鳥かごの中の二人
「オマエ、その量で足りるわけ? 昔は平気でケーキをホールごと平らげてたじゃない」
お手伝いさんに取り分けて貰った、バラのカップケーキ。
食べていれば、優ちゃんの毒を含んだ言葉が綾乃ちゃんに飛ぶ。
入れなおして貰った紅茶の香りが、ふわりと立ち上る優雅なティーパーティー……が簡単に音を立てて崩れる。
「優様ったらいつの話をしてるのかしら? みーちゃんの前でそういう話をするのは、ちょっとデリカシーないんじゃない?」
「それはこっちの台詞だよ。わかってて深月をここに連れてきてるとしたら、相当性格悪いよ、オマエ。知ってるけど」
「…………」
この二人、ずっと私をはさんで火花を散らせている。
私、ここから席離れてもいいかな……。
正直、何度もそう思った。
優ちゃんのお母さんは、二人の言い合いを相変わらずニコニコ聞いている。
『ケンカするほど仲がいいのねぇ』とか『女の子は花があっていいわねぇ』とか呟いていた。
私はとりあえず、この紅茶の香りは何だろう、とかこういうカップケーキ今度自分でも作ろうかな、とか違うことに気をそらしながらカップケーキを食べていた。
とてもおいしかったと思うのだけど……それより行き交う二人の会話が強烈であまり味は覚えていない。
そして、皆がカップケーキを食べ終える頃、綾乃ちゃんが『そろそろお暇しますね』と切り出して(そしたら優ちゃんが『最初からそうしてくれれば良かったのに』って言ってた!)私は、綾乃ちゃんと部屋を出た。
「……ティーパーティー、どうだった?」
部屋を出たところで、綾乃ちゃんは私の顔を伺うように見てきた。
「え? えーと、うん。なんか…………色々びっくりした」
どれが? 何が? と言われてもわからないくらい全部にびっくりした。
優ちゃんと綾乃ちゃんのお互いの態度とか言葉とか、優ちゃんのお母さんのずれてる雰囲気とか、この家の広さとか色々。
すると、綾乃ちゃんが鈴を鳴らすようにクスクス笑った。
「ふふ。だよね。……みっともないとこ見せちゃったなぁと思ってる。ごめんね」
「え、いや、驚いたけどでも、えーと、ある意味面白かった、よ?」
……何で疑問系で返しちゃったんだろう。しかも、あまりフォローになってない気がする。
「うん、そうね。アレの動揺する姿は面白かったわね」
アレって優ちゃんのことでしょうか……。 本音が露骨にでてます。
いや、優ちゃんの動揺する姿は面白がってないんだけどね?
思っていると、読み取ったように
「あぁ、ごめんね。どうもアレといると皮肉を言いたくなるの」
綾乃ちゃんは、ふっと苦笑してから「あのね」と小さく切り出した。
「優摩は、母親が苦手なの」
優ちゃんが【綾乃】と読んでたように、綾乃ちゃんもまた【優摩】と呼ぶらしい。
優ちゃんを優摩と呼ぶ人は学校では、見かけたことがない。
「……何で、優摩が母親から『りん』って呼ばれてたか、わかった?」
「……ううん」
後半になって、りんが優ちゃんの事だというのはわかったけれど、何故かはわからなかった。
【月城優摩】という名前のどこにも【りん】はない。
「優摩は……」
綾乃ちゃんが言いかけたところで、後ろ手の扉が勢いよく開いた。
驚いて振り返れば、噂の張本人、優ちゃんがそこにいた。
優ちゃんは私たちを目に留めると、ツカツカ歩みよってきて、当たり前のように私の手をとった。
「ちょっと深月と話があるから、先帰っててくれる?」
……あんまり、優しさを感じない言い方だ。
邪魔だから消えてくれる? に聞こえる。もちろん、これは私の脳内変換だけど。
そう優ちゃんが冷たく言い放っても、綾乃ちゃんは笑みを絶やすことはない。
「えぇ? 女の子を遅くまで拘束するのはどうかと思うけど?」
「誰のせいで、こんな目に遭ったと思ってるわけ? いいからさっさと戻って。ちゃんと寮には返すよ」
そうだ。優ちゃんは実家に泊まるらしいけど、私たちは寮に戻らなきゃいけない。私たちは外泊届をだしていないから。
「はいはい、わかったわよ。……みーちゃんを泣かさないようにね」
「オマエに言われるまでもないから」
「あのねぇ……。はぁ、みーちゃん。何かあったら引っぱたいて逃げ出しなさいね」
「あはは……大丈夫」
たぶん。
二人の刺々しい言い合いに苦笑しながら、綾乃ちゃんに手を振った。
「全く、とんだ誤算だよ」
綾乃ちゃんが階段を下って見えなくなるころ、優ちゃんが話を切り出した。
「……ねぇ、深月は、何でここに来たの?」
責められている、というよりは淡々と、疑問だから聞いているという感じに聞こえた。
それが聞きたくて、私を呼び止めたのかも知れない。
「えーと……綾乃ちゃんに、優ちゃんの実家へ行かないかって誘われて……私も、優ちゃんの気がかりを知りたかったから……」
「気がかり、ね。そういえば、優が夜起きてたの見てたんだっけ」
壁に寄りかかりながら、優ちゃんが私を見てくる。いつものように髪を結い上げていて制服姿の優ちゃんなのに、場所が学園以外というのが不思議な気がする。
