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真っ黒な毒をオマエにだけ、あげる  作者: 大高知ピエロ
May
18/23

消し炭色の夕焼け ~綾乃Ver~






「あのさぁ」



 さっきまでは、私を目に留めても一言だって口を開けなかったのに、ここぞとばかりに彼は言い放った。






「何でオマエの文句を優が聞かなきゃいけないの? 聞く必要がある訳? 聞く価値がどこにあるの? それだけご立派な理論を持っているとでも? 持っているわけないよね。所詮(しょせん)()()の外の人間なんだから。それで、何癖(なんぐせ)つけるのやめてくれない? 不愉快極まりないんだけど」


「…………」

 雨上がりの夕日が照らす放課後、たまたま会った優摩に一声かければ、文句の()(れつ)が返ってきた。

 不愉快極まりないのはこちらの方だ。

『みーちゃんを大事にしなさいよ』

 たまたま校舎内で居合わせたから、一声かけた。

 そしたらこれ。

 しかも、私は善意で言ってるつもりなんだけど……どういう神経してんのよ。

 私は、今旧校舎に向かおうとしていた――つまり、先生と会うために向かっている途中で出会った。優摩はたぶん、バラ園へ行くのだろう。彼はみーちゃんとのお昼以外にも、案外バラ園に()もっていたりする。

 というか、イライラするのは勝手だけどそれを私に向けないで欲しい。

 真正面から睨みつけられ、私も同じように睨み返した。


「じゃあ、ずっと気になってたこと言わせて(もら)いますけど……みーちゃんは、あなたが【栗花落(つゆり)優摩】だと知ってるの?」

 

 そこがずっと気がかりだった。

 みーちゃんは何も気にしてないように見える。

 何も知らないように思える。

 みーちゃんの母親と一緒に亡くなった相手は、優摩の父親だ。母親が不倫していた相手の息子が……優摩だ。それを、みーちゃんはどう感じるのだろう。どう思うのだろう。

 私には、想像がつかない。


「何それ。……何でそんなこと聞く訳?」


 そう言った時の、優摩の冷めた視線といったら、ない。

 突然雨が降り出すときの、すっと冷えた風が首筋や指先に吹き付ける、あの感じに酷く似てる。

「あの子は何も知らないでしょう? 何故言わないの? 事実はどうやったって変わらないんだから、隠し通すより、打ち明けるほうが【誠実】でしょう? 違う?」


「誠実?」


 じっと睨みつけていた表情が、歪む。痛みを全て吐き出すかのように、表情がいびつに崩れる。

「……誠実、せいじつ、セイジツ、ねぇ」

 繰り返すその言葉は、心底馬鹿にしたような言い方だ。嘲笑(あざわら)うような、鼻の先で笑うような、不快な笑みだ。

「何が誠実なの? というか、誠実が何なの? 馬鹿馬鹿しい。誠実さなんて何の役にも立たない。何の意味も無い」

 まっすぐピンと張り詰めた糸のように、こちらを見据える。

 本当に……優摩のそういうところが心底嫌いだ。

 自分の感情のまま生きてるくせに、何一つ信じようとしない。そういうところが。

「…………優はただ、誰かに、何かに奪われるのが許せないだけ。例えそれが真実であっても、それで優のものが奪われるのなら口にしない。口にするのが誠実だなんて言われたくない」

 ……いっそ、怖いくらいにはっきり言い切る。

 私の言葉じゃ何も意味が無い。いくら、言葉を尽くしても届かない。


 優摩の薄い金に似た髪が、夕日に染まって赤く見える。

 影を落とした瞳はどこか暗い色をしている。

 それ以上何かを言うのは許さない。そういう拒絶を感じる。


 ……私は、みーちゃんがなるべく幸せであったらいいと思う。優摩もみーちゃんの不幸せなんて望んでないはずだ。

 なのに、何でこうもかみ合わないのだろう。

 私が思っていることが、言っていることが、余計なことなの?

