仮面を捨てた、似たもの女王様
綾乃ちゃんがひとしきり笑い終わった頃、私たちは椅子に座った。
ベッドから少し離れた場所にテーブルと椅子が用意されていたからだ。
丸テーブルに、四つの椅子。優ちゃんのお母さんの隣に綾乃ちゃん、綾乃ちゃんの隣に私。私の隣は空いた椅子。
お手伝いさんが行ったり来たりしながら、私たちの分と、空いた席の分のお茶の用意をしていた。
優ちゃんのお母さんと綾乃ちゃんは、笑いながら話していたけれど、私は上の空だ。さっきの綾乃ちゃんは何に爆笑していたのかな、とかこの部屋はたくさん花の絵画が飾られているな、とか隣の空いた席はやっぱり優ちゃんが座るのかな、とかそんなことばかり考えていた。
――と、
バンッ
奥の扉が、また勢いよく開いた。
優ちゃんだ。
優ちゃんはさっきのドレスではなく、いつも通りの制服を着てこちらにすごい勢いで……いや、違う。すごい剣幕でやってきた。思わず、隣にいた綾乃ちゃんの服の裾をつかんでしまう位に。
「あら、せっかくのドレス、皆様に見せないの?」
その冷ややかな空気を無視して、お母さんがのんびりと話しかける。
この、凍てつく冷気をまともに受けて普通でいられるなんて……私にはちょっと信じられない。
「もう着ただろ。終わりだよ、終わり。それより……」
優ちゃんは一度私を目に映すと、私の隣の席に着き、勢いよく腕を引っ張ってきた。
「っわぁ!?」
反動で、倒れ込むように優ちゃんに抱きかかえられる。
何で!?
そう聞きたかったけれど、優ちゃんの目は既に私ではなくもう一人――綾乃ちゃんに向けられていた。
「どういうつもりな訳?」
絶対零度、という言葉がぴったりの声が耳元を冷ややかに通り過ぎる。
「どういうつもりって言うと?」
対して、綾乃ちゃんはいつも通り少しも変わらない穏やかな微笑みをたたえて、淹れて貰った紅茶を飲んでいた。
私と話してるときと雰囲気がまったく変わらない柔らかな態度だ。このピリピリした空気に少しも動じてない。
「何でここに深月がいるかって聞いてるの。耳遠くなった訳? それとも何、頭悪いの?」
「こら、りん……」
テーブルを挟んで座っているお母さんが、優ちゃんをたしなめるように身を乗り出そうとした。けれど、綾乃ちゃんがそれを制した。
「大丈夫ですわ、おばさま。これも一種の愛情表現ですから」
「はぁ? そんな訳ないだろ? いつからそんな頭おかしくなった訳?」
「せっかくのおばさまの誕生日だから、私の友達と来ただけよ。何の文句があるの?」
…………えー……、この空気感何ーーー?
とりあえず、縮こまりながら思うのはそんなこと。
抱きかかえられるのは人目が気になるから、振りほどこうとするのにほどけない。優ちゃんは案外力が強い。
というか、この二人あまり仲良くないどころか……泥沼に仲悪いんじゃないかな……。
「オマエの勝手な行動が、自分の首を絞めることになると思わないの? 言えないことだらけの真っ黒なクセに」
「それは貴方でしょう? まぁ、まさか優様のきれいなドレス姿が見れるとは思わなかったけれど。あ、写真でも撮ってばらまけばお金になったかしら?」
「はぁ? じゃあ、優は旧校舎での出来事をカメラに収めればいいわけ? いいゴシップネタになりそうだね」
「っ」
うわぁ。綾乃ちゃんがこっちを睨んでる。正確には、私じゃなくて、私の後ろにいる優ちゃんを睨んでるのだけど。
こんな表情の綾乃ちゃんを、私は見たことがない。
旧校舎での出来事って……先生と綾乃ちゃんの関係の話、だよね?
えーと、これがあれですか、修羅場というやつですか?
「……そういうムダにしれっとした態度が鼻につくのよ。ほんと嫌い」
「それは良かった。優もオマエが大嫌いだよ」
壮絶に、にこやかに言ってのける優ちゃん。
二人に挟まれた私はどこまでも居場所がなく、私の前にいる優ちゃんのお母さんは、何故かニコニコして
「ケンカするほど仲がいいのねぇ」
と呟いている。
いやいや、これ絶対、ぜっっっったい仲良くないよね? 仲直り無理なパターンだよね?