「そんなに、優のことで頭いっぱいだった?」
「……うん」
少しむくれたまま、迷ったあげく正直に答えた。意地悪い聞き方だ。でも結局いつだって、私は優ちゃんに振り回されている。
「ふぅん。今日はずいぶんイイ子だね」
優ちゃんの手が伸びてきて、頭をやけに優しくなでられた。
そのまま距離が近づいて、ぎゅっと抱きしめられる。
「ゆ、優ちゃん……」
ここは、寮の部屋じゃない。人の家だ。優ちゃんにとっては実家かもしれないけれど、いつどこで人と鉢合わせするかわからない場所だ。思わず、辺りを伺う。
今は人影がない。でも、廊下だ。いつ人がくるかわからないと思うと、落ち着かない。
「他には……アレから何か聞いた?」
なのに、優ちゃんは私を抱きすくめたまま、問いかける。耳元にふれる吐息のくすぐったさに堪えながら、考える。
……綾乃ちゃんは確か……、
「優ちゃんとは従兄弟で……優ちゃんは…………お母さんが苦手って言ってた。……そう、なの?」
踏み込んで聞いていいのかは、よくわからない。でも今は――聞いてみたいと思った。
私がそう聞くと、優ちゃんはしばらく黙っていた。
数秒後、ため息交じりに返される。
「……うん、まぁ、ちょっと母親と会うのが憂鬱なのは本当。……あの人は、優をりんって呼ぶからね」
「何で、りんって呼ぶの?」
優ちゃんのお母さんと会ってから、ずっと不思議に思っていた。
お茶会中は、ずっと綾乃ちゃんと優ちゃんの言い合いがあったから、聞くに聞けなかったけど。
「……あの人は、自分の夢の中でしか生きていないから」
あまりにも、曖昧な言い方だ。
何のことを言ってるのかわからない。
「どういうこと?」
「…………今、言わなきゃいけない?」
しばらくの間のあと、優ちゃんが私の肩に額を乗せてきた。小さな消え入りそうな声。何でだか、胸が痛む。
「いけないことは……ないけど、一人でため込むよりいいんじゃないかって……それに私が」
私が、辛い。
何のために一緒にいるのか、一緒になっているのか、わからなくなりそうだから。
してあげれる事なんて何一つないのかもしれないけれど、もしかしたら何かできるかもしれない。できたらいいと思うから。
なのに……優ちゃんの表情は、見えない。
私の肩に顔を埋めていてわからない。
何が優ちゃんをそうさせるのか、わからない。
知りたいとも思う。でも
「……私は、優ちゃんが話したいときにはちゃんと聞くし、聞きたくないなら今は聞かない」
――だから、だから、どうか泣かないで。
本当は、ちゃんと聞くべきなのかも知れない。
聞き出した方がいいのかもしれない。無理にでも聞き出した方が、本当は早く解決できることなのかもしれない。
どれをするのが、優ちゃんにとっていいのかわからない。
何をするのが正しくて、何をするのが間違っているんだろう。どうして私は、誰かが辛そうなときに投げかける言葉を何一つ持っていないんだろう。
全てを日の光の下にさらすのが正しいの? 白か黒かじゃないと許されないんだろうか。
知らずうつむきかけた私を覗きこむように、優ちゃんの顔が近づいた。
「ゆ、優ちゃん……ここ、廊……」
その距離の近さに、思わず周りに目線を配る。
だから、ここは人の家の廊下で……
――考えている間に、そっとキスを交わされた。
熱い。
熱がじんわり伝わってくる。
一度交わしてしまえば、その熱が離れるのが惜しくなってしまう。まだぬくもりを感じていたいと思ってしまう。
視線が混じりあう。
はちみつ色の瞳に自分が映り込んでいる。
「もう少し深月を感じたいって言ったら……触れさせてくれる?」
待って。ここは人が通るかも知れない。だから――
思っているのに、肩口をおされて壁に縫い付けられる。
何度か、唇に熱を移されればそれだけで足下がふらつきそうになる。
それを感じ取ったのか、腰を支えられて手をひかれた。
優ちゃんが、知らない部屋の扉を開ける。
カーテンが閉まっているのか、それとも雨戸か何かが閉められているのか――薄暗い部屋。
手を引かれて闇に踏み込む。扉が閉じれば、きっと誰にも見つからない。誰の目にも映らない。
「おいで」
閉じ込められる。暗い部屋に、薄暗い闇に、優ちゃんの腕の中に。
カチャン。
扉が閉まる音が、やけにクリアに耳に響いた。
仄暗い闇が、ひんやりと私を包んでいった。
読んでいただき、ありがとうございました。
次は、できれば4月、もしかしたら5月に投稿する予定です。
新学年。綾乃ちゃん視点、混ぜたいです。綾乃ちゃんからみての優摩とみーちゃん。彼女を取り巻く背景。
試行錯誤。
続けることって難しいんだなと実感してます。
新しく評価していただいた方、ブックマーク登録していただいた方、ありがとうございます。とても、励みになっています。
また次回、立ち寄っていただけたら幸いに思います。ありがとうございました。