果実の蜜~優摩ver~
「お帰りなさい」
まるで、綿菓子みたいなふわっとした笑顔が優を出迎える。
部屋に戻ると、深月が二段ベッドの二階から顔を出してきていた。
「……ただいま」
「お疲れ様。……大丈夫? 撮影の時間って本当不規則なんだね」
顔をのぞかせながら、深月が何気ない調子で言った。
優は、荷物を自分の机の脇にかけながら応える。
「そうだね。無駄が多かったからじゃない?」
今日、深月には『撮影がある』と言って出てきた。
オーディションへ行く予定だったとか、結局母さんと水族館へ行ったとか、言うつもりはない。
オーディションは結果が出てから話せば良いものだし、母さんとの水族館も……話す価値もない。
「それより、深月は何してた訳?」
深月は勉強以外の時間、案外二段ベッドにいることが多い。
雑誌を見たり、日記のようなものを書いていたり、メイクをしたり……だから、いつも簡単に優にベッドに乗り込まれる。
「え? えっと……」
優が梯子を登ってきているのに気づいたのか、何故かベッドの端へ退避される。というか、縮こまって正座している。
失笑する
何をそんなに緊張してるんだか。
優は深月の横に座って、そのまま深月の肩に顔を預ける。すると、わかりやすく肩が跳ねた。動揺が直に伝わってくる。
ほんとに、そういう挙動をされると堪らなく――――弄んでやりたくなる。
「何。言えないようなこと、してたの?」
妙に緊張してる深月にからかいの視線を向けると、思った通りに慌てふためく。
「ち、違う! ただ優ちゃんが載ってる雑誌見てただけで……あ!」
しまった、と言うように両手を口で塞いだ。そのわずかな動作で、髪から淡い果実のような香りがした。入浴後なのかもしれない。そういうときはいつも、微かに香る。
そのわかりやすい仕草に、思わず笑いを漏らした。
「へぇ。珍しいね? 何で買ったの? 普段買ったりしてないと思ったけど……何か特別な特集あったっけ?」
実際の撮影なんてだいぶ前にしてるものだ。どの撮影がどの月にまとめられてるのか、チェックしてないとわからない。
わざわざ買ったってことは、その月の雑誌にしかない特集が見たくて買ったんじゃないかと思ったんだけど……。
ちらりと視線を向ければ、深月はしばらく視線をさまよわせてから、どうにか呟いた。
「えーと…………メンズスタイル特集、みたいな」
「あぁ、そういえばそんなのもあったね」
普段の撮影では、女性物を着ることが多い。優の立ち位置は仕事でも女子よりだ。
けど、そのときは『女子でもメンズ服を着こなしてみたい』というような服の特集で、メンズ物を着て撮影したが気がする。
「へぇ。優のそういう格好が、見たかった?」
「…………どんなのかなって、ちょっと思ったの」
照れてるのか何なのか、視線をあさっての方に向けられる。
「そ。で、感想は?」
「……」
応えない。どころか、さらに顔が優とは反対の方に背く。
そうされると表情が読めない。
……面白くない。
慌てふためくところが見えないなど、つまらない。
ひたすら黙り込む深月に少しだけ、刺激してみる。
オレンジに似た瑞々しい香りが残る鎖骨付近に唇を寄せて、軽く吸い付く。
「! ゆ、優ちゃん!!」
反射的に腰を浮かそうとするその身体に、体重をかける。
深月はすぐ顔が赤くなる。肌が白いからすぐ肌も赤くなる。……痕がつきやすい。
まだ抵抗を試みてる手を握って、秘密を分かち合うように耳打ちした。
「ねぇ、優の格好の感想、聞きたいんだけど?」
「……………………」
しばらく長い沈黙が続いてから、言いづらそうに小さく言った。
「…………だなって思った」
「ん? なぁに?」
そんなに言いにくいことなんだろうか。ぼそぼそと呟かれる。意識して耳を澄ませば、今度ははっきりと耳に入った。
「どんな優ちゃんも…………好きだなって思った」
「……」
深月の熱が自分にも映り込んだように身体が熱くなる。
これを【可愛い】と言わず何というのだろう。同時に、欲が膨れ上がる。
「深月」
「え? あ、何、え?」
頬をするりとなでる。
閉じ込めて、追い詰めて、誰の目にも触れさせたくない。全部が欲しい。
そんな欲深さを思い起こさせる深月が悪い。優の手を深月の手に絡ませる。吐息ごと全て閉じ込めるように口づけを落とした。
「……ねぇ、前から思ってたけど、優摩って呼んで良いんだよ?」
その合間に囁けば――
「………………優摩ちゃん?」
予想外にとぼけた返答が返ってきた。
「………………それは、癇に障るから止めてくれる?」
呆れて返答した後で、それが笑いに変わる。額と額を合わせて二人で笑い出す。
深月らしい間抜けな回答。
でもそれも、嫌いじゃ無い。
優はね、すぐ顔に出てわかりやすいのに、時々予想斜め上の行動するオマエが、好きだよ。
深月がいれば――他に何も望まない位に。