なのに、どこまでもかみ合わない会話は続いていく。
「ねぇ、えぇと深月さんでしたっけ?」
「え、あ、あ、はい!?」
優ちゃんも怖い。綾乃ちゃんもなんか怖い。でもこの空気で、のほほんとしてられるこのお母さんもちょっと怖い。
思わず後ずさりそうになるけど、そもそも後ずさりできる場所も無い。
「紅茶、冷める前に呑んで。よければこのケーキも。きれいでしょう? 主人がオーダーしてくれたのよ。ぜひ、食べて」
いつの間にか、テーブルには、赤いバラの花束があった。
――違う、バラをバタークリームが何かで形取ったカップケーキだ。
透明な細長い三角のグラスの上の方に、バラのカップケーキが花束のようにいくつも嵌め込まれてる。
「ば、バラのケーキなんですね」
私は、掠れた声でそう言った。
【誕生日の赤バラ】は、正直不吉な予感しかしない。
……ママを思い出す。炎と夕日を思い出す。
一瞬、怖くなってぶるりと背筋が震えた。
それに気づいたのか、すぐ側にいた優ちゃんが手をぎゅっと握りしめてきた。綾乃ちゃんからは死角の、お母さんからはテーブルに隠れて見えない、そんな位置で。
「!」
カッと顔が熱くなる。
ただ、手を握られただけだ。
でも、誰かに見とがめられても仕方ない状況だと思うと、動揺を隠せない。
「? 大丈夫? 気分でも悪い?」
うつむいた私を心配する女性の声。
私は、ぶんぶん思い切り首を横に振った。
「い、いえ、大丈夫です。あの、ケーキは皆さんで食べて下さい。私は……」
「もうここまで来たんだから、深月も食べていけばいいよ」
優ちゃんはいつも通りの笑顔だ。その手が握られている、それ以外はいつも通りに。
「まぁ、別に綾乃は遠慮していいけどね」
優ちゃんは途端に声音をぐっと落として、綾乃ちゃんを冷たく見据えた。
……ちょっと内心で驚く。
【綾乃】って……呼び捨てですか。
本当に優ちゃんに何度も綾乃ちゃんの話をしたことがあったけど、一回もそんな言い方したことがない。
私が綾乃ちゃんの話をしてるとき、優ちゃんは何を思っていたのだろう。何だか思い返してヒヤヒヤしてしまう。
「何故私が帰るの? 私が退場するならみーちゃんと帰るわ。ねぇ、みーちゃん?」
今度は綾乃ちゃんがいつものように、穏やかに。いつものように、優しげに問いかけてくる。
……なのに、少し圧迫感があるように思えるのは何でだろう。
「え、あ、うん! あの、お邪魔なら即刻……」
言いかけて、優ちゃんに握られている手とは反対側の腕を、今度は綾乃ちゃんに絡められた。優ちゃんとの手が離れて、距離ができる。
「そういう訳で、よろしいかしら? 優様」
綾乃ちゃんの笑顔がキラキラまぶしい。
いや、むしろ目が開けてられないです。
私は……あまり見たくなかったけれど、恐る恐る優ちゃんを横目で見てみる。
…………絶対零度どころじゃない。マイナス寄りの冷気を漂わせて私を見つめていた。
えぇと、あれ何でこんなことに……
思い返しても、原因なんてよくわからず、
今度は綾乃ちゃんとは反対側の腕を絡められ、優ちゃんに耳打ちされる。
「深月は、優よりアレと一緒に居たいわけ?」
微かに囁く声は、私にしか聞こえないくらいの声。
「っ 優ちゃ……!」
「もう、りんも綾乃さんも落ちついて? ここは仲良くみんなでケーキ食べましょう?」
優ちゃんのお母さんの一声に助けられる。
ふわふわした態度に毒気が抜けたのか、私は二人から解放された。
「皆、仲が良くて何よりねぇ」
この冷え切った空気の中、心底幸せそうに穏やかに微笑む。
……まるで、季節を間違えて咲いた花みたく、笑う。雪が降る季節と一緒に桜が咲くような。
……狂い咲き、そんな言葉が頭をよぎった。
そうして、私は赤いバラのケーキを食べることになる。
ケーキを食べる前に、『ただの甘いお菓子だから、大丈夫』と優ちゃんに囁かれた。
家を、ママを燃やす赤の色、夕日の血のような赤の色、バラの毒々しい赤の色――。
でも、今食べるケーキは優ちゃんの言うとおり、甘い甘たるいお菓子の赤の色だった。