 ……わからない。


 私は結局深くため息をついて『そこまで言うなら、何もいわないわ』そう言った。


 そう言うしか、できなかった。






 それから無言で優摩と別れた私は、旧校舎の屋上に出る。空は、雨上がりのせいか、真っ赤なのに、空に薄くかかった雲がどす黒い。


 そして、目にする。

 屋上から見える景色を。バラ園の前に、みーちゃんと空先輩の姿を。一体何故、先輩がそこにいるのかはわからない。

 でも、そんなことはどうでもいい。問題なのは、その二人を恐らく目にしてる位置にいる優摩だ。


 何を思って、そこに立ち尽くして二人を見ているのか――。

 ざわりと鳥肌がたつ。






「あ、来てたんですね」

 その最中、屋上で待ち合わせていた相手が振り返った。私の心境はお構いなしの、のんびりとした声だ。

 この人は――馬修(ましゆう)先生は、相変わらずネクタイだけやけに明るい。

 今日は、ミントブルーのような蛍光色にもパステルカラーにも似た色のネクタイだ。

 彼がいうには『最近うちに仲間入りしたセキインコの色そっくりなんですよ』だそうだ。

 彼のセンスのなさは、家で飼っているインコから来ている。はっきり言うと、この人は正真正銘【インコバカ】だ。

 休日に外で会った時、服が全身蛍光イエローだった時は、180度回転して寮へ帰ろうと本気で思った。

「下の二人……三人が気になるんですか?」

 私の視線の先を察知してか、先生がふっと笑う。

 この人は、見た目はとても脳天気そうというか害意がなさそうだけど、案外、人の細かい所をよく見ている。職業柄なのだろうか。

「珍しい組み合わせですよね。高梨くんと高梨さんと、月城さんと」

「まぁ、そうね」

 曖昧に頷く。

 曖昧にしか頷けない。

 優摩とみーちゃんがルームメイトであることは先生も知っている。みーちゃんと空先輩が兄弟だと知っている。でも、それ以上のことは話せない。優摩自身のこと。優摩とみーちゃんのこと。

 ……どんなに側にいたとしても、全部を話せる訳じゃないと知っている。それでも……。


「で、そろそろよそ見ばかりじゃなくて、先生を見てくれませんかね?」

 視界に入り込むように、馬修先生が顔を覗かせてきた。

「……別に視界には入ってるわ」

 近くなった距離に、思わず違うところを見やる。これだけほわほわした雰囲気を持つのに、この人は本当に不意打ちが得意だ。

「まぁ、確かに、視界には入ってますけど、さっきから目線は合いませんよ」

「……」

 そんなことを言われて、素直に視線を合わせる人がどれだけいるのだろう。

「あなたのネクタイが眩しすぎるのよ」

 じっと見てくる気配を感じて、適当なことを言う。

 別にネクタイの眩しい色なんて今更で、本当は別に気にしていない。ただの当てつけだ。なのに、

「そうですか? じゃあ」

 と言って、この人はネクタイをゆるめる。『え……!?』と、こちらが驚いてる間にするりと取ってしまう。

「何で外すのよ……」

「あなたが俺をみてくれるために、ですかね」

「……!」

 その瞬間、真正面からぎゅっと抱きしめられた。気づけば先生の腕の中にいて、身動きがとれない。

「本当にあなたは、意地っ張りですよね。こうしている時の方がよっぽど素直だ」

「……いちいち抱きつく必要はないと思うわ」

「ちょっと寒いんですよ」

「……あのね、今日は寒いっていうほどの気温じゃないでしょう」

「そう、あなたのおかげで寒くないですね」

「…………」

 ああいえばこう言う。この人のこういう所が苦手で、こういう所に――惹かれているような気がする。

 間近で目が合えば、そっと口づけられた。

 吹き抜ける風。沈んでいく夕日。広がっていく夜の気配。


 今の位置からは見えない、バラ園の方を目にして思う。


 ――もし願いがきちんと届くというのなら、みーちゃんの気持ちが何かに踏みにじられませんように。優摩の持つ熱に焼かれてしまいませんように。

 

 いつだって願いなど、此処(ここ)から月を掴もうとするように無意味だと知っている。

 けれどそれでも、赤黒い太陽を見つめながら――願った。

 





 行く先に、彼女の願う幸せがありますように。






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