわかる。そんなに意外だったかな、と自分でも自然と耳たぶに触れる。
「……そうかな?」
「うん、だって前は怖いっていってたから」
「あぁ、うん。言ってたかも。えと、でもまぁ優ちゃんがいたから……」
「……そっか。みづは、月城さんがいると心強いんだね」
「…………うん」
心強い、というか、優ちゃんがいてくれればそれでいいというか……。
思考回路が深みに嵌まりそうな気がして、考えるのを止める。
「本当に、仲良いね」
そう呟かれた言葉が、やけに耳に残った。
6月は、「トライフル」「メルティングモメント」「スコーンの腹」で掲載します。よろしくお願いします。




